フルメタル・アクションヒーローズ   作:オリーブドラブ

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第33話 燃える闘志を、鎧に込めて

 電話を受けた陸のただならぬ様子に、何かあったのではと訝しむ天坂家。その電話先が伊葉和士と看破していた忠道は一際、陸の剣呑な雰囲気に不穏なものを感じていた。

 その陸が血相を変えてファミレスを飛び出したのが、二分前。何かあったのではと不安げな表情になる家族を宥めながら、忠道は陸に起きた異変の原因を思案する。

 

(あの子があれほど切迫するなど、ただごとではない。しかも、電話先が伊葉和士だとするなら……ま、まさか、結花の身に――リニアストリームに何かが……!?)

 

 額を伝う汗を、拭うことも忘れて。忠道は、陸が一瞬だけ見せた必死な横顔を思い返していた……。

 

 ――その頃。

 

 リニアストリームが通り過ぎたレールの上を――黄色のスーツを纏うヒーローが、唸りを上げて疾走していた。

 

「らぁッ――あぁあぁあぁああッ!」

 

 視界の遥か先に、僅かに映るリニアストリーム。その車体を捉えた瞬間、「救済の超駆龍」はより強くレールを踏み込んで行く。地に穴を開けんとするかの如く。

 

 刹那――色鮮やかな電光の嵐が吹き荒れ、駆け抜ける陸の全身に纏われて行く。

 

『Blazingup!! LionForm!!』

 

 そして。トリコロールカラーの獅子をあしらった、プロテクター状のバッテリーパックが装着された時。

 大自然を駆け抜ける猛獣が如く。鋼鉄の足が、レールを蹴り付け――風圧だけで周囲を破壊しかねないほどの「嵐」を巻き起こした。

 

 その烈風に煽られたレール周辺の無機物がビリビリと振動し、人間という枠組みから逸脱した超人の威力を、物語っていた。

 

(……やっと。やっと、前に進めるって時に。なぁに余計なことしてくれちゃってんのさ? えぇ? おい)

 

 猛り狂う獅子の、声にならない怒りが――冷たい機械に突き刺さる。その実態は新時代のマシンか、ただ大きいだけの棺桶か。

 運命を二分する権利を授かった「救済の超駆龍」は、リニアストリームの車体を至近距離で捉え――より強く。地を踏み抜くように。

 

 足元を蹴り飛ばし、遥か彼方へと舞い飛ぶ。

 

 この瞬間――機械仕掛けの獅子は、時速八百キロを凌ぐ速さで。この青空に閃いていた。

 

 風切り音を立て、青空の向こうへと吹き飛ばされて行く鉄塊。その中に閉じ込められている陸は、真下を通り過ぎて行くリニアストリームを一瞥する。

 

(ああ、ちくしょう。怖え、怖えなぁ……。けど、やっぱし――!)

 

 そして土砂を噴き上げ、辺りを吹き飛ばし――「救済の超駆龍」の機体が、レール上に着地する。

 

 ――リニアストリームに、立ちはだかるが如く。

 

(やっぱし! 何もできないまま、結花を亡くすほうが。よっぽど、怖えッ!)

 

「――かかって来いやァ、ポンコツ棺桶がァァァァッ!」

 

 そして両者は激突し、轟音と共に――陸の足元が火花を散らす。如何に最新型着鎧甲冑と言えど、大質量のリニアモーターカーを止めるなど、不可能。せいぜい、「速度を落とす」程度である。

 

「ぬォッ、がッ、あぁあぁあぁあああッ!」

 

 陸の背を覆うほどの光が、両足から迸る。リニアストリームの先端部も人型に凹み、衝突から数秒も経たないうちに「救済の超駆龍」は満身創痍となっていた。

 ――だが。それでも、なお。

 陸は手も足も離すことなく、どれほど身を削られても――眼前のリニアストリームにしがみついていた。

 

(……一歩足りとも、引いてはやらねぇ。引いたら最後、弾き飛ばされて全部が無駄だ!)

 

「おごォ、オッ、オォオオゥアァアァア!」

 

 腕がダメなら体ごと。陸は全身を車体先端に密着させ、カーブを曲がり切れるまで「減速」させる戦いに、身一つで挑んでいた……。

 

 一方、その頃。

 

「おい! 何がどうなってるんだ!」

「これは安全な設計なんじゃないのか、本当に駅に辿り着けるんだろうな!」

「イヤァ怖い! もう降ろして、降ろしてよぉ!」

 

 乗員の様子から異変を感じていた乗客達は、やがて発生した絶大な衝撃音と振動によりパニックに陥っていた。

 彼らだけではなく乗員側も、カーブで脱線するより遥かに早く発生した衝撃に、動揺を隠せずにいる。

 

「ど、どうなるんだよ一体! 俺達どうすりゃ――いでっ!? ちょ、玄蕃さん!?」

「カメラマン! ボサッとしてんじゃないの、撮影始めなさい撮影!」

「さ、撮影ってこんな時に!」

「男がガタガタ抜かすな! このアタシがさっさと撮影始めろっつってんのよ! こんなスクープ生で伝えずに何がニュースよ! そんなこともわからないでカメラマンやってるわけ!? 脳みそ抉り出してフィルムに差し替えてやろうかしら!」

