IS<いいから黙って・死んでくれ>   作:速水

8 / 8
原作サブタイトル改変はめんどくさくなったのでやめます。


「マッチョ・バトルロイヤル」

「死ね」

 

 呟きを合図に、ラウラが瞬時加速で敵に迫る。

 だが、

 

「甘いわ!」

 

 全身装甲のISの拳が大地を打ち、衝撃に砕けた地面と小石が舞い上がる。

 ただの小石と思うなかれ。

 自身が瞬時加速を使って加速していれば、それは超高速で自分に飛んできているのも同じ。

 

「ちっ」

 

 舌打ちと共に、軌道を変えて舞い散る小石のつぶを避けて上空に舞い上がるシュヴァルツェア・レーゲンに、砕かれた大地の塊が投擲される。

 もちろん、そんなものは防ぐのは容易いし、投げつけられただけの土の塊など直撃したところでダメージにはならない。

 だが、それはただのめくらまし。

 土の塊が砕かれ生じた土煙が渦を巻く風に流される。

 

「竜巻だと」

 

 その通り。左門の大回転が生み出す旋風が創りだした竜巻が、ラウラの前に展開していた。

 もしアリーナと観客席の間にバリアがなければ、大惨事になっていたこと請け合いの風速を前にしてさすがのラウラも迂闊には近づけない。

 もっとも、

 

「ラウラ! お前の相手は、左門だけじゃないぞ」

 

 瞬時加速で接近し、振るった雪片弐型がプラズマの刃に止められる。

 余所見をしてても、防ぐのかよ。

 

「そういうお前も、私の存在を忘れているのではないか」

「僕のこともね」

 

 打鉄を纏った箒が近接ブレードで俺に斬りかかり、シャルルのラファール・リヴァイヴ・カスタムが瞬時に呼び出したショットガンがラウラを撃つ。

 

「フハハハハ、拙者から注意を逸らしてもいいのかな」

 

 俺vs箒、ラウラvsシャルルの構図ができかけたところで、風の渦が広がり俺達を飲み込もうとする。

 

「バケモノめ」

 

 ホントにな。

 さて、何故に俺と箒とラウラとシャルルと左門がバトルロイヤルをやっているのかを説明するには、話をラウラとシャルルのバトルに千冬姉が介入した日にまでさかのぼらねばなるまい。

 

 

 あの後、ラウラにやられた鈴とセシリアのISのダメージレベルが高くて、トーナメントには出られないことになった話は関係がないのでさておき、トーナメントは二人ペアでの参加のルールが発表された。

 ペアは自分たちで決めていいが、ペアを作れなかった者は抽選で決まるという穏当なものであったが、何日か経って一つ問題が発生した。

 参加する生徒の人数の都合から、一人あぶれたのである。

 ちなみに、自分でペアを作れず抽選になったのは一年では左門と箒とラウラの三人だけらしいが、ペアになったのは箒とラウラだった。

 さて、ここでぼっちとなった左門は慌ても騒ぎもしないで千冬姉に言った。

 

「では、拙者は織斑先生とペアですな」

 

 この瞬間、きっかり一分は時間が止まったと思う。

 何故そうなる! と叫んだのは俺かラウラか。

 どちらにしろ、答える左門は不思議なことなど起こっていないと言わんばかりの表情で曰く。

 

「ん? 『はーい、好きな人同士で二人組を作ってー』で、あぶれた者は教師と組むものであろう?」

「お、おう……」

 

 ペアを作れずに先生と組むのが当たり前。そんなことが当たり前になってしまった悲しい男に他に何が言えただろう。

 ここで左門に否定の言葉を放てる空気の読めない人間が、果たして存在するだろうか。

 

「待て。教官と組めるのなら、ぜひにとも私が組む」

 

 ここにいた。

 

「こんなウドの大木より、教官は私と組むべきです!」

「ほう? 拙者をウド鈴木とな」

 

 言ってねえ。

 

「しかし、拙者がウド鈴木だろうがなんだろうが、お前に拙者が織斑先生と組むのを阻む権利はあるまい」

「ある。教官のパートナーには私こそが相応しい」

 

 自らの薄い胸に手を当て断言するラウラを左門が、この男が女子に対してするには珍しくジロリと睨む。

 

「知力、体力、時の運。全てにおいて優る拙者より、自分のほうが相応しいと?」

 

 時の運はともかく、恐ろしいことに、このマッチョ。

 体力はもちろん、学力でも学園でトップクラスなんだから困る。困らない。

 試験前には、いつもお世話になっているから。

 

「ふん。そんなものが何の役に立つ。IS操縦者に必要なのは、確実に相手を仕留められる実力のみだ」

「ほう? やるかね」

「身の程を教えてやろう」

 

 今まさに殺し合いでも始まりそうな一色触発の空気の中、唐突に箒が口を開く。

 

「む。ボーデヴィッヒが織斑先生と組むということは、今度は私があぶれるということか。一夏よ、私と組もう」

 

 お前は何を言ってるんだ。

 

「ちょっと箒。これ一夏は関係ない!」

 

 いつしか箒を呼び捨てにしているシャルルが言うが、関係ないなんてことはない。

 

「一夏?」

 

 ずいっと前に出る俺をシャルルが訝しげに呼ぶ。

 

「いや、千冬姉が出るなら、パートナーは俺がやるべきだろう」

「ちょっ、一夏!?」

 

