フルメタル・アクションヒーローズ   作:オリーブドラブ

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第207話 運命の狼煙

 快晴の青空。木の葉を撫でる風の音。

 穏やかに波紋を描く透明の池。

 

 静かな山奥、などという言葉は、きっとこんな場所のためにあるのだろう。ここに居ると、今が大変な状況であることさえ、忘れてしまいそうになる。

 

「ひさぁ〜みずぅ〜のぉ、あつぅ〜いちぃ〜はぁ〜……っと、どうじゃ鮎美君、君も一曲!」

「あ、あら、私歌は上手ではありませんのよ」

「か〜まうもんかい! 歌は心で歌うもんじゃ! 瀬芭、マイク持ってこんかいマイク! 今度はデュエットで行くぞい!」

「もう、あなたいい加減になさい。こんな朝早くから……お酒臭いですよ」

「なんじゃいなんじゃい、舞たんのケチんぼ!」

「……父上。鮎美さんへのナンパならワガハイを通してからにして頂きたい」

「ほう、わしに楯突くか。いいじゃろう、鮎美君を賭けてカラオケ勝負じゃ!」

「望むところ! 見ていて下され鮎美さん、ワガハイの勇姿をッ!」

「人を勝手に賭けないでくれる!?」

 

 ――この騒がしさがなければ、の話だが。

 

 湯飲みを手に廊下で池を眺めている俺の背後では、毅さんが朝っぱらから朝食の場で全力フィーバーしており、舞さんがフォローに奔走している。茂さんは父に睨みを利かせつつ勢いよく立ち上がり、瀬芭さん達使用人一同は毅さんに付き合って合いの手を入れていた。

 

 恐らく、これが久水家の日常なのだろう。並外れた胆力の持ち主であるはずの鮎美先生も、この空気に飲まれて若干タジタジの様子。……ここに古我知さんがいたらさぞ激しいカラオケ大会になったろうな。

 

「……」

「あれ、鮎子は参加しないのか」

「……騒がしいのは苦手」

「――あはは、確かにあれは俺もごめん被る」

 

 そんな騒々しい朝の食卓を抜け出し、鮎子は俺の隣にちょこんと座り込む。カラオケ大会を抜け出す隙を見極めたこの手腕も、特訓の賜物なのかも知れない。

 

「……先輩。昨日、梢のこと振ったよね」

「……!」

 

 ――この察しの良さも、だろうか。

 

「今朝、梢の頬に涙の痕が残ってた。梢が泣くなんて、よっぽど」

「……やっぱり、わかるんだな」

「わかるよ。梢のことなら」

 

 射抜くような真剣な眼差しで、鮎子は俺を真っ直ぐに見つめる。その瞳は、表情を引き締める俺の顔を克明に映していた。

 

「怒ってるのか」

「……あなたが決めたことに、口を出すつもりはない。けど、ここまでしておいて賀織まで泣かせたりしたら、今度こそ許さない」

「肝に命じる。これから一つになる相棒にまで、失望されちゃかなわんからな」

 

 不敵に口元を緩め、俺はその小さな肩に掌を乗せる。

 

 ――そうさ。

 俺はこれから、鮎子と二人三脚で、ラドロイバーや将軍に立ち向かわなければならないんだ。ここで、いつまでも立ち往生しているわけには行かない。

 

「……」

 

 すると照れ臭くなったのか、鮎子は頬を赤く染めると、視線を下に落としてしまった。あれ、さすがにクサ過ぎたかな。

 

「困った殿方ですわね。こんな朝早くから、『一つになる』なんて。言葉はもっとよく咀嚼してから口にするものでしてよ」

「んなっ!?」

「……あ。おはよう」

 

 そんな俺の意表を突くように、背後から聞き慣れた声が刺さる。

 

 振り返った先には――淡い桃色の和服を纏う、久水先輩の姿があった。

 今までのような体のラインを強調した服とは違う、慎ましい佇まい。これが本当にあの久水先輩なのかと、我が目を疑ってしまう。

 少なくとも、俺が知る限りでは――今までのどんな時よりも、彼女の姿は輝いているようだった。

 

「ふふ、今更見惚れても手遅れでしてよ。せいぜい、このワタクシを振ったことを後悔するざます」

「な、なにを……」

 

 生まれ変わった彼女は、俺をからかうように笑いながら――

 

「――賀織さんと、お幸せに。そして、親友のこと……改めて、お願いしますわ」

「……!」

 

 ――最後にそう耳打ちし、喧騒の中へ向かって行った。

 