「そ、そこまで言わなくても……と、撮りますよ撮ればいいんでしょ!」

「よし、わかったならさっさと始めろグズ。――こほん、なんということでしょう! この新時代のスーパーマシンだったはずのリニアストリームですが、なんと速度が落とせない故障に陥ってしまったようです! 果たして我々乗客は無事でいられるのか! 私達スタッフが、この目で確かめようと思います!」

 

 ――尤も、それだけでは終わらない乗客も居たようだが。

 

「お、おち、落ち着いてくださいお客様! ただいま原因を調査中でして――」

「――原因を、調査中!? そんなことしてる間に、俺達は死ぬかも知れないんだぞ!」

「いえ、それはその……おい! どうなってるんだ、前部で何が起きたんだ!」

「わかりません! ただ、何らかの衝撃が起きてから、速度がみるみる落ちているんです!」

「なに、本当か!」

 

 乗客乗員全員が、事態の全容を飲み込めておらず、混迷を極めるさなか。一人の乗員が、息を切らせて駆け込んできた。

 

「大変です、着鎧甲冑が!」

「なんだどうした! ……着鎧甲冑だと!?」

「はい! 着鎧甲冑が、着鎧甲冑がリニアストリームを止めようとしています!」

「なんだとッ!?」

「助けが、助けが来たのか!?」

「着鎧甲冑が止めてくれるのか!? おい、俺達にも見せろ!」

「落ち着いてくださいお客様、暴れないで!」

「なんっ……ということでしょうかッ! 窮地に陥った私達の前に、突如現れた救いの手! 着鎧甲冑のレスキューヒーローが、このリニアストリームを止めようとしているようですッ! その勇姿、是非とも私達の目に焼き付けたいと思います! ――オラどけやクソ車掌ォ! 玄蕃アナのお通りよォ!」

「玄蕃さんやめてください! カメラ回ってます、カメラ回ってますからぁ!」

 

 突然の報せに沸き立ち、操縦室に駆け込もうとする乗客。何にせよ乗客の安全は守らねばと、阻止する乗員。

 暴れ狂う車内は騒然となり、パニックはさらに加速する。

 

(お父さん、お母さん……! 結友お姉ちゃん、結衣お姉ちゃんっ……!)

 

 その真っ只中で――結花は独り、両手の指を絡め合わせて、恐怖と戦い続けていた。

 

(陸……陸ぅっ……!)

 

 狂わないために。諦めないために。最愛の男の、名を呼んで。

 

 ――そして、カーブ地点まであと数十キロ。もう一分もない――その時。

 

 雲を突き抜け、空を切り裂き――鋼の翼が、天からリニアストリームに肉迫した。

 

(もはや手段は選べない。この身をバリケードに、少しでもあのポンコツを減速させる!)

 

 捨て身の決意で、コクピットから飛び出す深緑のパイロットの名は――伊葉和士。その身に纏われる黄色の翼が、唸りを上げて羽ばたいた。

 

『Sailingup!! FalconForm!!』

 

 電子音声と共に装着シークエンスを終えた「至高の超飛龍」が、大空を駆け抜けリニアストリームを一望する。

 

(雨季の奴は、今頃駅に先回りして住民の避難を終えている頃だろうか。最悪、脱線が避けられないとしても……近くの駅への二次災害だけは回避しなくては)

 

 陸を比較的安定な避難誘導に回し、自身の体は捨て身のバリケードに使う。僅かな時間でその作戦を決断していた和士は、死を覚悟の上でリニアストリームに接近していた――

 

(……ッ!?)

 

 ――が。そこで繰り広げられていた死闘に、彼は絶句する。

 自分が引き受けるはずだった、捨て身のバリケードを――先行していた陸が、実行しているのだ。その身を、盾にして。

 

(あ、あいつ……! 避難誘導に向かえって、言っただろうがッ……!)

 

 命令違反には違いない。

 だが、強く非難はできなかった。

 彼が意図した通りに「至高の超飛龍」がバリケードになったとしても、今ほど減速させることは不可能だった。その前に轢き潰されるか、弾き飛ばされていただろう。

 ――役目を入れ替えた今の方が、効率的であることには違いない。

 

(……馬鹿野郎! お前は、お前は……!)

 

 だが、テストヒーローを依頼されただけの一般人である陸を、そんな危険な賭けに駆り出すわけには行かなかった。だから安全に近い避難誘導を命じたのだが――彼の性には、合わなかったようだ。

 

(……!)

 

 そして――遂に。

 リニアストリームの車体が、カーブに突入した。猛追しているはずの「至高の超飛龍」を振り切るように、その車体は大きくうねりを上げて曲線を描く。

 

 その進行を食い止めんと、さらに強く組みついて行く「救済の超駆龍」。彼の足元に迸る火花は――より激しく猛り狂う。

 「超駆龍の剛脚」に、亀裂が走るほど。

 

「……ッ! いかん!」

 

 その光景に、和士は目を見開いて焦燥する。右折しようと車体を捻らせるリニアストリームに対し、それを抑える「救済の超駆龍」の左脚部分に負荷が集中しているのだ。

 当事者である陸自身にもその感覚は伝わっており、熱にうなされるようにもがく姿が窺えた。

 

(雨季……!)

