フルメタル・アクションヒーローズ   作:オリーブドラブ

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第7話 名誉挽回、したいなぁ

 結局、あの後は散々だった。

 

 爪で引っ掻かれるわ、機銃で蜂の巣にされるわ。しまいには気を失ってしまい、気がつけばリビングのソファーに寝そべっていたのだ。

 当然、救芽井さんはお怒り。両親が手塩に掛けて作り上げた「救済の先駆者」を傷物にされたんだから、当たり前か……。

 

「全く! いくら初めてだったからって、たった一体の『解放の先導者』に手も足も出ないなんて! それでも男!?」

「男だからって皆が皆強いわけでもないだろぅ……。だいたい、なんでわざわざ俺を鍛えなくちゃいけないんだよ。お前が古我知さんに勝てる作戦を立てれば済む話じゃないのか?」

 

 酷い言い草の救芽井に対し、俺はちょっとばかり拗ねた態度になる。

 

 考えてみれば、俺が狙われているからといって、必ずしも俺自身が着鎧して戦わなくちゃいけないことにはならないはず。むしろ、俺を巻き込んだ形になる救芽井側が責任を持って、護衛するのが筋じゃないのか?

 情けないかも知れないが、こっちの着鎧甲冑が救芽井の持つ「救済の先駆者」しかない以上、俺が生身の状態で「解放の先導者」に出くわしたって敵いっこないのは一緒なんだし。

 

 いちいち素人をしごいて戦えるようにするくらいなら、足手まといをほったらかして打開策を探す方が建設的な気がする。うぅ、自分で言ってて悲しくなってきたぞ……。

 

 俺が抗議の声を上げると、彼女はバツが悪そうに目を背けた。気のせいか、その頬はほんのりと赤みを帯びている……ように見える。

 

「そ……そんなの簡単に行かないわよ! それに、お、男の方が力が強いんだから、鍛えさえすれば効果的かも知れないじゃない!?」

 

 しどろもどろしつつも、俺の前で腕を組み、仁王立ちする彼女。おぉ、けしからん程のボインが寄せて上げられ、揺れておる……。

 

「ご両親の助手とかやってた天才少女にしちゃあ、ずいぶんと曖昧な返事だなぁ。結局のところ、俺をおちょくりたかっただけなんじゃないか?」

「違うわよ! そんなことのために、あなたに――あなたなんかに、『救済の先駆者』を貸すと思う!?」

 

 俺が皮肉っぽく尋ねると、今度はキッパリとした態度で否定された。その表情には、「先程の発言を許さない」という強い意思表示がなされている。

 自分の本気を否定されたような……そんな顔だ。

 

「そんな言い方は二度としないで! 私は、私は真面目にっ……!」

「真面目に?」

「も、もう、知らない! 変態君のバカッ!」

 

 ぐはぁ、「変態」と「バカ」の二重心理攻撃がぁ……。

 精神を撃ち抜かれ、ショックに襲われた俺はソファーから転落する。そんな俺を一瞥した救芽井は、顔をかすかに赤らめつつ「フンッ!」と鼻を鳴らして去ってしまった。

 

 数分の回復期間を経て、なんとか心理的ダメージから立ち直った俺は、パソコンに向かって黙々と何かの作業をしていたゴロマルさんを見つける。その傍らには、何かのチューブで繋がれた「腕輪型着鎧装置」が伺える。

 あのパソコンを使って、彼は事件や事故を迅速に救芽井に知らせて、出動を促したりしているらしい。今は俺が傷つけてしまった「救済の先駆者」を修理しているのだという。

 

「君も苦労しとるのぅ」

「……どーも」

 

 顔を合わせずキーボードを打ちながら、ゴロマルさんは呆れたような声で俺を労う。気に掛けてくれるのは嬉しいんだけど、巻き込んだのはあんた達ですからね?

 去年までの冬休みならいざ知らず、受験シーズンのタイミングで漫画みたいな世界観に連れ込まないで欲しかったなぁ。せめて春休みまで「技術の解放を望む者達」には大人しくしてもらいたかった……。

 

「はぁ〜……」

 

 思いっ切りうなだれながら、俺は窓の外から近所の様子を伺う。

 そこでは、小さな子供がお父さんやお母さんに囲まれ、にこやかにクリスマスツリーの飾り付けに励んでいる姿があった。それに、お熱いカップルが住宅街を闊歩している様子も伺える。

 そういえば、もうじきクリスマス……なんだっけ。

 

 ――何がクリスマスじゃあい! ちくしょおおおおお! 俺は恋人作ってデートどころか、初対面のお隣りさんに「変態」呼ばわりだよッ!