 すまんシャルル。これだけは、俺も譲れない。

 千冬姉のパートナーを務められる機会なんか、二度とないかもしれないからな。

 

「では、三人のバトルロイヤルで決めるか」

「望むところだ」

「別に望んでないが、他にないというのならしかたないな」

 

 左門の言葉に頷くラウラと俺。

 鈴とセシリアを倒すほどの実力者であるラウラや、いざ真剣勝負となれば何をしてくるかわからない左門に俺が勝てる可能性は低いが、でもそんなことは問題じゃない。

 この勝負。俺は退かぬ媚びぬ顧みぬ不退転の覚悟だ。

 

「ふーん。だったら、僕もあぶれることになるから、そのバトルに参加させてもらおうかな」

 

 シャルルが、なにやら不機嫌な口調で言いながら半眼で俺を睨みつけてくる。

 組む約束を一方的に反故にしたんだから怒るのも当然だが、シャルルもバトルロイヤルに参加するのは予想外だ。

 

「ならば、私も参加させてもらおう」

 

 声高々に宣言するのは、抽選でラウラと組むはずだった箒。

 考えてみれば、この状況で名乗り出るのは当然である。

 

「まったく、お前らは……」

 

 頭痛をこらえるような仕草を見せた後、千冬姉は溜息をつくと言う。

 

「わかった。お前たちで、決着をつけろ。勝った奴と組んでやる」

 

 かくして、ここに俺と箒と左門とシャルルとラウラの五人のバトルロイヤルが行われることが決定したのであった。

 

 

「さあ、上げていこうか」

 

 回転を速め親指と人差指と小指を立てた右手を伸ばし仰け反る左門の姿は、何故か真っ赤な帽子をかぶり両目と額を光らせ出っ歯まで生やしているようにも見える。

 幻覚だが。

 そして、竜巻(ハリケーン)から台風に成長した豪風がアリーナ全体にまで広がり俺達を飲み込む。

 

「でたらめだよ!」

 

 思わずといった感じのシャルルの言葉には同感だが、左門のやることに今更とも思う。

 箒も俺と同じ意見なのか、家屋の屋根が吹き飛びそうな風の中、俺とのつばぜり合いをやめる気配はない。

 この災害の中で、平常運行すぎる気がしないでもないな。

 

「なあ、箒」

「なんだ?」

「どうせなら、この機会にシャルルとラウラを仕留めないか?」

「なに?」

「認めたくはないが、あの二人の実力は明らかに俺たちより上だ。普通に戦えば勝ち目は薄いが、左門に気を取られてる今なら俺たちでも倒せるかもしれん」

「情けないことを。それでも男か!」

「勝つために全力をつくすことの何が情けない。大体、勝つのが目的の勝負で戦い方にこだわるなんて本末転倒だろ」

「戦い方にこだわれと言っているわけではない。勝ち方にこだわれと言っている」

「俺がラウラと戦ってる時に、後ろから切りかかってきた箒に言われてもな」

「それは……」

「それに、バトルロイヤルで隙を見せた相手を落とすのは常道だろ。この場合、敵を前にして隙を見せるほうが悪いんだし」

「ぐぬぬ」

 

 なにを葛藤してるのやら。

 と、悩むことで注意散漫になったのか、箒が風にバランスを狂わされる。

 

「まあ、そういうわけだから、箒との決着は後だ」

 

 雪片弐型を振りぬき箒のブレードを弾いての回し蹴り。

 ISでキックを使おうだなんて、左門に出会わなければ考えもしなかったに違いない。

 とはいえ、左門を加えた模擬戦には箒も参加していて慣れてるので防御されてしまったわけだが。

 

「一夏、貴様!」

「悪いが、後だ」

 

 倒せる相手は倒せる時に。それがバトルロイヤルの鉄則だ。

 自分より実力が上の相手となれば、なおさら。

 というわけで、雪片弐型を片手に瞬時加速でラウラに迫る。

 ……つもりだった。

 

 轟々と吹き荒れる暴風に翻弄されアリーナの端っこをグルグルと回る俺。

 考えてみれば風が強い中でスピードを出せば車でも事故率が上がるわけで、左門の起こす台風の中でパワードスーツサイズのISで瞬時加速まで使ってしまえば、コントロールが効かなくなるのは当然の理。

 うーん。とはいえ、いくら混乱してても普通に近づいて倒せるほどラウラは甘い相手じゃないだろうしな。

 なんて考えてる間に、ドゴンッと音がして箒がシャルルに撃ち落とされる。

 理由は単純に練度の違い。

 俺と違って普通にシャルルに接近した箒は、あっさりと返り討ちにあったのである。

 瞬時加速を使わずにいけば、自分も同じようにラウラにやられてたんだろうと思うと笑えない話だ。

 にしても、どうしたもんかな。

 この暴風の中で瞬時加速は自殺行為。

 かと言って普通に接近して勝てる相手ではなさそうだ。

 唯一の救いは、射撃武器もこの暴風の中ではよほど近づかないとろくに当たらないので、こうしているぶんには撃墜される心配がないことだろう。

 アリーナの壁にガンガンぶつかってシールドエネルギーがジワジワ減っているが。

 

 と、風が止まる。

 慣性に従って俺の体が地面を転がる。

 何事?

