長めのトンネルを抜けると、右手にはまた穏やかな海が見えてくる。唐津駅から乗った家族連れの子供は歓声を上げるが、俺は辛うじてそれを堪えた。
次の駅に近づくにつれて海は迫ってくるが、残念ながら次の駅を出るとトンネルに入り、それを抜けると堀割の中をボックス席の2両編成の列車は走る事になる。その景色に、子供は残念がった。
しかし、もう1つのトンネルを抜けると、また子供は歓声をあげる。国道を挟んではいるが海がいきなり開けて見えたのだから。
そして、海岸沿いに列車が走った先にあるのが、俺達が降りる駅だ。
「プロデューサー殿! ここが珠美の故郷です!」
青系のスカートに、黒のデニール。上はモコモコのコートを羽織る脇山珠美が、駅前のロータリーで振り返りながら叫ぶ。
佐賀県を代表するアイドルの1人が無邪気に叫ぶが、反応する人はいなかった。むしろ、彼女と俺以外誰もいないからこうやって叫んでいるのだろう。
「良い所じゃないか」
「はい! この景色を見ながら鍛練をするのも楽しかったです!」
剣道。
日本の文化の1つとも言えるスポーツであり、海外でも知られるようになった『美術品』を、この駅から時おり唐津の中心部や福岡に向かう時に使っていたらしい目の前の美少女が取り柄としている。
今日は生憎の曇り空で荒れているが、普段は穏やかな海なんだろう。そんな海を横目に、鉄路より更に海に近い道路の歩道を歩いていく。
珠美が産まれ、そして小中の頃を過ごした集落は、俺達が降りた駅と
「この家です!」
結局、誰ともすれ違う事なく俺達は脇山家の前に辿り着く。
『ーー皆さーん! こんにちは!』
そして、それから1日も経っていない頃、脇山家の人々は自分の家の娘の晴れ舞台を見ていた。
お気に入りの衣装だという白い巫女さんの肩だしのような上と、青いミニスカートに身を包んだ珠美は、デビューして1年目のこの日、地元での凱旋ライブをして、それに自分の家の人々を招いたのである。
舞台袖から、珠美に剣の道を教えたお爺さんが立って落涙しているのに驚いたり、その隣でお父さんも落涙しているのに驚いたり、その隣の大人しい印象のお母さんが一番激しく踊ってたりしているのに驚きながら、俺も珠美のステージを見る。
『SAY☆いっぱい輝ーく』
『輝く星になーれ』
『運命のドア』
珠美だけではない。その応援として、福岡出身の松尾千鶴と大分出身の首藤葵も一緒に歌い、そして踊っていた。だが、主役は珠美であり、2人もそれをしっかりと分かっている。
2時間にわたるライブの中で熱気が途切れる事はなく、この凱旋ライブのために仕上げた珠美のソロ曲が終わって最高潮になった。
『雪景色の中来てくださってありがとうございました!』
アンコールも終えて、最後に珠美がそう挨拶しながら頭を下げて、幕が下がり始める。下がり終えても拍手が鳴りやむ事はなく、珠美も頭を下げたままだった。
珠美が頭を上げたのは拍手がやっと鳴り終えた後で、一杯の笑顔で俺達の方に走ってくる。
「プロデューサー殿ー!!」
遠慮なしに飛び込んできた彼女を何とか受け止め、嬉し涙でカッターシャツが濡れるのを感じながら彼女の頭を撫でる。
「珠美さん、そろそろ着替えないと今日中に帰れませんよ?」
時間を忘れてしまいつつ撫で続けてしまった俺に、間接的に注意を促してくれたのは先に私服に着替えた千鶴だった。
隠してはいるが怒っているのがわかる千鶴の言葉の通り、すでに撫で始めてから5分経っていた。
「…申し訳ございません」
珠美と千鶴は明日は岡山でライブがあるから、珠美が言った通りに雪景色の中なので早く福岡のホテルに向かわないといけない。ちなみに、葵は明後日が大分での凱旋ライブだ。
少し強めに彼女の頭を撫でてから、着替えを促す。着替えて、珠美が控室で待ち構えている家族に驚いている間に、ライブを開かせてくれた会場の人々に挨拶したり、わざわざ来てくれた市長に挨拶されたりする。
