IS<いいから黙って・死んでくれ>   作:速水

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「クラス代表とマッチョ」

「今日は、再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める」

 

 HRが始まると同時に千冬姉の口から出た言葉に、俺は首を傾げる。

 

「クラス対抗戦の代表者?」

「役割としてはクラス委員長のようなものだが、別のクラスの代表者との試合をやったりするので、IS操縦者として実力のあるものが選ばれる役職だ」

 

 俺の呟きに、淀みなく答えてくる左門。

 詳しいなコイツ。

 それとも、俺にIS学園の基礎知識が欠けてるだけなんだろうか。

 チラリと隣を見れば、目を輝かせ鼻息を荒くしたマッチョがいる。

 やべえ。なる気満々だ。

 他に誰か、なる奴はいないのか。

 一番前の席なので、教室を見回すわけにもいかず焦っていると「はい」と誰かが手を上げる声が聞こえた。

 よし! 誰だかわからんが、お前がクラス代表だ。

 

「織斑くんを推薦します!」

 

 立候補じゃないのかよ。まあ、いいけど。

 ところで、このクラスには俺以外にも織斑姓の生徒がいるのか。遠い親戚かもしれないな。

 

「そうか。では、候補者は織斑一夏だな。他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

 

 って、俺かよ。

 思わず立ち上がる俺。

 同時に、隣から椅子を蹴る音がする。

 

「拙者が! 拙者が立候補しますぞ!」

 

 左門が立ち上がり、ボゴォッと何かが砕ける音がする。

 余談だが、身長二メートル近い左門が肩車している専用ISは巨漢が装着できるサイズになっており、肩車したまま立ち上がったりしたら軽く天井に届いてしまうので、席に座るとき以外は背負うようにしている。

 

 閑話休題。

 

 隣を見れば、パラパラと上から落ちてくる砂ジャリっぽい何かを肩に乗せた左門が、ライバルだなとでも言わんばかりに親指を立てて笑顔を向けている。

 いや、俺クラス代表とかなる気ないから。

 左門がクラス代表になるのも問題がありそうだが。

 

「邪魔だから、二人とも席に着け。それで他にはいないのか? いないなら、この二人で投票してもらうことになるぞ」

「ちょっ、俺はそんなのになる気は……」

「黙れ。投票前から自分が選ばれる気でいるのか。なんにしろ、他薦された者に拒否権などない」

 

 立候補してる奴がいるのに他薦と投票とかおかしいだろ。

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 おおっ、混沌としかけた教室に鋼の救世主が現れたか!

 声に振り返れば、気の強そうな表情をした金髪の女子が立ち上がっている。

 口調と言い、ロールのかかった髪と言い昔のアニメに出てきたお嬢様ライバルみたいだ。

 

「そのような選出は認められません。大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ。このセシリア・オルコットに、そのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 なるほど、救世主の名前はセシリアというらしいぞ。

 

「ほう。セシリアは、拙者がクラス代表になるのが不満か?」

 

 初めて話す相手だろうに、平気で呼び捨てにする左門。

 不満だから文句つけてるんだろう。あと、投票で俺に勝てる気満々だな。その根拠のない自信は尊敬に値する。

 

「実力で言えば、わたくしがクラス代表になるのは必然。それなのに粗暴なゴリラなんかが代表になって、わたくしの実力が劣ると思われたら一生の恥です」

 

 うわぁ、真っ向からケンカ売ったよ、このお嬢様。

 さすがの左門も、これにはカチンと来たらしく憤怒に顔を赤くしている。

 

「まてい! ゴリラパワーでうっかり小動物を殺したら寝込むほど落ち込む森の紳士を粗暴というのは聞き捨てならんぞ」

 

 そっちかよ。怒るポイントおかしいだろ。

 

「あら、それはすみませんでした。でも、ゴリラの評価を上げたからといって、あなたの評価は変わりません。いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ」

 

 丁寧に頭を下げてから、改めて言葉を荒げるお嬢様。

 育ちがいいと人はこうなるものなんだろうか。

 

「確かに、拙者はISの操縦者になって日が浅いが、それで実力が劣ると思われるのは納得いかんな」

「わたくしは、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですのよ。実力で、わたくしに勝る新入生なんていませんわ」

「ぬ? それなら拙者も教官を倒したぞ」

「は……? そんなはずありませんわ。わたくしだけと聞いておりますもの」

 

 そりゃあ、生身の人間が世界最強の兵器であるISに勝ったとか、そんなヤバイ情報を入学前の新入生になんか漏らせないだろう。

 

「それは、女子の中ではということではないかな?」

 

 言われてみれば、一応は俺も教官を倒してたんだから、そう考えたほうが妥当だな。

 試合内容は、かなり違ったけど。

 

「これで、拙者の実力がセシリアに劣るものではないと理解してくれたかな」

「まだですわ」

「ほう?」

「どちらの実力が上かなど実際に戦ってみれば一目瞭然、勝負ですわ」

「なるほど、はっきりと白黒つけるというのはいい考えだ」

 

 二人の全身に、闘志がみなぎる。

 その目は、今すぐにでも決着をつけようと考えていると雄弁に語っていた。

 

「後にしろ馬鹿ども!」

 

 千冬姉の叱責と共に、パンッ! ドゴォッ! っと打撃音が教室に響く。

 

「ありがとうございます!」

 

 左門の嬉しそうな声も響く。

 パンはお嬢様の頭が出席簿で叩かれた音で、ドゴォは左門の顔が拳で殴られた音である。

 なんで、それで喜ぶんだよ左門。

 さすがの千冬姉も引いてるぞ。

 

「と、とにかく試合なら放課後にやれ。今はホームルーム中だ」

「はい」

「わかりました」

 

 さすがに、教師の正論に逆らう気は二人ともないようで素直に従う。

 左門の方は、なんか恍惚とした顔をしてるから別の理由のような気もするが。

 

 

 ISには人間の意識に似たものがあって、時間をかけて操縦者の特性を理解しようとするらしい。

 と言っても、俺もさっき知ったところだがISはコアが開発者──篠ノ之束博士以外の人間に作製不可能なのが現状であり、その開発者のワガママにより一定数しか存在しないためISその物の数も限られるわけで、専用機を持てる操縦者の数が少なくてあまり意味のない機能と言える。