 左門を見れば、顔はオーバーボディに隠れて見えないが、膝に手をおき肩で息をしているのがわかる。

 そうか、左門だって疲労することがあるんだな。

 竜巻やら台風を人力で作って疲れない方がおかしいという意見もあるだろうが、それを言ったら人力で台風を作れる方がおかしい。

 

「勝機!」

 

 ラウラが隙ありとでも言うかのように瞬時加速で左門に迫る。

 そのスピードから繰り出されるプラズマ刃の一撃は、たやすく今の疲労した左門を仕留めるだろう。

 だが、直前にラウラは踊るように回転し、後ろから斬りかかった俺の剣の一撃を受け止める。

 なんで反応できるんだよ。

 

「邪魔をするか」

「隙があったから攻撃しただけだろ」

 

 俺にとって、このバトルロイヤルで一番の障害はラウラなんだから、その隙をガンガン突くのは間違いじゃない。

 それが結果的に左門を助けることになっただけだ。

 ラウラだって、自分にとって一番の障害が左門と判断したから優先的に攻撃してるんだろうしな。

 

「そうだよね。隙があったら、どんどん攻撃するべきだよね」

 

 シャルルがショットガンを撃ち込んでくるのを、俺とラウラと左門が散開するように避ける。

 三人まとめて落とそうとは大胆だな。

 

「しかし、どうも横入りばかりで決着がつきそうにないな」

 

 すでに疲労も消えたらしい左門の呟きに、俺は心中で頷く。

 まともな戦闘になる前に、他のやつに攻撃されて離れるを繰り返していて決着が突くはずがない。

 とはいえ、そうでなくては左門はともかく俺ではラウラやシャルルとまともに戦っても箒の二の舞いである。

 

「だが、このままではジリ貧というやつではないか」

 

 確かに。

 左門の変態的──変則的な軌道も慣れれば対応は可能だ。

 そうなればISにスペックで劣る左門に勝ち目は薄い。

 実際、それで模擬戦では鈴もセシリアも左門を相手に白星を稼いでるわけである。

 そして、左門が落とされてしまえば俺も早々に落とされるだろう。

 

「その前に、なにか手を考えなくてはな」

 

 そうだな。

 とラウラとシャルルに視線を移せば、怪訝な顔で俺達を見る二人。

 ラウラは左門がナチュラルに俺の心を読むことすら知らないし、実は左門は俺にだけ聞こえる謎の発声方法を使っているのでシャルルにも俺たちが何を話しているかわかるはずもなく、無言で見つめ合っているように見えるだろう……。

 

 閃いた!

 

「ほう?」

「とりあえずラウラは無視して二人がかりでシャルルを倒そう。そもそもバトルロイヤルに他の選手と協力してはならないって規則はないからな」

「ふむ。しかし、何故シャルルだ? 心情的にも、ラウラから狙うのが妥当だと思うが」

「こっちが手を組むんならば、シャルルも同じことを考えてラウラを援護するかもしれないだろう」

「それはシャルルも同じなのでは?」

「ラウラに、そんな協調性があるように見えるか?」

「……ないか」

「ああ、あの全方位に敵意をばらまいてるラウラが、他の生徒を援護するとか想像できん。ここでシャルルを攻撃しても、助けようとはしないに違いない」

「あのー。さっきから、全部聞こえてるんだけど」

「はっ!?」

「聞かれたからには、生かしておけぬ」

「応っ!」

 

 ダンッ、と道場の床でも蹴るような音を立てて左門が飛び出す。

 その踏み込みは神速。

 瞬時加速にも匹敵する速度から繰り出される拳が唸りを上げてシャルルを襲い、同時に俺の剣も横薙ぎに振るわれる。

 

「ちょっと、ちょっと~」

 

 唐突に自分が狙われたことに困惑しつつ、それでも左門の拳をかわし瞬時に呼び出した近接ブレードで俺の剣を止めるんだからシャルルの反応速度は尋常のものではない。

 それどころか、困惑しながらも近接ブレードとアサルトライフルで俺たち二人をあしらうのだから、その実力は、俺のような付け焼き刃ではなく本物だ。

 あるいは、その技量は鈴やセシリアを凌駕するのかもしれない。

 

「二対一でも駄目か。ならば!」

 

 左門が、シャルルの周囲をグルグルと走って回る。

 いや、ただ走るだけではない。

 目にも留まらぬ高速で移動しながらも決まった位置で足を止めることで残像を残し、まるで何人もの左門がシャルルの周りを走っているような錯覚を生み出す。

 

「フハハハハッ! これぞ分身の術。八人の拙者と一夏を加えた九人の同時攻撃に対応できるかな?」

「えいっ」

 

 走る軌道上に伸ばしたシャルルの足に引っ掛けられ、盛大に転んで勢いのままに転がっていく左門。

 

「ぬおおおぉぉ!!」

 

 まあ……、そうなるな。

 

「しかし、左門の変態性に惑わされず冷静に対応するとは、シャルル恐るべし!」

「感心するとこ、そこ!?」

 

 他に何があるというのだ。

 

「しかし俺も負ける訳にはいかない。この雪片弐型にかけて」

 

 上段から振り下ろす袈裟懸けの太刀筋。

 それを近接ブレードで受け止めたシャルルは、すかさずアサルトライフルの銃口を俺に向けてくる。

 

「ちっ」

 

