フルメタル・アクションヒーローズ   作:オリーブドラブ

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第71話 ぷるるんおっぱいが俺を呼ぶ

 決闘をなんとか無事(?)に終え、この日の日程を完了した俺達は、一晩久水邸にお泊りすることになった。

 

 負けた上に妹に散々シバかれたせいか、茂さんも夕食は普通に振る舞ってくれた。負け惜しみに嫌がらせをしないところを見ると、素直に認めてくれたという――

 

「言っておくが! 自分の力で勝ったのではないぞ! その着鎧甲冑の性能のおかげだということを、忘れるな!」

 

 ――わけではなかったようだ。負けたこと自体は認めてくれたみたいだけど、未だにちょくちょく突っ掛かって来るんだよなぁ……。

 

 食事中でもクドクドと説教を垂れて来る茂さんには、ほとほと困ったもんである。彼の隣で黙々と紅茶を嗜んでいた妹さんに助けを求めても、ブスッとした顔でシカトされてしまった。

 ……高慢ちきな態度は、学校の部室で再会した時でも相変わらずだったのだが、俺のことを思い出してからは、それに加えて不機嫌な振る舞いも目立たせていた。恨みを買った覚えはないんですけど……。

 しまいには四郷までもが俺をジト目で睨みだし、「つみつくり」などと罵倒していた。いや、知らんがな。

 

 救芽井や矢村がホクホク顔である一方、久水家の面々がそんな調子だったので、俺としてはなんとも居心地が悪かった。セバスチャンさん達使用人一同も、そんな兄妹の様子が心配そうだったし。

 結局、夕食の間はずっとそんなムードが続き、美味しいご飯を頂いたはずなのに、胃が痛い思いをする羽目になってしまった。……昼食の時とは、違う意味で。

 

 ◇

 

 ――やがて夕食後、「お風呂の用意をしますので、しばらく休憩していてください」とメイドさんに言い渡された俺は、自分に宛てがわれた部屋で待つことになった。救芽井達も、別の部屋を提供されてるらしい。

 

 紅いカーペットに、金色に輝くシャンデリア。隅々まで磨かれたテーブルや椅子に、カーテン付きベッド。

 いかにもという感じの豪勢な個室だが、俺一人のためにこんな場所を提供するなんて、久水家ってのも相当な太っ腹らしい?

 

「よぉーし、そんなら早速、ベッドのふかふか具合から吟味させていただこうかな――っと!」

 

 ……まぁ、空腹に悩まされたり、満腹の状態で戦わされたりと、今日は散々だったからな。たまには、くつろいだってバチはあたるまい。

 俺は自分の荷物が置かれている方を見遣りながら、思いっ切り白いベッドに飛び込んだ。俺の体から発生した衝撃が波打つかのように、柔らかなシーツがふわりと揺れる。

 

 ……や、やんわらけぇ〜。いいなぁ、いつもこんなフカフカなベッド使ってんのか? 俺ん家とはやっぱり全然違うなぁ……。

 ――それに、なんだか凄くいい香りがする。けどこれ、どっかで嗅いだ覚えのあるような……? ま、それはいいか。

 

「つーか、なんで俺の個室って話なのに枕が二つもあるんだか……ん?」

 

 ――しばらくベッドの上で寝そべっていた俺。下手したら、そのまま寝ちゃいそうな程に心地好くなりつつあったのだが、突然掛かってきた電話のおかげで、なんとか寝落ちは免れた。

 眠りかけていた脳みそに「電話に出ろ」と命令され、俺はやや気だるげに身を起こす。そして、着うたのコーラスが終わる寸前でケータイを開いた。

 

「通話は……知らない人から? なんだよこんな時に……」

 

 ケータイの着信画面に人名は出ておらず、電話番号だけが表示されていた。少なくとも、今まで連絡を取ったことのない人だというのは間違いない。

 このタイミングでこんな電話が来るなんて、一体……? とにかく、出てみるしかあるまい。

 

「もしもし?」

『一煉寺君、聞こえるかね? 伊葉和雅だ』

「え? あーはいはい、伊葉さんね……って、うえぇ!?」

 

 ――まさかの元総理大臣、キター!? このダンディな声は、紛れもなく河川敷にいた、あのオッサンッ!

 な、なんでまた俺に電話を!? つか、なんで俺の電話番号知ってんだよ!?

