クラス対抗戦の俺の試合は、第二アリーナの第一試合。
組み合わせは、いきなりの凛との対戦であった。
「一夏、謝るなら今のうちだよ」
「謝るのは、俺が負けたらだろ」
「アタシに、勝てる気でいるわけ?」
「どうだかな」
気のない返事を返すのは、まともに戦っても勝ち目がないと理解しているから。
相手は、セシリアと同じく一国の代表候補者。
対して俺は、まともな対戦経験のない素人。
この経験の差は大きい。
同じように実力に大きな差がある相手でも、近距離戦を苦手とするセシリアなら左門がやったように接近戦に持ち込むことができれば勝ち目も出てくるが、鈴は接近戦を得意としているのだという。ソースは左門。
情報源的に信頼していいものか疑わしいが、今はそんな場合じゃない。
しかも、得意なのが接近戦だと言うだけで、別に近距離戦以外を苦手としているわけではない。
逆に俺は、白式に近接ブレードしか装備がないために接近戦以外の選択肢がない。
そして、その接近戦にしても、鈴どころか左門にすら届かないだろう。
これを理解した上で勝てると思う奴がいたら、そいつはどうかしている。
のだが……。
時間は一週間さかのぼる。
◇
寮での一件から数週間。セカンド幼なじみは、未だに怒りを持続させていた。
というか、日増しに機嫌が悪くなって今がマックスという感じだ。
一応、俺としても機嫌を直してもらおうと思いはしたが、廊下ですれ違うとあからさまに顔を背ける相手とは話をするのも難しい。
それに、なんといっても俺はIS学園の劣等生。
鈴のことにばかり、かまけているわけにはいかない。
放課後には、アリーナでISの操縦訓練もしなくてはならないのだ。クラス対抗戦もあるしな。
そんなわけで、鈴のことは置いといて箒やセシリアや左門とアリーナに行ったりしてたわけだが、それが更なる怒りを買ったらしい。
「一夏っ!」
俺が練習用に使用申請を出して許可をもらった第三アリーナのAピットに入ったその日その時、鈴が先に入って待っていた。
「貴様、どうやってここに……」
「ここは、関係者以外立ち入り禁止ですわよ」
「これは、学園のセキュリティを疑わねばならんな」
「あたしは、一夏の関係者よ。だから、ここにいるのは当たり前でしょ」
箒、セシリア、左門の問いに、フフンと鼻を鳴らして答えになってない答えを返す鈴。
俺の周りって、こういう人間が多いよな。
自己中心的というか、唯我独尊というか。
「で、一夏。反省はした?」
「何が?」
「だから、あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーとか、あるでしょ!」
「話しかけても無視してたのはそっちだろ」
「そんなの、一夏がさっさと謝らないからじゃないの!」
「なんでだよ。約束は覚えてただろ」
「まだ、そんな寝言いってんの? 意味が違うのよ。約束の意味が」
「どう違うってんだよ」
「そ、それは、その……」
「なんだよ。説明できないってことは、本当は違わないんじゃないのかよ」
「違うわよ。説明できないんじゃなくて、したくないのよ!」
意味がわからん。
「いや、拙者には大体読めた」
ちょっと待てよ変態。
当事者でない上に、箒みたいに寮での一件に居合わせたわけでもないお前が、何を分かったというんだ。
「つまり、毎日味噌汁を……」
ズドンッとタイヤを殴るような音がする。
それは、鈴が足を鞭のようにしならせて左門の腹を蹴った音だったが、当然の如く馬鹿の笑みを曇らせることはできない。
「フフ。そんな蹴り一発では、拙者を満足させることはできんぞ」
「うわっ、キモ!」
おお、前は左門のノリについていけなくてリタイアした鈴が正直な感想を。
成長したな。
「他人ごとみたいな顔してんじゃないわよ」
おっと、矛先が俺に戻った。
しかし、俺にどうしろと?
怒ってる理由をちゃんと説明してくれて、それに納得がいけば焼き土下座でもして見せよう。
なんでもいいから謝っておけという考えもあるだろうが、何が悪いかもわからずに、とりあえず謝るなど誠意がないのではないだろうか。
男として、そんないい加減なことはできない。
「じゃあ、こうしましょう。来週のクラス対抗戦で勝った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられるってことで」
「おう、いい……」
「その賭け、拙者も乗らせてもらおう」
「……ぜ。って、ええ?」
「無論、拙者は一夏が勝つ方に賭ける」
いや、待て待て。
「アンタ関係ないでしょ」
「なんだ? 一夏に勝つ自信がないのか。それは悪かった」
からかうような口調とかではなく本当に心底すまなそうな言葉に、逆に鈴は激怒した。
必ず、かの 無知蒙昧のマッチョを除かなければならぬと決意した。鈴には政治がわからぬ。鈴は……。
「一夏! なにか馬鹿なこと考えてるでしょ」
ばれた。左門といい、凛といい、なんで俺の心を読めるのか。
「あったまきた。いいわよ、その賭け乗ってやろうじゃない」
怒りに任せて、ズビシッと左門を指差す鈴。
「で、何を賭けるのよ」
「拙者が賭けに勝ったら、おぬしには一夏と部屋を代わってもらう」
「へ? なんで?」
「現在のお主は、二人部屋を一人で使用している状態。その部屋を一夏と交換するということは、拙者が移るべき部屋が確保できるということだ」
「なんで、一夏と同じ部屋になりたいのよ……。はっ、まさか!?」
慌てた様子で後ろに跳ぶ鈴。
「あんたホモなの?」
「何故そうなる」
「ボティビルやってる人はホモが多いんでしょ」
「それは誤った認識だ。ボディビルダーにナルシストの気がある人間が多いのは認めるが、男色の気はない」
「なら、なんで?」
「フッ」
遠い目で空を見上げる。
「ダンボールハウスで、梅雨の時期はきついのだ」
「へ?」
「どういうことかと説明すると、寮にはまだ左門の部屋の用意ができてないのだ」
「せっかく用意が整ったと思ったら、どこかの転入生に横取りされましたしね」
「で、左門は屋上にダンボールハウスを用意して、そこで寝泊まりしてるわけだ」
「お、おう……」
箒、セシリア、俺の説明に、流石の鈴も言葉がない。
「というわけで、この賭けを受けてもらうぞ」
今度は、左門がズビシッと鈴を指差す。
これでヤダとか言ったら間違いなく悪人である。
「これを受けた上で、一夏に勝ったら間違いなく悪人だな」
ボソッと箒が言う。
そういやそうだな。言われて鈴も気づいたらしく、たらりと汗を流す。
どうするRIN? 後がないぞ。
「よーし! なら、あたしは自分が勝つ方に賭ける。勝ったら、一夏はあたしの部屋に移動してもらうわ」
「ほう?」
「そんで、一夏が抜けて空いた部屋に………、マッチョが住めばいいのよ」
「待て! なぜ私が左門と同じ部屋で暮らさねばならん」
自分には無関係のはずの賭けに、唐突に巻き込まれて叫びを上げる箒。気持ちはわからんでもない。
「いいじゃない。減るもんじゃなし」
「減るかもしれないだろ!」
何が減るんだ? 正気度か?
