フルメタル・アクションヒーローズ   作:オリーブドラブ

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第9話 暗雲を穿つ、赤き鎧

 僅かに時を遡ること、数分。

 本性を露呈し、狂喜の笑みを浮かべた美夕の手には、火の灯る薪が握られていた。薄暗い教室の中で煌々と燃え上がる赤い輝きが、より深く彼女の怒りを表現している。

 その火に怯える真里の涙が、その輝きを照り返していた。

 

「……で、アタシ達でじっくり考えたんだ。どうやったらあんたを、徹底的に潰せるか」

「や、やめ……やめて、ください……! こんなこと……どうか……!」

「思い上がった頭の中を、ちょっと小突いてやれば、とも思ったんだけどね。それだけじゃ足りない、って思ってさ。植木鉢が失敗する前から、こういうの用意してたんだ」

 

 わざと脅すように、ちらちらと真里の眼前で炎を揺らす。その熱気と悪意に、真里の恐怖はさらに高まって行く。

 

「あ、ぁ……!」

「あんた、無駄に顔も体もいいでしょ? 仮にあんたを女学院から追い出せても、どっかで男引っ掛けて貢がせて行けそうじゃん。ビッチの素質、大アリって顔だし」

「それじゃあ、分相応な身分に落としただけ。潰したことにはならないわ」

「だからぁ。その顔を二度と見られないくらい、ズタズタに焼いちゃうことにしたんだ。女学院には来れないし、庶民の生活に帰ったって相手にする男もいない。もう最っ高!」

 

 旧校舎という、普段足を踏み入れることのない空間にいること。女性同士の同調意識。「火」という明確な「力」を持ったという錯覚。共通の敵を持ったことで生まれた、迫害への連帯感。

 

 それら全てが重なり合って生まれた優越感が、自分達が聖フロリアヌス女学院の栄えある生徒会役員である、という自意識すら曖昧なものに歪めていた。

 

 もはや彼女達の理性は旧校舎の闇に溶かされ、攻撃性という剥き出しの本能だけに支配されている。そのケダモノ達が絢爛な制服に袖を通している、という「歪さ」が、より一層狂気的な印象を真里に与えていた。

 

「ひぁ、ぁああっ……!」

 

 そして、ついに。

 彼女の脳裏に渦巻く恐怖が、限界の壁を踏み砕く。

 

「あ、あ、ぁ」

 

 下腹部が、暖かい。全身の力が抜け、魂が抜けたような感覚に陥る。恐怖が一周し、奇妙な浮遊感が真里を襲った。

 

 そんな彼女の目に、液の広がりが映る。

 

「……ぎゃっははは! 傑作! マジ傑作! こいつ漏らしてるぅぅう!」

「ザマァないわ! 神聖なる敷地内を穢すなんて、まさに薄汚い庶民! 肥溜め以下だわ!」

「たまんないわ! アハハハハ! あんた最高!」

 

「……っ……!」

 

 失禁を経たためか、真里の精神に正気が戻り……そのせいで、自分がしてしまったことを正確に認識してしまった。

 

 真里は火が付いたように顔を赤らめ、羞恥の余り声にならない叫びを上げる。両手を縛られ顔を隠すことも出来ず、瞼を強く閉じ、口元を強く結ぶことが精一杯だった。

 

 そんな彼女を、美夕達はさらに狂乱した笑みで嘲笑する。第三者が端から見れば、間違いなく狂っているようにしか見えない光景だが、この場にそれを指摘できる人間はいなかった。

 

 そのため。

 

 笑い転げるあまり、美夕が薪を取り落としていたことに。

 

 そこから、木造の旧校舎に炎が広がっていたことに。

 

 平静を欠いていた彼女達は、気づくことができなかった。

 

「えっ……」

「あっ」

 

 辺り一面が、黒煙に飲まれるまで。狂気を覚ますほどに、煙の臭いが強まるまで。

 

「……き、きゃあぁあぁっ! か、火事、火事ぃぃい!」

「だ、誰か消しなさいよ誰かぁ!」

「ば、ばれる、みんなばれるっ!」

「悪くない! 私、何も悪くないぃっ!」

 

 すでに教室内は煙に包まれ、あちこちから火の手が上がっていた。こうなってはもはや、誰にも隠し通すことはできない。

 そこから導き出される、自分達の末路。彼女達の誰もが、すでにそれを予感していながら、口にする者は一人もいなかった。

 

 やがて、彼女達は混乱する中で一つの結論を出す。それは。

 

「い、いやぁあぁ! パパぁ、ママぁあ! 助けてぇぇえ!」

「私悪くないの! 全部、全部庶民のせいなんだからぁあぁ!」

 

 ……逃走。

 

 彼女達は恥も外聞もなく、喚き散らしながら教室から走り去って行く。

 無論。そんな彼女達の中に、真里の縄を解こうという優しさを持つ者など一人もいない。

 

「ま……待って! 誰か、誰か縄を解いて! お願い、行かないで! 行かないでぇっ! いや、いやぁあぁああ!」

 

 火災に苛まれた過去の記憶が、少女をさらに追い詰める。再び彼女の下腹から、暖かい液が流れ出た。

 

 だが、もう。この場には、それを嗤う人間すらいなかった。

 

 ◇

 

