「待たんか貴様!」
「フハハハハハッ、捕まえてごらんなさーい」
全身装甲のISらしきものを着込んだ身長二メートルを超える大男が気色悪くも女の子走りで駆けていくのを、黒いISを着込んだ小柄な少女が左肩に装備した実弾砲を乱射しながら追いかけていく。
大男は言うまでもなく左門で、少女の方は転校生のラウラ・ボーデヴィッヒ。
今はシャルルが転校してきてから五日目の土曜日の午後の自由時間で、場所は生徒たちの自由参加の実習のために全開放されたアリーナである。
「あの二人、ほっといていいのかな?」
「うーん。俺が口を出すと、かえってこじれるからなぁ」
心配そうなシャルルに、答える俺の言葉は歯切れが悪い。
二人が何故に仲よく喧嘩しているのかと言えば、理由は俺にある。
思い返せば数十分前。ISの開放回線でラウラの声が飛んできた。
要件は自分と戦えというものだったが、俺にそのつもりはなかった。
模擬戦ならともかく、本気の殺し合いをしようなんて相手と戦うなんて冗談ではない。
戦う理由もないしな。
そう答えたら、理由はあるとラウラは言った。
実は、ラウラの言う戦う理由については察しがつかなくもない。
ドイツ、千冬姉、と来れば思い出すのは第二回IS世界大会の決勝戦のこと。
当日、俺は誘拐された。
犯人は、なにかの組織であったという以外は正体も目的も謎。
拘束され閉じ込められていた俺を救い出してくれたのは、ISで文字通り飛んできた千冬姉だった。
だが、大会二連覇は確実であったとされる千冬姉は、試合放棄でまさかの不戦敗。
そして俺の誘拐事件は世間的には公表されず、千冬姉の決勝戦棄権という結果だけが残ったのだが、この情報をドイツ軍関係者は入手していた。
というか、俺が誘拐されたことと監禁場所の情報を千冬姉に伝えたのが他ならぬドイツ軍関係者なのだ。
その後、ドイツ軍の情報によって俺を助けられたという借りができた千冬姉は、大会終了後に一年ほどドイツ軍IS部隊で教官を務めた。
それから、ちょっと足取りがわからなくなり今はIS学園の教師をやっているわけだが、千冬姉を崇拝しているらしいラウラからすれば大会二連覇という偉業を妨げた俺の存在が腹立たしいであろうことは想像に難くない。
俺自身も、あの日の自分の無力さが許せないのだから、気持ちもわかる。
が、それはそれ、これはこれ。
ラウラが俺と戦う理由にはなっても、俺がラウラと戦う理由にはならない。
そう思っていると、どこから情報を得たのか、あるいは俺の心を読みでもしたのか事情を知らないはずの左門が口を出してきた。
本当に知らないままに口出ししてきた可能性もあるが。
「なるほど、そういう設定か」
「設定?」
「謎の転校生。しかして唯一の肉親たる姉の過去に関わるライバル。いいぞ! 惜しむらくは、何故に因縁の相手が拙者でなく一夏なのか」
「お前は何を言っている」
うん。そう言いたくなる気持ちはわかるぞラウラ。
「高校性デビューならぬ、IS学園デビューの話だが?」
何故、そんな当たり前のことをという顔をするな。
「何故、私がそんなわけのわからんことをしなくてはならん!」
「現にやっているだろうに」
「やっとらんわ!」
「いやいやいや、では何故に一夏と戦わねばならん。はっきり言って、お前は一夏に感謝するべき立場であろうに」
ピクリとラウラの頬が震える。
それが怒りによるものだということは、よほど鈍感な人間でもわかるだろう。
「なにしろ、一夏が誘拐されなければ織斑教師はドイツで教官を務めることはなかったのだ。そのおかげで、憧れの織斑先生の教導を受けられたと思えば、一夏を誘拐した謎の組織にすら感謝してもバチは当たらんのではないか」
しかし、バカは空気を読まなかった。
というか、殺気すら感じる怒りの視線を左門に向けるラウラがいなかったら俺が殴っていたに違いない。
人は誰かが自分より取り乱しているとかえって冷静になるって本当なんだな。
「死ね」
装着されたISの手首に展開したプラズマの刃が一瞬の躊躇もなく突き出されるのを、左門は軽く体を傾けることで回避。
一瞬の判断で、俺に向けられる女子の暴力を自らの肉体で受ける反射神経を持つ左門に不意打ちは効果が薄いのだ。
「これは一夏ではなく拙者をライバルにすると、設定を変更する気になったということか?」
「うるさい! 黙れ!」
手を伸ばせば届く距離でありながら実弾砲を呼び出したラウラは、相当に頭に血が登っているに違いない。
だが、もちろん冷静さを欠いた攻撃が左門にヒットするはずもなく。
そうして、二人の鬼ごっこが始まったのだった。
そして、唐突に終わる。
「何をやっとるか馬鹿者共!」
手裏剣のように回転しながら飛んできた出席簿がオーバーボディの後頭部に突き刺さり、左門は派手にひっくり返る。
「今の声は千冬姉だな。担当でもないのに、アリーナに来るなんて珍しい」
「っていうか、あの出席簿って何で出来てるんだい? 普通はISの装甲に刺さったりしないよね?」
「さあな。普通に紙でも驚かないけど」
「紙が金属に刺さるものなの?」
「千冬姉だからな」
人間が千冬姉のやることを常識で図るなんて左門に常識を説くくらい、おこがましいことだとは思わんかね?