「一夏は拙者を旧支配者か何かと思っているのか」
「人外とは思ってる」
「他人ごとのような話をするな!」
箒の回し蹴りが左門と俺の顔を同時に打つ。
いつもは女性の暴力をご褒美と言い切る左門が俺への攻撃を防ぐが、自分も殴られるとあらば、わざわざ俺の身代わりになろうとしないらしい。
どっちにしろ、俺を蹴った足は左門を蹴ったことで威力が落ちてて大して痛くもなかったが。
「他人ごととは思っとらんが、これは拙者が勝手に決めていいことではないしな」
「うん。箒の同意がないと、左門も勝手に受けれないだろ」
「同意するはずがなかろう!」
「えー?」
不満そうな顔をしながらも、何やらニヤニヤ笑っている鈴。
「上手く悪役を箒に押し付けたな」
「やっぱり、そういうことか。でも、男女同室はまずくないか」
「一夏が、それを言う?」
「む。しかし、俺と箒は幼なじみだから」
「あまーい! 幼なじみなら間違いが起こらないとでも言うつもり!?」
「それは……」
頭に浮かぶのは、何故かバスタオル一枚のあられもない姿の箒。
「ちょっと、そこはできるって断言しなさいよ」
自分で話を振っておいて怒り出す鈴。
何がしたいんだ、お前は。
「とーにーかーく。一夏は大丈夫なの。一夏が大丈夫なんだからマッチョマンだって大丈夫。ナルシストなんだから女の子に手を出したりしないんでしょ」
「いや、ボディビルダーにナルシストの気がある人間が多いとは言ったが拙者がナルシストというわけでは……」
「相手の同意もなく、女の子に手を出したりしないわよね!」
「お、おう……」
強引に黙らせる鈴。
まあ、左門は変態だが、変態という名の紳士だから女子と同室になっても間違いはないだろうけど……。
「でもなあ」
「うっさい。文句があるなら、あんたが勝てば済む話でしょ。それとも勝つ自信がないっての? それなら、今すぐ頭を下げて謝りなさい」
む。できるか、そんなこと。
男として、一度決めたことを曲げられん。
「わかった」
「え? 謝るの?」
「違う。その賭けに乗る。それで左門の賭けはいいとして、俺が勝ったら約束の意味が違うとかいってたことの説明をしろよ」
「せ、説明?」
「そうだよ。なんでも言うことを聞かせられるんなら、それで問題ないだろ」
何故か狼狽えているが、知ったことではない。
最初から負けていい理由などない勝負だが、箒と左門が同室になるのは何となく嫌だ。
何でそう思うのかはよくわからんが、とにかくものすっごく嫌だ。
ありえない想像だが、箒のでかい胸が左門に揉みしだかれたりしたら、俺は奴に決闘を申し込んでしまうかもしれん。
どういうわけか俺の頭は、そんな思考に埋め尽くされていて、鈴の言い分に腹を立ててもいたのである。
「あの、説明はちょっと……」
「なんだよ。勝つ自信がないのかよ貧乳」
ピシリと何かが割れるような音がした。なんだ?
「言ってはならないことを言ったわね」
え? 俺何か言ったっけ。
「うむ。しごく自然に凰を貧乳と呼んだのを、しかと聞いたぞ。しかし、貧乳は希少価値だのステータスだの言われている昨今だが、それでも貧乳娘を貧乳と呼ぶのは感心せんな。貧乳という身体的特徴に劣等感を持つ娘もいるのだし、少なくとも本人に面と向かって言うのはよろしくないぞ。まあ、幼なじみの気安さなら貧乳呼ばわりも許され.のかも知れんがっ……」
「貧乳貧乳連呼すんな!」
左門の巨体が、鈴が右腕のみにISをまとわせた拳で殴られて派手に吹き飛ぶ。
生身の人間をISで殴るとか、よっぽど頭に血が上ったんだな。
本当なら、間違ってもやっていいことではないぞ。
まあ左門だし大丈夫だろうけど。
「ひ、人肌が感じられない打撃は嬉しくないのだが」
案の定、鼻血を流してる以外にはこれといったダメージがなさそうな様子で立ち上がる。化け物め。
それは置いといて、貧乳なんて言ったのか俺。
箒の胸と無意識に比べてしまって、そう言ってしまったんだろうが、これは反省しないとな。
鈴が一番気にしてることをポロッと言ってしまうとは一生の不覚。
「えーと、鈴。今のは俺が悪かった。つい箒と比べてしまって無意識に口から出た」
「こっ……」
怒りのあまりか、言葉すら口から出ない様子の鈴。
うん。失言だった。
なんか箒まで、両手で胸を隠すようにしながら顔を赤くして睨んできてるし。
「今の『も』よ! もう、あったまきた。試合でボコボコにして、泣いて謝らせてやるからね!」
深呼吸してからの怒りの捨て台詞のあと、俺と左門とついでに箒の胸を睨んでから去っていく鈴。
いや、まいったね。これは勝敗に関係なく真剣に謝らないとな。
「それ以前に、勝ち目がほとんどないことも自覚すべきだがな」
え?