 どんな表情をしていたのかは、見逃してしまったが――俺に囁いた時の声色は、いつになく安らいでいた。

 

 ……参ったね。俺が気を揉んでいたことが滑稽になるくらい、彼女は強かったらしい。

 その強い女にああ言われちゃあ、責任も重大だ。これから、大変になりそうだぜ。

 

「……先輩?」

「鮎子。改めて頼む。俺のために、もう少しだけ――修羅道ってヤツに付き合って欲しい」

 

「……今更にも程がある。そんなの、ずっと前から決めてたことだよ」

 

「そっか……恩に着るよ。ありがとう」

 

 これから始まる戦いに向けて、改めてパートナーに協力を申請――というつもりだったが、確かに今更にも程があったな。

 

「……ぷっ」

「……ぶふっ」

 

 冷静に考えるとあまりにも可笑しかったんで、気がつけば俺も鮎子も吹き出してしまっていた。

 思えば、お互いそればっかりの数週間だったもんなぁ。今更も今更、超今更だ。

 

「……じゃあ、今更ついでに願掛けでもしてく?」

「願掛け? ああそうか、今日って七夕だっけ」

 

 鮎子の誘いで、俺はふと先日の話を思い出す。長いこと眠っていたせいで、日にちの感覚がズレてきているらしい。

 

「織姫様と彦星様が、ボク達についてくれるかはわからないけど――それでも、今は一人でも多くの味方が欲しいからね」

「だな。もしラドロイバーの方につこうもんなら、天の川まで殴り込みに行ってやろうぜ。空まで飛べると評判の『超機龍の鉄馬』でな」

「……『超機龍の鉄馬』に大気圏突破能力はないよ?」

「……例えに決まってんだろ、そこはマジレスしなくていいよ……」

 

 「超機龍の鉄馬」に夢を見させない鮎子のシビアな言葉に辟易しつつ、俺は彼女から短冊を受け取る。既に池の奥にある笹には、数枚の短冊が掛けられていた。

 どうやら、藁にもすがる思いなのは俺達だけではないらしい。日本の風習を重んじてるだけかも知れんが。……ここ、京都だしなぁ。

 

「……そういや、鮎子はどんなこと頼んだんだ?」

「もちろん、ラドロイバーの打倒だよ。茂さんと梢も、同じようなこと書いてる」

「ふーん、なるほどね……」

「先輩もそうでしょ?」

 

 俺の顔を確認するように覗き込みながら、鮎子はそう訪ねてくる。

 

「いや、ちょっとだけ違うことを書くよ」

「違うこと?」

「みんなして同じことばかり組織票みたいに書いてたら、織姫も彦星もウザがるだろ。俺はもうちょっと、その先のことを願うことにするよ」

 

 拝借した筆ペンを滑らせ、神様への訴状を書き上げる。その旨は「遠い砂漠の人々に、平和な未来が訪れる日を願う」、というものだった。

 

「……そっか。先輩、らしいね」

「もっとも、本音を言っちまえば矢村やダウゥ姫のためみたいなもんだが……せっかく神様に勇気を貰うんだ、綺麗な建前でゴマするくらいはしとかなきゃな」

「……そんなセコい人に神様が協力してくれるのかな」

「ひっでぇ! 願掛けしろっつったのは鮎子なのに!」

「……ん、そうだったかな?」

 

 相変わらずな毒舌にひとしきり突っ込んだあと、俺は短冊を手に腰を上げる。

 

 この戦いが終わった先に、何が待ち受けているのか。それは、その時になってみなけりゃわからない。

 その結末を少しでも良いものに近づけられるなら、願掛けでも何でもやるさ。その思いがあるから、二段着鎧の実現にここまで来れたんだし。

 

 ――あとは、向こうの力がこっちの想定を上回っていないことを祈るぐらいか。

 

「……そう、そう。……わかったわ、すぐに準備させる。そちらも気をつけて」

 

 気休め程度の願掛けでも、それでモチベーションが上がるなら。その思いに引かれ、笹に向かおうとした俺を、鮎美先生の逼迫した声が引き止める。

 誰かと電話で話しているらしい。ついさっきまで騒がしくしていた久水家の面々も、この時ばかりは借りてきた猫より大人しくなっていた。

 

 ……あの様子。まさか。

 

「――龍太君」

「……ああ」

 

 そう直感で感じ取った、俺の勘は。

 

「状況が変わったわ。松霧町で、ラドロイバーが発見されたようよ」

 

 鬱陶しいほどに、的中していた。

 

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