 ただ、逆に言えば467機しか存在しないISの中から専用機を宛がわれる操縦者というのは、よほどのエリートなわけで学生の身分でそのエリートに身を連ねる人間がいるとすれば、それはどれだけ将来を嘱望された実力者なのか想像もつかない。

 そして、左門が戦うお嬢様ことセシリア・オルコットもまた、その専用機持ちなのだという。

 

「拙者も、一夏も専用機持ちだがな」

 

 俺の場合は届くのはまだ先らしいから、正確にはまだ専用機持ちじゃないがな。

 あと心を読むな。

 

「だいたい、お嬢様と俺と左門じゃ、専用機持ちって言っても全然意味が違うだろ」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 お嬢様は本気で実力が認められたエリートだが、俺のは他に類のない男性適性者のデータを取るために用意されるものにすぎない。

 ようするに、別に俺の能力が期待されてるわけではないということだ。

 まあ、なりたくてIS操縦者になったわけでもないので、それはそれで気楽でいいのだが。

 そして、左門はというと、こいつの専用機が本当にISなのかどうかすら怪しいと俺は思っている。

 ISは全部で467機しかない。

 となれば、誰が起動させることもできない馬鹿に専用機を与えようと考えるだろう。

 むしろ、適当なハリボテを持たせて学園のISを触らせないようにするほうが合理的だ。

 誰だってそう考える。俺だってそう考える。

 そもそも左門の言うところによると、こいつの専用機は入試の時にいた特別アドバイザー──ぶっちゃけIS開発者の篠ノ之束博士が用意してくれた468機目のISとのことだが、うさんくささ大爆発だ。

 実は、この篠ノ之束博士は、俺の幼馴染みの篠ノ之箒の実の姉であり、一応顔見知りだったりするのだが、そういうことをやりそうな人だなあという印象もある。

 そのことを踏まえて考えてだ。

 

「お前の勝ち目、薄くないか?」

「どういうことだ?」

 

 どうもこうも。

 こいつの入試の時の戦闘は俺も見たが、あれは相手の虚をつくことができただけのまぐれ勝ちにすぎない。

 同じ相手ともう一度戦えば多分負けるだろうし、お嬢様は左門の戦い方を知らないとは言え本人の言葉から推測するに入試の時の教官より強い可能性が高い。

 そんなことを説明すると、左門は体を逸らし両腕を頭の後ろに置いて腹筋と脚を強調するアブドミナル&サイのポーズをとって、気持ち悪い笑みを浮かべる。

 

「拙者をいつまでも、あの頃のままと思わんほうがいいぞ。 男子三日会わざれば刮目して見よと言う。今の拙者は、筋肉はゴリラ! 牙は狼! 燃える瞳は原始の炎! スラムキングが相手でも勝ってみせよう!」

 

 スラムキングって誰だよ。意味わかんねえよ。

 でもまあ、ISの対抗戦のクラス代表なんてもんに、ISを稼動させられないコイツがなるのは間違ってる気がするし、負けてもらったほうがいいのかもしれない。

 

「けどクラス代表は委員長みたいなもんなのに、それを決める試合が来週ってのは、どうなんだろうな」

 

 現行最強の兵器であるISを使った戦闘はしかるべき場所以外でやることは許されない。

 IS学園には、そのためのアリーナステージも用意されているが、使用許可を求める生徒は少なくないようで、お嬢様と左門が対決するためには一週間も待たなくてはならない。

 ひょっとしたら、これでも早いほうなのかもしれないが、その間のクラス代表がやるべき雑務は誰がやるというのか。

 少なくとも、担任の千冬姉はやってくれないだろう。

 ああ見えて、ズボラだから。

 

「その間は、お主がクラス代表の代理を勤めればよかろう」

「……え?」

「クラス代表が決まってなくても、その役をする人間は必要なのだ。ならば、誰かが代役をするしかあるまい」

 

 いや、そうだろうけど。

 

「なんで俺?」

「他に適任がおるまい」

 

 なんでだ!?

 

「一夏も、拙者とセシリアの立候補がなければクラス代表になっていたかもしれん人間だ。これほど代役に相応しい者はおるまい」

「俺、授業についていくこともできてない劣等性だぞ」

「だが、クラスに三人しかいない専用機持ちであろう」

「うっ……」

「しょせんISは兵器。求められるのは座学の成績ではなく、戦闘に用いた時の実力だ。そして、専用機を持つということが、いかにして有利なことかは言うまでもあるまい」

「た、確かに」

「そういうわけで、来週の試合まで、クラス代表代理は任せた」

「任された」

 

 そんな話をしてたら、次の授業時間になったらしく山田先生が来たので、雑談をやめて教科書を取り出す俺と左門。

 クラス対抗戦に出るわけでもないクラス代表代理が俺である必然性がないことに気づいたのは、ずっと後のことである。 

 

 

「ねえ。君って噂のコでしょ?」

 

 そんなことを尋ねられたのは、昼休みの学生食堂でのことだった。

 話しかけてきたのは、三年生と思われる女子。

 俺の左隣に座っている左門を視界に入れないようにしているらしい挙動が特徴的である。

 他の女子は、無視しようとしてかえって意識してしまう悪循環に陥るからな。

 しかし、どんな噂だ? まあ、他に男子は左門しかいない学園で人違いということもないだろう。

 

「たぶん、そうです」

 

 答えると、先輩は自然な動きで俺の右隣の席に腰掛けた。

 俺から目を離さず、しかし一心に飯を食ってる左門は常に視界に入れないその動きは見事としか言いようがない。

 人として、どうかと思うが。

 

「代表候補生のコと勝負するって聞いたけと、ほんと?」

「俺じゃありませんけどね」

 

 国家代表IS操縦者の候補生と聞いて頭に浮かぶのは、わかりやすいお嬢様キャラ、セシリア・オルコットで、彼女と勝負するのは俺じゃなく左門だ。

 しかし、学年が違えばその情報が少し歪んで伝わっても不思議ではないわけで、先輩の勘違いはそのせいだろう。

 

「え? じゃあ……」

「勝負するのは、俺の隣に座ってるマッチョマンです」

 

 答えると先輩は不思議そうに自分を指さす。

 そっちじゃねえよ。どんだけ左門の存在を否定したいんだよ。

 

「それで、何の用なんですか」

「ああ、うん。君って素人だよね。IS稼働時間いくつくらい?」

 

 いくつって……。

 

「入試の時だけですけど」

 

 入学してから、まだ実習はないし専用機もまだ貰ってないんだから当然だ。

 

「それじゃあ、何も知らないようなものね。私が教えてあげよっか?」

 

 言って顔を近づけてくる先輩。

 って、近い近い。

 いや、教えてくれるのはありがたいんだけど。何でだ?

