かつて亡国機業には、『
少数で一個連隊にも匹敵する戦闘力を持たせる。そうした理念の下、その部隊には
その中に、『蛇』と名付けられた少女が居た。
毒蟲達の中で唯一、蟲より上位の存在である名を定められたその少女は、全身改造への適性こそ有してはいなかったが、
そして誰よりも、愛情の深い女だった。
「…………」
久々津は、蚣は、何も言うことができなかった。
否、何を言えばいいのかさえ分からなかった。
自分は裏切った。彼女達を裏切ったのだ。
揚羽が死に、支えを失い。そして己が最後にやるべきことは、彼女等に罰されることだと思った。
そんな自分が、なんと声をかけられるのか。
謝罪さえできるような立場ですら、ないと言うのに。
「まさか
「……そうか。考えてみれば、それも十分有り得たことだな」
彼女等が亡国企業の一員である以上、秘匿された事柄ほど知り易い。
それは分かりきっていたことだ。
とん、と久々津は軽く跳び、フェンスの上からコンクリートの地面へと降り立つ。
「……そっちから来たのなら、話は早い。俺に何かを言う資格などない、好きにしろ」
かぶりを振って、重い声音で彼は呟いた。
今ここで殺されても、何も言うことなどない。
寧ろほんの僅かだけれど、救われる気さえした。
蠍を失い、揚羽も亡くし。
あまつさえこんな場所で脚を縛られて、動けずにいた。
だから、いっそ。
自分が裏切った家族に殺されるのなら。
「…………」
蛇は何も言わなかった。
彼女の顔を見ることが、できなかった。
そして。
蛇はゆっくりと、久々津の方へ歩み寄り。
そっと、そっと。
白魚のように細い手を、彼へと伸ばし。
全身を預けるようにして、蛇は蚣を抱き締めた。
「あ……?」
「貴方は何も、悪くありません」
彼女の、蛇の言葉が分からない。
彼女が、何をしているのか分からない。
だって、俺は、この子と蜘蛛を捨てて逃げたんだ。
怖くて、失うことが怖くて。
だからこそ、連れて行くべきではないと。
そう揚羽が言ったから、だから。
「貴方は、騙されただけ」
だま、された?
一体誰に? 俺が誰に、騙されたと言うのだろうか。
「蚣さん。とても大切な、お話があります」
そして俺は聞かされる。
俺の全てを否定するに等しい、現実に起きた悪夢の真実を。
「蚣さん。あの日のことを……蠍が死んだ日のことを、覚えていますか?」
「……当然だ」
脳裏にフラッシュバックする、蠍の死に様。
こみ上げるような吐き気を抑え、蚣が苦々しげに頷く。
「あの子は、外部からの襲撃により死んだ。私達は当時、そう聞かされました」
「ああ」
そしてそのすぐ後に、蚣は揚羽の手を引き亡国機業を去る。
痛みから、逃げるように。
「ごめんなさい。私達は、確かに最初貴方を恨みました。置いて行ったことを、連れて行ってくれなかったことを」
「当然の事だ。お前が頭を下げる必要など、どこにもない」
「いいえ。信じるべきだった。貴方を信じるべきだった」
「……?」
事実彼女等を捨てた自分の、何を信じるべきだったと言うのか。
そんな彼の疑問を読み取ったのか、蛇は言葉を続ける。
「貴方達が施設を離脱する前日の会話が、記録に残っていました。貴方は、私達を連れて行くつもりだった」
……だが、そうしなかった。
それは何故か。
『蚣。ここを出ましょう? こんな所に居たら、今度こそみんな死んでしまう』
『……分かった。蜘蛛と蛇にもすぐに知らせて――』
『それは……駄目。組織から逃げれば、組織に追われる。あの子達を守りながら逃げ続けるなんて、無理よ』
『だ、だが!』
『あの2人を、蠍ちゃんの二の舞にしたいの?』
『…………』
『私達だけで逃げるの。私達だけ……』
揚羽の手を引き組織から抜けたと、蚣は言った。
だが事実は少し違う。揚羽が、蚣の手を引き逃げ出したのだ。
蜘蛛と蛇を、置いて。
「だが! どうあれ俺はお前達を見捨てたんだ! 守れなかった蠍の分まで、お前達を守るべきだったにも拘らず!!」
「貴方の所為じゃありません。蠍を目の前で失った貴方に、冷静な判断なんて出来る筈がなかった。だからこそ、貴方たちが居なくなってすぐに、私達は疑問を抱きました」
どうして、こんなにも迅速に動けたのか。
傷心した蚣が、早々すぐに行動などできる訳もない。
そして、その後のことも。
「ファントム・タスクの包囲網は甘くない。如何に貴方達が消えてすぐ、ISの台頭により世界が激動を迎えていたとしても。思い立った行動に出ただけで、10年も組織から逃れられ続ける筈は無かった」
以前から綿密に計画を練り、組織の行動を視野に入れた逃亡ルートを画策する。
そうでもしなければ、不可能な行いだった。
「揚羽は、前々から計画していた。貴方と共に、貴方だけと共に逃げることを」
「…………」
「そしてその為には……私達が、邪魔だった」
事実を、語ることに苦痛の表情を見せる蛇。
対する蚣は、先程から少しずつ顔を青褪めさせていた。
「……ま、待て。何か、何かの間違いだ」
「…………蚣さん。私達の居た研究所が襲撃された、あの事件。おかしいとは思いませんでしたか?」
あそこは、組織内でもかなりの辺境に位置していた施設。
そして、内部の者でさえ殆どが存在さえ知らない施設。
そこを襲ったのは、一体どこの誰であったのか?
「有り得なかったんです。あそこの存在を知れるほどの大きな組織にそれらしい動きは当時なく、そもそもそうまでしてあそこを襲う理由のある組織なんてなかった」
「それは……それは……!」
「1年かけて調べました。生き残った構成員の誰1人として、あれほど大規模な破壊があったと言うのに犯人の姿さえ見ていません」
内部の犯行だった。
寧ろ、それしか考えられなかった。
「ッ……」
「もうひとつ。襲撃があった際、私達は3手に分かれました。私と蜘蛛の2人、貴方は単独……そして、蠍は揚羽と。なのに、貴方が致命傷を負った蠍を見付けた時、辺りには誰も居なかった」
止めろと、彼の心の奥底から悲鳴が聞こえてくる。
体温調整が利かなくなり、放熱の役割を持つ長い赤髪が、ゆらりと強い陽炎を纏う。
だが、止める事などできなかった。
「私と蜘蛛はある仮設を立て、それを証明する為瓦礫の中を探し回りました。そして見付けた」
彼女が差し出したのは、カード型の空間投影ディスプレイ。
それを持つ手は、震えていた。
「……私は許さない、あの女を。貴方の負った心の傷に付け込み、あまつさえ」
ディスプレイが起動し、収められた映像データが動き出す。
ぎしりと歯を軋ませ、蛇が、吐き捨てるように。
真実を、語った。
「施設を襲い、家族を殺したのは。蠍を殺したのは――揚羽です」
背後から、貫き手で愛しい家族の胸を貫く。
最愛の妻の姿が、そこにあった。