 

『突然の電話で、申し訳ない。本来ならば樋稟君に連絡すべきところなのだが、彼女は携帯電話を所持していないらしいのでな』

「それで俺に、ですか? でもどうやって――」

『特別な事情だからね。君の学校の校長先生にお願いして、情報を提供して頂いた』

「――あ、そういうことっすか」

 

 学校までグルなのかよっ!? あの校長ォーッ! 個人情報保護法違反ですよォーッ!?

 ……ま、急用らしいし別にいいけどね。むしろ、救芽井がケータイを持ってないって話を、どこで仕入れたのかが気になるくらいだから。

 

『さて……それでは早速本題に移りたい。例の決闘の件、ご苦労だった。実に素晴らしい戦いを披露してくれたと聞いている』

「はぁ、どうも。――って、え? どうしてそれを?」

『私にも情報網の一つくらいはある。それより、どうかな? 二十五台しか存在しない着鎧甲冑、その保持者の中でも有数の実力者と言われている、久水茂と戦った感想は?』

「……まぁ、手こずりはしましたよ。勝てない相手じゃなかったですけど」

 

 ――茂さんは確かに弱くはない。一見、俺の圧勝のようにも見えていたのかも知れないが、あのスピードや電磁警棒捌きには結構驚かされた。有数の実力者って話も、十分頷ける。

 ただ、兄貴にくらべてツメが甘すぎた、というくらいだ。

 しかし、そんなことを聞いてどうするつもりなんだ? この人は。

 

『そうか……。数日後には、四郷研究所でのコンペでも、同じようなことをするだろう。それに向けての自信はあるかな?』

「え? 着鎧甲冑との技術比べで戦闘なんてやるんですか? 向こうの商品がどういう代物かは知りませんけど、着鎧甲冑は別に戦闘用じゃ――」

『……あくまで一環としてなら、十分に有り得る。最低限の自衛能力は、双方とも必要としているからな』

「そ、そうっすか。……まぁ、茂さんくらいの人だったら簡単に負ける気はしませんし、そうでなくても、出来るだけのことはやるつもりです」

 

 それを自信と呼べるのかは別として、意志としてはそんなところだ。ここまで来といて、「やっぱ怖いんでやめます」とか言える空気でもないのは、自明の理である。

 

『うむ。そう言ってくれると、私も信じていた。甲侍郎が、婿に見込んだだけの男ではあるな』

「なぁっ!? 甲侍郎さんと知り合いなんすか!?」

 

 ……思わぬ繋がりがあったもんだ。そりゃあ、娘のケータイ事情も聞かされてるはずだわ。

 

『彼とは旧知でな。……まぁ、そんなことはどうでもいい。とにかく、今回の用件は、今の君の意志を聞きたかったというだけだ。いい答えを聞けて、満足している』

「そ、そうですか? まぁ、俺に出来ることなんてたかが知れてますけど」

 

『そんなことはない。むしろ、この国の未来は君の手に掛かっている、と思って欲しいくらいなのだ。明日中には、四郷研究所に向かって頂きたい。――君の、君達の健闘を、祈る』

「え? ちょ、伊葉さんそれってどういう――」

 

 ――あれ、切られちまった。……日本の未来が、掛かってるって?

 

 最後の方では、なんだかまくし立てるような声色になってたけど……今度のコンペって、そんなに国の大局に関わるモンなのか?

 なーんか、俺の知らないところでいろんなことが起こりまくってるって感じがするなぁ……。普通なら、あんなスケールのでかい話を持ってこられても、「胡散臭い」って笑い飛ばしていられたのに。

 ――今じゃ、全部が大マジだと信じざるを得なくなってる。俺が直に関わっていた「着鎧甲冑」の技術が、世界中に影響を与えようとしてるのは事実なんだし。

 

 ……だけど、それに付いて行けるほど強い人間になったって気はしない。周りの状況だけが際限なくエスカレートしていくのに、俺一人だけが何も変わってない。

 多少、護身術の腕は以前より上がってるのかも知れないが、それでも周りの変わりように比べれば、微々たるものだろう。

 

 伊葉さんにはあんなコト言ったけど、正直言うと、不安はある。

 俺の力で、どこまで届くんだろう。どこまで、付いて行けるんだろうか。この、端っこの見えないスケールの世界に。

 

 一人で考えていても答えなんて出ないはずだし、その時が来ないと本当のところはきっとわからないだろう。

 頭ではそう理解していても、心のもやもやをそんな割り切りで解決するには、いささか時間が必要だった。

 

 ――だが、俺にはその「時間」すら許されないらしい。

 ドンドンと部屋の扉を叩く音が、俺の意識を現実世界に引きずり出してしまったのだ。

 

「梢! もうそろそろ、お風呂の時間だぞ! 早く支度したまえ!」

 

 誰か用なのかと思えば――まさかの茂さんかよ。つか、なんで「梢」?

