第三者視点
聖女マルタ。
彼女は
彼女は召喚主からジークフリートの殺害を命じられるも。その屈強な精神で狂化の衝動を耐え、命令にも逆らっていた。
彼女の精神力であれば、紙一重ながらもこのまま耐え切る事が可能であっただろう。
しかし、それはジル・ド・レェの策略により阻まれる。
ジル・ド・レェは街を歩き回りながら密かに己の魔力を街中に散布していた。
その魔力には精神を不安定にさせる《精神汚染》の効果が込められており。
通常の精神状態の英霊や人間には微々たる作用しか及ぼさないそれは。
辛うじてバランスを保っていたマルタの精神を崩すには十分な力を持っていた。
「ーーーー。」
ーーー竜殺しを殺さなければ。
そう、命じられたのだから。
精神のバランスが崩れ、正気が狂気に侵蝕される。
彼女は
己が召喚された目的を果たさなければならないという強い強迫観念に駆られた。
その押し寄せる流れに逆らえず。
流されるままに油断する
《ーーーーっ。》
しかし、その拳は振り上げられる事はなく。
ダラリと力なく彼女の脇に下がったままだ。
《ーーーねえ、さん!
こんな、のに。
負けちゃ・・ダメっす!》
「ーーーあっ。」
聞き慣れた声が耳を打つと同時に、自分を押し流そうとする狂気が弛むのがわかった。
苦しげな声で自分を鼓舞するタラスクに、彼女は自身を苛む狂気が軽くなった理由を察する。
悪竜タラスク。
彼は英霊となった聖女マルタの宝具である。
故にその魂はマルタと座を共有し。
彼女の生前は守護竜として霊体の姿で常にその傍らにいた事から。
マルタの魂の一部と言っても過言ではない存在と化していた。
タラスクはその魂の深い繋がりを利用し、マルタを蝕む狂気の半分をその身に引き受けたのだ。
ーーータラスク。
精神を蝕まれる苦しみを、自分の為に自ら背負ったタラスクの献身にマルタは胸が締め付けられるような想いがした。
彼女は当初、(舎弟として)自分が彼の面倒をみているつもりでいた。
だが、共に修練を重ね長い時を過ごすうちに。
マルタにとってタラスクは家族にも似たかけがえのない存在になっていた。
ーーーそうよ。
こんなこと、で・・っ!
生涯をともに歩き、支え合った
マルタは拳を解き、混濁する意識と戦いながら仲間に警告する。
「お、ねがいっ!ーーー逃げてっ!!」
「っ!!」
異常を感じ取っていた
すぐにオルガマリーとジークフリートを急かして2人から距離をとった。
その様子にマルタはひとまず緊急の危機は去ったと。心の中で安堵の息を吐く。
だが、タラスクが狂化の半分を肩代わりしていても今の彼女では衝動に流され彼らを襲ってしまう確率はゼロではなかった。
ーーージークフリートはファヴニールを倒す切り札。失うわけにはいかない。
・・この場を離れなくては。
殺害対象が目の前にいては命令の強制力が強まるばかりだと判断し。
マルタはタラスクを連れて仲間から離れる事を選んだ。
「・・タラスク、行くわよ。」
《ーーはいっす。》
たった一言。
その一言に対して、何も聞かずに彼女について行く意志を示したタラスク。
彼のその行動にマルタは小さく微笑った。
改めてタラスクが自分へと寄せる信頼を感じ取り。彼女はそれが嬉しくてたまらなかったのだ。
マルタは手を伸ばし、隣に寄り添うタラスクの甲羅を優しく撫でる。
ーーー1人では堪え切れぬ狂気も、
そう、確信を抱きながら慈愛に満ちた眼差しを彼女はタラスクに向けた。
心から信頼し、慕うマルタに労るように撫でられ。喜びを感じたタラスクは彼女の顔をもっとよく見ようと頭を斜め上へ傾けた。
《姐さん・・》
「《
そんな彼を。
彼の真下の地面から生えた無数の杭が、無慈悲に穿いた。
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「「タラスクッ!!!」」
マルタさんの上げた悲痛な声と。
俺の驚きの声が重なる。
唐突に地面から生えた複数の杭に。腹部を穿かれ、そのまま動かなくなったタラスク。
大量の血が巨体の下から流れだし、石畳を濡らしていく。
「タラスクッ!タラスクッ!
たーーーーあ、あ″。
ああアアああ″あぁッ!!!!」
膝を折り、動かないタラスクに必死に呼び掛けていたマルタさんの喉から絶叫が上がった。
両手で頭を抱え、苦しむ様に身をよじったかと思うと。ピタリとその動きは直ぐに止まった。
「・・・マルタ、さん?」
そして彼女はおもむろにコチラを振り返り、誰にともなく告げる。
その昏い瞳には無機質な殺意だけが映っていた。
「ーーー竜殺しを、殺ス。」
「ッ!すまないっ!!」
「え?わあっ!?」
「きゃっ!!」
地を蹴り、マルタさんは弾丸の様なスピードで俺達に襲いかかって来た。
ジークフリートはとっさに俺とマスターを突き飛ばし、振り下ろされた拳をクロスさせた腕で受ける。
「ーーーッ!!!」
けれど、衝撃を受けきれずに。
後方へと彼の体は吹き飛ばされた。
「ジークフリートッ!!」
民家の壁を突き破り、崩れた瓦礫と土煙でその姿が見えなくなる。
マルタさんはジークフリートを追撃する為、躊躇うことなくその土煙の中へ飛び込んでいった。
きっとマルタさんは《あの時》の
ジークフリートを殺すよう強制されてるんだ。
マルタさんを止めて2人を助けないと!
《あの夜》の
俺は反射的に2人の後を追おうとした。
でも、再び地面から現れた杭が柵のように列なり。そんな俺の行く手を遮った。
「あやつらには殺し合ってもらった方が愉しめるのでな。邪魔しないでもらおうか、小僧。」
「コンラッ!避けて!」
「ッ!?」
続いて、俺めがけて足元から飛び出してきた杭をギリギリで躱す。
あ、危なっ!
マスターの一声がなかったら躱し切れなかったかも。
俺は冷や汗をかき、聞き覚えのない声がした方に顔を向ける。
すると、近くの民家の屋根の上に2つの人影が立っていた。
「あら、血の美味しそうな娘がいるじゃない。
あっちの子はーーー男なのね。
もったいないわ。せっかく可愛い顔をしているのに。」
「
面白い事になっているな。」
赤と黒のドレスを纏い仮面をつけた女の人に。
黒い貴族服を着た長髪の男。
空を飛び交うワイバーンに時折光を遮られ、明滅する月明かりの下。
俺とマスターを見て、2人の吸血鬼は嗤った。
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※また短くて申し訳ありません。
今回は吸血鬼の2人が登場。
興奮した
マルタさん、タラスク・・ごめんよ。