IS<いいから黙って・死んでくれ>   作:速水

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「ルームメイトとマッチョ」

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも二名です!」

 

 山田先生の紹介する二人の転校生の一人は、驚くべきことに男子生徒。

 ちなみに左門の感想は、

 

「一学年に一クラスしかないわけでもないのに、二人いる転校生が同じクラスに来るというのは作為を感じるな」

 

 だったが、普通に考えて二組は鈴が転入してきて一人多いし、転校生一人だと心細いだろうからって二人をまとめただけだろう。多分。

 

「いーや、何かの陰謀に違いない。寮の部屋が空いたと思ったら、また取り消しになったのも拙者に屋外生活をさせようとするゴルゴムの仕業なのだ!」

 

 ゴルゴムはともかく、そうか。

 今朝は静かだと思ったら、また俺の部屋を出て行かないといけなくなったのか。

 勝手に泊まりこんでただけだから、正式に俺と同室の人間が決まれば当然だけど。

 それはともかく。

 

「落ち着けHR中だ。また千冬姉に殴られるぞ」

「望むところよっ! むしろ、この乾いた心を織斑先生の個人指導で癒してほし……」

 

 言い終わる前に千冬姉のしなるようなハイキックが左門の顔面に炸裂。

 

「ごっつあんです。タイトスカートの中が見えない角度での蹴り、いただきました」

 

 拝む左門の顔面に唸りを上げて回転する追撃の出席簿が突き刺さる。

 ギャグ漫画みたいだな。

 にしても、左門のホームレス生活続行か。

 確かに、こうもお預けが続くと当事者としては誰かの悪意を疑いたくなるわな。

 俺には、男子の転校生の方が大きなニュースなわけだがな。

 俺と同室になるだろう相手だし。

 

 

「シャルル・デュノアです。フランスからきました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

 

 転校生の一人、イケメン男子生徒が笑顔で自己紹介する。

 瞬間、女生徒たちの喜声があがり、代表して何人かが千冬姉に叩かれる。

 

「シャルロット・デュノア……。デュノア社の関係者か?」

「知らねえよ。あと、シャルロットじゃなくてシャルルな」

「それはわかってる。しかし、一夏よ。あの転校生を見てどう思う」

「どうって……」

 

 イケメンを見る。

 

「美形だな。貴公子とか王子様って肩書が似合いそうだ」

「うむ。ところで、一夏はリボンの騎士という名作アニメを知ってるか」

「まあ、古いアニメだけど懐しのアニメ特番とかで必ず出てくるからな」

「男装女子。いい響きだとは思わんか」

「妄想は、寝る前だけにしておけよ」

 

 左門の妄言を切り捨てて転校生に視線を戻す。

 

「実は、こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いたので本国より転入をしてきました」

 

 そう言って、ちらっと俺を見る王子様。

 あー。同じ境遇って言うとIS適格者か。

 そういえば俺以外にもいたってことだよな。

 

「まさか、拙者と同じ境遇の人間がいるとはな」

「お前じゃねえ、黙って座ってろ」

 

 あのスカートが似合いそうなイケメンが、この筋肉ダルマの同類であってたまるか。

 いや、男にスカートって何考えてるんだよ俺。

 学園に来て左門に会ってから、自分の正気が削れてる気がするな。

 

「いや、一夏は正気だろう。拙者にはその気持ちよく分かる」

 

 わかるな。心を読むな。

 

「えー。では、もう一人の……」

 

 山田先生が促すが、もう一人の転校生はむっつりとした顔で黙っている。

 その転校生は、左目に黒い眼帯、右目は赤く、腰まで伸ばした髪は銀という、中学生の妄想ノートの中にのみ存在しそうな外見の小柄な少女で、クラスの皆は痛い思い出が想起されるのか微妙に目を逸らしており、山田先生もそれが理由かは分からないが話しかけづらそうにしている。

 

「挨拶をしろ、ラウラ」

 

 俺の知る限り、妄想ノートを所持していた経験のない千冬姉が、いっぺんの迷いも感じさせない口調で言うと、少女は「はい、教官」と素直に返事をする。

 

「ここでは、そう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

 ピシっと背筋を伸ばし、かかとを合わせ伸ばした手は体の横にピタリと合わせた姿は、いかにも軍人然としていて、また何人かのクラスメイトが目を逸らす。

 うん。中学生くらいの小柄な女の子にやられると、記憶の底に封じたはずの黒歴史が蘇るよな。

 今度、弾にあったら教えてやろう。きっと、悶絶するに違いない。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 短く告げて見下すような目を向けてくるラウラの姿は、まさに中学生デビューを果たした中二病患者。

 これに耐えられるのは、中二病を経験しなかった賢者か現役のどちらかであろう。

 隣でニヤリと唇の端を吊り上げる左門は、ヒーローになるなどと戯言を吐く現役の中二病。

 頭を抱える何人かの女生徒をキョトンとした目で見る箒は、賢者かはたまた現役か。

 

「あ、あの、以上ですか?」

「以上だ」

 

 いたたまれない空気をフォローするように引きつった笑顔で山田先生が尋ねるが、帰ってきたのは黒歴史持ちの心を更に擦り減らすような無慈悲な答え。

 

「ううむ。ここまでの逸材が実在しようとはな」

 

 黙れ。

 って、あれ?

 ラウラが、こっちを見てる。

 そして、つかつかとこちらに歩いてきて。

 

 パシンッ!

 

 鞭のように滑らかにしなった腕による平手打ちが左門の頬を打ち、変態を喜ばせる。

 

「織斑一夏……。貴様が……」

 

 左門を睨みつけ小さく呟くラウラ。

 

「って、ちょっと待てよ!」

「なんだ、貴様は?」

「織斑一夏は、俺だ」

「何?」

 

 不思議そうな顔をして問うように視線を向けるラウラに、千冬姉が気の毒そうな沈痛な表情で頷く。

 それは果たして、間違えたラウラに対してなのか、左門なんぞと間違えられた俺に対するものなのか。

 ともかく、間違いに気づいたラウラは恥ずかしさに顔を真っ赤にして、俺に怒りに満ちた目を向けてくる。

 俺のせいか?

 

 パシンッ!