 部屋を間違えたんだろうか? ここの当主なのに?

 

 ……まぁ、とりあえず扉越しにでも返事してみるか。

 

「おい、ここは俺の部屋らしいぞ。妹さんは別の部屋使ってんじゃないのか?」

「なっ……その声は一煉寺龍太!? き、貴様! 妹の部屋で何をしている!?」

「はぁ!? 俺はここの部屋を使えってメイドさんに言われたからここに――!」

「ワガハイのメイドに!? と、とにかくここを開けろッ!」

 

 な、何なんだ急に……。ここが、久水の部屋?

 

 わけのわからない供述に首を傾げつつ、俺は扉を開きながら、そこに張り付いて壁に隠れた。次の瞬間、入り口が開通したと同時に、茂さんが必死の表情で部屋に飛び込んで来る。

 ……あ、あぶねー。実に予想通りだった。普通に出入り口で突っ立ってたら、間違いなく顔面衝突しかねない勢いだったぞ。

 

 俺はアポなしで侵入してきた、クレイジーな来客に冷や汗をかきつつ、ゆっくりと扉を閉める。侵入っつーか、お邪魔してんのは俺なんだけどね……。

 そして、扉を閉じる際に発せられたバタンという音に、凄まじい程にビクリと反応した茂さんは、慌ててこちらに振り返る。

 

「き、貴様、いつの間に後ろへ! さては忍術か! 抜け忍か!」

「伊賀流か甲賀流か、それが問題だ――って、ちげぇよ! つか何でいきなりお尋ね者扱い!?」

「妹の部屋に我が物顔で住み着いておいて、なんと白々しい! この甲賀流久水茂が成敗いたす!」

「なんか設定盛って来やがった!?」

 

 見るからに漫画から引用したような、シュールな構えを披露しつつ、茂さんは露骨に敵愾心を示して来る。こんなのとさっきまで同じ土俵で戦ってたのかと思うと、死にたくなるな……。

 だが、ちょっと待て。妹の部屋?

 

「……なぁ、ここってもしかして、本当にアイツの部屋……なのか?」

「当然だ! 今さら知らない振りをしても遅いぞ! ニンニン!」

 

 改めて確認を取ってみると、やはり彼はここが久水の部屋で間違いないと言う。千年殺しのポーズと共に尻を左右に振りながら。

 

 ……え? つまり……どういうことだってばよ。

 ――まさか、本当にここが久水の部屋!? てことは、あの二つの枕と嗅ぎ覚えのある香りはッ……!

 

「ぐはァァァァッ!」

「ぬォ!? ど、どうした一煉寺龍太ッ!?」

 

 恐るべき結論に到達してしまった瞬間、俺は顔面蒼白になりながら頭を抱え、両膝をついていた。自分のやってしまったこと。それが全てフラッシュバックしてしまったがために。

 

 ――や、や、やってもたァァァァッ!

 

 アイツの部屋とは知らず、顔をベッドに押し付けて散々香りを堪能したり、どっちかの枕の柔らかさに悶絶していたり……!

 女の子の個室で、俺はそんなことをしてしまったのか!? は、犯罪だァァァッ!

 

 く、くそぅ! 俺に金持ちワールドの価値観が備わっていれば、こんなことにはならなかったハズだ!

 だって、こういうセレブリティーな世界に慣れてる人なら、部屋を一目見るだけで「客室にしては豪華過ぎる」ってわかってたかも知れない。けど、全くのパンピーたるこの俺に、そんなコトがわかるわけがないッ……!

 

 これが救芽井や矢村だったなら、まだなんとか謝れば許してくれていたかも知れない。だが、今回の相手は、あの久水だ。

 ――もしバレたら、今度は何をされるかわかったもんじゃないッ! 昼間の鉄バット地獄が、フラッシュバックしちゃうぅうぅッ!

 つかメイドさんッ! あんたはどうして! どうしてこんな禁断のエデンに、招待してくださりやがったァァァァッ!?

