第三者視点
《安心しろ・・・すぐに会いに行く。》
《・・うん。待ってるね。》
大きな手で労るように己の頭を撫で。
慈しみの滲む紅い瞳を細める
《所長。所長を助けられなかった俺が言っても説得力が無いのはわかってる。
けど、俺・・頑張るから。今度こそ所長を護りきってみせるから!
必ずカルデアに帰してみせるから!だから、どうか俺のマスターになって下さい!!》
《いいわよ。カルデアに戻るには他に方法もないみたいだし。・・・私が、あなたのマスターになってあげる。》
《ありがとう所長!ーーーううん。マスター!
これからよろしくね!》
《ッ!・・・えぇ。よろしくねコンラ。
ーーーこちらこそ、ありがとう。》
細い指で重ねた手を優しく握り返し。
山吹色の瞳を濡らしながらも微笑む
鮮やかに耳の奥で蘇った言の葉に。
手のひらの温度に。
己へと笑いかける2色の瞳に。
《■■ラ》は混乱のあまり記憶の片隅へと追いやられていた。何よりも大切な事柄を思い出し。
頭を殴られたような衝撃を受け、息を詰める。
ーーーなに・・やってるんだ、俺。
半身の手へと重ねかけた右手を引き。
彼は震えるその手を凝視する。
いま、自身が行おうとした行為が信じられなかった。
ーーーなにやって、るんだ。
何やってるんだ。何やってるんだよ、俺っ!!
思い出した温もりを失うまいと。
右手を左手で包み。己の胸元に引き寄せ。
身の内で自身への憤りを叫ぶ。
ーーー約束、したじゃないか!!
父さんと!マスターと!
また会おうって。護るって。帰すって。
それなのに。それなのに。それなのに。
俺は自分が楽になりたくて。
苦しみたくなくて。
その約束を放り出そうとした!
皆が護ってくれた『命』を自分から捨てようとした!!
彼は一時でも約束を忘れ。
己を護ってくれた父や祖父の想いも。
己を信じてくれたオルガマリーや仲間の想いも。
全てを投げ出し。捨て去り。
逃げる道を選びかけた自分が許せなかった。
そして脳裏に続いて蘇った燃える街での皆との記憶から。
彼は何故、父が。マスターが。仲間が。
自身に真実を隠していたのかを悟る。
ーーー俺の為、だ。
あの
記憶も曖昧で、宝具もうまく使えない。
不安定な状態だった。
そんな俺を気遣って。
皆はあえて真実を隠してくれてたんだ。
少し考えればわかるのに。
心のどこかでわかってたのに。
勝手に裏切られた気持ちになって。
自分で自分を孤独にして。
苦しんで痛がってたんだ。
俺は・・どうしようもないバカだっ!!
奥歯を強く噛み締め。
爪が喰い込む程に手を握り締め。
魂に直接訴えてくる様な誘惑を断ち切り。
《■■ラ》は立ち上がる。
「■■ラ・・?」
なかなか手を取らない半身に対し。
不思議そうに目を瞬かせる《コンラ》。
そんな彼に《■■ラ》は大きく息を吸い。
キッパリと告げた。
「ごめん、コンラ。
俺はーー死ねない。」
一度破ってしまった約束を果たす為に。
新たに交わした約束を守る為に。
自分の『生』を望む人達の為に。
彼は決意したのだ。
この先、どんなに苦しく痛みを伴う事があろうとも。
もう二度と逃げないと。
がむしゃらに前へと進み。
安楽の『死』を選ばず。
苦難の『生』を選ぶと。
故に・・彼は
「な、んで・・?」
その返答に《コンラ》は信じられないとばかりに眼を見開き。声を戦慄かせ。
次の瞬間ーー感情を爆発させた。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでっ!!?
何で■■ラまでオレを拒絶するんだよっ!?
オマエはオレの半身だろっ!?
