フルメタル・アクションヒーローズ   作:オリーブドラブ

129 / 297
第129話 ドラッヘンファイヤーとして

「……ガッ、ア、アァァアアアーッ!」

 

 「新人類の巨鎧体」に取り込まれた四郷に異変が訪れたのは、すぐのことだ。

 コックピット周辺の計器類やモニターらしき部分が光るのと同時に、接続機に繋がれた彼女の瞳が白目を剥く。

 そして次の瞬間、壊れた機械のような絶叫が、グランドホールに轟いたのだった。制御を失い、暴走するマシンそのものと言うべき彼女の悲鳴は、もはや人間の声帯で出せる代物ではない。

 

 ――自分を絶望に落とし込んだ、悪夢の象徴。その忌まわしいはずの存在に、今度は自分自身が成り代わろうとしている。

 その事実をたたき付けられ、今度こそ完膚なきまでに、精神を破壊されようとしているのかも知れない。

 

 次いで、時が止まったかのように静止していたはずの「新人類の巨鎧体」にも、遂に動きが現れる。――だが、それは俺が予想していたものとは、大きく違っていた。

 甘えるように巨大な両腕を伸ばし、地響きと共にすり足でにじり寄るその動作は、さながらゾンビのようだ。瀧上さんによって無理矢理操縦させられているとは言え、やはり基本は四郷自身の意志が行動を左右するのだろう。

 

「鮎子。『新人類の巨鎧体』を操っているお前なら、わかるはずだな? なにをやるべきか。誰を倒すべきか」

「オ、ネェ、ヂャン……オ……ネェチャン……! オ、ネ……」

 

 ……赤いオイルの涙を流し、白目を剥いたまま泣いている彼女の顔を見れば、何が目的かなどは考えるまでもない。

 

「まさか四郷鮎子君の脳髄を利用するとは……くッ!」

「しゃ、社長! 奴が起動してしまっては……!」

「わかっている! いくらパイロットが彼女であるとは言え、瀧上凱樹の手中に落ちている事実に間違いがない以上、危険であることには変わりない! 総員撤退だッ!」

 

 一方、彼女の足元にいる甲侍郎さん達は、着鎧を解かれた茂さんを抱え、こちら側に一斉に飛んで来ていた。そして、この場にいる全員に撤収するよう呼び掛けている。

 

「――辛いけど、こうなったら逃げるしかないわ。久水さん、行くわよ!」

「で、でも鮎子が……! 鮎子があんなにぃっ……!」

「今ここで正面からぶつかって死ぬのが、あの娘の助けに繋がるの!? 地上に出て体制を立て直せば、助けるチャンスはきっとある! 向こうも『新人類の巨鎧体』を動かすには四郷さんが必要なんだから、殺されることは絶対ないッ!」

「……わかりました、わ……」

 

 久水は四郷を放っておけないとばかりにむせび泣いていたが、救芽井の叱咤により僅かに立ち直ったようだ。

 こんな状況でも先のことを考え、助ける見込みを決して捨てない彼女の姿勢には感嘆するしかない。やっぱり、スーパーヒロインとしての経験値ってのは伊達じゃないな。

 

 ――だが、この場から撤退する気配がないのは久水一人ではない。未だに戦う姿勢を崩していない「必要悪」と、さらにもう一人。

 

「……鮎子……ごめんね、ごめんね……」

「所長さん、あんたも早く逃げるんだ! 四郷が瀧上さんの言いなりに暴れ出したら、ここもおしまいになっちまう!」

「一煉寺龍太の、言う通り……ですッ! 鮎子君は、必ず助かる! そして、彼女が再び帰ってくる場所には、あなたが必要なのですよ! ――鮎美さんッ!」

 

 最愛の妹が残した眼鏡を握り締めたまま、呆然と立ち尽くしている所長さん。そんな彼女を説得しようとしていた俺に、意識を取り戻した茂さんが続く。

 

「……そう、ね。そうよね。私も、生きなきゃ……ね」

 

 呪文のようにぶつぶつと呟きながら、彼女は生き残りのG型部隊に引きずられるように、エレベーターへ向かっていく。瀧上さんに倒された人々や、伊葉さんのような生身の人間が、優先的に退避させられているようだ。

 

「ど、どないしよ、ア、アタシもなんかした方がええんやろか……や、やけんど……」

 

 忙しく動き回る周囲に翻弄されてしまっている矢村が少々気掛かりだが――まぁ、甲侍郎さん達がなんとか保護してくれるだろう。今は、彼らを頼るしかない。

 

「龍太君。あなた……もしかして残る気?」

 

 その時、エレベーターへ移動していく人々を眺めていた俺の背に救芽井の声が響いて来る。振り返った先に見える「救済の先駆者」のマスクの口元は、笑っているようにも見えるが……その不安げな声色をごまかすことは出来ない。

 この察しの良さも、恐らくは経験の賜物なのだろう。よほど雰囲気に出ていたらしい。

 