 

「ぐふぅぉおおぉ……! お、俺はなんということをぉぉ……!」

「……ま、まぁ反省しているのであれば、清く正しいワガハイは許してやらんこともない。実際、貴様に用があるのも確かだったしな」

「ふんぐぅうぅぁ……え?」

 

 ……という感じに悶絶していた俺がさすがに哀れに見えたのか、茂さんはそれ以上の追及は控えていた。

 いつの間にか、元通りのスラッとした佇まいに戻っていた彼は、やや気まずそうに俺を見下ろしている。どうやら、知らぬ間に俺が宥められる立場になっていたらしい……。

 

 ――その後、夕食や昼食を取っていた会食室に連れて来られた俺は、茂さんに紅茶を振る舞われていた。

 周りには使用人がほんの二、三人控えている程度であり、基本的には俺と茂さんの一対一の状態となっている。ちなみに、女性陣は現在、絶賛入浴中とのこと。

 

「どうだ? ワガハイの入れた紅茶の味は」

「うん、なんかスッキリしてて美味いよ。紅茶なんてあんまり飲んだことないから、うまく言葉にできないけど」

「当然だ。この崇高なる久水茂の入れた紅茶の味が、たかが中流家庭の一般庶民ごときに理解されてたまるものか」

「あはは……」

 

 自分の庶民臭さに苦笑いを浮かべると同時に、向こうは得意げに鼻を鳴らしている。こうしていると、なんだか普通に仲がいいように錯覚してしまうな……。

 いや、仲良くできたらそれが一番なんだけどね。後味悪いのは嫌っていう気持ちは、今も一緒だし。

 だけど、茂さんとの関係は、最初の救芽井の時より壊滅的だ。矢村のことが原因であんなに対立したし、実際に戦ったし。

 正直、今こうして紅茶を頂いてるのが不思議なくらいだ。彼は今、何を考えてる……?

 

「……聞いたぞ、色々と」

「え?」

「貴様がいかにして選ばれ、いかにして今に至るか。貴様が妹に追い回されている間にな」

 

 俺が紅茶を飲み干したのを確かめると、茂さんは真剣な眼差しで俺を見据えてきた。やっぱり仲良しになれるような雰囲気ではなさそうだが……今までのような見下した視線でもなかった。

 

「『技術の解放を望む者達』、そして『呪詛の伝導者』……古我知剣一の主張……どれもにわかには信じがたい話ではあったが、樋稟が直々に語る姿を疑うわけにもいかない。……梢も、信じられない、という顔をしていた」

「あー、そ、そう? 俺もあの時のコトは、白昼夢みたいにしか思えない時もあったよ。正直、自分が大事に関わってるなんて、考えてもみなかったんだし。俺はただ、救芽井のお手伝いをして仲直りがしたかっただけなんだ」

「……その『仲直りがしたかっただけ』の貴様にッ! 樋稟は身も心も虜にされたというのかッ!」

 

 何か壮大な買い被りをされてる気がしたので、当時の心境をバカ正直に並べてみたのだが……どうやら、火に油を注いでしまったらしい。

 彼は悔しげに唇を噛み締めると、テーブルを思い切り両手で叩き、俺が使っていたカップをガチャリと揺らした。周りの使用人達もどう対応すべきかわからず、おろおろしている。

 

「……我が久水家は、常に時代に選ばれし才女を花嫁に迎えてきた。その伝統に則るならば、ワガハイの伴侶となる女性は、彼女以外には考えられなかったのだ」

「――それが、救芽井に言い寄った理由?」

「それだけではない。彼女の麗しさ、ヒーローとしての気高さ、その全てに、ワガハイは心を奪われた。初めて会った時、世界に愛される理由に気づかされたよ」

「……そっか」

 

 第一印象が第一印象だから、俺にはイマイチよくわからないが……やはり世の男達から、盛んに求愛されるだけの女性ではあるらしい。彼女は。

 

 けど、茂さんが割と真剣に救芽井のことを想ってたのには、ちょっと安心した。金目当てで近づくような奴だったりしたら、あの決闘に負けた時のことが心配でしょうがなかったからな。

 

「ワガハイは彼女を手に入れるため、あらゆる手を尽くした。本来、警察組織の中でもエリートクラスの者しか所有が許されていない『G型』を手に入れるために、警察内での所有者を決める大会に飛び入り参加したくらいでな」