「どういうことだ左門」
「凰鈴音といえば、接近格闘型のIS操縦者。その技量は、未だ素人でしかない一夏の及ぶところではなく、その専用機
「…………」
すまん。気合でなんとかなると考えてた。
「というか、どうして左門はそんなにあの女のことに詳しいのだ」
「そうですわ。代表候補の情報は基本的に機密事項ですのよ」
「そうなのか?」
「ええ。代表になれば、国家の威信を賭けて試合に挑むことになりますもの。手の内はもちろん、非合法な手段から保護するためにも最低限の機密は守られているはずですわ」
なるほど。それなら、鈴が代表候補だという情報ならともかく、戦闘のタイプや武装にまで詳しいのはおかしいな。
「で、どういうことなんだ?」
「気にするほどのことか?」
「気にするほどのことだ」
「気になる」
「気にするほどのことですわ」
俺と箒とセシリアの返事に、そうかと左門は腕を胸の前に組んで空を見上げる。
「中国サーバーの匿名掲示板に載っていた」
「おい!」
「冗談はよせ」
「ありえませんわ」
「事実だからしょうがなかろう」
「いや、匿名掲示板の情報を鵜呑みにするなよ。大体、そんなところに国家レベルの機密が転がっててたまるか」
「いやいや、匿名掲示板を見くびってはいかん。国の代表候補のISには多くの人間が関わる。国家規模のプロジェクトだからな。それに加えて嘘、大げさ、紛らわしい情報が反乱しているから一夏の言うように鵜呑みにはできない分、軽い気持ちで機密情報をアップしようという人間も出てこようというものだ。ちょっと前にも、発売前の雑誌の記事をネットに流して捕まったアルバイトもいたしな」
「バイトと国家機密に関わる人間を一緒にするな」
「大体、それだと正しい情報かどうか判断できないんじゃありませんの?」
「他に情報がなければな」
「どういうことだ?」
「転入生である凰はどうやってクラス代表になった?」
「どうやってって、そりゃあ実力を見せて……。そういうことか?」
「そういうことだ」
「どういうことだ?」
一人、理解してない様子の箒に「それはですね」とセシリアがどこからともなく出したメガネをかけて教鞭を右手に持つ。
「ISの操縦者としての実力なんてものは、実際にISで戦っているところを見なければわからないものです。つまり、彼女はクラス代表になるにあたって、クラスの女子に戦っているところを見せたはずです。おそらくは前のクラス代表を相手に戦うことで」
「ということは、左門は2組の女子に聞いてきたのか。よく、お前みたいな気持ち悪い奴と話をしてくれる奇特な女子がいたな」
「フフッ、拙者は常に進化する。ニュー拙者は一味違うぞ」」
あいも変わらず言い難いことをはっきりと言う男前な箒に、いつも通りに気を悪くする様子もなくドヤ顔をする左門。
「この身が、外見的特徴で一部の女子に恐れられるものであることは、この学園に来て学習した」
いや、それは学園に来る前に学習しとけよ。
「よって聞き込みの時は、それにふさわしい服装にした」
「なにやら嫌な予感がするが、どんな服装をしたんだ」
「うむ。まず、この威圧的な肉体を隠すためにコートを着こみ」
「お。おう……。この季節、暑そうだな」
「だから、コートの下はパンツ一枚だったが、見えない部分だから問題ない。それで、どうもスキンヘッドは女子に受けが良くないようなので帽子で頭を隠し」
「頭より顔をなんとかしろ」
「拙者も、それに気づかないほど愚かではない。ちゃんとマスクとサングラスも装備した」
「あの、その格好ってもしかして……」
裸コートに、帽子とマスクとサングラスか。
その格好で女子に話しかける左門を想像する。
「みな、快く話してくれたぞ」
「いいことを教えてやろう。それは脅迫と言うんだ」
「誰が見ても変質者ですものね」
女性陣は、はっきりものを言う。同感だけど。
「ところで、なんでこんな話をしてるんだっけ?」
「さあ?」
そして、その日は、なし崩しに雑談をして解散した。
何のためにアリーナを借りたんだと、後で千冬姉に殴られた。
◇
「さて」
俺のIS──白式の唯一の武装である雪片弐型を抜く。
バリア無効化攻撃が可能なこれは、上手くやれば一撃で相手を戦闘不能にできる
それでも勝ち目は薄いどころか、ないと言ってもいい戦力差だが、負ける訳にはいかない。
左門と箒を同室にするのは、なんとなく嫌だから。
作戦も、そのための練習もした。
あとは、実行するのみ。
そして試合開始を告げるブザーが鳴り響く。
同時に、俺がこの一週間で身につけた技能である
本来なら切り札として温存しておくべきなのかもしれないが、まともに戦って勝てる実力差ではない。
それに、近接戦しか選択肢のない俺が勝とうと思えば瞬時加速を使うしかないと気づかない程度で代表候補になれるはずもない。
そうなれば、切り札として機能しなくなるのだから、開始直後の奇襲に使うのが正解である。
もっとも、
ガギンッ!
音を立てて俺の雪片弐型が鈴の持つ青龍刀に受け止められる。
最適解を選んだからといって勝てるとは限らないのが勝負の悩ましいところだ。
というか千冬姉によると、これで勝てる見込みは三割ほど。
それでも一番高い確率というのだから救われない。
「やるじゃないの。今のは、ちょっと冷やっとしたわよ」
言葉に違わず、わずかに冷や汗をかきながらも不敵に笑う。
「でもね。同じ作戦で、あたしと戦った相手がいないとでも思ってた?」
言われてみればそうである。
「じゃあ、今度はこっちからいくよ」
甲龍の肩のアーマーが開き、その中心が光った瞬間に俺は見えない何かに殴り飛ばされる。
「ちっ、やっぱり来るのがわかってても防げるってわけじゃないか」
「へー。一応、調べたんだ」
左門がな。
今の攻撃は衝撃砲《龍砲》。空間に圧縮をかけて砲身を生成して、余剰で生じる衝撃を撃ちだす武器。
だったかな。
理屈はよくわからんが、どういう攻撃かわかれば充分だ。
「でも、無駄な努力だったね」
追撃の衝撃。それが反射的に顔を庇った両腕の上から殴りつけてくる。
考えてみれば、ISはシールドエネルギーに守られてるから、この防御に意味が無かった気がするな。
「躱せなかったけど、よく反応できたわね。《龍咆》は砲身も砲弾も見えないのが特徴なのに」
「買い被るなよ。砲弾なんか目で見える速度のはずがないし、砲身が見えても反応できるだけの経験なんか俺にはないぞ」
「なにそれ、あたしに手加減しろって言ってるの?」
「言わねえよ。真剣勝負ってのは、どっちも手を抜かないからこそのもんだろ」
ただし、油断はしてもらう。
一撃必殺の武器を持ってても、当たらなければどうということはない。
まともに戦って、俺の実力で鈴に勝てる道理はないということは、この日までにセシリアとの模擬戦をやることで思い知った。
鈴と同じく国家の代表候補のセシリアに勝てないのはともかく、左門にすら勝てないのは我ながらどうかと思うが。
そんな俺が勝つには、相手の油断に乗じるしかないのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どうした?」
一夏と鈴の試合中、突然に席を立った左門に箒が問う。
「いや、大したことではない」
「そうか。なら、邪魔だからさっさと座れ」
他の女生徒などはビクリとするだけで声もかけられない筋肉ダルマ相手に、素っ気なく対応する箒に尊敬の眼差しが集まったりするが、本人は一顧だにしない。
基本的に他人に興味を持たない少女である。
恋する相手にならともかく暑苦しい変態マッチョに気を使う理由はないし、そのことで周囲に何と思われようとどうでもいい。
そして、そんな風に蔑ろにされても気にしないのが左門弁蔵という男であり、だからこそ友人関係が築けていると言える。
「残念だが、用事があってな。ちょっと、出てくる」
「そうか。なら、邪魔だからさっさと出て行け」
既視感を覚えるほどに、ぞんざいな対応を受けて左門はアリーナを出て行く。
その理由を今はまだ誰も知らない。
◇
「来たか」
学園の生徒のほとんどがアリーナの試合を見に行って人気のない校舎の屋上で、全身を金属鎧に身を包んだ巨漢の男が空を見上げて呟く。
本人に言わせれば、それは鎧にあらずマルチフォーム・スーツ──ISだと主張するだろうが、IS適性のない左門弁蔵という男にとっては鎧としてしか機能していない。
それはともかく、彼の視線の先には人の目で視認できるかぎりにおいては何もない。
では、左門の眼には写っているのかと実は彼にも見えてはいない。
だが感じるのだ。