 舌打ちして後ろに下がるが、当然というか、それだけではアサルトライフルの射程からは逃れられない。

 このままでは箒の二の舞いであると知る俺は、とっさに瞬時加速を使って回避。

 そして振り向きざまに横薙ぎに剣を振る。

 

「な!?」

 

 高みの見物というわけではないだろうが、俺たち──というより左門の矛先がシャルルに向いたことで、わずかなりとも緊張が途切れた瞬間を狙った一撃をプラズマの刃で受け止めるラウラ。

 これに反応するとは感心を通り越して呆れてしまう。

 だが、

 

「よく受けた。しかし、こちらはどうかな」

 

 いつの間にかラウラの後ろに忍び寄った左門が拳を振り上げる。

 

「喰らえ。流星拳」

 

 振り下ろされる左門の拳が音速を超え、それによって生み出された衝撃波がシュヴァルツェア・レーゲンを襲う。

 もう、このくらいでは驚かなくなった自分が怖い今日このごろ。

 それはさておき、さしものラウラも不意打ちのこれを回避することはできまい。

 

「舐めるな!」

 

 ラウラが目の前に右手を差し出すことで、左門の攻撃は不発に終わる。

 それが停止結界というシュヴァルツェア・レーゲンのワンオフ・アビリティーであり、鈴のIS甲龍の龍砲すら封じるものだと俺は知っている。

 鈴とセシリアは、これに攻撃を封殺されて敗れたのだと二人に聞いて知っている。

 そして、知っている以上は対策を考えることもできたということだ。

 

「まだだよ」

 

 それがシャルルの声だと気づいた時には、もう遅い。

 停止結界は便利だが万能ではない。

 回避などできるはずもないタイミングの不意打ちでのアサルトライフルの銃撃がシュヴァルツェア・レーゲンに直撃する。

 

「上手くいったな」

「うむ」

 

 左門が頷く。

 そう。俺がシャルルの攻撃を回避するふりをして斬りかかったところから左門の不意打ちとシャルルの銃撃まで、全ては俺たちの作戦通りの行動だ。

 いくら俺たちでも本当に作戦を口に出して言ったり、場当たり的にシャルルを倒そうとしたりはしない。

 口に出したのとは別のことを俺たちは話し合い左門の変態能力でシャルルにも伝えたのだ。

 その結果ひねり出した作戦が三人で潰し合う芝居をして油断させてからの不意打ち。

 と言っても、手加減抜きの攻撃でラウラを騙せるとは思えないので攻撃は本気だったわけだが。

 鈴とセシリアを倒したことからわかるように、ラウラは多対一の戦闘に慣れている。普通に三人がかりで挑んでも対応できる実力がある。

 だが、誰が敵かわからない戦場では隙もできると考えての作戦だ。

 そして、それは成功した。

 

「だが、まだ終わっていないぞ」

「だろうな」

 

 IS同士の対戦はシールドエネルギーの削り合いだ。攻撃がクリーンヒットすれば勝てるというものではない。

 当然だがラウラは倒れておらず俺たちの攻撃も、まだ終わらない。

 

「一気にとどめを刺すぞ」

 

 零落白夜を起動。

 不意打ちを撃てたとはいえ、実力差を考えれば時間をかけるだけ不利になるのは俺たちだ。

 それに、ラウラを倒したら次は三人でやりあうんだから早めにかたをつけないと集中力が持たない。

 となれば一撃必殺を可能とする零落白夜を使う以外の選択肢はない。

 

 

 それは俺が剣を振り下ろそうとした時に起こった。

 

「ああああぁぁーっ!」

 

 ラウラの絶叫が響き渡り、同時にシュヴァルツェア・レーゲンから放たれた電撃が俺たちを吹き飛ばす。

 

「なんだ!?」

 

 そうして見たラウラのISは変形していた。

 いや、変異と言ったほうが正しいだろうか。

 頑強なはずの装甲は溶けて、どろどろの粘性物質となりラウラの全身を飲み込んでいく。

 

「むう。あれは、もしや……」

「知ってるのか雷電!?」

「え? 左門くんだよね?」

 

 俺が左門に入れた合いの手にシャルルが疑問の声を上げるが、説明している余裕はない。

 それは左門も同じなのだろう。シャルルの疑問を黙殺し、重々しく口を開く。

 

「あれは『ARMS』。ナノマシンの集合体であり自己進化で無限に強化されていく兵器だ。エグリゴリめ、すでに実用段階だったとは……」

「うん。左門の言葉を真に受けた俺が馬鹿だった」

 

 とはいえ、確かにあの漫画を思い出させる変異ではある。

 ISには形状変化の特性があるが、左門の言った漫画じゃあるまいし、一度溶けて基礎部分から別の形状に変異するなどありえない。

 その、ありえないことが今起こっているわけではあるが。

 

「どういう形状に変形しようとしているのかは知らんが……」

 

 今度は何だ?

