放課後の校舎内。
人気もまばらな廊下の中、積み重なった書類を抱えて運ぶ少女が居た。
「ふぅ……」
長い髪を三つ編みに結い、眼鏡をかけた姿。
如何にも真面目そうな雰囲気を漂わせている彼女の名は、布仏虚。
このIS学園生徒会の一員にして、とある家の『お手伝い』の役目を担っている。
「まったく、お嬢様にも困ったものだわ……すぐ遊びに行っちゃうんだから。仕事が溜まって泣くのは自分なのに」
書類の束が重いのか、やや覚束ない足取りで歩く虚。
どうでもいいが、名前の読みは『うつほ』である。断じて『ホロウ』では無い。
「本音は居ても仕事にならないし、人手は足りないし……はぁ」
ひとつ嘆息した後、虚は重厚な開き戸の前で足を止めた。
『生徒会室』と書かれたその扉を、書類を抱えたまま器用に開ける。
「会長、追加の書類をお持ちしましたよ。今やってる分は終わり――」
室内に入り、そこに居る筈の人物に話しかけて――言い終える前に気付いた。
しんと静まり返った生徒会室、そこには誰も居ない事に。
「会長……お嬢様?」
会長卓には、先程『会長』であり『お嬢様』が泣きながら片付けていた書類が、積み上がったまま。
更にその傍らに、書類でないメモ用紙が1枚、ぽつんと置かれていた。
虚は書類を手近な机に乗せると、嫌な予感で震え始めた手を伸ばし、その紙きれを手に取る。
『ごめんネ虚ちゃん、てへぺろっ☆』
「…………ッ」
小筆で書いたであろう達筆。
そのくせ可愛らしい文面なのが非常に腹立たしい。
最後の『☆』がどれだけ人の怒りを煽っているか、当の本人は理解しているのだろうか。
ぶるぶると、直前までとは明らかに異なる理由で震える虚。
すぅと大きく息を吸い。
びりびりと紙きれを破り捨て。
「ゴメンじゃねぇよあんのバ会長ォォォォォッ!!!」
キャラクターを崩壊させ、咆哮するのだった。
「あらららら……やっぱり怒っちゃったわね」
学園中に轟いたであろうその絶叫に些か目を丸くしつつ、音源の校舎を見上げる澄んだ水色の髪をした少女。
その名を更識楯無。このIS学園で『最強』の称号でもある『生徒会長』だ。
「でも私は謝らない! だってあんな量の書類、絶対片付かないから! そして生徒会室にも戻らない! 怒った虚ちゃんが物凄く怖いから!」
ビシッ!と無駄にかっこ良くポーズを決め、かっこ悪い事を堂々と宣言する。
ちょうど通りすがった下級生の目が、氷よりも冷たかった。
「……さ、逃げましょう。何時までもこんなところに居たら、見付かって殺されちゃうわ」
比喩でも何でもなく、今の虚に捕まれば彼女は殺されるだろう。
取り合えず怒りのほとぼりが冷めるまでは、何処かに身を隠すべきだと楯無は割と真剣に思った。
「部屋には戻れないわね、籠城に向かない構造だし。かと言って余りうろちょろしても、捕まらない保証は無し……」
悩むぐらいなら逃げ出さなければ良かったのだが、それ以上に書類が嫌だった。
やってもやってもわいて出る。ゴキブリより性質が悪い。
命を賭けてでも、逃げる方がまだマシだったのだ。
あくまで楯無にとっては、だが。
「……うん、やっぱり『あそこ』かしら。虚ちゃんも知らないし、隠れるには――」
『どこだバ会長ォォォォォォォッ!!!』
本でも投げたのか、生徒会室のガラスが割れた。
楯無の頬から、つうと一筋冷や汗が流れる。
「やっぱり、『てへぺろっ☆』は余計だったかしら……?」
逃げた事自体が原因と思われる。
少しばかりの乾いた笑みと共に、楯無は黄昏時の中へと消えて行くのだった……。