フルメタル・アクションヒーローズ   作:オリーブドラブ

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最終話 三年後の生

 雲ひとつなく、晴れ渡る青空。

 その中でまばゆく輝く陽射しの元に、二人の女性の姿があった。

 

 日本の景色としてはありふれた、簡素な住宅街。その道中にぽつんと存在している小さな公園で、彼女達はベンチに腰掛けていた。

 公園ではしゃぎ回る子供達に笑顔を向けるその姿は母のように暖かい――が、彼女達はまだ独身である。

 

「変わらないわね。この町……」

 

 特筆するようなものなどない、平凡で平穏な町並み。その当たり前の風景を愛おしげに見つめる女性は、隣に座る女性にしか聞こえない声で呟く。

 

「ちょうど、今みたいなあっつい日やったっけなぁ。あんたが転校して来たのは」

「ええ。……本当、変わらないわ。どんなに着鎧甲冑が普及しても。ヒーローが大勢いる時代になっても。この町だけは、あの頃から何も変わらない」

「これからもきっと、変わらんよ。あんなに壊されても、綺麗に復興したんやけん。この先何があっても、この町はこの町や」

 

 彼女の目には、この町が時代から切り離されたかのように見えていた。しかし、もう一人の女性は住み慣れたこの町を、あるがままに受け入れている。

 救芽井樋稟はそんな彼女――矢村賀織の姿を、羨ましげに見つめていた。賀織の膝の上に丸まる愛猫「グレートイスカンダル」は、主人の体温に包まれ穏やかに眠っている。

 

「ていうか、あんた仕事はええん? イギリス支社への配備がどうとか、技術者の派遣がどうとか言ってへんかった?」

「……今日は大事な日だからね。ジュリアには、特別ボーナスを条件に頑張って貰ってるわ」

「……おっかない社長やなぁ。アタシ、あんたの下で働いたら三日で倒れそうやわ」

「ふふふ、その時はちゃんと労災くらいは下ろしてあげるわ。賀織は?」

「アタシは有給。こんな時期くらいしか休めへんからなぁ」

「じゃあ、ちょっと短めの夏休みってわけね」

「ちょっと短いどころちゃうわ」

 

 じとっと冷ややかに見つめる親友に対し、樋稟はにこやかに笑っている。プライベートの中でも、今ではあまり人に見せなくなっていた笑顔だった。

 そんな彼女の笑みを目の当たりにした賀織は、「やれやれ」といった表情で苦笑いを浮かべる。よほど今日が楽しみだったのだろう、と彼女が察するほどに、樋稟の表情は明るいものになっていたのだ。

 

 すると、樋稟の表情は憂いを帯びたものに変化し――彼女の碧い瞳は空へ向かう。その面持ちから彼女の胸中を察した賀織は、共感するように頷きながら、愛猫の毛並みを静かに撫でる。

 

「……やっと。やっと、帰ってくるんやなぁ。龍太」

「そうだね……。よかった、無事に帰ってきてくれて」

「やけど古我知さんが言うには、政府の連中はまだ龍太を利用する気なんかも知れんのやろ? 大丈夫なんやろか……」

「――彼らは龍太君の力を利用しようとはしてるけれど、私達と事を構えようとまでは考えていないわ。……もう、彼を好き放題にはさせない」

「……そうやな。そのための、アタシらなんやし」

 

 グレートイスカンダルの寝顔を見つめながら、賀織は静かに――力強く呟いた。彼女の脳裏にも、三年前に別れた「彼」の姿が色濃く焼き付いている。

 高校卒業から三年。賀織も樋稟も、彼のことを忘れた日はなかった。それは恐らく、彼女達だけではないだろう。

 

 彼と関わった人々は皆、その姿を胸に刻み――この時代を生きている。多くのヒーローが息づく、この新時代を。

 

「出来れば、みんなで一緒に出迎えてあげたかったね」

「ま、しゃあないやろ。梢先輩は茂さんと一緒に、ドイツ支社で着鎧甲冑の配備数増加の交渉。鮎美先生はロシアで寒冷地仕様の装甲の開発。鮎子はアメリカ本社で飛行ユニットの自律化の研究。……着鎧甲冑部で日本におるの、アタシら二人だけなんやもんなぁ」

「そうだね……。みんな、それぞれの場所で頑張ってるんだ……」

 