 

 ラウラの平手が、俺の前に顔を出した左門の頬を打つ。

 

「ななな、何故、邪魔をする」

「フッ、銀髪眼帯合法ロリに殴られるようなご褒美、拙者が見逃す道理はあるまい」

 

 例によって、俺の前に乱入して代わりに叩かれた左門が誇らしげに言う。

 俺達と同学年なら15、16歳で未成年のはずだから、合法にはならんぞ多分。

 

「左門。変態は、ほどほどにしておけ。ラウラは、さっさと空いてる席にいけ」

 

 千冬姉が左門に注意するとともに、ラウラの頭を叩く。

 これにラウラは黙って従い左門は、

 

「言葉責めの後は、放置ですか。これはこれで」

 

 なんか満足そうだった。

 千冬姉は、単に左門が気色悪くて殴るのも嫌だったんだと思うが。

 

「それと、もう時間だからHRは終わりだ。今日は二組と合同でIS模擬戦を行う。各人は、着替えて第二グラウンドに集合。織斑は、デュノアの面倒をみてやれ。転入したばかりで勝手がわからないだろうからな」

 

 言われてみれば、女子校同然のこの学園で何も知らない男子を一人でほっとくのは問題だな。

 

「織斑先生、拙者も男子ですが?」

「……織斑はクラス代表だからな」

 

 今考えたような理由を左門に答える千冬姉の言葉を背中に、俺はシャルルの腕をとって走りだす。

 女子と一緒に着替える訳にはいかない以上、今の時間に空いてる更衣室を脳内で検索し急いで移動しなくてはならないのだ。

 

「えっと、織斑君?」

「話は後だ。俺達は開いた更衣室まで移動してから着替えなきゃならないから、急がないと授業に遅れるぞ」

「う、うん」

 

 歯切れが悪いな。

 

「どうし……」

「ああっ! 転校生発見!」

 

 他のクラスもHRが終わったらしく、教室から出てきた女生徒たちが俺達を指差す。

 ただ、遠目に見ているだけで近づいてこないのは、俺達の後ろを走る魔除け(左門)の御利益のたまものか。

 

「織斑君も一緒よ」

「織斑君の黒髪もいいけど、金髪もいいわね」

 

 喜色の声をあげる女生徒たちは、目を閉じて自分の見たものを脳内で反芻する。

 そうしないと、次の瞬間には女生徒の注目をあびることで満面の笑みを浮かべた左門を見てしまうからだ。

 サービス精神が旺盛な変態は、エキサイトすると制服の上を脱ぎ捨て自分の筋肉を見せつけようとまでするので、そちらの嗜好がないと生理的嫌悪感が半端ないらしい。

 

「何で、みんな騒いでるの?」

「退屈なんだろ」

 

 全寮制の学園は慢性的に娯楽が不足している。

 遊んでいる暇があればISの習熟でもしてろという話もあるが、専用機持ちでもなければ、それすら中々できないのが学園の現実だ。

 これでは、珍しいものがあれば、後先考えずに飛び込んでしまっても無理はない。

 流石に、左門に飛びついた女生徒はいないが。

 言うなれば、俺達男子は錦鯉しかいない生け簀に迷い込んだ真鯉のようなものだ。

 外ではともかく、ここでは珍しいのだから珍獣扱いされるのもしかたがない。

 

 と、着いたな。

 

「左門。時間は?」

「ギリギリだ」

 

 そうか。

 第二アリーナの更衣室に飛び込み、一気に制服のボタンを外し脱ぎ捨てる。

 毎日やってるだけあって慣れたもので、投げた制服がベンチに落ちる前にTシャツもキャストオフ。

 

「わあっ!?」

 

 なんだ?

 驚いた様な声に振り返れば、そこにはビキニパンツ一枚でモストマスキュラーのポージングをキメてニカッと白い歯を見せる笑顔の左門が。

 何やってんだ、おまえは。

 

「いや、服を脱いだら、つい……」

 

 言いながら胸板を横から見せて厚さを強調するサイドチェストに移行。暑苦しい奴だ。

 というか、

 

「この時間がない時に、つい、でポージングキメてんじゃねえ!」

「しかし、観客がいれば盛り上がってしまうのも無理からぬこととは思わぬか?」

 

 そう言う左門の視線を追うと、顔を赤くして困った顔をしたシャルルがいる。

 

「左門、怒らないで聞いてほしい。お前のやってるそれは、普通は嫌がらせと受け取られる」

「なん……だと」

「というか、くだらないことやってないで、さっさと着替えろ。遅刻したら千冬姉の鉄拳制裁が待って……」

「それは楽しみだ」

 

 そうだった。こいつは、こういう奴だった。

 

「しかしまあ、他のクラスメイトに迷惑をかけるのは心苦しい。急いで着替えるとしよう」

 

 そして、こういう奴でもあった。

 バカで変態だが悪いやつではないのだ。

 おや?

 

「どうした、シャルル。早く着替えないと遅刻するぞ」

「う、うん!? き、着替えるよ。でも、その、あっち向いてて……ね?」

 

 なんでだ?

 男の着替えなんぞ好き好んで見ようって気はないが、見られたからってどうなるわけでもないだろ。

 って、ん?

 チラチラと恥ずかしそうにシャルルが見ているのは、ISスーツを着ようとしているマッチョマン。

 その鍛えあげられた筋肉の前には、プロレスラーですら痩せた人間に見えることだろう。

 

 なるほど、ちゃんと鍛えている自信のある俺でも、こいつと並べられると自分が貧弱な坊やのように思えてくるのだ。

 シャルルは俺より細いんだ。もしも、アバラが浮いてたりしてるのなら、恥ずかしくて気にするのも当然のことだ。

 

「わかった。だから、シャルルも見てないで早く着替えろよ」

 

 シャルルに背中を向けて、ズボンとパンツを脱ぐ。

 俺としても、同性とはいえパンツの中のモノを見られるのが恥ずかしくないわけじゃないからな。

 あまつさえ、左門のネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲と見比べでもされたら、二度と立ち上がれなくなるかもしれん。

 この若さで、EDになりたくはないのだ。

 

「ふむ。また成長したのか、スーツがきつくなってきたな」

 

 左門が、困ったものだと独りごちる声が聴こえる。

 その巨体で、まだ成長期かよ。特注のISスーツ貰って、まだ一ヶ月くらいだろ。お前。

 

「特にバストが大きくなってきつい」

 

 女子高生みたいなこと言ってんじゃねえよ、気色悪い。せめて胸板が厚くなったと言え。

 いやいや、バカな突っ込みしてないで着替え着替え。

 無心だ。無心になるのだ。

 

「よし、着替え終わった。二人はどうだ?」

「終わってるぞ」

「終わってるよ」

 

 早いなー。

 振り返ると、肌に密着するISスーツは、左門の場合ピチピチを通り越してボディペイントみたいになってるのはスルーするとして、シャルルのは着やすそうなデザインで羨ましい。

 

「急がなくていいのか?」

 

 そうだった。

 走れ。

 音よりも早く。

 

 

「遅い!」

 

 大急ぎでやって来た俺達を迎えた千冬姉の開口一番のセリフは、これだった。

 走ってきたんだがなぁ。

 

「いいから、整列しろ」

 