何かの接近を。
理解できるのだ。
それが自分の敵だと。
それは彼の戦士としての本能かもしれないし、変態ゆえの超感覚かもしれない。
どちらにしろ、それは錯覚ではなく事実として空の彼方から何かが飛んで来て、それが青空にある一点の異物として視認できると同時、左門が走る。
「とうっ!」
屋上の端で軽く跳ぶと、次は落下防止の手すり踏み台にして大きく跳躍。
飛び降り自殺のようにも見える行為だが、もしも見ていた者がいれば跳んだのではなく飛んだのだと思っただろう。
それほどの勢いでロケットのように飛び出した左門の前に現れるは、奇しくも左門のオーバーボディと同じく『全身装甲』の灰色をしたIS。
そのことに驚かなかったわけではないだろが、敵を前にして拳を握らない男ではない。
「ぬおりゃあ!」
轟ッと空気を殴りつける音とともに繰り出された右拳は、自身にかかった加速も合わせて悠に音速を超える。
普通に殴っても大地を容易く打ち砕く拳は、左門本人とオーバーボディの重量を一点に絞った音速拳となることで、まともに喰らえばISの絶対防御とて貫通するに違いない。
そう確信して浮かべた会心の笑みは、しかし次の瞬間に驚愕へと変わる。
避けられたのなら理解できた。
絶対防御を抜けることができなかったとしても、ここまでは驚かなかったに違いない。
だが、戦車砲をも遥かに凌駕するであろう会心の一撃が、謎のISのグローブのように手で片手で受け止められると誰に想像できよう。
しかし、そんなふうに驚いている余裕を与える気すら相手にはないらしい。
謎のISは、もう一方のこちらも全身に比して巨大に見える手を握る。
左門を殴り飛ばすための拳を。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それは、俺が鈴にいいように翻弄されている時に現れた。
その気になれば、とっくに勝負をつけられてるだろうに鈴が俺を痛めつけることを優先していたので試合は続いていた。
本気で戦えなんて言葉は、分不相応な甘えでしかないと実感させられる実力の違いが俺と鈴にはあったし、鈴も別に本気を出していなかったわけではない。
その本気を、勝つ方ではなく怒りをぶつける方に割り振っていただけの話だ。嬉しくもなんともないが。
そして、結果として俺と鈴の試合は勝負がつくことなく中断させられる。
爆音と衝撃。
それが不意にアリーナ全体を襲った。
ステージ中央から立ち上る煙が、アリーナの遮断フィールドを貫通して侵入してきた何者かによるものだと、すぐには気づかなかったのは混乱していたせいだろう。
ハイパーセンサーが緊急通告を発し、煙の中に所属不明のISと左門の存在を伝えてくる。
それはつまり、どちらかがアリーナの遮断フィールドを貫通するだけの攻撃力を持っていることを意味するわけだが、流石に左門ではないだろう。
一応、クラスメイトとして左門とは箒やセシリアと一緒に訓練したが、俺の知る限り奴のスペックは生身の人間としては規格外だが、ISと比べれば全てにおいて下回っていると言って間違いがない。
ゆえに、左門に遮断フィールドを貫通できるだけの攻撃力などない。そう断言できる。
だから、アリーナに突入してきたのは謎のISの力によるものだろうということはわかる。
わからないのは、何故かという部分だ。
煙の向こうからは、ハンマーで鉄板を殴るような打撃音が聞こえてくる。
それは戦闘によるものだろうか、何故こいつらは戦っていて、しかもアリーナにまで入ってきているのか。
もっとも、この時点で俺に緊張感はなかった。
左門の関わるトラブルにいちいち驚いたりしててはキリがないし、心配などもってのほかだ。
だが、煙が晴れた時、俺は驚愕することになる。
「嘘だろ……」
信じられない光景に、内心が呟きとなって漏れる。
だって、そうだろ。
あの左門が、箒や千冬姉に殴られても微動だにせず、生身の筋力だけでセシリアの操るブルーティアーズを打ち破った左門が、相手がISだとはいえ一方的に殴られ無様に倒されているのだから。
「織斑くん! 凰さん! 今すぐにアリーナから退避してください。左門くんにも、そう伝えてください。そのISは、すぐに先生たちが制圧します!」
ISのプライベートチャンネルを使った通信が山田先生の言葉を伝えてくる。
つまり、左門と戦っているISは俺達にとっても敵なのだろう。
「左門、下がれ!」
「まだまだ!」
俺の言葉を無視して、左門がダメージなどないと言わんばかりに立ち上がる。
実際、ISの武装で攻撃されれば、絶対防御に守られていない左門などひとたまりもないのだから、それに比べればただ殴られただけのダメージなど小さなものなのかもしれない。
けれど、ダメージがないはずもない。
ここに来るまでも、何度も殴られたのだろう。オーバーボディの装甲はあちこちが凹み歪んでいる。
全身装甲だから外から見ても中の左門の状況は想像するしかないが、無傷のはずがもない。
「一夏!」
思わず踏み出しかけた俺の肩を、鈴が掴み止める。
「アンタが行ってどうするつもりよ」
「助けるに決まってるだろ」
あんな変態でも友達だ。友達の危機を黙って見てられるか。
そう思う俺に、鈴は冷水をかけるような言葉を放つ。
「アンタじゃ無理だって言ってんのよ! ただでさえ大した実力じゃないのに、試合でエネルギー残量が少なくなったISで飛び込んでも足手まといになるだけって自覚しなさい」
「くっ………。なら、どうしろって言うんだ」
俺は弱い。そんなことは、言われるまでもなく知っている。
だからと言って、左門を見捨てられるわけもない。
「あたしが助けに入るわよ。だから一夏は黙って見てなさい」
「バカ言え、お前のISだってエネルギーはそんなに残ってるわけじゃないだろ」
試合中、俺をいたぶるのに無駄にエネルギーを消費する攻撃を連発していたのだ。
それでも俺の白色よりはマシだろうが、絶対防御を貫通できるであろう攻撃力を持ったISに立ち向かうには充分とは言えない。
「バカはアンタよ。あたしは中国の代表候補よ。多少ISのエネルギーが足りなくても、素人のアンタや筋肉バカより強いに決まってるでしょ」
正論だ。
納得できるかどうかは別だが。
「バカなこと考えてないで黙って見てなさいよ」
鈴が青龍刀を構える。
だが、
「否ッ!」
左門の怒号がアリーナに響き渡る。
「これは拙者の戦いだ。二人は、休んでいるがいい」
全身を覆うはずの装甲は一部剥がれ、地肌が覗いているのに。
それ程に攻撃を受けていてダメージが軽いはずもないのに。
それでも、左門は退かない媚びない顧みない。
一人で戦うと宣言する。
「アンタ、バカじゃないの。そいつの攻撃はISの絶対防御でも防げてないじゃない。死ぬ気なの」
そもそも左門のオーバーボディに絶対防御などないことを鈴は知らないことを俺は思い出す。
もっとも、謎のISに絶対防御を貫通する攻撃力があるのは事実であろうし、ここで説明している場合でもない。
というか左門だ。
「そうだぞ。だいたい、お前は何と戦ってるんだ」
「知らん!」
おい。
「だが、拙者がいて敵がいる。戦う理由には、それで充分だ」
宣言と共に、謎のISに殴りかかる。
左門の強みは、その剛力から生まれるIS適性を持つ操縦者には予想外の動きだ。
いかに人間の思い通りに動くマルチフォームスーツと言えど、機械であるISには対応できる動きに限界があるのだ。
そのはずなのに、まるで最初から左門との戦闘を想定して設計されたかのような格闘能力を持つ謎のISに逆に翻弄されている。
もちろん、そんなはずはない。
一応、対外的には左門はIS適格者だということになっている。
存在しないものとの戦闘を想定するなどありえないし、ただ左門を倒したいだけなら専用のISを用意するまでもない。
模擬戦を繰り返せばセシリアのほうが勝率は高いのだ。左門の変態的な動きも慣れれば対抗は可能なのだから。
とは言え、ならば武装を使用しない殴り合いをするISを制作したものの意図はどこにあるのか。
考えるのは後だな。
左門が何を言おうと、友達を見殺しにする選択はない。
問題は、介入するタイミングだ。
ほとんど一方的にやられているとはいえ、左門は致命的なダメージはギリギリで避けている。
だが下手にな介入は、ギリギリのバランスを崩すことになりかねない。
助けようとした行動が左門の命を奪うことになったのでは本末転倒というものだろう。
そのせいで、さしもの鈴も手を出しあぐねている。
「なんで……」
鈴の呟きが聞こえる。
なんだ?
