「貴様は、」
とどめの一撃を止められ、黒夢は驚きの声を上げる。加工処理されているのかその声は機械じみたものである。
「私は更識楯無。って知ってたかしら?」
楯無はおどけるように微笑む。それに黒夢は反応せず、右腕の光の刃をチェーンソー形態に変え、先ほどの攻撃を防いだ槍をそのまま切り裂こうとする。
「なに?」
「あらぁ、乙女の問いかけに無視なんてひどいわね。」
しかし槍は切断されるどころか、傷一つ付かない。チッと黒夢は舌打ちをすると、頭部コードをミステリアス・レイディに向かって放つ。
ミステリアス・レイディは槍の根元を中心に、水のシールドをらせん状に回転させながら展開。回転の勢いによって、コードを弾く。
「甘いわよ。」
次の瞬間、両機体間に爆発が起きる。爆破の衝撃で黒夢は吹き飛ばされが、ミステリアス・レイディの方は爆破のダメージを受けていないようで、余裕そうにその場に佇んでいた。
「くっ」
予想以上のダメージに、黒夢はいったん距離を置こうと離れるが、楯無はより愉快そうに笑う。
「それじゃ、私からは逃げられないわよ。」
ミステリアス・レイディが指を鳴らすと、直後に黒夢の左右で爆発が起こる。
「おのれ。」
爆発を一早く察知した黒夢は、一気に真上へ加速することで直撃を避ける。そのままミステリアス・レイディと大きく距離を取ると、体勢を立て直す。
「逃がさないわよ。」
すると、驚くことに今度は黒夢の内部で爆発が起きる。
「今のは警告。次は容赦しないから、おとなしく投降した方が賢明じゃないかしら。」
ミステリアス・レイディの最大の特徴は、ナノマシンによって水を操れるところである。これによって、防御壁を展開することも、攻撃に使うこともできる。
クリア・パッション。ISエネルギーを熱に変換することで、ナノマシンが操る水を蒸発させ、水蒸気爆発を起こす。水をISの中に潜り込ませれば、先ほどのように機体内部から爆発を起こすことも可能だ。
黒夢がまんまと術中にはまったことで、得意げに笑う楯無だが、対する黒夢は特に驚いた様子を見せない。そのことを楯無が不審に思っていると、
ブォン
黒夢の両肩で正面を向いていた十字型のユニットが紫色に発光する。敵の攻撃に備えた楯無はある異変に気付く。
(内部のナノマシンがコントロールできない?!どうして?)
黒夢内部に仕込んだナノマシンが突如、コントロール不能に陥ったのだ。
(ほかのナノマシンは動かせるし、故障ではないようね。だとすれば、あれが原因かしら。)
黒夢の肩にて怪しげに光る十字を見て、楯無はそう推測する。
「でも、関係ないわ。内部から爆破できないなら、」
ドカーン!
黒夢の周囲で爆発が起きる。
「他から潰せば良いものね。悪いけど、学園の生徒に手を出した罪は重いわよ。」
一瞬ニヤリと笑うと、槍を正面に構え黒夢を睨みつける。
ドカーン!ドドドカーン!