「うん。一夏が織斑先生に失礼なことを考えてるのはわかった」
むう。シャルルまで俺の心を読む技能を身につけつつあるな。
「それで左門くんは大丈夫なの?」
「大丈夫だろ」
左門が出席簿で殴られるのはいつものことだし、ラウラも千冬姉が来れば流石に大人しくなるだろう。
「というわけで、とばっちりが来ないうちにあがろうぜ」
土曜だから時間があると油断してたら、すでに四時を過ぎている。
いや、別に遊んでいたわけではなくシャルルに射撃武器の特性を教わったりとIS戦闘のレクチャーを受ける充実した時間だったわけだが。
ちなみに例によって例の如く箒と鈴とセシリアもいたのだが、シャルル先生の指導を受けることにより、三人が如何に教え導く立場に向いていないかが露見しただけであった。
箒と鈴は感覚だけで話すしセシリアは細かすぎるわで、経験も知識もない俺には理解できない。
程度の差はあれど、相手に理解させる努力が足りないという意味では左門と同じだったのだ。
「じゃあ、先に着替えて戻ってて」
当たり前のように、別々に着替えようと言い出すシャルルに俺は疑問を覚える。
こう言い出すのはいつものことだが、いつもは左門が一緒である。
あの馬鹿マッチョと一緒に着替えるのを嫌がる気持ちはわかる。
普通にしてても近くにいるだけで暑苦しいのに、運動をした後に服を脱いだ時の汗臭さは尋常じゃない。
あと、あのボディビルダーも嫉妬する肉体を見せつけられて自分が貧弱な坊やと思わない男もいないわけで、馬鹿を相手に劣等感を刺激されるというのも悲しすぎる。
だが、今回は左門はまだ左門も気絶しているようだし……。
「ふむ。男装少女としては、一緒に着替えて性別がバレる愚は避けたいわけだな」
あ、復活してた。
「てか、その妄想設定、まだ生きてたのか」
「箱の中の猫が生きているか死んでいるかは、箱を開けるまで確定しない。つまり、シャルロットが男か女かは確認しない限り確定しないのだよ」
「いや、その理屈はおかしい」
「そういうわけだから、シャルロットは一人で着替えてくるといい。誰かに見られて男と確定しないように!」
俺を捕まえるように、がっしりと肩を掴んで力強く述べる変態。
確認しようとしない時点で、男と認めてるんだよな。本当は。
同じ寮で寝泊まりするようになって一週間近くになるが、この馬鹿が自分の妄想を守るために全力を尽くしてくれたおかげで、俺はシャルルと男同士の裸の付き合いというものができていない。
「裸の付き合いなら、拙者が付きあおう」
などと服を脱いでビキニパンツ一枚になったマッチョマンに言われれば、その気も失せるが。
「えっと、僕に先に着替えろって意味かな?」
「左様」
「左様って……」
「それとも、ここで拙者のセクシーダイナマイツボディを鑑賞していくか?」
「じゃ、お先に」
ポージングをしてみせようとした左門を華麗にスルーしてアリーナから出て行くシャルル。
左門の扱いに慣れてきたな。
◇
「あのー、織斑君とデュノアくんに連絡事項があるんですが」
そろそろ更衣室に向かおうかと思ったタイミングで、山田先生がやってきた。
「なんですか?」
「えと、デュノアくんは一緒ではないんですか? 今日は織斑君と実習しているって聞いていましたけど」
「先に着替えに行きましたよ。なんなら、一緒に更衣室まで行きますか?」
そろそろ、着替えも終わってるだろうしな。
「いえ。そんな大事な話でもないですし、誘っていただけるのは嬉しいのですが男子の使ってる更衣室には、あまり近づきたくありませんので……」
無視したいけど気になるという感じで、山田先生がチラチラと俺の隣に視線を送る。
そこにいるのは言うまでもなく左門で、さっき山田先生に名前を呼ばれなかったことを気にしてるのか、自分をアピールするようにサイドトライセップスで笑顔を向けている。
そんなんだから見なかったことにされるんだよな。
山田先生も、間違っても左門に着替えを覗いたとか勘違いされたくあるまい。
「それでですね。今月下旬から大浴場が使えるようになります。時間帯別にすると色々と問題が起きそうなので、男子は週に二回の使用日を設けることになりました」
