フルメタル・アクションヒーローズ   作:オリーブドラブ

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第40話 願いの守り人

 月明かりに照らされた採石場に、粉雪がこんこんと降り積もる。こんな場所や状況でなければ、「クリスマスイブならではのムード」というものが作れていたのかも知れない。

 

 小さな血の足跡を残しつつ、その雪上を歩いていた俺は今――

 

「な、なんだい? なんで、なんで君がここにいるん、だい?」

 

 撃ち殺したはずのガキにビビる古我知さんと、彼に縛られた二人のヒロインの前に立っていた。

 

「へ、変態君……!? 嘘でしょ……なんで、どうして!?」

「――龍太ぁっ! バカバカバカぁ! なんでこんなとこ来とるんやぁ! ……傷、痛いんやろぉ……?」

 

 ……救芽井のみならず矢村まで、あの黒い帯に捕縛されてしまっている。しかも念を押したのか、今度は二人とも足まで縛られていた。

 「解放の先導者」を止められた時みたいに、妙なマネをされたくないのだろう。さすがに両方とも、その場からはどんなに身をよじらせても逃げられないようだった。

 

 矢村は何の関係もないのに、俺と一緒にいたというだけで捕らえられている。そんな事実が目の前にある以上、撃たれて痛いとか、血が出てるとかで騒いではいられない。

 是が非でも、二人を助け出す!

 

「……よぉ、古我知さん。銃弾一発じゃあ、俺を殺しきれなかったみたいだなぁ? 人殺しになるのが怖くて、急所が狙えなかったってとこか?」

 

 俺は口元を吊り上げ、挑発的な台詞を並べる。まだまだ元気、であることをアピールするためだ。

 古我知さんが本当に「殺し」を望んでいないのであれば、俺がまだ生きていることに安堵して、隙が生まれるはず。

 痛手を負った今の俺に勝ち目があるとするなら、その一点だけだ。

 

「なんで……なんで生きてるんだ!? 殺したのに……殺してしまったはずなのにッ!」

 

 恐らくは、この場へ救芽井と矢村をさらって、記憶を消してしまうつもりだったのだろう。そこへ殺したはずの俺が邪魔立てしに来たのだから、取り乱しようも半端じゃない。

 頭を掻きむしり、予定をことごとく狂わされた事実に苦悶している。しかし、落ち着きを取り戻すのは意外と早かった。

 

「……ふ、ふふ。存外にしぶといじゃないか。ここまで健闘すれば、もう十分だろう? 早く病院のベッドで眠りなさい。彼女達の記憶を消し去ってから、すぐに全て忘れさせてあげるから」

 

 その口ぶりから、あくまで身を引くように奨め、俺との戦いを避けようとしているのがわかる。偶然とはいえ、俺が生きていたことに安堵もしているのだろう。

 

 ――そうでなければ、自分を散々痛め付けた相手を前にして、表情を緩めることなんて出来やしまい。

 

 まぁ実際彼の言う通り、俺は正直まともに戦える身体だとは言いにくい。一応袖で縛って止血は万全にしてあるが、痛いことには違いない。脇腹を抑えなくては、一歩踏み出すのも一苦労なくらいなんだから。

 その上、今は黒シャツ一枚という格好なのだ。十二月の、雪が降る夜の中で。ぶっちゃけ、死にそう。

 

 こうやって軽口の一つでも叩いて、「まだ自分には余裕がある」と言い聞かせないことには、まともにやり合う前に勝手にノックダウンしてしまうことだろう。

 いや、そもそもこんな状態で「戦おう」なんて考え出す段階から、既に相当なイカレポンチなのだろう。俺は。

 でなければ、救芽井や矢村の驚き顔に説明がつかない。

 

「……って、龍太!? そんな格好でなにしよるん!? 風邪引くやろっ!」

「まさか、そんな状態で戦うつもり!? ダメ! ダメよそんなのッ!」

 