会場を出たのはライブが終わって2時間後の事で、だがそれでもライブの余熱を感じる事が出来たのは嬉しかった。
「プロデューサー殿は明後日に帰ってくるんですよね?」
「ああ。珠美達が泣きついてくるんだったら明日にも帰ってくるけどな」
「た、珠美は泣きません!」
「私もです!」
「代わりに私が泣くっちゃ!」
冗談冗談だと言っている間に、博多行きの列車がやって来たので、2人ともう1人のプロデューサーである千ちゃんを乗らせる。
「千ちゃん、2人を頼んだ」
「ええ」
クールな大人になりたい子供達の目標らしい千ちゃんなら大丈夫なので、2人の見送りから葵の凱旋ライブにすぐに気持ちを切り替えれる。
「俺達はこの次の各停だな」
「そうっちゃ。それの方が博多であまり待つ事なく『』に乗れるっちゃ」
「そして!」
話しながらも、俺の足は唐津駅のコンコースへと向かう。
そこにあるのは、駅弁屋さん! そこにある『烏賊弁当』を2つ買う。
「経費で落とさないの?」
「none、none。自分のお金で食べてこそ駅弁を楽しめるものよ!」
「その通りでしてー」
葵の
「そなたが、唐津で大分のあいどると共に烏賊を食べようとする御方でして?」
「……そうだが?」
中学生、だろうか? 葵より高いが繊細な感じを漂わせる美少女が、そこにいた。
「美少女とは嬉しいのでしてー」
…………読まれた?
「しかし動じないのでしてー?」
「まあ、うちには何人かいるしな」
美少女を細い目で見ているもう1人の美少女や、クールの目標の美女などである。
それは置いとくとして制服姿の美少女は、ブレザーにスカートという洋装なのに、どこか和を感じさせるのは、俺が勤める事務所の影響だろうか。
「それで? 見事に見抜いた君の用は?」
「あいどるにすかうとされに参りましたのでしてー」
…………はい?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『新たな女狐出現っちゃ』
『タイプは?』
『佐久間さん』
『…………』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
九州の鹿児島、鹿児島の大隅、大隅の志布志という所に「すかうとされに」きた美少女、依田芳乃の家はある。
博多から大分より先の宮崎行きの特急に乗り、その宮崎から日向灘沿いに各停に乗り続け、そして列車の運賃箱に切符と代金を入れて降りた無人駅。その駅から海へ歩いた所に、広めの家がある。築100年以上は経っているらしいその家に住んでいるのは、両方の故郷である奄美大島からこの空いた親戚の家に越してきた依田のご両親で、そのお二人から色々な事を聞いた。
依田家は奄美大島でいわゆる巫女さんを担ってきた家だという事、依田はその家の歴史でも、奄美大島の中でも類いまれなるほどの力の持ち主である事、その為に探し物などで地元に頼られていた事、それを生業として迫害されずに来た両親も受け入れた事、だが依田が年を重ねるにつれて自分にそれ以外に取り柄がない事に悩み始めた事。
そしてーー。
「神託、ですか」
「信じろと言ってもすぐには信じられないだろう。だが、我々が崇める神は仰ったらしい」
より崇拝されるあいどるになり、より多くの人を助けなさい。そして、あいどるを楽しみなさい。
「楽しくアイドルを続けられる事の出来るは…プロデューサーは唐津で烏賊を買う、大分のアイドルと共にいる青年だったそうだ」
「……まさしく私ですね」
唐津でアイドルの公演なんて初めてじゃ! と、唐津市長も言ってたし。
「そういう事だ。神託とあれば俺達も文句は言えん。だから頼まれてくれないか」
そう言われ、頭まで下げられれば、無下にする事なんか出来なかった。
1月5日。こうして、鹿児島から依田芳乃がアイドルになり、そして激動の1年が始まっていく。