 

「元々男性操縦者というものに好奇心を刺激されていたところに、代表候補との勝負の噂を聞いて、これを機会に知り合いになって恩も売ろうと考えたのだろう」

 

 いや、それだと話しかけるべきは、左門じゃないのか。

 話しかけたくない気持ちはわかるが。それで俺に話を振る理由がわからん。

 

「拙者は、IS操縦者としては異質だからな。先輩と言えど、教えるのは難しい。だから、この話の持って生きかたでは一夏に提案する以外の道はないのだろう」

 

 なるほど。それで、俺か。理にかなってるな。

 というか、ナチュラルに心を読むな。

 それに、お前、今、食事中で味噌汁を口に入れてるよな。どうやって喋ってるんだ。

 しかも、俺にしか聞こえてないみたいで、先輩はきょとんとした顔をしてるし。

 

「どうしたの?」

 

 不思議そうな先輩に首を振りつつ考える。

 珍獣みたいに見られてるのは気に入らないが、IS学園の劣等性としては、先輩がISを教えてくれるというのはありがたい。

 と思っていたら。

 

「結構です。私が教えることになっていますので」

 

 聞き覚えのある声が、横から口を出してくる。

 箒? そんな約束してたっけ俺?

 

「察しろ」

 

 左門の声が耳元で囁く。正直、キモいが今は箒のことだな。

 俺から話しかけても無視してた箒が、何故ここに来てそんなありもしない約束を口にするのか?

 とりあえず箒を観察してみる。

 この学園に来る前で最後に会ったのは六年前だが、その頃に人付き合いが苦手だった幼馴染みは、今も変わらないらしく俺の知る限り休み時間なんかで誰かと話をしているところを見ない。

 そうか。なんだかんだで友達ができなくて寂しかったから、俺と話をする切っ掛けを探してたんだな。

 今まで無視してたのは、きっと俺がいつも左門と一緒だったからに違いない。

 そういうことなら箒に教わるのもいいか。

 

「でも、あなたも一年でしょ」

「私は篠ノ之束の妹ですから」

 

 食い下がる先輩に、箒は伝家の宝刀を抜く。

 いかにIS操縦者としての実力に自信があったとしても、他でもないIS開発者の妹が相手では分が悪い。

 先輩も、引き下がるしかない。

 それはいいんだが。

 

「なんだ?」

「いや、何でこのタイミング?」

「文句でもあるのか?」

「いや、ないけど」

 

 クラスが一緒で寮でも同室なんだから、今でなくても良かっただろうに。

 

「勇気を出せなかった乙女の心もわかってやれ」

 

 どういうことだ左門。

 

「話しかけたかったが、その勇気が出せなくてズルズルと先送りにしていたら、別の誰かが同じことを言い出したので、慌てて話しかけたのだろう」

 

 なるほど。

 そういえば箒はプライドが高いし、友達がいないから久しぶりに会った幼馴染みと仲良くしたいんだ。なんて言い出しにくいだろうしな。

 俺は、イカレマッチョ以外に話し相手ができてISのことを教えてもらえる。

 箒は、学園に友達がいない現状を打破できる。

 これが、いわゆるWin-Winな関係というやつか。

 よし受けよう。

 

「これから、頼むぞ箒!」

「ああ。今日の放課後から剣道場に来い」

「え?」

 

 なぜISのことを教えてもらうのに剣道場?

 

「腕がなまってないか見てやる」

「え?」

 

 かくして、剣道場に連れて行かれた俺は、弱くなったという理由で鍛えなおすと言われたのだった。

 ISの操縦は、どうなったんだ。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 少女は思う。

 六年ぶりに再会した幼馴染みのことを。

 幼かった頃は淡い恋心だったそれは、男らしく成長した姿を見た時にはっきりとした恋に変わった。

 問題は、それを本人が自覚することを拒んでいることであろう。

 少女──篠ノ之箒は、恋だの何だのに現を抜かす同年代の少女たちを蔑視していた。

 それは人見知りする性格だった事や、仲間に入れてもらうために下手に出ることのできない無駄なプライドの高さや、潔癖な人間だったことに多大な理由があったろう。

 そして、何よりも不幸だったのはそれを矯正する人間が身近にいなかったことである。

 六年間を幼馴染みと共に過ごしていたなら、こうはならなかったのかもしれないが、ifを語ることに意味はなく箒の心は自分自身ですら今更どうしようもないくらいに頑なになってしまっていた。

 そんな少女が、恋する相手に素直に好意を向けられるだろうか。

 否である。

 その結果、恋心を持っているがゆえに幼馴染みとの再会を素直に喜ぶことができず、女扱いをされたくはないが本当に意識されてないと苛立つというおかしな精神状態が形成されることとなる。

 だが、その精神状態にも、ある程度の安定はあった。

 鈍感な幼馴染みは少女の心に気づかないのと同様に、彼に興味を持つ他の異性の気持ちにも気づかなかった。

 面と向かって告白でもされれば相手の恋心にも気づこうが、そこまでの想いを抱くほどに彼に近づいた女性はいない。

 正確には、もう一人の男子生徒がいるかぎり近づけないというのが実情である。

 ボディビルダーもかくやという筋肉を持ったスキンヘッドの大男。

 これは、男性の地位が低くなった現在でも、女性が気軽に近づくには抵抗がある相手である。

 入試では生身でISを倒したなどという馬鹿馬鹿しい話を信じているわけではないが、待機状態のISを常に身に着けている専用機持ちでもない限り、あの圧倒的筋肉に近づくには猛獣の檻に入るくらいの勇気を必要とするだろう。