元は同じ
なのにーーー何で母さんみたいにオレを拒むんだっ!!!!」
己が己を拒む事はないと、信じきっていた《コンラ》は。《■■ラ》に拒まれた事で。
己を初めて拒んだ時の母の手を思い出してしまう。
それをきっかけに。
生前から心の奥底に少しずつ降り積もり、沈殿していた。
他者にけして見せる事の無かった。
己ですら知覚していなかった。
粘度の高いマグマの様な昏い激情が溢れだす。
「疎むならっ!!
産んですぐに殺せばよかったじゃないかっ!?
捨てるならっ!!
はじめから弟子になんてしなければよかったじゃないかっ!?
忘れてしまうならっ!!
どうしてオレを産む約束を母さんに課したんだよっ!?
要らないのに!要らないのに!要らないのに!要らないのに!要らないのに!要らないのに!」
母へ、師へ、父へ。
目覚め、封印の内側で抱いたその疑問を。
不満を。怒りを。
彼は己の半身へと訴え、叩きつける。
その瞬間ーー《■■ラ》の中に《コンラ》の記憶の一部が流れ込んだ。
【そう、だったのか。
オレはーーー《要らなかった》のか。】
「ーーーッ!!」
それは母に疎まれ。師に捨てられ。
父に忘れ去られた・・・と誤解してしまった。
不運な少年の死に際の記憶。
「なんでっ!?どうしてっ!?
オレはっ!オレはーーっ!!!」
何故、自分はあんなにも無意味な生の中で。
苦痛にもがき。孤独に苛まれ。
愛を求めた父に殺されなければならなかったのかと。
出ないとわかっている答えを求め。
泣き喚き。嗚咽を上げながら。
自分とは違う道をーーー『死』ではなく『生』をーーー選んだ半身に詰め寄る《コンラ》。
その半身の姿に、記憶を見た《■■ラ》は・・。
「俺達はーーー要らなくなんてなかったよ。
コンラ。」
《■■ラ》は一筋の涙を頬に伝わせ。膝をつき。
青年となった己の両腕で、その幼い自分を抱き締めた。あの
そっと、小さな頭を労りを込めて撫でる。
「ーーッ!」
初めて感じる他者の温もりに。優しい手のひらの感触に。《コンラ》は戸惑い。言葉を失った。
ずっとずっと求めていたモノを与えられ。
荒波のように乱れ、煮え滾っていた心が。
ゆっくりと凪ぎ、しだいに落ち着きを取り戻していく。
「う、うく・・うぅ、うーー。」
撫でる度に、強張っていた体から力が抜け。
半身に寄り掛かり、体重を預け。
ようやく得た温もりから離れまいと、しゃくりあげながら。震える指で《■■ラ》の服にしがみつく《コンラ》。
その姿に、先程までの半身を救おうとしていた大人びた様子はどこにも見受けられない。
まるで迷子の幼子のような歳相応のその振る舞いに。
やっぱり無理していたのだと。
生前の分も泣くかのように。
未だ涙の止まらない
そして、そんな半身に。
何よりも大切な事を伝える為。
生前からの誤解を解く為。
彼は諭す様に言葉を紡ぐ。
「コンラ。父さんは・・・気づいてくれたよ。」
「ーー?なに、言って・・?」
「気づいてくれたんだ。
生まれ変わって。姿だってこんなに全然違うのに。俺が《
「え・・。」
俯いていた顔をバッと勢い良く上げ。
《コンラ》は《■■ラ》の黒い瞳を。
泣き腫らしたその紅い瞳で見つめ、呟く。
「ーーうそ。嘘、だ。
だって!だって!
父さんは『あの時』オレを殺した!
オレが《
己の言葉を否定する半身に。
《■■ラ》は苦笑し、自分の親指にある痣に視線を落とす。
「・・そうだね。
『あの時』は気づかなかったみたいだ。
でも、忘れたわけじゃないと思う。
忘れてたら『コレ』を見て、あんな反応する筈ないから。」
「あっ・・それ。」
「うん。生まれ変わっても。
『この指輪』は変わらず俺の指にあった。」
見やすいようにと。
半身の目前に右手を下げる《■■ラ》。
《コンラ》はその親指の痣に。
何かに導かれるかのように手を伸ばし。
自分の親指のーー金の指輪を重ねた。
………………………………………………………………………………………
《ーーッ!》
《あぁ・・これ、気になります?
