「…………♪」
怒り狂う幼馴染からの逃亡を図った楯無は、人目を気にしつつある場所に向かっていた。
そこは誰も知らない、彼女だけの秘密の場所。
去年の終わり頃にこっそりと作った、憩いの場であった。
楯無がこのIS学園の生徒会長に就任したのは、1年の中頃。
それは対暗部用暗部組織、『更識』の17代目当主である彼女にとって、生徒会長に与えられる数々の権限がとても便利なものだったからだ。
元々快楽主義者的な一面もあり、日々を楽しむ為にその権限をちょっとだけ悪用する事もあれど、基本的には『更識』として『生徒会長』として、その権力を使う。
そんな特異な彼女には、気付けば『1人の時間』というものが無くなっていた。
……別段、孤独が好きな訳では無い。
けれどどうしても1人で居たい時ぐらい、彼女にだってある。
寮は相部屋だし、どこに居ようと人目につく。
生徒会長とは、IS学園で『最強』の称号。それを欲して襲いかかってる生徒も少なくない。
故に楯無は考えた。
ならば1人になれる場所を作ろうと。
学園の敷地内をくまなく探し、木々に囲まれた空き地を見付けた。
そして夜中にこっそり備品のベンチをひとつ頂戴し、その場所に運んだ。
以来そこは、楯無だけの場所になった。
疲れた時、眠い時、のんびりしたい時。
そして――悲しい時。
『更識家当主』でも無く、『生徒会長』でも無く、『更識楯無』でも無く。
かつてあった本当の自分。幾重もの仮面に覆われ守られた、『刀奈』として。
自分が偽りない自分で居られる、唯一の場所となった。
「ふんふふ〜ん♪」
機嫌良く鼻歌を歌いながら、楯無は歩いて行く。
仮面を捨てられる、その場所へ。
歩く事、十数分。
林を抜け、開けた空き地へ出る。
「…………え?」
足を止め、見えたものに楯無は目を丸くした。
空き地の中央に置かれたベンチ。
そこには居る筈の無い、自分以外の人間が居たのだから。
「…………」
異様なまでに長い、どす黒い赤髪。
不健康そうな青白い肌、相反する黒の瞳。
右目の下には、特徴的な赤い蚣の刺青。
身長は一見やや低く見えるが、よく見れば組まれた脚が長い。座高が低いだけで、実際には170台の後半はあるだろう。
そんな、特徴的な容姿をした黒と白の逆転した学生服を着込んだ男子生徒が、ベンチに座って本を読んでいた。
「…………?」
ふっと、彼の顔が上がり。
その暗い双眸が、ゆっくりと楯無に向けられた。
重ねた仮面の奥底に、自分を仕舞い込んだ少女。
人を遠ざけ、己を夜闇で包み隠した青年。
水の少女と赤い蚣の、最初の邂逅。