 樋稟は胸から一枚の写真を引き抜き、懐かしむように写された光景を見つめる。それは着鎧甲冑部の部室に飾られたものと、同じ瞬間を収めていた。

 その中で大らかな笑みを浮かべている少年の姿が、彼女の胸を締め付けている。

 

「……ねぇ、賀織。本当によかったの? 空港で出迎えなくて……」

「あいつは騒がしいとこは好きやないけんなぁ。どうせ出迎えるんやったら、この町で出迎えてやりたいんや。あいつが好きな、この町で」

「……もう、敵わないなぁ。賀織には」

 

 その遠因である賀織は、遠い目で子供達を見つめながら微笑みを浮かべていた。相手のことなら何でも知っている――と主張するかのような佇まいに、樋稟は言い知れぬ敗北感を覚えていた。

 

 心から彼を信じ、待ち続けることができる「妻」の姿。

 自分に、そんな真似できただろうか。そう自問自答する彼女の思考を――グレートイスカンダルの鳴き声が断ち切った。

 

「……ほらっ」

 

「……!」

 

 何に反応して、この猫が目を覚ましたのか。その原因を探る前に、賀織は視線をとある方向へ移した。

 

 曲がり角から、公園に繋がる道。そこに現れた、一人の青年。

 

(……えっ!? あ、あれは……!)

 

 艶やかな黒の長髪を靡かせ、キャリーバッグを引いて歩く隻腕の男――。

 あまりと言えばあまりにも異様と言えるその姿に、樋稟は思わず固まってしまっていた。

 

 しかし――賀織は違う。

 

「龍太ぁっ!」

 

 一目見るだけで、その青年の正体を見抜いた彼女は猫を抱いて立ち上がり――彼に向かい、満面の笑みで駆け寄って行く。

 

 何があったのか詮索する素振りも見せず。彼に気を使わせるような表情など見せず。

 

 ただ、あるがままの彼を受け入れるように。

 

「……!」

 

 そんな彼女の背を追うように、我に返った樋稟も駆け出して行く。

 その胸には今、伊葉和雅の言葉が渦巻いていた。

 

『いつか彼と再会するその時に、心からの笑顔を向けられれば……きっと彼も、君を信じて良かったと思うだろう』

 

(心からの、笑顔を……)

 

 今の自分に、出来るだろうか。彼女のように笑ってあげられるのだろうか。

 こんなに、傷付いた姿で帰って来たというのに。こんなに、こんなに辛いのに。胸が、苦しいのに。

 

 そんな恐れを胸に滲ませたまま、樋稟は顔を上げる。

 

 すると、そこには胸に飛び込んでいく賀織の姿と――

 

(……っ!)

 

 ――少年の頃のような。底抜けに明るい笑顔でそれを受け止める、彼の姿があった。

 

 初めてこの町で出会った頃に見た、あどけない表情。

 初めて出会った、男の子の顔。

 初めて好きになった、彼の笑顔。

 

 それが、自分にも向けられた瞬間。

 

「へへ……ただいま、救芽井」

 

「……おかえり、なさい」

 

 あれほどまでに自分を苦しめていた恐れが、嘘のように吹き飛んで行く。靄が晴れ、太陽が差し込んでくるかのように。

 

 そして――それに導かれた彼女は。

 

「おかえり、なさい……!」

 

 恐れの先にある嬉しさを引き出し――心からの笑顔を浮かべて、彼の帰りを喜んでいた。淀みを洗い流すかのような、雫を頬に伝わせて。

 

 そんな彼女を見つめる彼も、賀織も。昔に戻ったように、笑い合っている。

 

 苦しい戦いも、楽しい時間も共有してきた――あの日々のように。

 

 いつまでも変わらない太陽も。青空も。町並みも。そんな彼らを、穏やかに包み続けていた。

 

 ――そして。

 

 さらに三年の時を経た、二◯三七年十二月二十二日。

 一煉寺龍太は、一人の父となる。

 

 それは救芽井樋稟と出会い、全てが始まったあの日から――十年が経つ頃のことであった。

 




 龍太を主人公とした物語は、ここで完結となります。ここまで応援して頂いた皆様、本当にありがとうございました!
 次回からも、新たなヒーロー達を主軸に据えた外伝作をお送りしていく予定ですので、今後とも本作を見守って頂けると幸いです! では!

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