「救芽井エレクトロニクスに近づくために、そこまで?」

「……それくらいのことが出来なければ、既に決められていたという婚約者――すなわち貴様を超えることなど、できないと判断していたからな」

 

 ジロリと睨まれ、思わず肩を竦めてしまう。俺なんぞのために、イロイロとお疲れ様です……。

 

「だが……やっとの思いで『G型』を手に入れても、スポンサーになるという条件を持ち出しても、とうとう彼女を手にすることは叶わなかった……。今となっては、資金だけを救芽井家に捧げ、貴様との結婚式が挙げられてしまう瞬間を、指を噛みちぎって見届けることしかできないッ!」

 

 酒は飲んでない様子なのに、言ってることややってることが、まるで娘を嫁に送り出す父親の図だ。決闘に負けて好きな女の子を取られた(ことになってる)上、無条件でスポンサーになる誓約もさせられちゃあ、こうなるのもやむを得ない……のか?

 

「くわえるどころか噛みちぎる気か!? 頼むから人の人生を勝手に血染めにしないでくれ!」

 

 それでも、やっぱり噛みちぎられるのは御免被りたい。

 ――そもそも、本当に結婚するかもわからないってのに。この人といい周りといい、何かと性急過ぎるんだよ。

 

 けど、そんなこと口にしたら「貴様は樋稟の愛を弄んだのかァァァ!」とか言い出しそうなんで、まぁ今は何も言わないでおくとしよう。

 

「はぁ……あのなぁ茂さん、別に世の中、救芽井しか女がいないわけじゃないだろう? 矢村に久水に四郷……俺みたいな田舎者が知ってる分だけでも、それくらいたくさんの可愛らしい女の子がいるんだしさ。もちっと、視野を広げてもいいんでない?」

 

 気がつけば、俺もフラれた友人を慰めるかのようなことを抜かし始めていた。あるぇ? 元々こんな話だったっけ?

 

「ぐすっ、ぐひっ……! だ、だが、この久水茂、ただでは散らぬ……。どうせ叶わぬ恋だというのであれば!」

 

 悪酔いでもしたかのように、しばらく真っ白なテーブルクロスに突っ伏して、むせび泣いていた茂さん。そこにちょっと慰めの言葉を掛けてみた途端、まるでそれがスイッチだったかのように、ガバッと身を起こして来なすった!

 

「う、うお!? どど、どうした!?」

「かくなる上は――貴様が云うところの、天使達の舞い踊る桃源郷にて、壮絶に散ってくれようぞ!」

 

 な、なんだそりゃ!?

 俺は「天使達」なんてロマンチストな台詞は、一度たりとも吐いた覚えは……!

 

 ――あ、まさか。

 

 俺がその意味を察した瞬間、茂さんは脱兎の如く、会食室を猛ダッシュで離脱した。は、速い!

 

「フハハハハ! せいぜい悔しがるがいい、一煉寺龍太ァッ! 生まれたばかりの樋稟の麗しき姿を、最期にこの眼へ刻んでくれようぞォォォォッ!」

「最高に最低な散り様キタァァァァッ!?」

 

 なんだ最期に刻むって! ちょっと言い回しがカッコイイからごまかされてる気がするけど、それってただの覗きだからな!?

 

 ――い、いかん! このままほっといたら、マジで救芽井達に粛正されかねん! ガチで俺の人生が、コイツの血で朱く染められてしまうッ!

 そんな放送禁止ワッショイな事態になんぞ、させてたまるもんですか!

 

 俺は一拍遅れて席を立ち、状況が見えずにポカンとしている使用人一同を完全放置しつつ、茂さんを追う。……うん、あんた達はわからないままでいいよ。知らない方が幸せなことって、あると思うし。

 

「うひょひょひょひょい! ぷるるんおっぱいはワシのもんじゃァァァァッ!」

「欲望に目が眩みすぎてキャラ崩壊してんぞ!? もはやただのオヤジじゃねーかァァァァッ!」

 

 マ、マズイ、これは重症だ! 一刻も早く……早く止めなければッ!

 

 久水邸の大浴場へと繋がる廊下を舞台に、いつしか俺と茂さんの「命と大切な何か」を賭けた短距離走がスタートしていた。

 ……いや、別に俺はやましい動機は何もないからな? ぷるるんおっぱいに魂を引かれた愚民にはなってないからな?

 

 ――し、茂さんに共感なんて、こ、これっぽっちもしてないんだからねっ!?

 

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