 怒鳴る千冬姉だが、事情を知らないわけではないので流石に問答無用で殴ってきたりはしない。

 

「織斑先生! 遅れたことへのペナルティはないのですか! 具体的に言うとマンネリ感の漂いだした鉄拳を止めて嬉し恥ずかしい寝技で肌と肌の密着体罰で……」

 

 次の瞬間、パシュッと空気が抜けるような音がして左門の眉間に何かが突き刺さる。

 

「先生、これは?」

「ただの麻酔弾だ。象用だから、安らかに眠れるぞ。むしろ永眠してしまえ」

「なる……ほど……」

 

 ライフルを片手に冷たく言い放つ千冬姉の言葉に納得するとともに、静かに崩れ落ちる左門。

 よく知らないんだが、象用って人間には致死量を越えないか。

 左門だから、大丈夫だろうけど。

 

「では、バカはほっといて本日からは格闘及び射撃を含めた実戦訓練を開始する」

「ちふ……」

 

 千冬姉と言いかけた俺に、チャキッとライフルの銃口が向けられる。

 

「織斑先生。左門が居眠りしてるけど、いいんですか」

「寝かせておいてやれ。ホームレス生活で疲れているんだろう」

 

 ホームレス生活は学園側の不手際が原因で、左門が今寝てるのも千冬姉の撃った麻酔銃のせいだろうに抜け抜けと。

 クラスのみんなは、もう慣れてるからいいけどシャルルが引いてるんだが。

 

「さて、いきなり実戦訓練と言っても専用機持ちでない生徒にはピンと来ないだろう。だから、まずは実演してもらおう。オルコット、凰、前に出ろ」

「え?」

「なんでアタシ?」

「専用機持ちだからだ」

 

 むう。ぐうの音も出ない正論だ。

 

「でも……」

 

 セシリアと鈴が俺と左門を見る。

 確かに専用機持ちだが、俺や左門に実演を期待するなよ。

 

「しかし、その二人の模擬戦は正直見飽きてる感があるのですが」

 

 箒の突っ込みに、俺も確かになと頷く。

 クラス対抗戦から一ヶ月ほどたつが、その間に俺、左門、セシリア、鈴の四人は何度か模擬戦をやっていてお互いの手の内を知り尽くしている。

 これが何を意味するかというと、相手の得意技を封じて自分の得意な距離に持ち込もうとする地味な駆け引きが延々と続くわけで、見てる分には退屈極まりない試合になる。

 あと、素人の参考にもならないこと間違いなしで演習に向いてない。

 自分が玄人だってつもりもないが。

 

「安心しろ。お前たちの対戦相手は別に用意してある」

 

 パチンと千冬姉が指を鳴らすと、合図を待っていたのか飛行機が空を通過した時のような音を響かせ何かがやってくる。

 俺に向かって。

 

「あああーっ! ど、どいてくださいーっ!」

 

 無茶言うな!

 ええい、こうなれば仕方ない。

 白色を展開。特撮ヒーローの変身プロセスばりの速度で蒸着すると、幸せそうな顔で寝ている左門の腕をつかむ。

 

「筋肉バリアー」

 

 直後、飛んできた何かが肉壁に激突。

 飛んできたソレはとっさに盾にした肉壁にぶつかったことで進路がズレ、二つの物体は俺の横を絡まり合うようにして、地面を転がっていく。

 

「ふう。セーフ」

「外道か、お前は」

 

 失敬な。

 他に方法があったら、そっちをやってる。

 それにアレだ。

 

「左門だから大丈夫だろ」

「まあ、左門だからな」

 

 納得する箒。

 安定の信頼感である。

 

「それで、いいの?」

「何か問題でも?」

「左門でなければ大問題だがな」

「人間なら大怪我どころか命にも関わる大惨事になってたかも知れませんしね」

「というか、別の意味で大惨事になってない?」

 

 シャルルの疑問に、俺、箒、セシリア、鈴の順に答える。

 って、別の意味で大惨事?

 どういうことかと転がってるはずの肉盾を見ると、巨乳眼鏡女教師こと山田先生が水着も同然の格好で左門に抱きつき、その豊満なおっぱいを左門の顔に押し付けて目を回している。

 

「なるほど、こいつはけしからんことになってるな」

「一夏のせいだけどね」

「……見なかったことにしよう」

「いいわけあるか!」

 

 千冬姉のチョップが俺の脳天に振り下ろされる。

 

「痛い」

「痛くなければ覚えんだろ。馬鹿言ってないで、二人を引き剥がして起こしてやれ」

「なんで俺が?」

「ISを展開してるからだ。人力で、どうにかなると思うか?」

 

 改めて意識なく転がる二人を見る。

 山田先生は本人の重量はともかくISを展開しているのでフォークリフトでもないと動かせそうになく、左門に至っては本人だけでも100キロは悠に超えているだろう巨体の上に、オーバーボディを背負ってることを考えれば人力で持ち上げるのは不可能と言って間違いないだろう。

 いや、でも千冬姉ならなんとかなるんじゃないか?

 

「なるか!」

 

 殴られた。

 どいつもこいつも、気軽に俺の心を読んでくれるよな。

 いいけどさ。

 とりあえず、山田先生を左門から引き剥がして持ち上げる。

 と、そこで山田先生が目を開ける。

 

「あ、あのう織斑君……、こんなところで、困ります」

 

 何故か赤面して、恥ずかしげに顔を俯ける。

 なんでだ?

 

「いーちーかー」

 

 陰鬱な声に振り向けば、顔からは表情というものが抜け落ち両方の目から光が消えた鈴と箒とセシリアがいた。声は鈴が出したんだろうけど。

 そして、そのハイライトの消えた瞳には、まるで恋人を抱きしめているように山田先生を抱える俺が映っていた。

 うん。山田先生の態度に関しては理解した。

 三人の表情に関してはわからない。

 アレか? しっと団的なカップルを無差別に呪う感情か?

 しかし、この場合は怒りをぶつけるべきは俺に指示した千冬姉だと思うぞ。

 とは思うが、さてこの言い訳で三人の怒りを鎮火できるのだろうか。

 無理だな。

 

「ぬおおおっっっっ!! 楽園が遠くへ消え去りぬ!!」

 

 突如、意味不明の言葉とともに立ち上がった左門に、ビクッとする俺と他全員。

 

「おお、一夏よ! 楽園が! ふにょっと柔らかく温かい至福の何かが消え去ってしまったのだ」

「お前、寝てたよな」

「左様」

「左様って……」

「しかし、冬の朝に布団を剥がされた時のような天国から地獄の希望から絶望への相転移に目を覚まさずにいられなんだ」

「ああ、それは目が覚めるな」

「うむ。で、拙者の楽園は今何処」

 

 俺。というより、山田先生の巨乳をガン見しながら詰め寄ってくる筋肉魔人。

 コイツ、本当に寝てたんだろうな。

 そして左門に怯えた山田先生が俺の腕に抱きつき、ぐいぐい胸を押し付けてくる。

 これは、まずい。

 ただでさえ水着も同然のISスーツだが、山田先生のは胸元が大きく開いていて扇情的なことこの上ない。

 しかも、ISスーツを着てるのはこちらも同じで、こちらはダイバースーツのような感じだが、肌にピッタリ張り付く素材なのも同じなので俺の分身がStand Upしようものなら、大変なことになってしまう。

 誰か助けてくれと周りを見回すと、死んだ魚の目をした箒とセシリアと鈴がいる。

 怖っ!