「む。それでは、うっかり時間を間違えての女子とのドッキリハプニングができないではありませんか」
「それが起こっちゃいけない問題なんです!」
「理不尽な」
「理不尽なのは、お前の頭だ」
いや、言っても無駄だってのはわかってるんだが。
「いや、頑なに一緒に入ろうとしないシャルロットとのドッキリハプニングというのもアリか」
案の定だよ。
「あの、シャルロットって?」
「左門の脳内にのみ存在する男装女子です」
「失敬な。拙者の脳内には、精神科医のマッチョウィル先生しかおらんぞ」
「そういうわけなので、聞き流してください」
「えーと、はい」
魔法の言葉。左門だから。
それはともかく、
「ハプニングも何も、シャルルとは一緒に風呂に入ることになるんじゃないか?」
本当に男装した女子でもないかぎり、別々に入ろうとはしないだろう。
「バカ! わからんのか!? 猫の入った箱は開けてはならんのだ!!」
つまり自分の妄想を守るために、シャルルには別々に風呂に入るように強要するつもりか。
もちろん、ドッキリハプニングなんて起こすつもりもないだろう。起こしたら、そのふざけた幻想がぶち壊されてしまうからな。
何にしても迷惑な話だが。
「まあ、いいや。もう着替えも終わってるだろうし、更衣室に行ってシャルルにも教えてやろうぜ」
と、歩き出そうとしたところで山田先生に呼び止められる。
「あ、織斑くんと左門くんには書いてもらいたい書類があるので、後で職員室に来てもらえますか?」、
「婚姻届ですかな」
「違います!」
左門の戯言に、顔を真赤にして悲鳴のような叫びを上げる。
「白式とオーバーボディの正式な登録に関する書類が必要なんです」
「わかりました。じゃあ、着替えたら行きますので」
◇
「はー、終わった終わった」
左門のオーバーボディは、特別アドバイザーの用意した467機しか無いはずのISの468機目というという存在しないはずのISなので、書かなければならない書類は膨大なものになるが、そういう不正規品とは違う俺の白式の場合は、数は多くても名前を書くだけでいい。
というわけで、先に終わらせた俺は一足早く寮の自室に戻る途中である。
「ただいまー。って、あれ? シャルルがいないな」
と思ったが、シャワールームから響く水音に気づく。
なるほど、シャワー中か。
ここで脳裏に、シャルルの顔をした金髪碧眼の女子がシャワーを浴びている姿が思い浮かんでしまうのは左門の悪影響に違いない。
いやいや、消え去れ妄想。
そうだ。ボディソープが切れてたはずだよな。
クローゼットの中から予備を出して洗面所兼脱衣所に用意しておいてやろう。
左門の妄想通りにシャルルが女子なら、本当にドッキリハプニングが起こりそうなシチュエーションであるが、女の子が男装して男として転入してきて男と同じ部屋で寝泊まりするなんて、そんな童貞の妄想みたいなことあるわけないじゃないか。
そう思って洗面所に入った瞬間、ガチャリとシャワールームに続くドアが開いた。
反射的に、そちらを見た俺の視界に写ったのは肌色。
中世の騎士のブレストプレートのように力強く分厚い大胸筋。
力こぶを作れば、大きな山ができそうな上腕二頭筋。
殴れば殴ったほうが拳の方を痛めそうな、六つに割れた腹筋。
上を見れば、気持ち悪いくらいに爽やかな笑みを浮かべたスキンヘッド。
下を見れば、丸太のような大腿四頭筋のあいだにからそそり立つ、日本人ばなれしたサイズのイチモツ。
その姿は、まるで左門のようであった。
「って、左門じゃねえか!」
「うむ」
「うむっ、じゃねえよ。お前、職員室で書類書いてたよな。まだまだ時間がかかりそうだから先に行けって言ったよな」
「フフフッ。ちょっと本気を出せば、一夏が部屋に戻るまでの間に終わらせて、先回りするくらい造作も無いことよ」
答えながら、シャワールームから出てきて体を拭くと、タンクトップと短パンの姿になるマッチョ。
「いや、そこで先回りする必要がどこにあるよ」
「まあ、ショートカットに寮の壁を登って窓から入ったら結果的に先回りすることになっただけなのだが」
「窓から入るなよ。通報されても文句は言えんぞ」
