蚣は顔を青褪めさせ、幽鬼のように立ち尽くす。
「……なん、で」
分からない。分からない分からない分からない。
家族になろうと、夫婦になろうと言った彼女が。
自分も一緒に家族を守ると、そう言ってくれた彼女が。
どうして。
「欲しかったんでしょう」
「……?」
「揚羽は、貴方が欲しかったんです」
蛇が、呟くように思いを語る。
「人間の欲は際限を知らない。愛しい者の心を得れば身体を欲し、最後にはそれを己だけの物にしたくなる。揚羽はきっと……その欲に、勝てなかった」
愛とは、時に毒となる。
それ故に、揚羽は悪魔の囁きへ耳を貸してしまった。
許せないことだ。
許せないことだが、蛇にもまた理解できてしまった。
もし
自分が同じことをしないと、言い切ることが。
彼女には、出来なかったから。
「……どうして、気付けなかった。どうして、俺は……!!」
膝を折り、地へと手をついて蚣は歯を軋ませる。
そこにあるのは、揚羽にではない、自分へと向けた怒り。
気付くべきだった。揚羽がとりつかれていた狂気に。
他でもない、自分が気付くべきであった。
「俺の、所為だ……」
「……蚣さん」
揚羽に対し怒りどころか、彼女を責めることさえしない蚣を見て、蛇は、スコールは思った。
変わっていない、と。
この人は、1度愛したら何があっても愛し続ける。
だからこそ、愛した者の罪さえも自分が背負ってしまおうとする。
それがたとえ、背負う必要など無いものだったとしても。
「…………」
どうしてこんなに弱いのだろう。
どうしてこんなに強いのだろう。
本当は誰よりも優しくて、兵器どころか兵士にさえなれないような人なのに。
私は知っている。この人が、まだ私達と施設で暮らしていた頃。
戦場から戻る度に、手を震わせていたことを。
私は知っている。私達を守る為に、この人がどれだけ傷付いていたのかを。
親と呼べるものも何も無く、兵士として作られ生まれた私達を、ずっと守ってくれた。
そんな貴方だから、私は貴方を愛した。
誰もくれなかった温もりをくれた貴方が、愛しくて仕方なかった。
蜘蛛よりも蠍よりも、そして揚羽などよりも。
私は誰よりも、貴方を誰よりも愛していた。
貴方が居なくなってしまって、10年経った今でもそれは変わらない。
私は彼を、この世界の誰よりも愛している。
「蚣さん。もういいんです、苦しまなくていいんです」
震える久々津を、スコールがそっと抱き締める。
それでいて……強く、強く。
もう2度と、離れ離れにならないように。
「へ、び……」
「もう戦わなくていい。何も背負わなくていい。貴方は、私が守るから」
そう。ただそれだけ。
この人を守ることだけが、私の望み。
「ルクセンブルクに家を買ったんです。貴方と、私と、蜘蛛。3人で暮らしましょう? また、あの頃のように」
せめてこの人が、最期を安らかに迎えることが出来るように。
傷付き過ぎた愛しい人を、守りたい。
久々津の身体の、震えが止まる。
そして、ゆっくりと彼は立ち上がった。
「さあ。行きましょう」
彼に向け、手を伸ばすように差し伸べるスコール。
「……俺、は」
迷いを湛えた目で、久々津はスコールの伸ばした手を見る。
だが、それも一瞬。
「…………」
瞼を閉じ、開く。
もうそこに、迷いは無かった。
スコールの手を。
久々津は、そっと――