 何があれば、人はあんな荒んだ目をするようになるのだろう。

 

「さあ、一夏よ。拙者にパライソを寄こせえ」

 

 こいつは絶対、わかってて言ってやがるし。

 

「その豊満な、おっ……」

 

 パシュッと空気が抜けるような音がして、何かを言いかけた左門が倒れる。

 

「そろそろ模擬戦をやってほしいわけだが?」

 

 半眼で、ライフルをこちらに向けてくる千冬姉。

 人に銃口を向けるのは、いけないと思います。

 

「いいから、はやくしろ」

「はひっ、わかりました」

 

 慌てて俺から離れる山田先生。

 考えてみればISを展開してるからライフルなんか効かないはずなんだが、それはそれとして怒った千冬姉は怖いのだろう。

 

「小娘どもも、呆けっとしてないで、さっさと始めろ」

「え? どっちからですか?」

「両方だ。心配しなくても、今のお前らなら二人がかりでも手も足もでん」

 

 言外に、お前らは弱いと言われて、流石にカチンと来たのか鈴とセシリアの眼の色が変わる。

 そして、千冬姉の号令と共に鈴とセシリアのタッグと山田先生の二対一の模擬戦が始まったわけだが、大方の予想に違わず普通に山田先生が圧勝したので割愛する。

 いや、そうじゃなきゃ千冬姉が二人がかりで戦えとか言うはずないしな。

 

 

「さて、専用機持ちの模擬戦の次は、他の生徒の実習だ。織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰の五人をリーダーにした五班に分かれろ」

「左門をいれて六班じゃないんですか?」

「寝てる奴は、員数外だ」

「起こさないんですか?」

「起きるようなら知らせろ。すぐに眠らせる」

 

 ライフルに次弾を装填しながら教師の風上にも置けないことを言い出す千冬姉。

 というか、今装填してるそれ実弾……。

 

「なにか言いたいことでも?」

 

 チャキッと俺に銃口を向けてくる。

 怖っ。

 

「そんなことより、私たちと班組もうよー」

 

 ぞろぞろと集まってくる女子たち。

 いつもは、一緒にいる左門を警戒して近づいてこないのに、ここぞとばかりに集まってくる一クラス分近くの人数の集団がなんか怖い。

 シャルルには、もっと多く、一クラス分以上が集まっているが。

 

「この馬鹿どもが……」

 

 千冬姉が頭痛をこらえるように頭を抱える。

 そういえば、五班に分かれなきゃならないのに、これじゃニ班だな。

 

「出席順に、一人ずつ各班に入れ! 順番は、さっき言った順。もたつくような奴がいたら、左門の班に入れるぞ」

 

 左門の頭を踏みつけながらの言葉に恐れをなしたか、俺とシャルルの周りに集まってた女子たちが蜘蛛の子を散らすように散開する。

 そこまで嫌なのか。

 あと、左門がものすごいいい笑顔なんだが、寝たフリしてないだろうな。

 口に出して、本当に寝たフリしてた場合、タイトスカートの千冬姉のライフルが火を吹きそうだから言わないけど。

 実の姉のスカートの下が見られるのは嫌だが、それ以上に殺人犯の弟になるような事態は避けたいのだ。

 

「やったぁ、織斑君と同じ班」

「セシリアかぁ……」

「凰さん。あとで織斑君のお話聞かせてね」

「デュノア君! わからないことがあったら、何でも聞いてね」

 

 そんな悲喜こもごもの女子たちの声にかぶせるように、千冬姉が永久凍土のような言葉を放つ。

 

「あと、実習は真面目にやるように。不真面目と判断すれば、その生徒は補習を受けてもらう。左門の教導でな」

 

 悲鳴が上がる。

 なんとなくセシリアの声のような気がしたが、気のせいかもしれない。

 なんにしろ、よほど左門の教導での補習が恐怖なのか皆がビクビクとしながら真剣にISに望んでいる。

 鈴や箒のように、それは面倒だなと言いたげな顔をしてるだけの生徒もいるが少数派だ。

 そして、まだ一年生だからだろう、ISを装着して起動するところまでいったら終了して次という何の面白みもない実習が終わった頃、ようやく左門が目を覚ました。

 

「はっ!? 世界結界は、運命の三姉妹はどうなった!」

「おはよう。どんな夢を見てたか知らんが楽しそうで何よりだな」

「む?」

 

 不思議そうに周囲を見回す左門と、その視線から逃げようとする女生徒たち。

 

「ドラゴン種族はいずこに?」

「だから、それは夢だって。早く帰って来い」

「拙者が魔王になって世界を救わなければ大陸が危ないというのに」

 

 ダメだ。象用の麻酔銃が、脳に回ったのかもしれない。

 

「篠ノ之、凰。目を覚まさせろ」

「えー? やだー」

「左門と補習がしたいか?」

 

 あからさまに嫌そうな二人に、千冬姉の鶴の一声。

 よほど左門と補習をするのが嫌なのか憂鬱そうな顔になりつつも、ぐるんと右腕を回して調子を確かめると左門を挟んで六メートルほどの距離を取る。

 

「いくわよ!」

 

 鈴の合図に、コクリと頷いた拍子に箒の胸がたゆんと揺れて、左門の目が釘付けになる。

 一方、揺れるほどの胸を持たない鈴の額にビキリと青筋が浮かぶ。

 

「クロース!」

「ボンバー!」

 

 鈴と箒のサンドイッチ・ラリアットが左門の首に炸裂。

 もちろん、ISは待機状態の生身での一撃だが、常人なら悶絶すること間違いなし。

 それを食らった左門は、大きく目を見開いて口を開く。

 

「そうか、楽園はここにあったのだな」

「次は、ISを展開してやらせるか」

「いやいやいや」

 

 ボソッと呟く千冬姉に慌てて手を振る左門。

 いかに変態でも、ISでやられれば死ぬからな。

 