アリーナ内に爆音が響き渡る。あたり一面に爆発による圧力波とミステリアス・レイディの槍に装備されたガトリングから放たれる銃弾が、黒夢に絶え間なく襲い掛かるが、黒夢は通常ISでは信じられないような動きでそのすべてを避けていた。
「もうっ!ちょこまかとうざったいわね。」
いくら攻撃をしても、よけ続ける黒夢の動きに楯無はイライラを募らせる。
楯無が黒夢の内部からの爆発を諦め、外部からの攻撃による撃退を試みて、三分。しかし、自分の強さにそれなりの自信を持っている彼女にとって、攻撃をことごとく避けられるというのは、屈辱以外の何物でもない。
それに楯無がイラついているのは、それだけが原因ではない。
(さっきから避けるだけで、一切攻撃のそぶりを見せないし、どういうつもりかしら。)
不明な部分が多いISだが、楯無はこれまでの戦闘から黒夢は遠距離武器を所持していないと考えている。
(でも、それなら接近戦を仕掛けてきてもいいはずだし、その分の隙は見せているんだけど。)
楯無は黒夢の機動力をもってすれば、ミステリアス・レイディに近づけるほどの隙をわざと作り、攻撃を誘っているが黒夢がその隙を狙うことは無かった。
それどころか、こちらから近づこうとすれば逆に逃げられてしまう始末である。
(でも、戦うつもりが無いのならとっくに逃げているはずよね。)
フルスキンゆえに表情の読めない黒夢に、楯無は言い知れぬ不気味さを感じた。
(ふむ。やはり国家代表の力は伊達ではないな。)
襲い掛かる爆発を躱しながら、黎斗は相手の力量に焦っていた。
(まともに戦えば、苦戦はまぬがれないだろう。後のことを考えると、ここでエネルギーを使いすぎるわけにはいかない。)
最初の方こそ予測不能の爆発に翻弄され、少なからずダメージを受けていた黒夢だが、攻撃を受けるごとに順応し、完全に回避を続けていた。
ISの操縦者はハイパーセンサーによって360度の視界と高い動体視力を持っている。加えて黒夢(旧、蕾)には千手システムがある。自機周辺の大気のわずかな変動を視認できるために、爆破の前兆を察知し回避に生かしていた。
しかし、本来なら前方しか視界を持たない人間では、その情報を脳内で処理しきることはできない。事実、開発当初の蕾のテストパイロットたちは、脳がクラッシュしてしまった。
では、なぜ黎斗は動かせるのか。それは彼が狂人だからである。彼の狂った人格は機体からの膨大な情報を受け止め、完全に親和した。
(しかし、このままでは埒が明かないな。)
だが、今の黒夢はミステリアス・レイディの攻撃を避けることしかできない。たとえ接近戦を仕掛けたとしても、返り討ちにされるのが目に見えているからである。
「黎斗、準備完了したわよ。」
黒夢に通信が入る。直後に黎斗はニヤリとおぞましい笑みを浮かべる。
「ようやくか、HIKA。さっそく行動に移すぞ。」
「了解。」
通信を終えると、一気にミステリアス・レイディへ向かって加速する。突然動き出した黒夢に、楯無は驚くがすぐに気を取り直す。
「何を考えているか知らないけど、そんな程度じゃ私は倒せないわよ。」
楯無は黒夢の軌道を冷静に見極め、確実に黒夢に当たるタイミングで爆発を起こそうとする。
「えっ、なんで。」
しかし、爆発が起こらない。何度も試みるが結果は同じでアクアパッションが起こることは無かった。
「悪いが、もはや遠隔操作は不可能だ。」
(これも、あのISの能力?じゃ、さっきまで攻撃を避けてたのはなんで?)
楯無が機体の状態を確認してみると、通信機能もダウンしている。
「危ない、楯無先輩。」
自分を呼びかける声にハッとするが、すでに黒夢が目の前まで来ていた。
ズギャン
「があっ」
ミステリアス・レイディは回避も防御もする暇なく、黒夢の攻撃をもろに受ける。さすがは国家代表というべきか、すぐに体制を戻したミステリアス・レイディは追撃に備え槍を構えるが、
「?!」
すでに黒夢は消えていた。背後に気配を感じ、直感にまかせて槍を振ると、黒い残像が視界の上に消える。
「くっ、はっ、やぁ。」
黒夢は止まることなく、さまざまな方向から攻撃を仕掛ける。ハイパーセンサーを持ってでも生まれる視覚の弱点から迫る黒夢の動きに、楯無はほぼ感覚のみで食らいつく。
だがその動きを先読みすれば、さらに上を行く黒夢を捉えることはできず、ミステリアス・レイディは翻弄されていた。
(なにこれ、速すぎる。さっきよりもよっぽど。)
しかも、攻撃を防ぐほどに黒夢とミステリアス・レイディの動きの差は大きくなり、ついには両手を、黒夢の頭部コードにつかまれてしまう。そして、ミステリアス・レイディの前に、姿を現した黒夢がチェーンソー状の刃を振り下ろす。
ギュオオオオン
「きゃあああ!」