「IS学園は治外法権。事案発生の余地などありえんのだ」
「代わりに警備員とかいそうなもんだがな」
いたら、どうだって気もするが。
俺が警備員だったら今更左門の奇行をどうこう言う気にはならんだろうし。
「ところで、シャルルはどうしたんだ?」
「シャルロットなら、セシリアが連れて行ったぞ」
「へ? なんでセシリアが?」
「知らん。流石に部屋の窓から直接入るほど非常識ではないのでな。廊下の窓から寮に入ったあと、部屋に戻ろうとしたら、シャルロットの手を引っ張ってそのまま出て行った」
むう。あの二人が一緒に出て行くほど仲が良かったとは知らなかったな。
「その際、セシリアは顔を真赤にしておったが、シャワールームのシャルロットとドッキリハプニングでもあったのかもしれんな」
あー。ありそうだな。
いや、それだと二人で出て行く理由がないからないな。
だったら、なんだろう?
「一夏。一緒に夕飯食べに行きましょ」
そう夕飯に……。って、あれ? いつの間に鈴が?
「なによ。その、いつの間に湧いて出たんだって顔は」
相変わらずのテレパシスト能力だ。
「ちょうどいいのではないか。拙者もシャワーから上がったしな」
「俺は、まだなんだが」
「何よ。女の子を待たせる気?」
不満気な声を出す鈴に、俺がシャワーを浴びるのを待つ気はなさそうである。
「いいのではないか。一部の人間にとって異性の汗の匂いはご褒美であることだしな」
「その一部の人間に、あたしを入れるな!」
立てたバットもへし折りそうな鈴のローキックが左門の足首にヒット。
「いいキックだ。好みとしては、太ももに欲しかったところだが」
「変態の好みに合わせる気なんかないわよ。そんなことより行くわよ一夏」
問答無用とばかりに腕を引かれ、部屋から連れだされる俺。
別に嫌なわけでもないので、そのまま連れだされた俺は、鈴と左門と一緒に食堂に行き、帰ってくる頃にはシャルルも部屋に戻っていたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「一夏さん、いらっしゃいますか?」
ノックとともに呼びかけるも、返事がないので訝しみつつも少女は部屋の扉のノブに手を伸ばす。
セシリア・オルコットは恋をしている。
恋する少女が意中の男性が同じ寮に住んでいれば部屋を尋ねるのは当然のことであるし、返事がないなら許可無く部屋に入ろうとするのも自然な成り行きであり、シャワーの水音などが聞こえれば、ついつい脱衣所の扉を開けてしまうのも無理なからぬことであろう。
とはいえ、左門がいたらどうしようと考える程度の理性はある。
スキンヘッドの変態マッチョマンを苦手とするセシリアは、全裸の左門が出てくる前に脱衣所を出るべきか、一夏が出てくるドッキリハプニングに期待するべきか深く静かに葛藤した。
しかして、その手の葛藤は得てして答えが出る前に時間切れになるものである。
セシリアが選択するまでもなくシャワールームのドアが開き、そこからは金髪碧眼の少女が出てきた。
瞬間、時間が止まる。
本当に止まったのは時間ではなく思考だが、男しかいないはずの部屋のシャワールームに女の子がいれば何も考えられなくなるのは当然であろう。
そして時間が動き出すと、セシリアは無言で脱衣所を出て部屋も出て、扉の前に立つとそこが一夏の部屋であることを確認して、もう一度部屋に入る。
「あの……セシリアさんって、ひっ」
呼びかけに応えて振り向いたセシリアの顔が、まるで能面のような無表情だったので少女は短い悲鳴を上げる。
「あーなーたーはーどーちーらーさーまーでーすーのー?」
地の底から響くような声に、少女はビクリと身を震わせる。
答えなければ、どうなるか考えるのも恐ろしいと、少女は口を開いた。
服は、ちゃんと着た。
◇
シャルロット・デュノアはデュノア社社長の愛人の娘である。
父とは顔を会わせたこともなく生きてきたが、母親と死に別れると引き取られることになった。
その時にIS適性が高いことが判明するとデュノア社の非公式のテストパイロットをすることになったが、愛人の娘にさしたる興味などない父親とは顔を合わせることも会話をすることもほとんどない。