「では、午前の実習はここまでだ。午後は今日使った訓練機の整備を行うので、各人格納庫で斑別に集合すること。専用機持ちは訓練機と自機の両方を見るように。左門は、居眠りしていた罰として訓練機を格納庫まで運べ。では解散」

「え?」

 

 起きがけに、罰と言われて困惑する左門を置いて解散する俺達。

 ISの移動には専用のカートを使うのだが、これが完全に人力なので高飛びのマットなんか比べ物にならないほどに体力がいる。

 ところが常日頃から自分の専用機を背負ったり肩車して過ごしている左門にしてみれば、カートなしでもさしたる重量と感じないので一人で運んだほうが早い。

 となれば、丸投げしようと考えるのは当然だし別に悪いことでもないだろう。

 

「なんで、拙者が」

「呪うなら、私の見てる前で堂々と居眠りしてた自分を呪え」

 

 右手に持った麻酔銃を隠そうともせず、いけしゃあしゃあと言い切る千冬姉に首を捻りながらも左門は訓練機を軽々と持ち上げて運び出す。

 

「いいのかな、あれ」

「いいんだよ。そんなことより着替えに行こうぜ。俺たちはまたアリーナの更衣室まで行かないといけないしよ」

「え。ええっと……僕はちょっと機体の微調整をしてからいくから、先に行って着替えててよ。時間がかかるかもしれないから、待ってなくていいからね」

「ん? いや、別に待ってて平気だぞ? 左門もいるし」

「い、いいからいいから! 僕が平気じゃないから! ね? 先に教室に戻っててね?」

 

 なんでだ?

 

「まあ、シャルルにも色々とあるのだろう。ここは、空気を読んで先に行くべきだろう」

 

 そういうもんかね。

 

「って、左門!? 訓練機はいいのか?」

「もう終わった」

 

 ちょっ!? 格納庫とグランドは往復するだけでも時間のかかる距離なのに。

 

「細かいことだ。そんなことより行くぞ」

「いいけど。なんで、そんなに気合が入ってるんだ?」

「正体がバレないように、着替えの時は一人になろうとする男装女子。いいと思わぬか?」

「まだ、その設定生きてたのかよ」

「え、えーと、男装女子って何の話かな」

 

 シャルルが引きつった顔で問いかけてくる。

 まあ、気持ちはわかる。

 

「左門の妄想だ。聞き流してくれ」

「う、うん」

「というわけで、一緒に着替えに行こう」

「う、うん……。って行かないよ! なんで、そうなるんだよ」

「いや。そんなに嫌がられると、かえって一緒に着替えたくなるっていうか」

「イジメっ子? 一夏はイジメっ子なの?」

 

 別に、そういうわけじゃないんだが。

 

「イジメというのは本人には自覚のないことが多いと言う。行くぞ」

 

 むんずと俺の襟首を掴んで猫の子のように持ち上げる左門。

 なんぞ?

 

「嫌がる相手に無理強いはよくない。そう、拙者の幻想をぶち壊すような行為はな」

 

 そっちかよ

 て言うか。

 

「自分で歩くから降ろせ」

「いや。どうせ更衣室まで走るのだから、この方が早かろう」

 

 言って、俺を持ち上げたまま走りだす筋肉魔人。

 そのスピードたるや100メートル走のオリンピック選手をも凌ぐであろうにも関わらず、持ち上げられた俺にははとんど振動が伝わらない。

 無意味に高スペックだよな。

 程なくして、俺達は更衣室に着いたのであった。

 そして着替えた。

 

 

「いやー、青空を見ながらの食事は気持ちがいいな」

「うむ。星空を見上げながらの就寝もなかなかいいものだぞ」

「経験したくねえよ」

 

 場所は屋上、時間は昼休み。

 普通の学校なら校舎の屋上は立入禁止だが、ISという現代最強の兵器を扱うIS学園では他にもっと配慮しなくちゃならないことがいくらでもあるので、立ち入りは自由。

 というより、花壇やら丸テーブルやらで庭園の様相を呈している。

 

「で、これはどういうことだ?」

「どうって?」

 

 箒が視線を転じた方向を見れば、セシリアと鈴と左門がいるのはいつものこととして、今回はシャルルもいるのでテーブルの狭さが半端ない。

 

「なるほど、何人かは別のテーブルに移れと言いたいんだな。左門、シャルル、移動するぞ」

「待て待て待てーい」

 

 席を立った俺の腕を箒が掴む。

 

「そうだけど、そうじゃない! 一夏が、移動したら意味が無いだろ」

 

 むう。しかし、男は男、女子は女子で固まるべきではないだろうか。

 

「大体、弁蔵だけ移動させれば充分じゃない。このマッチョ一人で、三人分くらいのスペースが空くでしょ」

「ハッハッハッ、拙者も嫌われたものだな」

「別に嫌ってないわよ。ただ単に邪魔だと思ってるだけで」

 

 遠慮のえの字もない鈴の酷い言いように、笑って返す左門。

 流石は、名前で呼び合う仲の良さだけのことはある。

 それは、ともかく。

 

「いやほら、シャルルは転校してきたばっかりなんだし、三人しかいない男子同士で交流するべきだろ」

「一夏がいるからいいじゃない」

「左門は男以前に人間かどうか怪しい」

「えーと……」

 

 困った顔をするのはシャルルだ。

 女子ばかりの学園で、三人しかいない男子生徒の一人が蔑ろにされているのを見たら無理もない。

 左門ほどじゃないけど、俺も発言権が無かったりで軽く扱われてるしな。

 

「フフッ、むしろ一夏は重く扱われていて、その比重差で拙者が軽く扱われているというのが正確であるがな」

 

 そうか?

 

「まあ、狭いのは事実。拙者は、テーブルを移動しよう」

 

 左門が立ち上がると同時に、肩車していたオーバーボディがスライドして背中に移動。

 そして、隣のテーブルにある席に座る時には、背中のオーバーボディを持ち上げて肩の上に。

 

「き、器用だね」

 

 重量を考えれば人間技じゃないがな。

 普通に座っているように見えるだろ。あれ、空気椅子なんだぜ。

 ここの椅子は、左門とオーバーボディの重量に耐えられる強度じゃないからな。

 

「シャルルも、こっちゃ来んか」

「俺をハブにする気か」

「どうせ、一夏はシャルルと寮で同室になるのだ。それなら、ここで無理に話をしなくてはならない理由はあるまい」

「え? そうなの?」

 

 尋ねながら、素直にテーブルを移動するシャルル。

 左門を一人にするのは心苦しいらしい。良い奴だな。

 

「まあな。同室になるはずだった左門が、ホームレスを続行することになったってことは別の人間が俺の部屋に来るからだろうしな」

 

 で、容疑者がシャルルとラウラの二人なら、犯人は男子のシャルル以外にありえないわけだ。

 