「あいつ、なんであんなにボロボロになっても戦えるのよ。そもそも絶対防御が機能してないってことは、生身で砲台の前に立ってるようなもんでしょ」
震える声に俺は気付かされる。
改めて言われてみると、異常な話だ。異常でない左門というのも想像しにくいが、そういう問題ではない。
俺なんかは左門と身近にいすぎて悪い意味で慣れてしまっていたが、絶対防御の恩恵なしでISと戦うなど正気の沙汰ではないのだ。
IS台頭前の軍人が聞けば噴飯物かもしれないが、IS操縦者に自身の命を危険に晒す覚悟などない。
あらゆる兵器を凌駕する性能と絶対防御があり、IS同士の戦闘は今では基本的に競技でしか行われない。
その競技にしてもシールドエネルギーが切れるまでという、言ってみれば格闘技などよりも安全なものでしかないのだから、その身を危険に晒す覚悟など生まれようがない。
だが絶低防御に守られず傷つく左門の姿は、鈴に戦うということの意味を見せつける。
戦いとは恐ろしいものだと、死の危険性すらあるのだと教える。
ここで、鈴を臆病と謗るのは筋違いというものだろう。
そんな覚悟が必要ないからこそ、ISの適格者が女性ばかりだという事実が世間に認められたという一面もある。
そうでなくて、女性だけを戦場に立たせる兵器など世間が認めるものか。
「やっぱり、俺が……」
「ダメ。あんな危険なISとアンタみたいな素人を戦わせられるわけがないでしょ」
死の恐怖を飲み込み鈴は言う。
だが俺としても、そんな危険な相手と鈴を戦わせて自分は見ているだけなどと男として認められない。
絶対防御を無効化するというのは鈴の誤解にしても、それを貫通できるだけの攻撃力を持っていることは事実なのだろうから。
「意地とかじゃなく冷静に考えて、鈴は今の自分が灰色のISに勝てると思ってるのか」
「…………」
「だろうな。性能が未知数のISに、自分のISはエネルギー残量が少ないのに勝てるなんて言うやつはいない。いるとしたら、あのバカくらいだ」
あのバカこと左門は、殴られ蹴られ投げられて転がされながらも、それでも負けることなど想像もしてないように立ち上がり続けている。
無謀としか言いようがないが、左門の場合は今更すぎる。
「なら、やっぱり俺がやらないとな」
「アンタに何ができるのよ」
「実は、俺の白色の雪片弐型にはバリアー無効化攻撃という特殊能力がある」
「うん。知ってた」
「…………」
「あのマッチョと英国女の試合で、アリーナの遮断フィールドを斬って飛び込んだ話は聞いたから」
「お、おう……」
「それで? バリアー無効化攻撃を使えば、あのISを倒せるとでも? 当たらなければ、どうということはないって言葉を知らないの?」
「うっ。けど、今あのISを倒せる可能性があるのは、俺の雪片弐型だけだろ」
「それは……」
山田先生は通信の後、遮断シールドのレベル設定が上げられた状態でロックされたとかで助けにこれなくなっている。
左門は仮に満身創痍でなかったとしても攻撃力が足りない。
本来なら頼りの綱の鈴は、相手のISのシールドエネルギーを削り切るには甲龍のエネルギーが足りない。
だが、雪片弐型の持つ特殊能力──零落白夜なら一撃で終わらせることができる。
もっとも、鈴の言うとおり当てられなければどうにもならない上に、バリアー無効化攻撃はエネルギー消費が激しい。
現状のエネルギー残量から考えて、あと一撃しか使えない攻撃を当てられるのかと問われれば難しいと言わざるをえないのだが。
それでも、
「他に手はないだろ」
雪片弐型を手に、戦う左門と灰色のISを見る。
チャンスは一度切り。しかも、下手に手を出すと左門の足を引っ張りかねない状況。
「かかってるのが自分以外の人の命ってのは、緊張するもんだな」
「自分の命がかかっても、緊張しなさい。それより、どうしてもやるってんならあたしが先にやるから合図を待って」
「合図?」
「あのマッチョを助けたいんでしょ。なら、素人はあたしの言うとおりにしてなさい!」
「お、おう……」
まったくその通りで、反論の余地がない。
鈴の合図を待つしかない俺は、握った雪片弐型が汗で滑らないかと心配しながら左門と灰色のISの戦闘を見守る左門と灰色のISの戦闘を見守る。
何度倒されても立ち上がる左門は、やはりそれまで通りに相手には一度の攻撃も当てられずにダメージを蓄積させていく。
「人の無茶を見てるしかないってのはキツイな」
「そう思うんなら、自分は同じことをしないように反面教師にしなさいよ」
「……肝に銘じておく」
左門の真似なんか、やろうと思ってできるとも思えないが、無茶はやってる本人より周りで見ている人間のほうが苦しいのだと俺は知ったのだから。
「にしても、あいつ何であんなになってまで一人で戦おうとしてるのよ」
「ヒーローになりたいんだとさ」
「え? どういうこと」
つい口を滑らせた俺に、鈴が問いかけてくる。
別に隠さなければいけない話ではないが、
「話せば長くなるから、この戦いが終わってからにしていいか」
「……そうね。そのためにも、無事に勝たなきゃね」
「ああ」
ニヤリと笑う。
そうだ。俺も鈴も左門も誰も欠けることなく、俺達は勝つんだ。
何度目かに左門が殴られ倒れた直後、鈴が『衝撃砲』を放つ。
目には見えないその砲弾を、左門を殴りつけた反動で動きが鈍っているはずの灰色のISが、わずかに身をひねるだけで回避する。
「どんなセンサー使ってるのよ」
毒吐きながらも、青龍刀を手に飛び込む鈴。
奇襲が失敗だったからといって、そこで手を止めるわけにはいかない。
左門の肉体も、もう限界だと感じたから鈴も介入したのだから。
「まだダメよ、一夏!」
続いて踏み出しかけた俺を、鈴の怒声が止める。
「アンタはトドメの一撃のためにエネルギーを温存。わかってるでしょ!」
「……ああ。わかっている」
その通りだ。
必殺の武器である零落白夜は現状では一回使うのが精一杯。ここで無駄にエネルギーを消耗して、その一回すら使えなくなっては元も子もない。
だが、わかっていても自分以外の人間が命を賭けているのをただ見ているだけというのは、何と苦しいことか。