通常のISより装甲の薄いミステリアス・レイディはぐんぐんエネルギーを削られる。ミステリアス・レイディの残りエネルギーがわずかになると、黒夢は楯無に呼び掛ける。
「君の使う周波数を探るのに手間取ったが、上手くいって良かったよ。」
(くっ。さっきまで避けてたのはそのためだったのね。)
そして黒夢はふっと笑うと、ミステリアス・レイディを地面に向かって投げおろす。
ドガーン
轟音とともに地面に激突したミステリアス・レイディは、さらにエネルギーを削られ、ついに残り一桁となった。
まさに虫の息のミステリアス・レイディのまえに黒夢が降りてくる。
「ミステリアス・レイディ、か。霧が晴れ、神秘のベールが剥ぎ取られた裸婦の秘密を、いただこうとしようか。」
「なんです、って。」
睨みつける楯無を無視し、黒夢は右腕の機械を回転させ、ミステリアス・レイディに手を伸ばす。
(やはり、それを使うのが目的。なら、これが最後のチャンス。)
楯無は、防御用にミステリアス・レイディに纏わせているナノマシンを、わずかに動かせるのを確認すると、逆転の一撃に賭けようとする。
ミストルテインの槍。ミステリアス・レイディの防御用のナノマシンさえ攻撃に集中させる最大の大技にして、奥の手でもある。
(遠隔操作できなくても、機体を通してのマニュアルでなら操れる。奴が油断して近づいた時が好機。)
もちろん、残りエネルギーの少ないこの状態では黒夢のエネルギーを削り取ることはできないだろう。それどころか、防御を捨ててしまうこの技は、楯無本人にさえ大きな危険が伴う。
(大きなダメージさえ与えられれば、こいつも引き上げざるを得ない。データさえ守れればこちらの勝ちよ。)
生徒会長としての誇りか、彼女は自らの命を危険にさらしてまで、使命を果たそうとしていた。
そして、黒夢の右腕の機械がミステリアス・レイディに触れる寸前、彼女は行動に出る。
「かかった、わね。」
全ナノマシンを攻撃に転用した、楯無渾身の一撃が黒夢の左胸に当たる。
「え……なん、で。」
確かに攻撃は当たった。
「言っただろう。君を包むベールは剥ぎ取られたと。」
それだけ。ミステリアス・レイディの槍は、黒夢に間違いなく当たっているにも関わらず、黒夢は微動だにしない。
目の前に広がる状況に、楯無が理解できず呆然としていると、ぽつぽつと彼女の顔に何かが降ったくる。
「えっ。」
ミステリアス・レイディのハイパーセンサーが、それが何なのか拡大して映し出す。
それは、残骸。時に火花を上げながら、何十という数でまとまり、わずかに水を纏ったそれは、
「私の…」
ミステリアス・レイディのナノマシンであった。
「君は最初から勘違いをしている。」
黒夢が右腕の機械を、ミステリアス・レイディに押し付ける。それと同時に機体全体に電流が走り、先ほどの技によって装甲の多くを外していた、楯無にも電撃が通る。
「あああああ!」
楯無の悲鳴を意に介さず、黒夢はしゃべり続ける。
「最初から、君のナノマシンは全て、私の支配下にあった。それを段階的にコントロール不能にすることで、君の選択肢を狭めたんだ。」
少しして、黒夢がミステリアス・レイディから離れる。ダメージによりぐったりしている楯無にかすかに意識があるのを確認すると、アリーナの端に退避していたブルーティアーズを見る。
「邪魔が入ったが、次はお前だ。」
紫色の瞳に見つめられた時、身の危険を感じました。
(逃げなければ。)
しかし、わたくしは恐怖で少しも動けません。
あのISが試合の途中で乱入したとき、わたくしは代表候補生として奴を捉えようとしました。
しかしあっという間に武器を奪われ、やられそうになったところを、楯無さんに救ってもらったとき、正直ほっとしました。
その後、眼前で繰り広げられる戦いを見て、わたくしはいかに自身が思い上がった存在だったか思い知ったのです。
今のわたくしでは、勝てない。警鐘を鳴らす頭に対して、体は一向にわたくしの言うことを聞いてくれません。
そして、わたくしは今までのことを走馬灯のように思い出しました。
わたくしの家はそれなりの名家でした。優秀でいくつもの会社を経営し、わたくしの憧れでもあった母とは逆に、父はそんな母の顔をいつも伺うような人で、わたくしのそんな父を嫌悪していました。
交通事故でわたくしの両親が死んだとき、わたくしの元に残った莫大な遺産を狙って、さまざまの人が近づいてきました。
わたくしはそんな金の亡者どもから大事なものを守るため、努力を重ね、ついに代表候補生にまでなることができたのです。
(ここまで、きましたのに…)
もうだめだと、絶望したその時、
「このやろおぉぉぉ!」
一筋の閃光が、ISの吹きとばしました。
ガガガガガ
「一夏!一夏、落ち着け。」
通信越しに箒の声がするが、そんなこと気にしてられるか。
こいつは、こいつはっ!