 

 それでもなお、手を離さない。左脚の亀裂が広がっても、生じる熱に全身を焼かれても。鋼鉄の獅子は一歩も怯まず、自らを飲み込まんと襲い来る鉄塊に、真っ向から食らいつく。

 

 ――やがて。市街地を越え、山を越え。海を渡り、一つの町に辿り着く直前。

 カーブが終わるその地点に――リニアストリームは、到達した。

 

「曲がり切った……曲がり切ったぞ!」

 

 その光景に、和士は歓喜して拳を握り締めた。最後の峠を越えた今なら、もう脱線の心配はない。

 リニアストリーム本体も、ようやく停車に向けて速度を落としてきている。これならば、近くの松霧駅に被害が及ぶこともないだろう。

 ――やはり、逆噴射減速の必要出力を見誤った設計が、そもそもの原因だったようだ。

 

「……何にせよ、これでもう脱線の危機も去った。雨季、もういい! そこから離脱しろ! あま、き――」

 

 事故は避けられた。

 ――避けられたが。

 

 「救済の超駆龍」もまた、無事では済まされなかった。

 

 後部を含む全車両のカーブが終わる瞬間、砕け散る「超駆龍の剛脚」。バランスを失い、崩れ落ちるように体勢を崩す陸。

 その身が跳ね飛ばされ、海へと墜落するのは――和士が歓声を上げた直後であった。

 

「あ、まきッ……!」

 

 力を使い果たし、数百キロ超の鉄塊と成り果てた「救済の超駆龍」の機体が墜落していく。

 その瞬間を、スローモーションのように目撃した和士は――脳が状況を正確に飲み込むより早く。反射的に。そこへ駆け付けんとバーニアを噴かしていた。

 

「雨季ぃぃいぃぃいッ!」

 

 天を衝くほど舞い上がる水飛沫を上げ、着水する鋼鉄の獅子。そこへ急行する和士は悲痛な叫びを上げ、初めての教え子に手を伸ばした。

 

 ――が。

 

「ぷひゅー……あー、やっべ、まじっべー。さすがに死ぬかと思ったぜ」

「……」

 

 水面から着鎧が解けた陸が、生身一つで浮上して来たのだった。海面に大の字になって浮き上がり、口から噴水のように海水を吐き出すその姿に――和士は手を伸ばそうと前のめりになったまま、空中でずっこける。

 そんな彼と視線を交わした陸は、間の抜けた表情でひらひらと手を振る。

 

 やがて彼は、辛うじて松霧駅への停車を遂げたリニアストリームを一瞥した。暴走を止めた車体から、大勢の乗客乗員が涙ながらに歓喜して飛び出してくる。

 

 その中には――

 

(……怖かったろ。よく、頑張ったな)

 

 ――キャリーバッグを引き、べそをかきながらも懸命に歩く幼馴染の姿もある。

 

「おう、伊葉さん。悪いなぁ、違うことしちゃってよ。でもホレ、みんな助かったんだしよ。結果オーライってことにしといてよ」

「……お前という奴は、全く……」

 

 陸は命令に背いた上に、ストライカーシステムをお釈迦にした。その結果を出したことには違いないが――和士は、さして彼を責めるようなことは口にしなかった。

 

 ――事実。命じた通りの配置で事に当たったとして、リニアストリームが無事にカーブを曲がり切れたとは思えない。今でこそ松霧駅に到達し、リニアストリームを一目見ようと集まったギャラリーを賑わせているが――陸の判断がなければ、乗員乗客の無事も駅のギャラリーも守れなかっただろう。

 

 かつて海原凪が同じように、型を破ってでも人命を救った時。ヒルフェン・アカデミーは彼を追放した。

 ならば、自分は。この男を守り抜かねばならない。そう決意していたのだ。

 

「……大した奴だよ。お前は」

「へっへへ〜ん……あっ」

「……どうした?」

 

 だからこそ、苦笑と共に手を伸ばすのである。――が、その時。

 手を取ろうとした陸が何かを思い出したかのように、顔を上げると。何を思ったか、突然寝そべった体勢のまま、決めポーズを取り始めた。

 

「そうだ……慌てて飛び出したから、変身ポーズも決めポーズも出来なかったんだよなぁ。よーし、ならば決めポーズだけでも!」

「……」

「出前ッ! ストライカ〜……一丁ッ!」

「……」

「ご期待通りにただ今さんじょゴボガバベゴボゴボゲボ」

 

 だが、大の字の体勢から無理に動いたせいで浮力を保つバランスを崩し、気泡を立てて水没してしまう。そんな彼の手を引き上げながら、和士は一瞬でも彼を認めてしまったことを悔いつつ、深くため息をつくのだった。

 

(……本当、いちいち締まらないなコイツは……)

 


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