 だから、安心していた。油断していたとも言う。

 何の努力もなく、幼馴染みのそばに自分以外の異性が近づかない現状が、ずっと続くと思い込んでいた。

 けれど、そうそう都合良く世界は回らない。

 IS操縦者としての経験を積み、自信をつけた上級生であれば、マッチョの存在を無視して少年に話しかける胆力を持った者もいる。

 その事実を目の当たりにした時、少女は一歩を踏み出さざるを得なくなる。

 かくして少女は、幼馴染みの少年に自分から話しかけた。

 頑なな心が解きほぐされるのは、まだまだ先のことだろうけれど。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「なあ、箒」

「なんだ、一夏」

「ISのことを教えてくれる話はどうなったんだ」

「……」

 

 目をそらすなよ。

 教えると言っといて、一週間も剣道の稽古を付けてただけというのはどういう了見だ。

 今日は、左門とお嬢様の勝負の日で、左門が専用IS『オーバー・ボディ』を着込むのを二人で手伝ってるところだってのに。

 

「別にいいだろう。一夏が対戦するわけじゃないし、そもそも、お前のISもなかったのだ」

「開き直るな。IS学園の生徒として対戦とか関係なくISの操作は学ぶべきだし、ISがなくても、操作方法を頭に叩き込むことはできるだろう!」

「まあ、いいではないか。ISの操作を教えてもらえなかったのは残念だが、体を鍛えて幼馴染みとの旧交を温められたのであれば、この一週間も無駄とは言えまい」

 

 知ったような顔で横から口を挟む左門に、うんうんと箒が同意する。

 一週間、一緒にISの操作も学ばずに剣道場に通ってたら、すっかり仲良くなりやがって。

 俺の見たところ、箒に友達ができない理由は、人付き合いを苦手としているところにある。

 基本的に人嫌いなところがあるが、俺自身が初対面の頃も箒には嫌われていたように思う。

 つまり、付き合いを続けられれば仲良くはなれるのだ。

 ただ、付き合いを続けるのが難しい理由に、他人を怒らせる言動が多くて喧嘩になりやすい上に、謝ることができない性格がある。

 これでは仲の良い友達を作るのはかなり難しいことだが、その性格は何を言われても聞き流す面の皮の厚さを持ち、女に殴られることを御褒美と言い切る変態とは相性が良いらしい。

 なにしろ、全方向に攻撃的な箒と仲良くなるには、好かれる努力をするより怒らない嫌わない。そんな努力の方が重要になるのだ。

 普通の女子なら左門のような奇行種とは、仲良くなるどころか話をするのも嫌がりそうなものだが、その辺りも箒の場合は慣れれば気にならなくなっている。

 

「もう、お前ら結婚しろよ」

 

 と冗談で言ったら殴られた。何故だ。

 いや、今はそういう話じゃない。

 と言うか、

 

「なんで、お嬢様と対決する左門が、そう緊張感がないんだ」

「ん? 緊張はしておるぞ。しすぎては、本来の実力が発揮できないと自覚しているだけで」

 

 自覚すれば、どうにかなるものなのか? それ。

 それに、そういう問題でもない。

 敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。だっけ。

 そんな感じで、ISを起動できなくてもISの操作を学べば相手の手の内を読めるとか、そういう考えはないのか脳筋。

 などと口に出しかけたところで、山田先生が息を切らせてピットに入ってきた。

 なんだ?

 

「織斑くん! 来ました! IS! 専用機!」

 

 なぜ片言。

 あと。なぜ、このタイミングで。

 

「単純に、いま届いただけだ」

 

 おおぅ、いつの間にか千冬姉もピットに入ってきてる。

 

「いつの間にかというか、山田先生と一緒に入ってきたぞ。一夏は、山田先生の揺れる胸に気を取られて気づかなかったようだが」

 

 人聞きの悪いことを言うな左門。

 山田先生が、胸を押さえて涙目になってるだろうが。

 箒もなんか、怒りに満ちた目で睨んでくるし。

 

「一夏……、貴様」

「いや、だったら箒は千冬姉に気づいてたのかよ」

「……もちろんだ」

 

 なら、その沈黙は何だ。

 

「織斑先生と呼べ」

 

 千冬姉の左手がスナップを効かせて俺の頭を叩く。

 同時に、右手を汚いものでも触ったように振っているのは、両手を合わせて拝んでいる左門を見れば理由を察することができる。

 

「馬鹿やってないで、左門はアリーナに行け。使用できる時間は限られているんだぞ」

 

 言われて、最後に顔を覆い隠すパーツを装着し全身装甲(フルスキン)のISに身を包んだ左門が、ガシャンガシャンと音を立ててピット搬入口に走っていく。

 本来なら、シールドエネルギーに作られる障壁に守られているために装甲を必要としないISなのに、左門の専用機だけ全身装甲になっている理由を俺は知らない。

 起動させられなくてシールドエネルギーに意味がないからかもしれないが、近代兵器の前には紙の装甲にも等しいそれが役に立つとも思えないので所詮は想像でしかない。

 

「一夏」

「なんだ箒」

「なぜ、お前がISを装着している?」

 

 左門が出て行くのを見送りながら、さっそく届いた白いISに体を預ける俺に箒が問いかけてくるが、そんなもの決まってるだろ。

 

「待機状態にするには、まず装着する必要があるからですよ」

「ああ、そういえば」

「へー、そうだったのか」

 

 横からの山田先生の言葉に、納得顔になる箒と感心する俺。

 

「え?」

「え?」

「え?」

「知らなかったんですか?」

「知らなかったのか?」

「おう」

 

 伊達にIS学園の劣等性はやってない。

 

「えっと、それならどうして?」

「左門の試合を観戦するためだ」

 

 言ってから思い出した。急ごう。

 

「どういう意味だ」

 

 疑問の声が聞こえるが、後だ後。

 

 