 口々に彼女達からブーイングが飛んで来る。いつもなら勢いに流されて降伏してしまうところだが、今回ばかりは彼女達の言い分に耳を貸してはいられない。

 古我知さんを止める、それが今の俺の全てなんだから。

 

 俺はしばらく無言のまま――いや、ベラベラと喋る元気もないまま、古我知さんに手の甲を向け、「腕輪型着鎧装置」を見せ付ける。

 俺はまだ、戦う。その意思表示のために。

 

「まさか――君、戦うつもりかい!? そんな身体で!」

 

 古我知さんから見れば甚だ非常識であるらしく、さっきよりもかなりテンパっている様子だ。一度殺しかけたけど、生きていて安心……というところで、わざわざ死にに行くようなマネをしだしたのだから、まぁ当然と言えば当然だろう。

 

「バカげている! 元々、君には関係のない話だったはずだろう、龍太君!」

「……うるせーな、ごちゃごちゃ騒ぐんじゃないよ。傷に響くから」

 

 それでも、ここまで来ておいて、今さら引き下がるような空気の読めない行動を取る気はない。加えて言えば、関係あるかどうかを決めるのは、俺だ。

 

「な、なんだというんだ、君はっ……!」

「俺に関係あろうがなかろうが、こんなドタバタに出くわした時点で『無関係』なんてありえねーんだよ。他の誰でもない、俺のためにこそ、『好き放題』させてもらうことにした」

 

 ――そう、せめて俺自身の「心」だけは守れるように。彼女達を見捨てて、それを痛めることがないように。

 

「だから……! 着鎧、甲冑……ッ!」

 

 音声による入力と同時に、この町のスーパーヒロインにあやかった変身ポーズを決める。傷に障るどころの騒ぎじゃなく、脇腹から捩切れるような激痛が走った。

 痛みのあまり溢れそうになる悲鳴をかみ砕き、しゃがれた声で「腕輪型着鎧装置」を起動させる。平行して行う変身ポーズで、身体に鞭打ってる分だけ痛みもひとしおだ。

 

 ……救芽井は、たった独りで「技術の解放を望む者達」と戦いながら、この町を守り抜いてきた。ゴロマルさんが傍にいただろうけど、それでも松霧町の人間に味方が一人もいない、というのは苦しいものだっただろう。

 だけど、彼女は弱音を吐かなかった。と言うよりは、見せないようにしていた。

 この町のスーパーヒロインであることを意識して、自分の夢だったらしい「お姫様願望」ってヤツを、半ば諦めているようだった。そんな一人我慢大会、俺には到底マネできそうにない。

 

 それほどのことをやってのけてきた、彼女の代役を――「こんな」俺が今、やろうとしている。こんな滑稽な話はないだろう。

 だが、俺自身はマジだ。大マジだ。

 彼女を、そして矢村を助けられる可能性がわずかでも俺にあり、そのチャンスが今あるのなら。それを実行できるだけの力が、まだ残っているとしたら。

 

 ――何を置いても、やってみるしかないだろう。

 

 だから俺は、彼女の変身ポーズを取る。

 「救済の先駆者」として戦う以上、せめてほんの少しでも、スーパーヒロインだった彼女の傍にいたいから。そして、彼女の願いを、ちょっとでも守ってやりたかったから。

 

 ――彼女達、「救芽井家」が作り出した「着鎧甲冑」で、誰かを救うという「願い」を。

 

「正義の味方、『着鎧甲冑ヒルフェマン』……これで最後の参上だ」

 

 そして俺は今「救済の先駆者」を纏い、名乗りを上げる。

 俺にできることを最後に一つ、やっておくために。

 

 「技術の解放を望む者達」を……「呪詛の伝導者」を、そして「古我知剣一」を、ぶっ飛ばすために。

 

 この町の、たった独りの「スーパーヒーロー」として。

 またあるいは、「お姫様」を救う「王子様」として。

 


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