生まれつきの痣なんですよね。まるで指輪みたいな形してるから、小さい時はよく同級生にからかわれましたよ。》
《・・・・なぁ。》
《はい?》
《その痣。もっとよく見せてもらってもいいか?》
《ーーえ?》
《ーーーあぁ。そうだったのか。》
《ほら、オマエ甘い物好きだろ?食えよ。》
《・・へっ?》
《俺、ランサーにそんな話したっけ?》
《いや、聞いてねぇ。》
《なら何故わかったし。》
《お前がケーキ屋の前で不審者みてぇにウロウロしてるのを見かけたからだ。あれだろ?入ろうか迷ってたんだろ?》
《う、え?アンタ見てたのか!
どこにいたんだよっ!?》
《近くに花屋があっただろ?アレ、俺のバイトさき。》
逆流するかの様に。
今度は《■■ラ》から《コンラ》へと流れ込む記憶。
そこに映っていたのは、紛れもなく
名を明かす事はなかったけれど。
それでも父は《
傍で見守り。心を砕いてくれた。
自分へと笑いかけるその瞳には。
紛れもなく温かな愛情が宿っていて。
「とう、さん・・。」
ーーー自分は、父親に忘れられてなどいなかった。
その事実を眼にし。理解し。
《コンラ》は先程までとは違う感情によって。
再び涙が頬を濡らすのがわかった。
父は、覚えていてくれた。
気づいてくれた。
愛情を向けてくれた。
それはつまりーー。
「■■ラ。オレ・・オレ達っ!
《要らなく》なかったっ!!」
「ーーうん。そうだよ。」
存在を認められ。
必要とされ。
父に愛されていたという事実を知った《コンラ》は。
湧き上がる歓びに心を震わせ、小さく歓喜の声を漏らした。
そして同意し、頷いた半身へと。
事実を知った事で生まれた、新たな願いを告げる。
「オレーー死にたくないっ!
生きて。父さんに会いたいっ!!」
父親に今一度会う為に。
《
『死』ではなく『生』を選び、望んだ《コンラ》。
重ねられた自らの指が。
強く、しっかりと小さな手に握られる感触に。
《■■ラ》は半身たる《コンラ》も生きる希望を見出してくれた事を嬉しく想い、安堵する。
《コンラ》の死に際の記憶を見て。
彼は半身ばかりがつらく苦しい思い出を持ち。
自分だけが、冬木で暮らしていた時の。
大勢の家族や友人に囲まれ。
(結果、殺されてしまったけれど。)
楽しく、喜びに満ち。
愛情を与え、与えられた。
幸福な思い出を持っている事に。
申し訳なさを感じていたのだ。
「俺もだよ。
俺もーー父さんに会いたい。」
半身の小さな手を握り返し。
ともに立ち上がり。
《■■ラ》は《コンラ》と同じ望みを願い。
その言葉を口にする。
「だから・・・一緒に
コンラッ!!」
「っ!ーーうんっ!!」
その直後、2人の体は光に包まれ1羽の海鳥となった。
別々の記憶を有していた2つの人格は。
隔てていた
同じ『
同化し、1つの人格へと統合された。
《コンラ》と《■■ラ》。
2枚の羽は両翼となり。
飛ぶことの出来なかった
海鳥は顔を上げ、大きく翼を広げると。
小舟から飛び立ち、勢いよく上空へと昇っていく。
父に会う為に。交わした約束を果たす為に。
生きる為に。
「・・・・。」
力強く翼を羽ばたかせ。
遠ざかっていく海鳥を見送る、1人の女がいた。
女は海面に立ち、その肢体は透けている。
「ーーー生きろ、
祈るように、そう呟くと。
瞬く間に女は
後に遺されたのは。
波に揺られる、誰もいない小舟が1艘のみ。
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※実は作中できちんと区別をつける為に、あえて転生後の名前を伏せ字にしていました。
《■■ラ》のフルネームは
漢字を見て頂ければ何故この名前にしたかは一目瞭然。←