 

「変形完了前に攻撃したら顰蹙ものであろうか?」

「……」

 

 はっ!? そうだよ。特撮ヒーロー番組の悪役じゃないんだから、悠長に見てる暇があったら攻撃しろよ俺ら。

 とっさに構えた剣は上段からの袈裟懸けの一撃。

 現在の雪片弐型は、エネルギー節約の観点から現在は零落白夜は起動していないが、それでも変形途中で移動のできないISを倒すには充分に思われた。

 だが、

 

「何!?」

 

 驚愕の声が口から漏れる。

 それは俺の雪片弐型が、変異を終えた黒いISが手に持つ剣に受け止められたから。

 では、ない。

 そいつが持つ剣が、かつて千冬姉が使っていたISの専用装備であった雪片という刀に酷似していたから。

 いや、それは間違いなく雪片の模倣品であった。

 

「ふざけるなよ」

 

 食いしばった歯がギシリと音を立てる。

 

「それは、千冬姉の剣だ!!」

 

 振りぬかれた剣に俺の雪片弐型が弾かれるが、知ったことではない。

 怒りのままに、握りしめた拳を黒いISに叩きつける。

 そのつもりだったのだが、直前に首の後ろを引っ張られ、文句を言おうとしたところで顔の前を黒いISの振るう返す刃が通り過ぎる。

 

「頭に血が上りすぎではないか」

「お前には関係ない!」

 

 首の後ろを掴む左門の手を殴るように叩き落とす。

 そして気づく。

 俺を止めた左門が左腕を使っていた事に。

 だらりと力の抜けた右腕の装甲の隙間からは大量の血が流れ出ていることに。

 

「その腕は……」

「ん? 今頃気づいたのか。流星拳を打った時にちょっとな」

 

 なんでもないように右肩を叩くが、考えてみれば生身の人間が腕の力だけで音速拳なんてものを使って無事ですむはずがない。

 おそらく右腕の毛細血管は破裂し筋肉繊維はズタズタになっているだろうに、その声には乱れがない。

 

「痛くないのか?」

「死ぬほど痛いぞ。しかし、そんな場合ではなかろう」

 

 すました顔で言って黒いISを見る。

 変異を終えたそいつは、全身甲冑のISにも見えるが違う。最小限のアーマーとフルフェイスヘルメットの、刀を構えた少女のだとわかる姿をしていた。

 その千冬姉のデータを模倣したであろう姿に変わらぬ怒りを覚えるが、左門を見て冷えた頭に血がのぼることはない。

 

「ところで、何を頭に血をのぼらせていたのだ?」

「あれは千冬姉のデータだ。千冬姉だけのものだ。他のやつが使っていいものじゃない!」

 

 吐き捨てるような俺の言葉に左門(馬鹿)は思案顔になった後に口を開いた。

 

「それはつまり、あれを倒せれば織斑先生を倒したも同じということか」

「そんなわけあるか。あんな出来損ないの偽物に千冬姉に並ぶ実力があるわけないだろ」

「よくわかるな」

「舐めるなよ。あの剣技は俺が最初に千冬姉に習ったものだ。わからないはずがないだろう」

「つまり、一夏は織斑先生の弟子ということか」

「……かもな。それに、ラウラも気に入らない。あのISが、ああなったのにラウラの意思が全く関与してないはずがないんだ。あんな猿マネISに振り回されてるなんて、一発殴ってやらないと気がすまねえ」

「ふむ。だが、白式のエネルギーも残り少ないようだが大丈夫か?」

「問題ないさ。あいつを倒すまでくらい持つ」

「いや、あれを倒した後は拙者と一夏とシャルルの三人で最後の勝者を決めることになるのだが、そのためのエネルギー残量は大丈夫かと聞いたのだが」

「……」

「そういう問題ッ!?」

「他に何の問題が?」

 

 思わず口を挟んできたシャルルに冷静に問いかける左門は、ブレるということを知らない。

 

「いや、問題だらけだよ。こんなことになったら普通、試合は中止だよ」

 

 もっともだ。

 が、これは学校行事の正式な試合ではない。

 この場に試合を中止させる権限を持つ人間は立会人の千冬姉しかおらず、その千冬姉は現在ISを持っていないので教師が鎮圧するというわけにはいかない。

 ……いや、千冬姉ならISなしでも黒いISを倒せそうな気がしないでもないが、そんな無茶をさせるつもりもない。

 

「千冬姉とペアを組むのは諦めるさ。悔しいが、シャルルなら千冬姉と組むことになっても納得がいく」

「はっはっはっ、拙者が勝つ可能性がないと言いたげだな」

 

 いや、右腕が使えないことを差し引いても実力的に考えて左門とシャルルがまともに戦えば結果は見えてるだろ。

 

「じゃ、行ってくる」

 

 いい具合に緊張がほぐれたところで、剣を片手に黒いISの方に歩いて行く。

 当の黒いISは、こちらからの攻撃に反応して行動する仕様らしく俺が近づくまで待ってくれている。

 それが左門と話していて勝てると思えた俺の確信を強くする。

 

「いや! 無茶だよ。あのIS、三人がかりでも敵わなかったのに、今は絶対にパワーアップしてるんだよ」

 

 助けを求めるように周囲を見回すシャルルは、観客席で腕を組み落ち着いた様子で俺たちを見ている千冬姉を発見し、その口から放たれる呟きをハイパーセンサーが感知する。

 

「一夏よ。その模倣人形を相手に、お前がどれだけやれるか見させてもらおうか」

 

 そんなことを呟く千冬姉の背後には、その思考を具現化したようにアリーナで戦う俺達の姿がある。

 

「えー!?」

「あれは、皆川フェード!? 流石は織斑先生。わかっておられる」

「何言ってんだか、さっぱりわかんないよ」

 