敵が鈴に右の手の平を向けると、そこからビームが放たれる。
俺なら、まともに食らっていたかもしれないそれを、身を逸らすことで回避すると青龍刀の一撃。
それを敵は左の拳で剣の腹を殴りつけて防ぐと、ビーム砲のついた右手で掴みかかる。
「鈴!」
思わず、叫びを上げてしまう。
本来ISの戦闘で相手を掴む行為に大した意味は無い。
だが、敵はどの武装がそうなのかは分からないが絶対防御すら貫通する攻撃力を持っているのだ。
あるいは、これこそがそうなのかと思い背筋が凍る。
しかし、次に俺が見たのは予想外の光景。
敵ISが、受け身も取れずに顔から地面に激突する場面である。
「貴様の相手は、拙者であることを忘れてはいないか」
言って立ち上がる左門の右手は、敵の足首を掴んでいる。
左門は特別なことをしたわけではない。
ただ、倒れていた時に手を伸ばして足を掴んだだけ。
たった、それだけのことで敵は足を引っ張られて転倒したのだ。
「ぬうんっ!」
掴んだ足首を持ち上げた左門は、そのまま敵ISを投げるように地面に叩きつける。
その威力たるや、アリーナの遮断シールドがなければ衝撃音だけで校舎のガラスを破壊していたであろうほど。
「もう一発!」
もう一度、地面に叩きつけようとする左門に持ち上げられる敵は、今の一撃で気絶でもしたのか微動だにせず地に叩きつけられる。
実際、絶対防御は衝撃を殺しきれない。
人間なら、あんなふうに地面に叩きつけられては気を失っていても不思議はないのだが。
ドゴンっ!! と再び叩きつけられる敵IS。
そして三度、地面に叩きつけようと持ち上げた時、唐突に敵は再起動する。
人間が気絶から目覚めた時のような迷いなどない。
腰と膝を曲げ、足を掴む左門の腕を逆に捕らえる。
ボキリッ。
小さすぎて聞こえるはずのない音が聞こえ、敵は左門の腕から開放されると、くるりと空中で回転して地上に降り立つ。
折ったのだ。自分を掴む左門の親指の骨を。
「フフン。こしゃくな真似を」
不敵に笑う左門の顔からは、滝のように脂汗が流れている。
無理すんなよ。いや、左門に無理をしてもらうしかない状況ではあるが。
「聞いてくれ二人共」
「なによ」
「なんだ」
「あいつ人間じゃないぞ」
俺の言葉に、ピタリと二人が動きを止める。
「つまり、『この外道が。てめえ人間じゃねえ!』ということか?」
「ああ、なるほど」
「ちげーよ、あいつの動きを見て気付かなかったのか。あれ、人間が動かしてるのとは明らかに異質だったろ」
「どういうこと?」
「あいつは、機械だって言ってるんだよ」
俺の言葉に、顔を見合わせる二人。
「ISが機械なのは当たり前よね」
「むしろ、機械以外のなんだと言うのか」
「違う、そうじゃない。あれは、人間が動かしてないって言ってるんだよ」
「なに?」
実際に戦っていた二人には気づけなかったのかもしれないが、離れて観察していた俺にはわかる。
あれは、人間の動きではない。
考えてみれば、最初からおかしかったのだ。
仮に左門の戦い方を学習していたとしても、それに完全に対応するなど人間には簡単なことではない。
何しろ、競技にしろ格闘にしろものを言うのは経験という名の積み重ねだ。機械のように設計通りに作ってプログラムをインストールすれば終わりとは行かない。
いや、機械でもそんな簡単なのかどうか知らないが、人間には無理だというのは間違いない。
もちろん、ISと対等に戦える生身の人間など左門の他にはいないのだから敵が経験を積めたはずがないし、ついでに言えば左門と戦っていた時の鈴の不意打ちへの反応は、なんとかいうアニメに出てくるマルチタスクとやらが使えでもしないかぎり人間ではありえないものだ。
千冬姉辺りなら生身でISと戦うのもマルチタスクも可能な気がするが、それは例外として置いとこう。
そして左門に足を取られて転倒してからの、行動の停止と再起動。
あれは、プログラムされてない行動への対応が取れなかったのと、新しいプログラムをアップデートするまでの間に違いない。
そんなことを説明する俺に対する二人の反応は、
「ありえないでしょ。ISは人間が乗らないと絶対に動かないんだから」
「人が乗らなくても動くものなら、もはや適格者も必要でないということであろう? それならば、拙者と一夏以外に男性操縦者がいてもいい理屈になるではないか」
そんな否定的なものだった。
確かに、その通りではあるんだが、
「現実を見ろ。特に左門! 世の中には、IS適性がなくても力づくで動かして操縦者を名乗る非常識な馬鹿も居るんだ。それに比べたら無人のISがいたとして何の不思議がある」
「いや、いるわけないでしょ。百歩譲ってISの無人機が存在したとしても、ISを力づくで動かして操縦者を名乗る馬鹿なんて非常識な奴」
間髪入れずに返してくる鈴。
うん。それが、正常な反応だよな。でも、お前の隣にいるのが、その馬鹿なんだよ。
「ふむ。世の中には非常識な人間もいるものだな」
いや、お前だよ左門。
「大体、仮にあのISが無人機だったらなんだって言うのよ」
「俺達は勝てるってことだよ」
俺は鈴にニヤリと笑ってやる。
◇
ズドンッ! と音の壁を突破した時に生じる爆音を生み出し左門が走る。
相手がプログラムされた通りに動く機械であるなら、その攻略法は相手の想定外の行動をすることだ。
と言っても、左門との戦闘中に一度もフリーズしなかったことから考えて、生半可なことで敵の想定を越えることはできないだろう。
だが、完璧ではないことも、すでにわかっている。
「今だ左門!」
「応!」
俺の合図に、左門が鼻をフンフン鳴らしてグルグル回る。
それに何の意味があるのかといえば意味などない。
だが、これまでの左門の戦い方に予測不明なものはあっても真に無意味だったことはないのだ。
だからこそ、普通なら自殺行為でしかない行動は敵の想定を超える。
敵ISが動きを止める。
もちろん、後ろで操る何者かが新しいプログラムをすぐにアップデートして再起動するのだろうが、どんな天才が後ろにいるのか知らないが一瞬でできることではない。
「鈴!」
「わかってるわよ」