そこに親子の愛情などなかったが、一人で生きていくことなどできるはずもない13歳の少女でしかなかった当時のシャルロットに文句など言えるはずもない。
そして、その後しばらくしてデュノア社は経営危機に陥る。
現在各社で開発の進んでいるISの三世代型の開発で、デュノア社が後れを取っているためである。
そうしてある時デュノア社社長は、ある考えを思いつく。
愛人の娘を男装させて広告塔にすることである。
女にしか動かせないはずのISを動かせる織斑一夏の存在は世界的なニュースになっている。
これに便乗すれば良い宣伝になるし、織斑一夏には専用機が与えられているとも聞く。
世界に二人しかいない男性操縦者ともなれば近づくのは容易であるしデータを盗むことも可能だ。
馬鹿げた考えであるが、シャルロットに否と言う権利などない。
父親の言うとおりに、皆を欺き男子としてIS学園に通うことになった。
「けど、それも終わりだね。ばれちゃったら、僕は本国に呼び出されてデュノア社は潰れるか他の企業に吸収合併されるかだろうし」
投げやりに、そんなことを言うシャルロットは自分の身に降りかかった理不尽をすでに受け入れている。
だが、聞いた方も同じ感想を抱くとは限らない。
「つらい目に……、あったのですね」
自身が両親をなくしている経験が感情移入を容易にしたのもあるのだろうが、本質的にセシリアは善良な少女だ。
こんな身の上話をされて、「そうですか大変でしたね。これからも大変でしょうが一人で頑張ってください。それじゃあ」などとシリーズ人間のクズのようなことを言えるドライな心は持ちあわせてはいない。
「わかりました。これからのことは、わたくしにお任せください」
「え?」
「大丈夫です。あなたが女性であることは誰にも露見しないように万全のサポートをしてみせます」
拳を握り力強く宣言するセシリアに、若干シャルロットは引き気味になるが、そんな細かいことを気にする少女ではない。
「とはいえ、わたくし一人ではできることも限られますわね。そうですわ、箒さんにも協力をお願いしましょう」
「ええ!?」
なぜ、そうなるのかとシャルロットは思うが、セシリアには道理が通った話である。
なにしろ、シャルロットは一夏と同じ部屋で寝泊まりしている。
同性ということになっている以上、遠慮があるはずもなく、これで一夏にばれないようにするにはセシリア一人では荷が重い。
一夏に協力してもらえれば一番いいのだろうが、それには問題がある。
年頃の男女が同室など、間違いを犯してくれと言っているようなものだ。
今は男同士という意識と、性別を隠しているという事実が障壁になってくれているが、シャルロットの男装を明かしてしまえば歯止めがなくなった二人は行き着く所まで言ってしまうに違いないとセシリアは考えた。
そして、箒も同じように考えるに違いないのだ。
ちょっと前まで、箒が一夏と同室だったという事実には心に蓋をするセシリアである。
「そうと決まれば、善は急げですわ!」
部屋の扉を開けて寮の廊下へ。
と、そこで筋肉と出会う。
「ほう? セシリアとシャルロットとは珍しい組み合わせだな」
「ヒッ!」
いまだ左門にトラウマじみた苦手意識を持つセシリアであるから、突発的に顔を合わせれば悲鳴を上げてしまうのも当然の話ではあるが、今回に限ってはそれだけが理由ではない。
無意識に存在を脳裏から除外していたが、シャルロットと同じ部屋で寝起きをしているのは、この変態も同じ。
それどころか、女装男子がどうこうというのは妄想だが、変態特有の嗅覚で本名に気づいているのだから質が悪い。
「さささ、左門さん。あのあの、ちょっとシャルルさんをお借りしますね。これには深い理由が、いえ大したことではありませんのよ」
一気にまくし立てると、オホホホホとわかりやすい誤魔化し笑いを残してシャルロットの手を引いて、その場から立ち去ろうとする。
顔は赤い言動は不自然と怪しさ大爆発だが、そこを気にする繊細さがあれば、ここまで女子に嫌われていなかったであろう左門弁蔵はスルー。
「夕食はどうする? 一夏は一緒に食べたがると思うが」