「えーと。ホーレスって、どういうこと?」

「入学した時に、男子二人を入れる部屋の空きがなかったんだ」

「それで、一夏は私と同室になって左門は寮の屋上にダンボールハウスを用意することになってな」

 

 俺と箒の言葉に、うわっという顔になるシャルル。

 

「まあ、一時的なもので、少し待てば空き部屋が用意できたんだが」

「そのタイミングで鈴が転入してきたんだよな」

「それで、空いた部屋を横取りされてホームレス生活続行になったのだ」

 

 ジロリと箒に見られて、目を逸らす鈴。

 別に鈴が悪いわけじゃないんだが、原因であることは事実なので罪悪感があるらしい。

 

「で、もう一度寮の部屋の調整をやって、今度こそ俺と男二人の部屋になるはずだったんだがな」

「転入生が二人やってくることで、なかったことになったと」

「アハハ……」

 

 シャルルが引きつった笑い声を上げるのは、自分のせいであると理解したからだろう。

 

「二人と言えば、もう一人も呼ぶべきではなかったか?」

 

 もう一人って、ラウラだっけか?

 

「うむ。転入生二人の片方だけ贔屓するのは、いかがなものか」

 

 うーん。でも、俺ラウラに嫌われてるっぽいし、シャルルを誘ったのは学園で三人しかいない男子だからだしな。

 

「しかし、あれほどの逸材をスルーするのもどうかと思うが」

 

 黙れ中二病。

 

「あの……左門くんは、誰と話してるのかな」

 

 電波さんを見るような目のシャルルが問いかける。 

 誰とって……。ああ、そうか。

 

「左門は、一夏の心をナチュラルに読む習性があるのだ」

「男同士の以心伝心ってやつよね」

「不潔ですわ」

「へえー、仲が良いんだ」

 

 断じて違う。

 

「しかし、そんなにラウラが気になるんなら自分で誘えば良かっただろ。なんで、そうしなかったんただ」

 

 相手が黒歴史ノートの世界からやってきた住人だからって、気後れするような繊細さとは無縁だろうに。

 

「そうしたかったのだがあの娘、ヒヨコよろしく織斑教師の後について回っててな」

「ほう?」

「最近、どうにも織斑教師が近くに行くと謎の睡魔に襲われる案件が多発しているので、ちょっと話しかけにくいのだ」

「あー」

 

 なんとはなしに、目線を宙に浮かせる一同。

 そうか千冬姉。左門に麻酔銃を使ったのは今日が初めてじゃなかったのか。

 まあ、そうでもないと象用なんて使わないか。

 

「って、ちょっと、なんで移動してんのよ一夏」

 

 話しながら、さり気なく左門と同じテーブルに移動しようとしてた俺に鈴が気づいて声をかけてくる。

 

「いや、左門と話してるし近くに行ったほうがいいかなって」

「本音は?」

「女子にばっかり囲まれてると息苦しい」

「へー」

「はっ!? 誘導尋問とは汚いぞ鈴!」

「してないわよ。まったく、もう」

 

 呆れたと言わんばかりの顔で席から立つと、俺の手を取って左門のいるテーブルに移動。

 椅子に座って、俺を隣に座らせる。

 

「これで、いいでしょ」

「いいわけ、あるか!」

「まったくですわ!」

 

 ガタッと椅子を蹴って立ち上がる箒とセシリア。

 二人は、そのまま歩いて俺の隣と、その隣の椅子に腰掛ける。

 

「まったく鈴さんは、すぐに抜け駆けをしようとするんですから。箒さんは、ちゃっかり一夏さんの隣に座りますし」」

 

 怒ってますと言わんばかりのセシリア。

 抜け駆けって、なんだ?

 

「それより、狭くなってきたな」

 

 うん。一つのテーブルに六人は窮屈だ。

 けど、左門がそういうことを気にするのは珍しいな。

 変態なんだから、むしろ喜ぶかと思ったんだが。

 

「いやいや拙者はともかく、皆には窮屈な思いをさせるのは申し訳ない。というわけで、誰か拙者の膝の上に座ると良いぞ」

 

 ポンと、両手で自分の膝を叩く変態マッチョを見る俺達の視線は氷点下まで冷たくなっていたに違いない。

 ゴンッ、ガンッ、ゲシッ!

 どこからともなく箒が取り出した木刀が、セシリアの拳が、鈴の回し蹴りが、理由のある暴力となって左門を襲う。

 

「はっはっはっ、ごっつあ……」

 

 いつものように幸せそうにお礼を言おうとした左門に、木刀による追撃が打ち込まれる。

 何度も何度も何度も何度も、左門が動かなくなるまで。

 

「さて、昼食にするか」

 

 何事もなかったように告げて上げた箒の右手の袖に、木刀が滑り落ちて消える。

 

「ちょっちょっと、今のは流石に」

 

 うろたえた様子で立ち上がるシャルル。

 なんだろう?

 

「ああ、木刀がどこかに消えたのが不思議なんだな。実は、箒は工藤流念法の使い手で……」

「いい加減なことを言うな」

 

 腕の一振りで現れる木刀を喉元に突きつけてくる箒。

 念法じゃなきゃ、何だと言うんだ。

 

「ただの手品だ。いいな」

「アッハイ」

「いや、あの、木刀も気になるけど、左門くんは大丈夫なの?」

 

 ああ、そっちか。

 

「大丈夫だシャルル」

「一夏?」

「箒は手加減を知らないが、左門は見ての通り頑丈だから木刀で殴られたくらいじゃ屁でもない」

「で、でも」

「現に殴られたところも怪我どころか青あざもできてないだろ」

「え?」

 

 とシャルルが視線を向けた先で倒れている左門には、擦過傷すらない。

 これは実際には箒がちゃんと手加減をしていたからか単純に左門が頑丈なだけなのかにわかには判断し難いが、心配をする必要がないという事実は動かない。

 

「あ、ホントだ。でも、外傷がないように見えても意識がないって危なくないかな」

 

 意識か……。

 気持ち悪い笑みを浮かべて倒れてる左門を見て、次に何事もなかったような顔で弁当を取り出している箒たちを見る。

 

「それって手作りだよな?」

「寮生活で自分で作らないで、どうやって用意するというのだ?」

 

 だよな。

 

「おい左門。箒が弁当分けてくれるってよ。女の子の手作りだぞ」

「おいっ!」

 

 箒が抗議の声を上げ、その瞬間に左門が起き上がる。

 

「なんと、女子の手作り弁当が食べられる日が来ようとは」

「へ、平気なの?」

「まあな」

 

 平気なんだよな左門は。

 そうでなきゃ生身でISと格闘戦なんかできるはずもない。

 

「そんなことより、昼食にしようぜ。いつまでも駄弁ってたら昼休みが終わっちまう」

「確かに」

 