「くそ、なんだってこんな……!」

「玄蕃様。ここは私に」

「ああ! ……済まねぇ、最後まで迷惑かける!」

 

 そして、今。

 

 旧校舎前に辿り着いた幸人と恵は、五階から噴き上がる炎に奇妙な視線を送っていた。突然あんなところから、なぜ……。

 

「いえ。――接触(コンタクト)!」

 

 だが、今はその疑問を解き明かしている場合ではない。幸人はマフラーを靡かせながら上着を脱ぎ捨て、隠された袈裟ベルトを露わにする。

 そして、腰から引き抜いたカードをバックルに装填し、カバーを閉じた。

 

『Armour Contact!!』

 

 電子音声と共に真紅のスーツが現れ、幸人の全身に張り付いて行く。さらにその各部を、黒と黄色のプロテクターが覆った。

 首に巻かれた白いマフラーが、ふわりと宙に舞う。

 

『Awaken!! Firefighter!!』

 

 そして、シークエンス完了を告げる電子音声が再び鳴り響く。ついに出動体勢を整えた幸人は、武運を祈るように頷く恵を一瞥し、旧校舎に突入する。

 

 ……寸前。

 

「ひぃあぁああ! ママぁああ! パパぁああ!」

「……!?」

「な……! こ、こいつら生徒会の!?」

 

 「救済の遮炎龍」に扮する幸人を迎え撃つかのように、突入しようとした先から美夕達が飛び出してくる。咽び泣きながら、煤塗れになって転がり込んできた彼女達を、幸人は若干たじろぎながらも抱きとめた。

 恵は、見知った顔の彼女達が現場から飛び出してきたことに驚きつつも……すぐさま、その現象の理由に感づき、般若の形相となる。

 

「……てめぇら! イイ年こいて火遊びたぁいい度胸じゃねぇか! ボヤ騒ぎが起きても『救済の遮炎龍』が何とかしてくれますってか!? ざッけんなボケェ!」

「ひ、ひひぃい!」

「落ち着いて下さい玄蕃様、ここは私に任せて」

「だけど……!」

「……生徒会の方々ですね。警報を聞きつけて、こちらに参ったのですが、他に逃げ遅れた方は?」

「……!」

 

 怒り狂う恵を片手で制しながら、「救済の遮炎龍」は片膝を着き、うずくまる美夕に目線を合わせながら問い掛ける。

 赤い仮面のせいで表情が見えないことが、恐怖を煽ったせいか、彼女は酷く怯えた様子で、「救済の遮炎龍」を見ていた。

 

「わ、私じゃない。私のせいじゃない! あ、あの子が悪いのよ! 庶民のくせに、この女学院に来るから!」

「……!」

 

 そして、半狂乱になりながら自己弁護を始める。その発言の一端を聞き取った「救済の遮炎龍」はそこから、逃げ遅れた被災者が誰であるかを汲み取った。

 

「玄蕃様。暫し、彼女達をお願いします」

「あ、ああ!」

 

 刹那、「救済の遮炎龍」は。幸人は。

 

 はやる気持ちを懸命に抑えるような口調で、同じくショックを受けていた恵に美夕達を託すと超人的な走力で、旧校舎の中へと突撃していった。

 そんな彼の背中を、憂いを帯びた眼差しで見送る恵は、親友の窮地を知ってさらに怒り、怒髪天を衝く勢いで美夕達を睨み付けた。

 

「てめぇら……まさか、こんなことしといてタダで済むと思っちゃいねぇだろうな。植木鉢の件もてめぇらの仕業か!」

「ひ、ひゃあぁあ!」

「だ、誰かこいつの口を封じなさい! い、今ならまだ……!」

「む、無理よぉ!」

「ああもう! どいつもこいつも使えないっ!」

 

 だが、美夕はまだ諦めていないのか。旧校舎の破片の中から棒状の木材を拾い、恵の前で身構える。

 

 そんな彼女をゴミを見るような目で冷ややかに見つめ、恵も空手の構えを取った。

 

「……つくづく。救いようのねぇ奴らだ」

「うるさい。うるさいうるさいうるさいっ! みんなあんた達が悪いのよ! あんた達のせいよぉぉおぉっ!」

 

 そして悪い夢を振り払うように、がむしゃらに木材を振りかぶる。だが、そんなもので玄蕃家の武道家を止められるはずもなかった。

 

「あっ……!」

 

 あまりにも速く。あまりにも鮮やかな。上段回し蹴りが、木材を天高く舞い上げて行く。

 その光景を見上げるしかない美夕は、絶望に打ちひしがれ、両膝をつき、死んだ魚のような目で、地面を見つめた。

 まるで目に映る景色だけは、現実から背けようとするかのように。

 

「……」

 

 恵はそんな彼女と、自分に怯える他の役員達に侮蔑の視線を送った後。そこから目の色を一転させ、親友達を案ずる眼差しで旧校舎を見上げた。

 

(才羽……ごめん、ごめんな。つらい思いばっかりさせて、最後まで迷惑かけて。これで最後でいいから……もう一度だけ。アタシの、大切な幼馴染を……救ってください)

 

 その時の彼女自身は、気づいていなかったが。

 

 この瞬間の玄蕃恵の貌は、紛れもない、恋する乙女のそれであった。

 


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