 ズドンッ。

 鋼に覆われた足に蹴られた大地が爆発し、爆音がアリーナ中に響き渡る。

 その力は、反作用によりF1マシンもかくやのスピードで左門の肉体をセシリアに向かわせる。

 それは、生身の人間ではありえない速度。

 ましてや起動状態にないISは人に持ち上げることのできない重量であるだけでなく、着込めば間接部などが固定されて動くことを阻害するのだ。

 そのことを考えれば、左門弁蔵という男は人にして人にあらず、超人と呼ぶしかない存在。

 けれど、ISと戦うにはまだ足りない。

 例えば、時速200キロの速度で動けても、100メートルを進むには2秒近い時間を必要とする。

 ボクシングのリングのように狭ければともかく、アリーナステージの直径は200メートル。

 しかも、ISは操縦者に膨大な知覚情報を与えてくれる。

 俺が、二人の試合を観戦するのにISを必要としたのは、人の目では追いきれない高速戦闘の知覚のためだが、それと同じ感覚をセシリアも持っていることだろう。

 ゆえに、この戦い、セシリアの専用機『ブルー・ティアーズ』の性能の前に、人を遥かに超えた左門の身体能力など、なんの意味もなさない。

 左門の接近を許さない、セシリアのISが装備するレーザーライフルが火を噴く。

 これが直撃すればどうなるのか正しく理解しているのは、俺の他には千冬姉くらいのものではないだろうか。

 学園内において、左門がIS適性を持たないという事実は隠されていない。

 だが、本当にIS適正を持たないと思っている生徒はいないだろう。

 そうでなければ、学園に入学できるはずがない。

 そうでなくては、入試でISを駆る教官に勝てたはずがない。

 その常識が、容易く人の目を曇らせてしまうのだ。

 だけど、現実として左門はISを起動させていない。

 起動状態にないISは『絶対防御』と呼ばれるバリアを発動させていないというのに。

 ISの基準で考えればゆっくりとも言える速度で走る左門をレーザーが貫通する。

 だが、それは慣性の法則を無視したような直角移動をした左門の残像。

 当たらなければどうということはないという名言もあるように、直撃されれば死に至る攻撃もかわしてしまえばそれまでだ。

 もちろん、左門にレーザーを回避するような速度で動ける能力があるわけではないが、撃たれた後の光速の攻撃をかわすなどISにも不可能。

 だが、撃たれる瞬間に射線から外れるという回避方法を取るだけならば、IS以下の速度でも不可能ではないのだ。

 もっとも、不可能ではないというだけで簡単なわけがない。

 射線から常に外れ続けるなんて不可能事であり、撃つ瞬間を見切り移動しなければならないのだ。

 それを生身の人間の身で可能にするには、どれほどの反応速度を必要とするのだろうか。

 俺にわかるのは、いつまでも続くものではないと言うことくらいだ。

 走る、跳ねる、転がる。相手の予測を外れる軌道で放たれるレーザーをかわす左門だが、できるのはそれだけ。

 ISが起動できないために武装はなく、接近もさせてもらえないでいる左門の動きは徐々に読まれ、レーザー光が装甲をかすめるようになる。

 それは、単純にISの性能と生身の人間の差ではない。

 性能で圧倒的に勝っていても、人を超えた身体能力を見せる左門を冷静に追いきれる胆力を持った人間がどれだけいるだろうか。

 俺の見たところ、セシリアにそんな胆力はない。

 けれど、冷静さをなくしパニックになったとしても、肉体に教え込み蓄積された経験が自動的に正確に標的を撃つ。

 一国の代表候補生の、300時間を超えるIS稼働時間がそれを可能にする。

 だが、左門は絶望しない。

 自身もIS操縦者であるという自負が、負けを認めない。

 手甲に覆われた拳が足元を殴りつけると、大地が割れ粉塵が周囲を覆い隠す。

 もちろん、ISが操縦者に与えてくる知覚力の前に、煙幕がわりの粉塵などに大した意味はない。

 そのはずなのに、左門の姿が消える。

 観客席から見ている俺が姿を見失うのだ。対戦相手であるセシリアが、左門を見つけられなくなっても当然だろう。

 ただ、冷静に考えればアリーナのどこかにいるはずで、ISの索敵能力を全開にすれば居場所を突き止められないはずがない。

 それがわかっているから、セシリアが冷静さを取り戻す暇など、左門は与えない。

 キョロキョロとアリーナを見回すセシリアの背後の地面が盛り上がり、そこから鋼に覆われた左門の肉体が飛び出す。

 自らが割った大地に入り込み、そこから地に潜ってセシリアに接近したと察するのは容易い。

 だが、地中を移動して相手の後ろに飛び出すなど、ISを使っても可能かどうか。

 それを可能にした常識の向こう側の住人の拳がセシリアを襲う。

 もちろん、その攻撃はブルー・ティアーズの絶対防御に阻まれるが、そこは問題ではない。

 そもそもがISの試合は、相手のシールドエネルギーを削る競技なのだから。

 もっとも、拳が届く距離まで接近したからと言って、それで左門が有利になるわけではない。マルチフォーム・スーツであるISに接近戦ができないはずがないのだから。

 そのはずなのに、あせって距離を取ろうとするセシリアは、碌な反撃もできずに左門の拳が生み出す連撃にシールドエネルギーを削られていく。

 あるいは、セシリアは接近戦が苦手なのかもしれない。

 だから必要もないのに離れようとして、いたずらにシールドエネルギーを減らしていると考えれば納得はできる。

 

「このままいけば、左門が勝ちそうだな」

「それは、どうかな」

 

 俺の右隣で見ていた箒の言葉に、左隣で両腕を胸の前で組んでいる千冬姉が否定的な答えを返す。

 どういうことだ雷電!