甲龍の龍砲が敵を撃つ。
フリーズしている敵は抵抗の様子もなく、まともに攻撃を食らうが絶対防御は健在。
これで倒せるはずもないが、それはこちらの想定内だ。
衝撃にぐらりと揺れる敵は、もしここで再起動しても体勢を立て直すためにすぐにはこちらに対応できまい。
「いくぞ雪片!」
鈴に続いて突撃する俺の右手の雪片弐型が激しく輝き、その周囲にエネルギーの刃を形成する。
零落白夜を起動。
それは、残ったエネルギーの全てを変換した一撃必殺の武器。
「いっけー、一夏ァー!!」
「オオォォーッ!」
倒れようとする敵の頭に上段から雪片弐型を振り下ろす。
その瞬間、敵の目が光る。
アップデートが終わって再起動したのだろうが、もう遅い。
避けられるタイミングではない。
そのはずなのに、敵は俺の予想を容易く超える。
「ちょっと、嘘でしょ!」
鈴の叫びは俺の内心の声の代弁でもある。
だって、そうだろう。
実態のないエネルギーの刃を真剣白刃取りで受け止めるだなんて誰に想像できただろう。
「万事休すってやつかな」
「まただ!」
俺の弱音を、左門が吹き飛ばす。
というか、本当にアリーナ内を人を吹き飛ばせそうな勢いで風が流れている。
その起点は左門。
信じがたいが、どうも今も回転を続けている左門が竜巻のような風の流れを生み出しているらしい。
「フフフ、神風の術という忍術を知っているか」
「へ?」
「両足を高速で動かし地面と摩擦させることで足元に熱を生み出し、周囲との温度差からの熱上昇気流が旋風を作り出す忍術よ」
いや、それ聞いたことあるけど漫画だろ。
「それに自らの回転するエネルギーを加えれば竜巻を起こすことなど容易い」
いや、無理だろ。なんだ、その、ゆで理論。
とはいえ現実に左門を中心に旋風が巻き起こり、引力のように周囲のものを引き寄せる。
「そしてぇぇぇぇっ、この天災の如く力が敵を討つぅぅぅぅっ!」
竜巻を纏い、左門が白刃取りをしたままフリーズした敵に突撃する。
って、ちょっと待て。俺まで巻き込む気か。
「何やってるのよ。早く逃げなさい」
鈴に手を引かれると、敵の両手に挟まれた雪片弐型もスッポリと抜ける。
ああ、そうか。フリーズしてるからエネルギーの刃を受け止めた謎パワーも消えてるのか。
そして、風に飲み込まれた敵は、竜巻の中を高速で回転し頂点に達するとアリーナの遮断フィールドとの間で押しつぶされる。
もちろん、それは直接的なダメージになるわけではない。
だが、
「一夏。今よ!」
「応ッ! これで終わりだァァー!」
瞬時加速を作動。
不発に終わったかに見えた零落白夜は、まだ消えていない。
それは、一瞬後には消えてしまう儚い希望の光なのかもしれない。
だが、届かせる。
このチャンスを逃せば後はない。
この常識外の事態にすら対応するプログラムが完成したのか敵が再起動を始めたが、だからといって身を縛る風の縄は簡単には解けない。
そして雪片弐型の刃が閃き、敵の首を切り飛ばす。と同時に、遮断フィールドも切り裂かれ首と胴の別れた敵が竜巻に飛ばされ空高く舞い上がる。
「やった」
「まだだ」
鈴と左門の声が重なる。
それに疑問を感じるまでもなく、首のない胴体がビーム砲のついた手の平を向けてきて、白色のセンサーがロックされたことを伝えてくる。
一瞬、背筋が凍る。
もはや白色のエネルギーを使いきった俺にできることはないのだ。
だが、
『後は、おまかせを』
よく通る高い声がプライベートチャンネルを通じて届いた瞬間、白光が敵を貫く。
「セシリアか」
『ええ。こんな事もあろうかと待機してましたのよ』
ブルーティアーズのレーザーが更に撃ち込まれ、敵のISは爆散した。
こうして謎のIS襲撃事件は、最後はあっさりと収束したのだった。
◇
「そういえば、これ試合の結果はどうなるんだろうな」
乱入してきた謎のISは撃墜したが、もはや試合の再開は不可能。
なにせ、俺の白色はエネルギーを使い尽くして、うんともすんとも言わなくなったし体力も精神力も限界。
立っていることもできず、ISを解除してアリーナに座り込んでる状態だ。
鈴も似たようなもので、やっと立っているだけという感じだ。
「何のんきなこと言ってんのよ。一歩間違えれば死んでたかもしれないのよ」
まあ、そうなんだが。
「それだと賭けはどうなるんだ」
「無効でいいんじゃない。あたし、もう疲れた」
流石に死線を越えてまで、鈴の怒りは持続しなかったらしい。
「いや、俺はいいんだけど左門は賭けが無効になると困るんじゃないか」
俺と鈴のどっちが勝ってもダンボールハウス生活から脱却できたはずの左門は、試合が無効になれば現状を継続しなければならなくなる。
そのことを忘れていたのだろう。鈴が、あっ、という顔をして固まる。
「えーと、その件に関しては議会と相談の上、前向きに検討したいかと」
「なんで政治家風だよ。お前、混乱してるだろ」
「だって、どうしろって言うのよ」
「無効で構わんぞ」
オーバーボディを脱いで満身創痍な体を晒しながら左門が口を挟んできた。
ちなみに、こいつ専用のISスーツも作られたので全裸ではない。
って、
「え?」
「え?」
「賭けは無効で構わんと言った」
「なんでだ。ダンボールハウスは、もう嫌なんじゃなかったのか」
「無論だ。しかし、学園側も拙者を一生ダンボールハウスで飼うつもりがあるわけではない。更に転入生が入ってくるというのでもない限り早晩に新しい部屋は用意されるであろうよ。それまで待てばいいだけの話だ」
言われてみれば、そのとおりだな。
俺のことも、いつまでも女子と同じ部屋で過ごさせる気もないだろうし、時間が全てを解決してくれるだろう。
「そっか」
答えて鈴は俺の隣に腰を下ろすと、そういえばという顔を向けてくる。
「ね、あのマッチョがヒーローになりたがってるって、どういうこと」
ん? ああ、後で話すって言ったな、そういえば。
しかし、なんで本人がそこにいるのに俺に聞く?
「話せば長いんだよね。あたしの部屋でする?」
「あら、そういうことなら私も話を聞きたいですわ」
「私もだ」
やってきたセシリアと箒も加わってくる。
だから、何で俺に聞く?