「――まぁ、な。四郷があんなことになってる以上、放ってはおけない。後で助けられるにしたって、その時に彼女が無事かどうか……それに」

「今まで瀧上凱樹を『いなかった』ことにしようとしていた日本政府が、彼の眷属同然の彼女を生かすはずがない……って?」

「そこまで分かってるなら、話は早い。救芽井はみんなをなんとかエレベーターで地上まで送り届けてくれ。アレに乗ってるのが四郷だからって、全員素直に逃がしてくれる保証はない。『必要悪』の奴も逃げ出す気配がないしな。……あいつの実態は知らないが、『新人類の巨鎧体』とやり合う気でいるなら時間稼ぎはできるはずだ」

 

 恐らく、瀧上さんは俺達を四郷に始末させた後、あの壁に偽装していた格納庫から地上に上がり、やりたい放題に暴れるつもりなのだろう。逃げたら逃げたで、追い掛けて来るに違いない。

 そこまで行けば、伊葉さんの言う通り、日本政府も重い腰を上げなきゃならなくなるはず。瀧上さんを倒すだけなら、それだけで十分だろう。俺が残る理由もない。

 

 ……だが、四郷はどうなる? 散々巻き込まれて機械の身体にされた挙げ句、自分にトラウマを植え付けたマシンに縛られてしまった、彼女は?

 

 あんな状態で助けが来るまで放っておいて、元通りの精神に戻るとは限らない。そもそも、瀧上さんを消したい日本政府が彼女を生かす理由がない。最悪、瀧上さんもろとも殺されかねないのだ。

 

 もし今すぐ彼女を「新人類の巨鎧体」から引っぺがすことが出来れば、少なくともあの苦しみから解放することくらいは可能なはず。人を救う、それが信条の着鎧甲冑を預かっておいて、その可能性を捨てるわけにはいかない。

 

「……どうしてよ」

「ん?」

「どうしてよッ! どうしてあなたがそこまでするのッ! どうして私を頼ってくれないのよッ!」

 

 だが、救芽井はイマイチ納得が行かないらしい。俺の肩を必死に揺らし、声を荒げて抗議しているその様は、仮面のデザインに反して余裕がまるで感じられない。

 

 彼女としては、周りに何も言わず、勝手に残るつもりでいることが許せないようだが……。

 

「救芽井、お前言ったよな? 絶対にみんなで生きて帰る、それが『着鎧甲冑』だって。俺もその通りだって思うんだ。だって、その中には四郷だって居るんだろ?」

「……そう、だけど」

「なら、そのために出来ることは全部やらなくちゃいけない。『みんな』で生きて帰るには、お前が甲侍郎さん達と一緒に所長さんや伊葉さん達を連れ出さなきゃならないし、四郷を助けるには俺が残って『新人類の巨鎧体』とやり合わなきゃいけない。アレに勝てる見込みなんてある方がおかしいし、今すぐ四郷を引っぺがせたって彼女が無事な保証もない。それでも、ほんのちょっとでも助けられる見込みがあるなら、俺は『救済の超機龍』としての仕事を全うするべきなんだと思う」

「……ッ!」

 

 長々しい俺の力説に対する、彼女の反論は聞こえて来ない。もっとマシな手段があるなら、彼女の口から今すぐ飛び出てきてもいいはずなのに。

 

 ――本音では正しいとわかっていても、認めたくない何かがある。そう、彼女が纏う雰囲気が語っているようだった。

 

「……あなたの言うことはわかるけどっ、でもっ! ――じゃ、じゃあ、私も残る! 私も一緒に戦う! もう二度と、あなた一人で戦わせたくなんかないッ!」

「大勢の――それも生身の人々をほったらかして、上手く行くかどうかもわからない戦いに首を突っ込むのがお前にとっての『着鎧甲冑(ヒーロー)』か? こういう博打染みた戦いは俺の方が向いてるし、一応アレについての前情報も持ってる。完全初見のお前よりは上手く立ち回れるつもりだぜ」

「ま、前情報? それってどういう――」

「さぁ、話は終わりだ! みんなのことは経験豊富なお前に任せるぜ。その分、四郷のことは、きっと俺がなんとかしてやるからさ!」

 

 特攻同然の俺の胸中を僅かでも理解してくれるだけでも、十分ありがたい。だけど、彼女を俺の博打に巻き込むわけには行かん。

 

 こういうことは、考え出した奴が一番にやらなくちゃならないことだからな……!