楯無さんが黒い奴に負けて、地面にたたき落されるのを見て、俺は怒りでどうにかなりそうだった。そして何より圧倒的力の差に何もできない自分が悔しかった。
できるなら、今にも飛び出していきたかったが、残りエネルギーの少ない初心者に何ができるのか、という箒の言葉に俺は黙るしかなかった。
でも、あいつが何の抵抗もできない楯無さんに電撃を浴びせたとき、もう我慢できなくなった。たとえ、邪魔にしかならなくてもそれでも助けに行こうと思った時。
―そんなに、たたかいたいの?
どこからか声が聞こえた。戸惑う俺を無視して声は続ける。
―どうしてそんなに、たたかいたいの?あなたも、せかい?をしはいしたいの?
(なんだ、なんなんだ?)
そうしていると、黒夢が立ち上がるのが見えた。楯無さんはぐったりした様子で、あの人が受けたダメージがどれだけ大きいか、想像させられた。
―ねぇ、どうして?
何が起きてるか理解できないまま、しかしなぜか俺はその声にこたえる。
「ちげぇよ。俺は大切なものを守るために戦うんだ!男の俺が逃げ出すわけにいかない!それに戦えない人間に攻撃を加えるなんて許せるかよ!」
俺の言葉に、謎の声は驚いたように話す。
―へぇ、そんなりゆうもあるんだね。ならちからをあげるよ
次の瞬間を白式が黄金色に輝き、エネルギーがすべて回復する。
(なっ、どうなってるんだ)
突然の白式の変化に、驚く。
(でも、これならもう一度戦える!)
ーこんてにゅー、すたーと
直後に俺は黒い奴に体当たりをかました。
「なに、どういことだ。」
ミステリアス・レイディのデータを採取したのち、次の目的のためブルーティアーズに向かおうとした黒夢は、白式の突撃により、そのままアリーナの壁まで押され、激突する。
「ぐはっ」
とっさに腕を交差しガードしたが、壁と激突した衝撃でエネルギーがさらに削られる。
「バカな。貴様の残りエネルギーはわずかなはず。こんな力をだせるはずが。」
動揺する黎斗は、白式と向き合い驚く。
「お前は、俺が倒す。」
黄金色に輝く白式が、構えるのを見ると、黎斗は上空に飛び上がる。白式も当然それを追いかける。
二人は並走すると、互いの武器を交えながら、飛行を続ける。お互い致命的な攻撃は受けていないものの、じわじわとエネルギーが削られていく。ともすれば先に限界が来るのはもちろん黒夢である。
残りエネルギーがわずかになった黒夢は、白式から離れ体勢を立て直す。
「ずいぶんと強くなったな。やはりお前相手ではこちらも本気を出さざるを得ないか。」
「は?何を言って、!」
黒夢は右手を左の腰にあて、そこから伸びる光の刃に左手を添える。
それを見た一夏は怒りの形相になり吠える。
「どういうつもりだ。てめえぇぇ!」
そのまま突っ込み、白式が振り下ろした刀を、黒夢は刃を一閃してはじく。そのまま上段に構えた刃を、白式に振り下ろそうとした瞬間。
ボフー!
黒夢が機体中から煙を上げ、そのまま真下の客席に向かって落ちていく。そして黒夢の襲撃によって閉じられた隔壁どころか、客席の床まで突き破り、下の部屋に落下する。
すでに観客が避難した客席で、落下の衝撃でまい上がった煙が充満する。
煙が晴れ始めると、そこに人影がたつ。
(まさか、黒い奴の操縦者か?)
「くっ、こんなことが起こるとは。」
黎斗は衝撃により逃がしきれなかった痛みに悶えながら、ゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫なの?黎斗。」
彼を心配するような優しい女性の声が、通信機も兼ねた彼の指輪を通して聞こえてくる。
「あぁ、問題ない。すべて狙い通りにはいかなかったが、計画に支障はない。それに、」
充満していた煙が完全に晴れ、そこに立つ人間の顔が見える。その顔に一夏は衝撃を受ける。
(嘘、だろ。)
「最低限の課題はクリアしたからな。」
煙が晴れたところにいたのは、
「千冬姉…」
織斑千冬。まぎれもない彼の姉である。