「え? 一夏さんが、わたくしと?」
「いや、セシリアではなくシャ……」
ルロットと続けようとした左門の腹筋にセシリアの拳が突き刺さる。
「知ってましたわよ。夢くらい見せてくださいませ」
「いいパンチだ。人は本来持つ筋肉の30%しか力を引き出せないそうだが、今の一撃は残りの70%を開放していたな」
「どうでも、いいですわ!」
フンッと鼻を鳴らすセシリアは、足早にシャルロットを連れて行く。
そして、一夏の部屋に行く途中だったのだろう箒の姿を途中で見かけてゲット。
「お、おい。どういうつもりだ。私は一夏に用が」
「まだ、帰ってきてませんわ。それに、わたくしが箒さんに用がありますの」
グイグイと腕を引っ張るセシリアの腕力は、いまだに筋肉のリミッターが外れたままなのか、鍛えているはずの箒の抵抗をものとしない。
「ちょっと待て、要件は何だ」
「それは、あまり人に聞かれたくない話なので、落ち着ける所に行ってからです」
そうして三人が行ったのは、少し前まで左門が寝起きしていた屋上だった。
寮で人のいない場所など他になかったのである。
「というわけで、シャルロットさんの性別を誤魔化すのに協力してくださいませ」
「なんで私が、そんなことを」
「あら? この話を聞いたのが一夏さんなら、きっとシャルロットさんのために一生懸命になったと思いますよ」
「む」
言われてみればそうである。
方法はともかく、一夏がシャルロットの事情を聞かされればセシリアと同じように彼女のために何かをしようとすることは必定で、その結果として二人の間に親密な関係が築かれる事態も容易に想像がつく。
「確かに。だが、現実問題として私達だけで何ができる」
「えっと……」
「大体、学園には身体測定というものがあることを理解しているか? 私達がどう頑張っても、そこで性別がばれるだろう」
「はっ!?」
盲点に気付かされたことよりも、勝手に脳筋だと思い込んでいた箒が自分の気づかなかったことを指摘してきたことに衝撃を隠せないセシリアであった。
「そういえば……」
「確かに、そうですわね」
「ああ。だから……」
「織斑先生と山田先生にも協力してもらいましょう」
「……諦めよって、ええぇ!?」
「そうと決まれば、善は急げですわ! シャルロットさんの性別がばれないための工作と、あと一夏さんと別の部屋になるようにお願いしましょう」
「ちょっと、セシリアさん」
当のシャルロットが呼び止めようとするが、セシリアは止まらない。
これはシャルロットのためであると同時に、彼女の境遇を知れば同情と感情移入すること間違いなしの一夏との二人の関係の急接近を妨げるためでもある。
恋する乙女は、いつでも暴走特急。
自分の恋を叶えるためなら手段も過程も問わないのだ。
なお、本当に協力を取り付けることに成功し、一夏とシャルロットを別の部屋にすることを約束してくれたりするのだが、その辺りの話はどうでもいいので省略する。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
光を知らぬ者は、闇から出たいと思わない。
誰しも、知らぬ存在に焦がれ憧れることはないからだ。
だが、一度知ってしまえば。それが素晴らしい物だと感じてしまえば、人は求めずにはいられない。
欲せずにいられない。
光の名は織斑千冬。
闇の中で生まれた者の名をラウラ・ボーデヴィッヒという。
ラウラにとって千冬は、完璧にして理想の存在である。
そうでなくてはならない。
ゆえに千冬の経歴の汚点の原因となった一夏が許せない。
その友人にして、決して言ってはならないことを口にした左門弁蔵に怒りを覚える。
あと坊主憎けりゃ袈裟まで憎い理論により、二人の回りにいる女どもにも殺意を抱いていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
唐突にシャルルが箒、鈴、セシリアと仲良くなって俺と距離を取り始めた。
事実上の三人部屋となった寮の俺の部屋をなんとかするために、近々シャルルが別の部屋に移る話も進んでいるらしい。