 その通りだと、それぞれ自分の弁当を取り出す女子たち。

 テーブルに並べられるのは、自分の分と俺の分。

 自炊は得意とするところだが、自分の作った分まで持ってきても食べきれないので、俺は手ぶらである。

 左門の分はない。

 

「ふふふっ、飯盒で炊いたお米で作るオニギリは美味いぞ」

 

 わかっていたさと言わんばかりに、竹皮に包んだ自作のオニギリを取り出し、食べ始める左門。

 この精神的なタフさは見習いたいな。

 あと屋上で飯盒を炊くのはどうかと思うが、ガスも電気が通ってないからだと言われればホームレス生活を強要している学園側は強くでられないらしい。

 

「えーと、いいの?」

「いいんだ」

 

 左門のぞんざいな扱いに、シャルルが訪ねてくるのに頷いてみせる。

 これは本人に原因があって、それを馬鹿も自覚しているからな。

 というか、むしろ楽しんでいるフシがあるんだから気を使うのも馬鹿らしい。

 

「さあ、食おうぜ」

 

 まずは、鈴の酢豚から手を付ける。

 

「うん。美味い」

「ふ、ふんっ。あたり前でしょ」

 

 このレベルを当たり前か、将来は食堂の経営で安泰だな。

 

「ISの代表者候補に対する感想ではないな」

 

 かもな。

 次に箒の取り出した弁当を開けると、鮭の塩焼き、鶏の唐揚げ、こんにゃくとゴボウの唐辛子炒め、ほうれん草ののゴマ和えという手作り弁当の見本と言わんばかり。

 

「へえ。箒って料理得意だったんだな」

 

 長らく会わなかった幼なじみの成長を実感する瞬間というやつだ。

 

「ふむ。箒の子供時代は知らんが、それでも成長は感じ取れるな」

 

 言って箒の胸をガン見する変態。

 そして、両手で胸を抱いて隠そうとする箒。

 

「そんなんだから、お前は女子に気持ち悪がられるんだよ」

「おおぅ、いつもなら心の声で済ませることを、はっきりと」

「どうせ心を読むだろ、お前は」

 

 唐揚げをパクリ。

 

「俺が作ったのより美味い……」

「その褒め方は、どうなんだ」

「でも、マジで美味いし」

 

 先月は味のないチャーハンとか作ってたのに、この急成長。これが女子力と言うものなのか。

 

「わたくしのサンドイッチも食べてくださいませ」

 

 うっ……。

 セシリアが両手に持って差し出してくるサンドイッチは、見た目は美味しそうできている。見た目だけは。

 しかし、それは味を保証するものではない。

 料理を自分で作る必要のないお金持ちの令嬢である上に、本人の認識が本に載ってる写真通りの見栄えになればいいというものなのだ。

 そんな食品サンプルみたいなものが美味しいはずもなく。

 どうすれば……。

 

「まったく、女子の手作り弁当づくしとは羨ましい男よ」

 

 うるせえよ!

 って、ん?

 

「なあ、左門。女の子の手作り弁当を食べてみる気はないか」

「なに?」

「ほら、鈴の酢豚と箒の弁当とセシリアのサンドイッチを全部を一人で食べるのは大変だからな」

「ふむ。まあ、見るからに一夏は食が細そうだしな」

 

 いやいや、腕周りが女の腰より太いお前と比較したら、そう見えんこともないだろうが、ちゃんと人並み以上に鍛えてるからな。

 単に三人分は多すぎるだけだ。

 

「ともかく、食べきれないことは事実だから、左門にも分けてやろう。みんなもいいよな?」

 

 言いながら左門に差し出すのは、セシリアのサンドイッチ。

 

「え?」

「ああ、うん」

「そうだな。残されるよりは、そのほうがいいな」

 

 疑問の声を上げるセシリアの言葉を封じるように同意してくる鈴と箒。

 二人も、セシリアの料理の腕前は理解しているので、俺の援護をしてくれる。

 

「後で返せと言われても、未消化でしか返せんぞ」

「未消化のものを返すな! 子供に餌をやる狐か、お前は」

「あれは、口移しなんだがな」

 

 いらんムダ知識を披露しながら手を伸ばした左門は、躊躇わずにサンドイッチを自分の口に運ぶ。

 

「うむ。美味い」

 

 マジで!?

 

「やはり女子が作ったという事実は最高の調味料だな」

 

 嬉しそうに咀嚼するスキンヘッドの顔に偽りはなく、念の為に言うと左門は別に味音痴ではない。

 つまり、本当に女の子の手料理だというだけで美味いと感じてやがるのだ。

 

「ならば、もっと食ってはどうだ?」

「ちょっ……」

 

 躊躇いもなくセシリアのバスケットに手を伸ばし、中のサンドイッチを左門に差し出す箒。

 もちろんセシリアは抗議の声を上げるが、左門と箒と言えば人の話を聞かない二大巨頭。

 サンドイッチはみるみるうちに消費され、俺が一口も食べないままになくなってしまう。

 少しセシリアに悪い気がしてきたな。

 

「情けは人のためならずって知ってる?」

 

 心を読むな鈴。

 あと、言わんとすることはわかるが使い方が違うぞ。その諺。

 

「言葉なんて、相手に通じれば本来の意味なんかどうでもいいのよ」

 

 鈴も漢らしいよな。どうして箒といい千冬姉といい、俺の周りには漢女が集まってくるのか。

 左門の影響かな。

 

「なんだか失礼なことを考えなかったか?」

「いや、全然。いやー、この鮭の塩焼きも美味いな」

「むっ。そ、そうか」

 

 なにやら嬉しそうな顔で自分の分の弁当をつつきはじめる箒。

 って、あれ?

 

「箒。なんで、そっちの弁当には唐揚げがないんだ?」

「こ、これは、だな。ええと……」

「弁当を作るのは初めてだったから、詰める時に二人分に分けるのを忘れていたとかか?」

「そう! それだ!」

 

 横から口を出してきた左門に、ビシリと指をさす。

 

「先に一夏の分のお弁当を詰めたら、自分の分の唐揚げがなくなっていたのだ!」

 

 こんなに力強く、自分のドジをアピールする箒は初めて見たな。

 しかし、こんなに美味い唐揚げを作って自分で食べられないのは気の毒だな。よし。

 

「ほら、箒も食べろよ」

 

 唐揚げを女子の一口サイズに切って箸で摘んで持ち上げる。

 

「なに?」

「ほら、あーんしろって」

「い、いや、その、だな……」

「ほら、美味いぞ」

「う、うむ。あ、あーん」

 

 小さく開けた箒の口が唐揚げを摘んだ俺の箸をパクリ。

 

「美味いだろ」

「うむ。悪くない」

 

 心なしか箒の顔が赤い。

 

「それって、もしかして日本ではカップルがするっていう『はい、あーん』っていうやつなのかな?」

「はっはっはっ、結婚してしまえ」

「ぶっ」

 

 シャルルと左門の言葉に、吹き出す俺と箒と鈴とセシリア。

 確かに、そう言われてもしかたない恥ずかしいことをしてしまったかもしれん。

 

「一夏! 酢豚食べなさいよ酢豚!」

「一夏さん! サンドイッチも……」

 

 酢豚を俺の顔の前に持ってくる鈴と、バスケットを開けて中身がもう左門の胃袋に収まったことを思い出すセシリア。

 俺に、どうしろと?