 ふむ。やはり、シャルルには皆川っぽい演出は理解できないか。漫画の技法を現実で完全に再現できるわけがないから当然だが。

 それは、ともかくとして。

 

「なあ、左門。ひょっとしてシャルルは何か勘違いしてないか?」

「そのようだな」

「え?」

「まあ、見てればいい」

 

 そう。見てればわかる。

 確かにシュヴァルツェア・レーゲンは、変異を起こすことでパワーアップしたのだろう。

 だが、俺たちが苦戦した相手はシュヴァルツェア・レーゲンではない。

 シュヴァルツェア・レーゲンを操るラウラの強さに苦戦したのだ。

 人が操るのでないISとの戦いも、すでに経験済みだしな。

 だから、

 

「零落白夜──発動」

 

 ISの絶対防御をも切り裂くエネルギーの刃が、雪片弐型の刀身の二倍の長さで展開する。

 

「縮め」

 

 声に出した命令より、その意思に反応したのだろうか。エネルギーの刃が縮み日本刀の長さと形に収束する。

 

「さあ、始めようか」

 

 腰だめに剣を構える。

 それを敵対行動と判断したのだろう。黒いISが、上段から袈裟懸けに剣を振り下ろす。

 その一撃は、千冬姉の剣撃そのもの。それは、本来ならば俺には防ぐことも回避も不可能な必殺の一撃。

 

「でも、それだけだ」

 

 居合のように抜き放ち振りぬいた俺の剣が敵の剣を弾く。

 いかに鋭くとも敵の剣は、ただの模倣。

 偽物だ。

 プログラムされたデータを再現しただけの斬撃なら、他の奴らならともかく本物の千冬姉に剣を教えられた俺には、その軌道を予測し対応するのは難しくない。

 

「これで、終わりだ」

 

 振りぬいた剣を、そのまま上段に構えると間髪入れずに振り下ろす。

 その一撃は、必殺のはずの一撃を防がれたことで次の行動に移れない敵を銀光一線で真っ二つに断つ。

 あまりにも、あっけない決着に見えるだろうが、しょせん人真似をしているだけの機械にすぎない。

 ISは人が操ることで初めて最強たりうる。

 前に学園に来た無人機のように最初から人が操らない設計で造られたものならともかく、ラウラのコントロールを乗っ取り、ただ人の動きを模倣しているだけの人形を倒すなど造作も無いのだ。

 そうして、中から出てきたラウラは、なんだか泣きそうな顔をしているように見えて。

 

「殴るのは勘弁してやるよ」

 

 すぐに気を失った小柄な少女を抱きとめた。

 視界の端に、近接ブレードを手に気の抜けた顔をしたシャルルと無様にひっくり返った左門を発見したが気にしないことにする。

 

 

 シャルル・デュノアと左門弁蔵の連撃は簡単に回避できるほど甘いものではなかった。

 それでも、ラウラ・ボーデヴィッヒの実力を持ってすれば、時間をかければ反撃の目もあっただろう。

 しかし、織斑一夏が零落白夜を起動しているのが見えてしまった。

 二人の攻撃に捉えられている状況で、一夏の攻撃を回避するのは不可能だろう。

 だが、嫌だとラウラは思った。

 負けたくないと願ってしまった。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは造られた人間だ。

 戦うために造られ、育てられ、鍛えられた遺伝子強化試験体。

 そのことに不満があるわけではない。

 誰よりも優秀な兵器であることを求められ造られた彼女は、それに応え誰にも勝る最高の性能を保持し続けてきた。

 ISが世に現れるまでは。

 ISという最強の兵器を誰よりも巧みに操ることを求められ受けた処置で、逆に成績を落とし最下位にまだ落ち込み出来損ないとまで言われるようになってしまった。

 頂点にいたものが、地に落ちたのだ。

 本人のショックも大きいが、周囲の嘲りと侮蔑も並大抵のものではない。

 そんな絶望の底に落ちたラウラを拾い上げたのが織斑千冬だった。

 部隊の教官としてやって来た千冬は、部隊内最強に戻してやろうとラウラに言った。

 そして事実として千冬の教導により、ラウラは再び最強の座に着いた。

 この時より、ラウラの精神は変化する。

 最高の兵器であらんと望んだ少女は、初めて憧れという感情を抱いた。

 自らを部隊最強の地位に戻してくれた恩人であり、自身もまた世界最強のIS操縦者である千冬に好意を抱くのも無理からぬ話ではあるが、ラウラのそれは信仰と言ったほうが正確だっただろう。

 その強さ凛々しさに、この人のようになりたいと思った。

 だから聞いてみた。

 どうすれば、そこまで強くなれるのかと。

 その時の、千冬はの表情をラウラは忘れない。

 弟がいる。と千冬は答えた。

 

「あいつを見ていると、強さとはどういうものかわかる」

 

 その時の優しい笑みは、ラウラの憧れた織斑千冬の浮かべるものではなかった。

 だから、許せないと思った。

 あんな表情をさせる男を叩き伏せると決めた。

 そしてIS学園に来てからは、千冬の輝かしい経歴に汚点がついたことがラウラにとっては幸いなことだったなどとふざけたことを言う者が現れたので、そいつも叩き潰すと誓った。

 それなのに自分は何をしているのか。

 負けていい理由などないのに。

 

 ドクン

 

 何かが鼓動する。

 ナニカの声が聞こえる。

 そのナニカは、こう言ったような気がした。

 

『力が欲しいか』

 

 迷わず、その言葉に縋ってしまった結果は、しかし敗北だった。

 力は得た。そのはずなのに勝てなかった。

 どうして?