 

 俺は救芽井の肩を掴んで強引に身体を旋回させ、そのまま人だかりでごった返しているエレベーターに向けて突き飛ばす。少々強引だが、『新人類の巨鎧体』が目前に迫っている以上、彼女の了解を取っていられる余裕もない。

 

「あ、ちょっ、ちょっと龍太君ッ!?」

 

 狼狽した様子の彼女の声を背に受けて、俺は「新人類の巨鎧体」と向き合う体勢になる。客席とアリーナの高低差のおかげか、コックピットとの目線の高さはそこまで離れてはいなかった。

 

 俺の隣に立つ「必要悪」も高電圧ダガーを構え、臨戦体勢に突入している。

 

「龍太君、龍太君ッ!」

「……静かにおしッ! 救芽井さんッ! あなた婚約者を自称している癖に、殿方の覚悟も信用出来ないざますかッ!?」

「な、なによ! あなたになにがわかっ――!?」

「ひぐっ、うっ……龍太様が……龍太様が、鮎子を救われるために、戦うと決意されたのでしょう……!? ならば、ワタクシ達に出来ることは……あの方の勝利を祈ることだけではありませんかッ! 良き妻とは、良き妻とは、そういう、ものッ……!」

 

 ――どうやら、救芽井のことは久水が鎮めてくれたらしい。後ろから聞こえて来る健気な涙声が、彼女の胸中を如実に物語っている。

 

 ……大丈夫だ、久水。お前の親友は、絶対に助けてやる。目の前で苦しんでる女の子をほっぽらかして、何が正義の味方じゃい。

 

「龍太君! 『必要悪』! 何をしている、早くエレベーターに乗るんだ!」

「――甲侍郎。彼らには各々の戦うべき理由がある。君もよくわかっているはずだろう?」

「か、和雅……。わ、わかった。二人とも、決して死んではならんぞ。生還に勝る勝利はないのだからな!」

「ぐッ、ぐふッ……その通りだッ! 一煉寺龍太ッ! そこに残る以上、貴様だけのうのうと生き残ることなどワガハイは許さぬぞッ! 必ず全員で帰ってきて見せよッ!」

 

 エレベーターで脱出の準備に入っている面子の多くは、俺達が居残ることについてはそこまで口出しはしていないようだった。彼らも、政府が四郷を見捨てることになるだろうと踏んでいるらしい。その結末が、着鎧甲冑の矜持に背くことに繋がることも。

 

 ――にしても、「必要悪」が瀧上さんと戦う理由って、何なんだ……? 伊葉さんは何か知っている風だったが。

 

「一煉寺君。私の口から偉そうなことは言えたものではないが……鮎子君のこと、よろしく頼む。日本政府も当てに出来ない上に、この場にいる多くの人間にリスクを負わせられない以上、君に頼らざるを得ないのが心苦しいが、な……」

「――なに、ここから急いで脱出しようっていうみんなの方が正しいのは違いないさ。ここに残って四郷を今すぐ助けたいってのは、単なる俺のワガママだ。言われるまでもなく、全力でよろしくやるつもりだぜ。俺は」

 

 その伊葉さんからは、四郷のことを頼みたいという旨の言葉しか聞けなかったが……まぁいい。少なくとも「必要悪」は味方だっていう情報だけで、今は十分だからな。

 

「――龍太君、気をつけて。パイロットが意識の薄い鮎子である以上、凱樹が思うような性能は発揮できないでしょうけど……『新人類の巨鎧体』自体が十年前のものより格段に性能が上がってるし、あの様子じゃ相当な暴走を起こしかねないわ。……ここが水没するのも時間の問題だし、ゆっくり作戦を練ってる余裕はないと思って頂戴」

 

 すると、今度は所長さんの声が響いてきた。茂さんの説得の甲斐あってか、かなり声色に落ち着きが戻っている。

 にしても、性能が十年前よりさらに――か。勢いでここまで来てしまったはいいが、かなり詰み状態っぽいな、俺。

 

「性能が上がってるって……あれ以上に武装が増えてたりするのか!?」

「それは――来たッ!」

「――ッ!?」

 

 彼女にその性能とやらを訪ねようと、俺が僅かに後ろを向いた瞬間。

 そこ狙ったようなタイミングで、遂に鉄人に動きが現れた!

 

「ア、アァアアァアアアァアアーッ!」

 

 耳を塞ぎたくなるような金切り声を上げて、四郷が血を吐くような勢いで叫ぶ。

 それと同時に、「新人類の巨鎧体」が巨大な鉄拳を振り上げ――空へ飛んだ!?

 

「なッ!?」

「ロケットエンジンによる飛行能力(ホバリング)ッ……!?」

 

 十年前の映像からは想像もつかない動きと共に、十メートルにも及ぶ鋼鉄の巨人は、この広大な地下室の天井ギリギリにまで舞い上がったのだ。その巨体に似合わない挙動に、「必要悪」が珍しく驚きを露わにしていた。

 

 ――そう。奴は「飛んでいる」。全てを焼き尽くさんと噴き出す、二本の火柱を背にして!

 

 これが、現代の「新人類の巨鎧体」の能力……!?

 

「――いけないッ! あそこから叩き潰すつもりだわッ! エレベーターの起動、急いでッ!」

 

 そして、所長さんが焦燥感に充ちた叫び声を上げると共に――

 

「オネェ……ヂャ……アァアァアアァアアァアッ!」

 

 ――少女の絶叫を乗せた破壊の鉄槌が、俺達二人と他全員を乗せたエレベーターに向け、容赦なく打ち出された!

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。