 

「……なにしとるんじゃ?」

 

 気がつけば、俺は窓にベットリと張り付いて啜り泣いていたらしい。ゴロマルさんの哀れむような視線が痛い……。

 

「樋稟にも困ったもんじゃ。お前さんを過剰なまでに意識してしまったばっかりにのぅ」

 

 顔を赤らめつつ、イライラした表情で床をトントンと蹴っている救芽井。そんな彼女の様子を、ゴロマルさんは心配そうに見つめている。

 しかし、イマイチわからない。俺を意識してるってだけで、こんな面倒事の渦中に人を叩き込むのかよ?

 

「それって、俺が裸見ちまったせいか?」

「じゃな」

 

 じゃなって……そんなストレートに肯定しなくたっていいじゃないかぁ。確かに悪いのは俺だろうけど、一応は事故なんだしぃ……。

 

「ああなった以上、救芽井はお前さんに望むしかなかったんじゃろうな」

「何を?」

 

 俺が尋ねてみると、ゴロマルさんは達者な髭を撫で回しながら、いたずらっぽく笑う。

 

「王子様じゃよ」

 

「――は?」

 

 ◇

 

 翌日。

 

 いろいろと衝撃的過ぎる夜を終え、朝日が真っ白な雪を輝かしく照らす頃。

 俺はお隣りさんの女の子――救芽井と一緒に、町を歩くことになっていた。

 

 夕べにゴロマルさんに言われたことが、全ての始まりだった。昨晩の悪夢のようなやり取りが、ついさっきのことのように思い出される……。

 

「樋稟は息子夫婦の夢のために、正義の味方となってこの町を守っておるが……あの娘自身としては、本当はそんな王子様のような存在に救われる、『お姫様』になりたかったのじゃよ」

「ちょっと待った、なんでそれで俺が王子様……もといヒーローにならなくちゃいけないんだ?」

「お前さんが樋稟にとっての、初めての『男』だったからじゃな。自分にとっての『王子様』がするようなことを、それまでに必要な過程をすっ飛ばして実行してしまったお前さんに、相応の責任を取ってほしかったのじゃろう」

「それで自分を守れるくらいには強くなれ――っていう理屈に発展したのか? 無茶苦茶だな……」

「夢見る女の子というのは、そういうものらしいからの」

 

 ――というわけで、俺はメルヘンチックな夢の道を絶賛爆進中の救芽井さんにお応えして、彼女を守るヒーローを目指すことを余儀なくされてしまったわけだ。

 朝の九時に待ち合わせていた俺は、十分前には既に救芽井家の前まで向かおうとしていた……のだが、彼女はそれよりも早く家を出て俺を待っていた。

 

「来たわね。いい!? 自分の身も守れない一般人のあなたを、みすみす『技術の解放を望む者達』の脅威に晒さないための護衛任務なんだからね!? 勝手に私から離れちゃダメよ!」

「……!」

 

 そこで俺は不覚にも、緑のトレンチコートにミニスカートという、救芽井の女の子らしい格好に思わず目を奪われてしまう。

 茶髪のショートと凛々しい目鼻立ちが合わさって、大人っぽさと愛らしさが共存しているかのような、そんなアンバランスな魅力が保持されていた。

 それが意識的なものなのかはわからないが、少なくとも俺と同い年のようには、到底思えない風格がある。

 

「へいへい」

 

 そんな心の(やましい)動揺を気づかれまいと、俺は目を背けてわざとめんどくさそうに返事する。すると、向こうはムッとなって眉を吊り上げる。

 

「あと念を押して言うけど――これはデートじゃないんだからねっ!?」

「わかってるよ……」

 

 ものすごく顔を真っ赤にして、救芽井は俺を威嚇するかのように、思い切り指差して来る。ここまで警戒されてるのかと思うと、心がえぐられるようだ……。

 

 やっぱり、俺って嫌われてるんだなぁ〜。彼女と対話する度に、いちいち思い知らされる。

 初対面がマズ過ぎたってのもあるんだろうけど、彼女が男をろくに知らなかったっていうのが何より痛かったんだと思う。そりゃあ、初めて見た同年代の男にいきなり裸を見られちゃあ、ビクビクもしちゃうだろう……。

 だけど、このままじゃいけないってのは確かだ。この娘の王子様になってあげる――なんてのは、俺みたいなジャガイモ男には似つかわしくなさ過ぎるけど……それでも、出来うる限りの責任は取らなくてはなるまい。

 そのためにも、そして俺自身の名誉のためにも、「変態」呼ばわりからは必ず脱却しなくては!

 

「な、なぁ救芽井? まずは仲直りから始めようぜ。とりあえず俺のことは、ちゃんと一煉寺って――」

「さぁ! まずは昨日火事が起きた商店街のパトロールね。行くわよ変態君!」

 

 俺の名誉挽回への第一歩をアッサリと踏みにじり、彼女は茫然としている俺の手を引きながら、ずんずんと進んでいく。

 あうぅ、前途多難ってレベルじゃねーぞ……。

 


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