 

『そんなものは強さじゃないからさ』

 

 呟きにもならない疑問に答える声があった。

 

『力なんて道具と同じだ。持ってるだけじゃ、強さに繋がらない。手に入れた力で何をするかが重要なんだ』

 

 ──どうすれば強くなれる。

 

『知らねえよ』

 

 声はラウラの問いを無情に切り捨てる。

 

『千冬姉は、俺を守ってくれた。本人に聞けば何でもない事みたいに言うだろうけど、若い女性が一人で俺なんかを養ったりするのが簡単なはずがない。左門は、ヒーローになりたいなんて寝言を言っている。言ってることはバカだけど、自分が何をしたいか何をすればいいのか、ちゃんと把握して行動してる。強いってのは、そういう芯を心の中に持ってる奴のことを言うんだと俺は思う』

 

 ──では、お前はどうして強いんだ。

 

『強くねえよ。強くありたいとは思っているがな』

 

 ニヤリと笑う少年の顔が見えた気がした。

 

『俺は、俺の大事な奴らを守ってみたい。千冬姉も、箒も、鈴も、シャルルも、セシリアも。出来もしない大口をたたいてるって思うか? 実は俺もだ。けど、無理だから諦めるなんて奴は一生強くなれないさ。だから、強くなれたら、お前も守ってやるよラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

 トクンと胸が高鳴る。

 お前を守ると言い切る織斑一夏が、なんだか自分が憧れる織斑千冬のように見えて。

 けれど、そうではないと。

 一人の男として、女であるお前を守ってやると言っていると理解出来てしまって。

 ときめく心が、千冬に何故強いのかと尋ねた時の言葉の続きを思い出させる。

 

「いつか日本に来ることがあれば会ってみるといい。だが、あいつに合うことがあれば、心は強く持て。油断していると惚れてしまうぞ」

 

 そう言った千冬の表情は、まるで千冬本人もそうだと言っているように見えるもので、だから一夏を憎んだのだとラウラは思い出す。

 ようするに、子供のヤキモチのようなものだったのだと理解する。

 そして、もう一つのことも理解する。

 自分がもう、一夏に惚れてしまっているのだということを。

 

 

 ラウラが意識を取り戻した時、最初に視界に入ったのは蛍光灯に照らされた天井であった。

 

「知らない天井だ。と言うのだったかな、こういう時は」

「今の若者にはわからんネタではあるがな」

 

 独り言に答えが返ってきて、おや? っと首を横に向けてみれば白いシーツをかぶって寝ているマッチョの姿があった。

 

「ふむ」

 

 おもむろにナイフを取り出し、手首のスナップだけで投擲。

 狙い違わず、一瞬前までマッチョがスキンヘッドを載せていた硬い枕に突く刺さる。

 すでに起き上がり、スタートダッシュ直前のスプリンターのような姿勢となって獲物を狙う獣の眼光を向けてくるマッチョに、取り出した二本目のナイフを。

 

「何をしとるか馬鹿者」

 

 投げる前に、ゴツンと頭を殴られる。

 

「教官?」

「織斑先生と呼べと言ったぞ」

 

 また殴られたが、頭より全身にズキズキと痛みが走る。

 

「まったく心配して見に来てやれば、この問題児どもめ」

「それは、愛の告白と受け取っていいのですね」

「いいわけあるか」

 

 横から口を出してきたマッチョの顔面に、千冬が投げた拳大の石が直撃。

 もんどり打って倒れる左門弁蔵という名の男は、そのまま起き上がることなく鼻血を流す。

 

「きょ、先生。その石は、どこから?」

「こんな事もあろうかと来る途中で拾っておいた。それで、体はどうだ?」

「全身が痛みますが、問題はなさそうです。ところで、私はどうしてこんな所に」

 

 おそらくは保健室なのだろうが、そこに筋肉マンと隣同士のベッドに寝かされている理由が浮かばない。

 

「ふむ。どこまで覚えている?」

「どこまで……」

 

 思い出す。

 一夏や筋肉マンとのバトルロイヤルの途中、自身のISが暴走したことを。

 いや、あれは暴走ではない。自分の望んだことだった。

 強くなりたい。強い千冬になりたい。

 その望みが、あんな風にISを変えてしまった。

 もっとも、望んだからといってISが変形することなど普通はありえないのだが。

 

「何が起きたのでしょうか?」

 

 問いかける真剣な表情に、千冬はため息を一つ吐く。 

 

「これは機密事項だ。そのことを理解した上で聞け」

 

 ちらりと倒れたままの左門を見て意識がないのを確認する千冬に、つまりは他言無用であるのだなとラウラは察する。 

 

「VTシステムは知っているな?」

「はい。正式名称はヴァルキリー・トレース・システム。過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムで、確かあれは禁止されているはずでは……」

「そう。IS条約で現在どの国家、組織、企業においても研究、開発、使用の全てが禁止されている。それが、お前のISに積まれていた」

「……」

「発動条件は、機体の蓄積ダメージと操縦者の意志。つまりは、本来であれば発動するはずのないシステムだった。なにしろ、お前はVTシステムが搭載されていることを知らなかったのだからな」