 殴られた。

 左門といい、千冬姉といい、人の心が読める能力者なんだろうか。

 それ以上に、ISを装着してる俺の頭に手が届くところに驚くべきかもしれないが。

 

「それで、どういうことなんですか」

「簡単なことだ。仮に左門の拳がハンマー並みの威力だったとしても、現行の兵器には遠く及ばない。その程度の威力の攻撃では、シールドエネルギーを削りきることはできないということだ」

 

 言われてみれば、左門は二千年の歴史を持つ暗殺拳の使い手のごとく勢いでブルー・ティアーズを殴りつけているが、これがISの武装を使った攻撃なら、とっくに決着はついているはずなのに試合は続行している。

 セシリアもそれに気づいたのだろう。

 ブルー・ティアーズ──セシリアのIS本体と同じ名前を持つ自立機動ビットが宙を舞い、そこに備えられた銃口から左門へとレーザーが放たれる。

 左門が回避のために距離を取ることで、それは自身のシールドエネルギーを削る結果となるが、セシリアの顔に浮かぶのは勝利を確信した会心の笑み。

 それは、セシリアが接近戦を苦手としていることと、ブルー・ティアーズのシールドエネルギーに余力が残っていることを意味していた。

 もちろん、左門はもう一度接近しようとするが、ビットから放たれるレーザーがそれを許さない。

 そうして手間取っているうちに、ブルー・ティアーズが宙に浮き上がる。

 元々が、ISは空戦を想定した兵器だから、それ自体は驚くべきことではないが、遠距離武装を持たず空を飛ぶこともできない左門を相手にするのに、これほど有効な手は他にない。

 

「卑怯な」

 

 箒が判官贔屓なのか、左門に味方するようなことを言うが、千冬姉はそれに同調しない。

 

「相手の弱点を突くのは立派な戦術だ。弱点を克服もせずに挑もうというのが間違いだ」

 

 厳しい言葉だけど、千冬姉が言うんだからその通りなんだろう。

 もっとも、

 

「こんなのは弱点じゃないさ」

 

 どういうことかと問うように箒が見つめてくるが、説明するより実際に見たほうが早い。

 

「まあ見てろ。空中からの射撃ってのは、入試の時の教官も使った手だ」

 

 もっとも、代表者候補の実力か、接近戦が不得意なぶん中距離射撃を得意としているのか、セシリアの射撃は入試の時の教官より正確かつ容赦がない。

 避けるのがやっとの左門は、何発目かのレーザーを回避するのに致命的にミスを犯す。

 正しくは、セシリアの射撃に誘導された結果なのだが、左門はレーザーを回避するために大きく跳躍せざるをえなくなった。

 セシリアが笑う。

 空が飛べない者には、空中で軌道を変えることもできない。

 左門が地上に降りるまでに、その巨体を撃ち抜けば自分の勝ちだ。

 そう思っただろう、セシリアのレーザーの狙いは正確無比。

 だが、その銃口が火を噴く前に左門は動いていた。

 

「キャストオフ!」

 

 観客席まで届く叫びと共に体を包むオーバー・ボディの止め具が弾け飛び、左門の裸身が観衆の目に晒される。

 次いでセシリアを含めた女性たちの悲鳴が会場中に響き渡る。

 別に必要ないような気もするが左門の名誉のために言っておくと、あいつが全裸なのは露出狂のナルシストだからというわけではなく、ISの操縦者はISスーツという専用のアンダースーツを着ることになっているが左門が着れるサイズISスーツがないから、しかたなく全裸になっているのが理由である。

 ともあれ、これで一瞬だがセシリアの動きが止まったが別にそれが目的でISを脱いだわけではない。

 自身のISと分離した左門は、脱衣したオーバー・ボディの下に回り、それを蹴り上げる。

 結果、オーバー・ボディは空高く舞い上がり、逆に左門の肉体は反作用で急降下。ズドンッと音を立てて大地に落ちる。

 おそらく、セシリアが左門の裸に動揺せずに普通にレーザーを撃っていても、今の動きで回避できていただろう。

 

「だが、この後はどうする」

 

 千冬姉の呟きに、見てればわかると俺は心の中で答える。

 蹴り上げられたISは重力に引かれるままに落ちて来て、その足首を左門が掴み取る。

 ここからが本番だ。入試の時の左門と教官の戦闘はこの状態から始まったのだから。

 左門の空いた手が、オーバー・ボディのもう一方の足を掴み、その両足で自分の腰を挟み回転を始める。

 いわゆるジャイアントスイングだ。

 その竜巻を思わせる回転速度は、技をかけられているのがISでなく人間だったなら血が昇って頭が爆発していただろう。

 と言っても、もちろん左門の目的は自分のISをKOすることではない。

 その回転速度が頂点に達した時、左門の手がISから離れる。

 すると、どうなるか。

 回転していたオーバー・ボディは、遠心力に引かれロケットのように飛び出す。

 ブルーティアーズに向けて飛び出した、その瞬間の速度は音速を越えていると俺のISのハイパーセンサー告げる。

 だが、それで終わりではない。

 音速は生身の人間が己の肉体だけで生み出すには常識を超えた速度だが、現代兵器にはそれを凌駕するものなど珍しくもない。

 言ってみれば、ライフルがあれば誰にでも生み出せる程度の速度だ。

 そんな程度で、世界最高の兵器たるISを倒せるはずがない。

 現に、ここまでの動きをISを装着した今の俺は知覚できているのだから。

 回転する自身の運動エネルギーを強引に変化させると、左門は自分が飛ばしたオーバーボディの方向に足を踏み込み、そして跳ぶ。

 誰に想像できただろう。

 現実の人間が、漫画の伝説の殺し屋のように自分が投擲した物体の上に飛び乗るなどと。

 その驚きは、本来なら音速の攻撃に対応可能な知覚力をISに与えられていても反応を遅らせてしまう。

 

「ゲットライド!」

 

 そんな掛け声が聞こえそうな勢いでブルー・ティアーズに特攻をかける左門。

 いや、本当に言ってたけど。

 そして、ブルー・ティアーズのビットが迎撃のために前に出る。

 驚きに思考が止まっていても、体は最善の行動をとるのが一流なのだと聞いたことがある。

 その理屈が正しければ、セシリアは一流のIS操縦者なのだろう。

 だが、肉体の反射だけでは左門は落とせない。

 そのことを俺は知っている。

 顔面を狙ったレーザーが、直前に前傾姿勢になった左門の頭上を通過する。

 その一撃でセシリアの攻撃が終わるわけではないが、左門も攻撃を回避するために、その姿勢になったのではない。

 もしセシリアがもう少し冷静に行動できていれば、左門が規格外な行動で混乱させていなければ、全裸でなければ。

 きっと、セシリアには左門の次の行動を読み、対応できていたのだろう。

 けれど、歴史にifはなく想像で現実が揺らぐことはない。

 安定性のない足場である飛行するオーバー・ボディの上で四肢を固定し、筋肉を全力で引き絞る。

 そこに、またレーザーが撃ち込まれるが、その時には左門はそこにいない。

 音速で飛ぶオーバー・ボディを足場に跳ぶ左門の更に加速した速度は、一瞬だがブルー・ティアーズのハイパーセンサーでも捕らえられなかった。

 そして、その一瞬に左門はセシリアの背後に回り、ブルーティアーズを羽交い絞めにするように捕らえていた。

 