「ハッハッハッ、モテル男は辛いな。もげればいいのに」
なんでだ。
「ていうか、あんたらもマッチョの友達なんでしょ。一夏に聞かなくても、もう知ってるんじゃないの?」
鈴の言葉に、顔を見合わせるセシリアと箒。
「知りませんわ」
「左門のことに興味を持ったことなどないしな」
「なんで、それで話を聞きたがるのよ」
「いいだろう、細かいことは。さあ、聞かせてもらおうか一夏。左門がヒーローになりたがってるという話を」
あいかわらず男らしいな箒。
「しかし、他人のプライベートを勝手に話すのはなぁ」
「本人が、そこにいるんだから、今すぐ許可を取ればいいだけだろう」
本人に直接尋ねるという選択肢はないのか。
「フフフ。拙者は構わんぞ」
「ほら許可が出たぞ」
「お、おう……」
なんか寂しそうだな左門。
まあ、本人がいいって言うんならいいか。
◇
「拙者はヒーローに憧れていた」
なんでIS操縦者にこだわるのかという質問への左門の答えがこれだった。
IS適性がなく、しかし生身でISを倒しうる実力があるなら、左門には他にいくらでも将来への選択肢があるだろうに。
「だが、今どきは子供でもヒーローに憧れ続けるのは難しい。たった一人で世界を救うヒーローなど現実には存在しない。一人でできる限界など、すぐに知れてしまう」
そうして絶望していったのだと左門は言う。
「そんな時だ。ISが世に現れたのは」
日本を狙う2341発以上のミサイル。
それを防ぐ手立てなどなく、どれほどの犠牲が出るのか想像もできない。
そのはずだったのに、ミサイルはたった一人の人間が操るパワードスーツ、インフィニット・ストラトスによって撃ち落とされた。
のみならず、各国が送り出してきた軍隊まで、そのISは無力化してみせた。
ただの一人の死傷者も出さずにだ。
それは、自分が憧れていたヒーローの姿そのものだった。
ヒーローは実在したのだ。
「あの時、拙者は自分の甘えに気付かされた。ヒーローがいない? 人間にできることには限界がある? そんなものは、ヒーローを目指すことを諦める理由にはならない。折れぬ心こそがヒーローになる最低条件だというのに」
だから、IS操縦者になると決めた。
ISこそがヒーローの証と信じたから。
「でも、IS適性がないよな、お前」
「うむ。それを知った瞬間が、拙者の人生二度目の絶望であった」
「早いな、二度目の絶望」
「二度も夢を奪われヤケになった拙者は、呑んだくれた。シャンパンを」
「なんでシャンパンだ」
「当時は小学生だったのだぞ。アルコールなどシャンパンくらいしか知らなくても不思議はあるまい。そのシャンパンも気を利かした店員がノンアルコールを用意してくれていたのだが」
「しまらないな」
「うむ。それで雰囲気酔した拙者は、酔った勢いで妹の留守中に部屋に侵入したのだが……」
「最低だなってことより、お前に妹がいたという初めて明かされた事実に驚いたんだが」
「そこで拙者はあの本に出会った」
「本?」
「魔術士オーフェン無謀編というタイトルの本だ」
「ラノベじゃねえか」
「その本には、魔術の才なく魔術士を名乗るサモアペット博士という男が出てきてこう言った。魔術を使えずとも、同じ結果をもたらす事ができるのなら、それは魔術士と同じであると」
「いや、その理屈はおかしい」
「その時、拙者は気づいたのだ。IS適性がなくともISを動かせれば、それはIS操縦者と同じであると」
「ちげえ」
「それに考えてもみよ。ISは世界に一つしかない装備というわけではない。ならば、適性があったところで、それでヒーローになれるわけではない」
「まあ、大量とまではいかないが量産兵器の一種だしな」
「ならば、適性なしでIS操縦者になることこそがヒーローへ至る道であろうと拙者は悟った」
「だから、なんでそうなる。てか、お前に影響を与えたラノベのそのサモンペットってのは本当に物理で魔術と同じことができたのか?」
「うむ。椅子を壊すことはできたが、修復ができずに詰んでおった」
「ダメじゃねえか」
「だが、拙者はなってみせよう。IS操縦者としての本当のヒーローに」
「会話をしろ」
怒鳴ってみるが、そんな言葉が届くようなら、それはもう左門ではない。
もういい。いいから黙って死んでくれ。
そんなことを投げやりに思う俺であった。
◇
「なんて話なわけだが」
「IS適格者じゃないって、マジで?」
「マジだ。疑うなら、後で千冬姉なり山田先生なりに聞いてみろ」
とりあえず、箒とセシリアに目を向けた鈴は黙って頷く二人の姿に、半信半疑ではあるだろうが納得せざるを得ないという顔になる。
そして、今度は左門に顔を向けて数秒。
ブフッと吹き出す。
「ご、ごめん、ププッ。こ、こんなとき、ブフフッ。どんな顔すればいいか、ウプッ。わからないの、ウプププッ」
「我慢してないで、素直に笑った方がいいんじゃないか。女子らしからぬ変な声が出てるぞ」
「うん。そうする」
直後上がる、アリーナ中に響き渡る笑い声。
俺が言うのは何だが、本人のいる前なのによくぞそこまでというくらいの大爆笑だ。
左門は、気にしてないが。
一方、箒は呆れ顔で、セシリアは困惑顔。
同じ話を聞いても、反応には個性ってでるよな。
「にしても、アンタ思ったより面白い奴じゃない」
笑いながら、左門の背中をバシバシ叩く鈴。
おお、左門にここまでフランクに接してる人間を初めて見た。
「アンタ名前は左門だっけ。苗字は?」
「左門が苗字だ。フルネームは左門弁蔵。将来、最高のIS操縦者として歴史に名を残す男だ」
「ぶっ」
また我慢できなくなって吹き出す鈴。
「アンっタ最っ高っ。いいわ、あたしのことは鈴でいいから、アンタのことも弁蔵って呼ぶわよ」
「うむ。そうさせてもらおう」
そして握手。
左門は指が折れてるので、一瞬顔をしかめていた。
しかし意外に相性が良いらしいな、この二人。
「でも、あれ?」
何かに気づいたように、俺に顔を向ける。
「一夏って基本的に友達とかは苗字じゃなくて名前で呼ぶよね。なのに、なんで弁蔵のことは苗字で呼んでるの?」
なんでって、そりゃあなあ。
箒やセシリアと顔を見合わせる俺。
「名前で呼び合って皆に友達と思われて噂されると恥ずかしいし」
「へ?」
「私は、友達ではあるが名前で呼び合うほど親しくはない」
「え?」
「こんな変態と友達だなんて冗談じゃありませんわ」
「あ?」
呆然とした顔の鈴に、俺は沈痛な顔で告げる。
「おめでとう。お前は、左門が学園で初めて作った唯一の親しい友達だ」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
祝の拍手を送る俺と箒とセシリア。
「うむ、ありがとう」
「ちょっ、タイム。なしなし、今のナシ」
慌てて否定の声を上げる鈴であるがもはや手遅れ。
この場にいるのは、俺と左門と凛と箒とセシリアの五人だけだが、観客席には避難が間に合わなかった多くの生徒たちがまだ残って俺達の会話を聞いてたのだから。
合掌。
この後しばらくして寮の部屋の調整が終わり、箒が別の部屋に移ってついに俺の部屋は男子二人部屋ということになるのだが、その時に起こる新たな事件について語るのは、次の機会にしよう。
一巻の内容終了。
一話は一日で書けたのでこれなら次話投稿にも時間はかからないだろうと思ったら、二話を書くのに一週間、三話を書くのに一ヶ月、そして四話を書くのに三ヶ月。
もう見通しが甘すぎたとしか。
てことで、二巻の話はちょっと書き溜めてからにしたいと思います。