 

「あーん、してもらえば良かろう。なんなら口移しで食べさせてもらっても拙者は壁殴りに魂を込めるくらいにしか気にせんぞ」

 

 思いっきり気にするんじゃないか。

 というか、お前が魂を込めて殴ったら壁が壊れる。

 普通の人間なら自分の拳が壊れるが。

 それにほら、

 

「あんまり、ゆっくり食べてたら昼休みが終わるだろ。食ったら、また俺ら男子は着替えにアリーナの更衣室に行かないといけないんだからな。食べてすぐに走るのは嫌だぞ俺は」

「ん? 一夏たちって、もしかして実習で毎回スーツ脱いでんの?」

「そりゃ脱ぐだろ?」

「女子は、半分くらいの子が着たままよ? だって面倒じゃん」

「なん……だと」

 

 そりゃ汗は吸収してくれるし動く邪魔にならないしで、一般に販売したらパカ売れするんじゃないかって代物だが、そうか着たままでもよかったのか。

 しかし、ということは箒やセシリアも着たままなんだろうか。いや、制服の上からじゃ見ても着てるかどうかわからんが。

 わかるのは、箒やセシリアの胸が同年代の日本人女子の平均より大きいことくらいだ。

 

「どこを見ている、どこを!」

 

 箒が俺の顔を掴んで、無理やり別の方を向かせようとする

 

「どこって、ふ……」

「もちろん箒やセシリアの豊満な胸であろうよ。男子の習性的に考えて」

 

 服と言おうとしたところで、左門が不埒な言葉を被せてくる。

 

「このっ、変態!」

 

 俺への怒りに燃える鈴の拳が、唸りを上げて左門の顔に突き刺さる。

 

「あ、間違えた。何で、そんな殴りやすいところに顔を置いてるのよ馬鹿!」

 

 ただ近くにいただけで殴られたのに実に理不尽な言いようだが、嬉しそうな顔の左門のことだから本当に殴られやすい位置を計算していた可能性も低くはない。

 

「気にするな。箒とセシリアの胸をガン見してたのは拙者も同じ。ゆえに、もっと拙者を殴っていいのだぞ」

 

 立てた親指を見せつけてニヤリと笑う変態は、気持ち悪いくらいにイイ表情。

 対する女性陣は、道端に落ちている汚物を見るような視線。

 その後どうなったかは語るまでもないだろう。

 

「なんにしても、今後はともかく今日のところはアリーナの更衣室で着替えなきゃならないし、早く食べようぜ」

「左門くんのことは、いいの?」

「いいんだ。シャルルもすぐに慣れる」

「慣れたくないなー」

 

 なにやら汗を流しているシャルル。

 暑いのかな? 午後の授業も体力使うのに大丈夫だろうか。

 

 

「いやー、ISの整備は強敵だったな」

 

 夕食を終えた後の寮の自室に戻った後の左門の第一声がこれである。

 大方の予想通りシャルルは俺と同室になったのだが、今更ホームレス生活に戻る気になれなかった左門は、そのまま部屋に居座ることにしたらしい。

 左門は馬鹿だが、進んで人に迷惑をかけるタイプではないので床で寝させてくれれば充分と言われれば、こちらとしても断りにくい。

 と言うか、断ったらベランダに棲みつきそうで怖い。

 

「いいから、汗臭いから先にシャワーを浴びてこいよ」

 

 デブは汗かきが多いと聞くが、マッチョもそうなのかISスーツを脱いだ後の左門からは、むせるような汗の臭いが漂っている。

 あとISと言えど機械に違いはなく、これの整備に油の匂いは付きもので、汗と油で左門の臭いはすごいことになっているのだ。

 

「そうしよう。しかし、なんだな」

「なんだよ?」

「先にシャワーを浴びろとか、一度女性に言ってみたい言葉を自分が男に言われるとはな」

「気持ち悪いことを言うな。頬を赤らめるな。さっさシャワー浴びてこい」

「覗くなよ」

「誰が覗くか! さっさと行け」

 

 投げつけてやったタオルを受け取ってシャワールームに消えていく左門を見送ると、所在なさげなシャルルに顔を向ける。

 

「シャルルは、左門の後でいいよな?」

「一夏の後でいいよ。僕ってあんまり汗かかない方だから、すぐにシャワーを浴びなくてもそんなに気にならないし」

「そっか、でも遠慮とかならしなくていいぞ。左門くらいに遠慮がないのは流石に考えものだけど」

「あはは。左門くんを見習うのはやめておくよ」

 

 ニコリと笑うシャルルの表情には人を安心させる雰囲気があって、俺はともかく、とても左門と同じ性別の生き物とは思えない。

 

「それで、シャワーは毎日のことになるけど、左門、俺、シャルルの順でいいのか?」

「いいよ」

「でも、俺と左門は寮に帰るのが遅くなることが多いから、その時は先にシャワーを浴びていいぞ」

「ああ、一夏はいつも放課後にISの訓練をしているんだっけ?」

「俺は他の皆から遅れているからな。専用機まで持ってて、これはまずいかなって思って」

 

 世界で一人──今は二人か。

 二人しかいない男性IS適格者であるという事実を幸運と思う気はないが、何年もISについて学び普通に試験を受けて入学した他の生徒たちが持っていない専用機を貰っていて、ついていけないというのは男として情けない。

 

「それって僕も加わっていいかな? 左門くんも一緒なんだよね。同室の二人が参加してて自分一人だけ部屋にいるってのもなんだし」

「いいぞ。シャルルも専用機持ちなんだよな」

「うん。だから、少しは役に立てると思うんだ」

「それは、ありがたい。ぜひ頼む」

「うん。任せて」

 

 力こぶをつくるように肘を曲げてみせるシャルルの姿は、華奢な外見と反してとても心強かった。

 

「はっはっはっ、何故に一夏は拙者を頼りにしないのか」

 

 バタンッ! とシャワールームのドアを開けて出てくるとダブルバイセップス・フロントのポージングを決める左門の姿は外見に反してとても頼りにならなかった。

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