「離しなさい!」

 

 音速以上のスピードで張り付かれたことによる慣性に振り回されながら、セシリアが叫ぶ。

 ISごしとはいえ、全裸のマッチョに抱きつかれたんだから無理はないが、セシリアは大事なことを忘れていた。

 つまりは、オーバー・ボディは今だ失速もせずにブルー・ティアーズに突っ込んできているという事実を。

 左門の巨体をも覆い隠す鉄塊が、音速でブルーティアーズに激突する。

 その衝撃はISの絶対防御に防がれるが、運動エネルギーまで消えるわけではない。

 更には、ブルーティアーズを羽交い絞めにした左門が、オーバーボディを天に向けて蹴り上げ自分は大地へ落下。

 

「むう。あれは飯綱落とし」

「知ってるのか箒!?」

「うむ。あれは伝説の抜け忍が編み出したと言われる必殺の技。あれを食らえばISと言えどただで済むまい」

「なんか、倒せなさそうだな。その言い方だと」

「いや、あれで決まるだろう」

「どういうことだ千冬姉!」

「先生と言え」

 

 殴られた。

 

「左門のISの重量を考えろ。弾丸とは、わけが違う。あんなものが音速でぶつかってくればシールドエネルギーなど、すぐになくなる。しかも、そのエネルギーの切れ掛かった状態で頭から地面に叩き疲れれば、命すら危ない」

 

 なるほど……。

 

「って、おおごとじゃねえか!」

「そうだな。しかし、事ここに至っては、ISのない私にできることはない。アリーナは、ISの絶対防御と同じもので遮られているしな」

「じゃあ、俺たちは何の手だてもないまま、セシリアが死ぬのを見守るしかないって言うのか!」

「正確には、手だてがないのは私たちだ。お前には、手だてがあるだろう」

 

 そう言った千冬姉の目に写るのは、ISを装着した俺の姿。

 つまり、俺に助けに行けと言っているのだ。

 

「わかった。セシリアのことは任せてくれ」

 

 幸い、左門とセシリアの試合の間に、俺の専用機《白式》の初期化と最適化処理は終わっている。

 今すぐの戦闘すら可能なISでアリーナに突入。

 しようとして、アリーナと観客席を隔てる遮断シールドにぶつかる。

 忘れてた。

 しかし、ピットゲートに回ってられる余裕もないしどうすれば?

 

「ブレードを抜け。お前のISのそれなら、遮断シールドを貫ける」

 

 マジかよ。遮断シールドってISの絶対防御と同じものでできてるんだろ。それを貫通するとかどんなチート武器だ。

 

「いいから早くしろ!」

「はい」

 

 近接特化ブレード・《雪片弐型》。

 俺の専用機《白式》の唯一にして最大の武器。

 それを振りぬき、遮断シールドを切り裂いてアリーナに飛び込む。

 セシリアの命を救うために、左門を人殺しにしないために。

 そんな俺は、観客席の箒と千冬姉の会話が聞こえていなかった。

 

 

「織斑先生」

「なんだ篠ノ之」

「生徒の命がかかってるわりには、随分と落ち着いているように見えますね」

「命は、かかってないからな」

「……」

「ISの衝撃吸収性能を舐めるなよ。今回のこの落下の衝撃なら、シールドエネルギーは切れるだろうし骨折くらいはするかもしれんが、命までは落とさん」

「では、なぜ一夏を行かせたんですか」

「このままでは、左門がクラス代表になってしまう」

「それは問題なんですか」

「大問題だ。そもそも、この試合自体、ISを起動させられず絶対防御に守られていない左門は、一度でも攻撃を受けていれば死んでいる。そんな綱渡りを何度もさせられるものか」

 

 なるほど、そういうことかと箒は納得し、しかし数秒後に納得できないものを見ることになる。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 初の男性のIS適性者。

 これに興味を持たぬ人間は少数派であり、セシリア・オルコットは多数派に属していた。

 とはいえ、それは動物園の希少動物に対する程度の興味であり、近くにいれば見に行ってもいい。

 その程度の感情しか持たない。

 そして、これは別に珍しいことでもない。

 ISは女性にしか動かせないと思っている人間が多いが、これは実は正確ではない。

 人間にはISを可動させられる適性を持った者と持たない者がいて、女性には適性を持った者が多く、男性には織斑一夏以前に適性者が見つかっていなかったというだけの話だ。

 ゆえに、IS学園に通うような人間なら女性に適性を持たない人間がいるなら、男性に適性を持つ人間がいても不思議なことではないと考えるのだ。

 だから、その男性適性者が一人でいるならともかく、男二人で行動などしていば自分から接触することなどないと彼女は思っていた。

 それが変化したのは、クラス代表を決める話が出た時。

 セシリアは自分が優秀だと知っている。

 男性操縦者など、適性者だと判明したのが最近なら経験も浅く実力も相応のものでしかないはずだと理解もしている。

 そんな、初心者にクラス代表を任せて自分の実力が軽く見られるのは我慢ならないと考えるだけの矜持もある。

 だから、立候補した。

 相手が引かないと知ったときは、自分の実力を思い知らせてやろうと勝負をしかけすらした。

 そして勝負が翌週に決まり、どう料理してやろうかと考えていた時に、当の左門がISの訓練もせずに剣道場に通い始めたと聞いて、セシリアの怒りはあっという間に沸点を越えた。