なんでだと思うが、うっかり不満を顔に出そうものなら、左門がニヤニヤしながら肩を叩いてくるので表面上は平静を保って過ごす俺である。
「今日、使えるのは第三アリーナだったな」
「うむ。シャルルも、いるはずだ」
ニヤニヤするなよ。それにシャルロットって男装少女設定は、どこにいったんだよ。
「ウワーッハハハハーッ、イケメンの周りの女子が別の男に目移りするような面白いことは早々ないのでな」
さらっと、最低なことを。
「では、見に行くとするか。先にアリーナに行ってイチャついているであろうイケメンと少女たちの腹立たしい光景をな」
喜んでるのかムカついてるのかハッキリしないマッチョと共に向かった第三アリーナは、なんだか騒がしかった。
「なんだろう」
「誰かに聞いてみるか」
何かに注目して集まっているらしい女生徒たちに、ごくごく自然に話しかけようとした左門の前の群衆が、モーゼを前にした海のように二つに割れてアリーナの様子が一望できる観客席への道が開く。
「……」
「ちょうどいい。直接見に行こうぜ」
「お、おう……」
解せぬとでも言いたげな左門を促して、人だかりの中へ。
その瞬間、爆発音が響く。
「なんだ?」
音の聞こえた方を見れば漆黒のIS『シュヴァルツェア・レーゲン』を纏ったラウラと、相対し『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を装着しアサルトライフル二丁を構えるシャルル。
そして、その足元に倒れ伏す鈴とセシリア。
「何が?」
「察するに、鈴とセシリアがラウラと勝負することになったが、やられて止めを刺されるという段階でシャルルが助けに入ったのだろう。流石はイケメン。腹立たしいな!」
「根拠は何だ?」
「最初から三人がかりでラウラとやりあっていたら、二人が中破しててシャルルだけが無傷というのは辻褄が合うまい。それに、何が原因かは知らんが少女一人に三人がかりでというのはシャルルのイメージに合うまい」
「うーん、なるほど。って、納得してる場合か!」
白式を展開、同時に雪片弐型を構築。
ISにはIS。ISが戦っている所に生身で飛び込もうとするほど馬鹿ではないし、アリーナを囲むバリアを抜けるには零落白夜が必須だ。
「ところで、左門はその格好で飛び込む気か?」
「何か問題でも?」
答える左門は、いつも通りのオーバーボディを肩車した状態。
どう考えても戦いに赴く格好ではないが、まあ左門だしな。
「じゃあ行くぜ!」
零落白夜を叩きつけてバリアを破壊すると、二人でアリーナに飛び込む。
「ふと思ったのだが、一夏の零落白夜はアリーナのバリアを破壊するためにあるかのようだな」
「言うな」
自覚はしてるんだ。
なんか俺の雪片弐型って、そればっかりやってるし俺の存在意義はバリア破壊にあるんじゃないかって。
そんなことを考えている俺の隣を、何者かの影が追い越す。
む、どんな姿をした何者だ?
いつもならも左門かと思うところだが、マッチョは俺と並んでアリーナに降り立とうとしている最中だ。
影が振るうは近接ブレード。
影はISを装着していない生身の人間であるにも関わらず、長大にすぎるIS用のそれで今まさにシャルルに襲いかからんとしたシュヴァルツェア・レーゲンが両手首から展開したプラズマの刃を受け止める。
「まったく、これだからガキの相手は疲れる」
「千冬姉!?」
いったい、いつから人類を逸脱していたのだろうか。
「くだらんことを考えるな一夏!」
睨まれた。
なんで、顔も見ないで俺の心を読むのか。
「それとラウラ。模擬戦をやるのは構わんが、いらん騒ぎが過ぎる。とことんまでやりたければ、学年別トーナメントまで待て」
「教官がそう仰るなら」
いつもながら、千冬姉にだけは素直なラウラが、頷いてISの装着状態を解除する。
「デュノアも、それでいいな」
「構いません」
こちらも、素直に同意するシャルル。
「では、学年別トーナメントまで私闘の一切ほ禁止する。解散」
パンッ! と千冬姉が強く手を叩く音が響く中、左門が言う。
「ハッハッハ。見事に蚊帳の外だな拙者ら」
「ああ、なにしに来たんだろうな」
「夜空の星にでも聞いてみるか」
「まだ、日は落ちてねえよ」