 IS操縦者も体を鍛える必要はある。

 だが、それは最低限の基礎体力さえ身についていればいいものであり、操縦に慣れておくほうがよっぽど重要である。

 それなのに、生身の体でやる武道である剣道を学ぶなど馬鹿にされているとしか思えない。

 余談だが、他の多くの生徒がそうであるように、セシリアは左門がIS適性がなく入試の時は自身の鍛え上げた生身の肉体の生み出す力で教官を倒したなどという夢物語を信じてはいない。

 それが常識的な考えである。

 その怒りを吐き出そうと剣道場に向かったセシリアは、そこで凛々しい顔に強い意志を宿した瞳を持つ男の姿を見た。

 織斑一夏である。

 セシリアの父親は、ISの出現以前から妻に頭の上がらない情けない男であった。

 そんな父を見て育ったセシリアは、自分はこんな男とは結婚すまいと心に誓っていた。

 つまりは、強い意志を持った男を理想の男性と思い定めていたのである。

 そして、剣道場で男らしく竹刀を振る一夏の姿は、セシリアの理想像と合致するものであった。

 ちなみに、強い意志を持つ瞳の持ち主というだけなら左門も条件に合致するが、少女の理想像というものはイケメンに限るのである。

 

 そうして、こっそりと一夏の姿を観察した後の対決の日。

 なんだか気が抜けてしまい、クラス代表への執着も薄れていたが、負ける気などない戦いであった。

 だが、結果としてセシリアは敗北を覚悟するしかなかった。

 静かに敗北を受け入れようと思ったのだ。

 けれど、人間は極限状態になると時間の流れが緩やかに感じることがある。

 地面に叩きつけられるまでの数秒を何十倍にも感じてしまったセシリアは、急に恐怖を覚えてしまった。

 大地への激突と共に彼女のISは起動を停止し、自身も負傷で動けなくなるだろう。

 そこまでは覚悟している。

 問題は、その後だ。

 動けないセシリアは、無防備な姿を晒さなくてはならなくなる。

 負傷がなかったとしても、生身では抵抗ができるはずもないほどに体格の違う全裸の大男にだ。

 衆人環視の中だからといって、これに恐怖を覚えないでいられる若い娘がいるだろうか。いや、いない。

 パニックになりかけたセシリアの視界の隅に、それが姿を現す。

 一点の汚れもない純白のISを駆る少年。

 極限の精神状態は、少女に少年を自分を助けに来た白馬の王子様のように錯覚させてしまう。

 そして、事実として少年の目的は少女を救うことであり、結果としてセシリアの心を掴み取ってしまうことになる。

 

「大丈夫か?」

 

 尋ねる姿勢は、お姫様抱っこ。

 シールドエネルギーの切れたブルーティアーズは、待機状態。

 直前でセシリアを救い出されたことで、左門は頭から落ちて下半身だけが地面から飛び出した犬神家状態。

 一夏の乱入により無効試合になって、勝者なし。

 そして、セシリアは。

 

「ありがとうございます」

 

 素直に、お礼を言う顔は赤く染まり心臓は不整脈。

 恥ずかしげに、もじもじと体を動かすその症状は、まぎれもなく恋。

 しかも、初恋だ。

 しかし、誰が見ても明白なその事実を一夏だけが気づいてなかった。

 元々が女の子と付き合うより友達と馬鹿をやっているほうが楽しいという、思春期はまだ来てないのだろうかと疑わしく思える精神の持ち主の上に、本人としては人命救助をしたという意識しかない。

 だが、気づく者も当然いる。

 例えば、観客席で憤怒の表情を浮かべている幼馴染みとか。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 左門とセシリアの試合の翌日、朝のホームルームで不可解な言葉が聞こえた。

 

「え? 一年一組代表は織斑一夏くんでしょ?」

 

 無効試合になったわけだが、この場合は左門とセシリアのどちらがクラス代表になるのか、あるいは再戦があるのか。という質問への山田先生の答えがこれである。

 なんでだ。

 

「どういうことだってばよ?」

「それは、左門くんとオルコットさんが辞退したからです」

 

 なんですと?

 

「わたくし、昨日の試合で自分の未熟さを思い知りまして」

 

 恥ずかしげに目を伏せながらも、チラチラとこっちを見ながら言うセシリア。

 俺にはよくわからないが、国の代表候補という立場で事実上の敗北をしておいてクラス代表になるというのは恥ずかしいらしい。

 

「拙者は昨日の試合でオーバー・ボディが中破して修理に出しておるので、クラス代表になっても対抗戦に出られんのでな」

 

 ISには自動修復機能があるが、左門のオーバー・ボディは起動状態にないせいか、壊れると修理に出さないとそのままらしい。

 壊れた最大の理由は最後の犬神家で、それがなくても破損はしていたとはいえ俺としては罪の意識を感じずにいられない。

 

「それで、二人が辞退するなら代表代理の織斑くんに、そのままやってもらえばいいとい話になりました」

 

 どこで、そういう話になったんだよ。

 あと、本人のいないところで決めないでください。

 そもそもだ、

 

「クラス委員みたいな仕事はともかく、クラス対抗戦でやりあえるような技能は俺にはありませんよ」

 

 ISを触った経験が入試の時と昨日の二回。昨日の二人のような本格的な戦闘の経験なし。ISの操縦も教えてもらわずに剣道場に通った期間が一週間。

 これで対抗戦とか無茶すぎる。

 

「それでしたら、わたくしが一夏さんにISの操縦を教えてさしあげますわ」

 

 立ち上がり、右手を顎に左手を腰に当てるポーズで言うセシリア。

 

「あいにくだが、一夏の教官は私が本人に頼まれている」

 

 ガタンッと椅子を蹴って立ち上がる箒。

 いや、そうだけど急にどうした。と思ってたら二人とも千冬姉に出席簿で頭を叩かれた。

 

「座れ、馬鹿ども」

 

 叱られて、しぶしぶと席に着く二人。

 ホームルーム中だしな。

 

「私から見れば、代表候補だろうが今日始めてISに乗る初心者だろうが同じ殻の取れてないヒヨッコだ。今は弱くて当然、これから強くなれるように精進しろ」

 

 むう。正論だ。

 

「よってクラス代表は織斑一夏で問題はない。異存のあるやつはいるか」

 

 います。と言おうとしたが、俺以外の全員が、ありませーん。と答えたので、その言葉は誰にも届かなかった。

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