「しかし発動してしまった。私が、望んだから……」

 

 あなたになりたいと願ってしまったから……。

 そんな言外の呟きを察したのだろう。千冬は少し難しい顔で考えこむ仕草をした後に、意地の悪い表情になってニヤリと笑う。

 

「知っているか? 姉弟は恋人になれんのだぞ」

「なっ!?」

「アイツが欲しいのなら、ラウラ・ボーデヴィッヒのままでいろ。まあ、簡単にくれてやる気はないがな」

 

 顔を赤くしたラウラに、千冬は見透かしたようなことを言う。

 いや、実際に見透かしているのだろう。

 織斑千冬とは、そういう人間だ。

 

「その様子なら、もう二度とあんなシステムに取り込まれることもあるまい。あとは大人しく寝ていろ」

 

 言いたいことだけを言うと千冬は踵を返して廊下に出る扉の前にまで行って、何かを思い出したように立ち止まる。

 

「左門。気を利かせて気絶したフリをしてるということは理解しているのだろうが、他言無用だぞ」

「御意」

 

 気を失い、死体のように横たわっていたはずの左門からの返事に、ビクッとラウラが震える。

 

「あと、お前らを二人きりにしておいて先のように暴れられてはかなわん。ラウラには寝ていて貰うから、左門は授業に出ろ」

「わかりました」

 

 答えて、なぜ保健室で寝ていたのか疑問に感じるレベルで元気に立ち上がったマッチョマンが、そのまま千冬について廊下に出て行くとラウラは一人になる。

 一人になって思う。

 そうだった。

 織斑千冬とは言いたいことだけを言って、こちらの言葉など聞かない女性であった。

 そして、それは弟の一夏も同じなのだろう。

 

「まったく卑怯な姉弟だ」

 

 笑う。

 なにしろコチラは、そうとわかっていて嫌いになれないのだと自覚してしまっているのだから笑うしかない。

 

「いいだろう」

 

 宣言する。

 

「一夏は私が奪ってみせよう。そして、あなたをお義姉さまと呼ばせてもらう」

 

 ちょっと待てと突っ込む人間はいない。

 

 

「トーナメントの優勝はシャルルで決まりかね」

「そりゃそうでしょ。織斑先生と専用機持ちのコンビに誰が勝てるってのよ」

 

 食堂でラーメンを食べる手を止めての呟きに、俺の右隣に座っていた鈴が返してきたので、まあそうだろうなと頷く。

 ちなみに、左隣には箒が座っている。

 今は専用機を持ってなくて生徒用の数打ちを借りなくてはならないとはいえ、千冬姉の世界最強の名は伊達ではない。

 国家代表ならいざしらず代表候補が勝てる相手ではないのだ。

 

「うん。そういうわけで、出場禁止になった」

 

 おや?

 と声の方を見れば、ラーメンのどんぶりを持って俺と同じテーブルまで歩いてきたシャルルの姿がある。

 

「あれ、千冬姉と一緒だったんじゃ?」

「出場禁止になったって言ったよね。トーナメントで組まないことになったら、教師が一生徒と一緒にいるわけにはいかないでしょ」

「そっか。でも、なんで出場禁止に?」

「生徒の試合に教師が出て優勝するのはまずいんじゃないかって問題になったんだよ。左門くんなら、どこかで不祥事を起こして失格になるから問題なかったのにって言ってた」

 

 酷いな。同感だが。

 

「でも、それなら他の生徒と組めばいいんだけじゃないか」

「他の生徒って誰と?」

「えーと」

 

 最終的に、組む相手が決まっていなかったのは千冬姉のパートナー争奪バトルロイヤルに出た五人だけで、ラウラはISが使用不可能なくらいに破損して本人も保健室行き。

 左門の右手は幸い後遺症が残るほどのものではなかったが、大事を取ってトーナメントは棄権。

 それでバトルロイヤルに勝ったのはシャルルということで、残った俺と箒が組むことにしたわけで……。

 

「なるほど、組む相手がいないのか」

「そういうこと」

 

 はぁっと、ため息をついて対面の席に着く。

 

「別にね。どうしても出たいってわけじゃないんだけどね」

「試合はしたいと?」

「違うよ! 人をバトルマニアみたいに言わないでよ」

「じゃあ、なんだ」

「バトルロイヤルまでやったんだよ。それで勝ったと思ったら出場禁止だなんて、馬鹿みたいじゃないか」

 

 あー。それは、確かに。

 

「そういえば、左門のやつにはどうやって勝ったんだ?」

 

 シャルルの実力を考えれば勝つこと自体は順当な結果であるが、俺が黒いISと決着をつけるよりも早く倒せるほど左門は弱くはないと思うのだが。

 

「どうって、『では、決着の時だな』って急に殴りかかってきたから……」

「返り討ちにしたのか」

「うん……」

 

 うーん。俺が思ったより左門が弱かったのかシャルルが強かったのか両方なのか。

 どっちにしろ、あの馬鹿のことで頭を悩ませるほど無意味なことはないな。

 

「そうね。今は、もっと大事なことがあるわ」

 

 ん? なんだ鈴。

 そろそろ心を読まれることに違和感を覚えなくなってきたぞ。

 

「あの噂の話よ。あんた、トーナメントで勝った相手と付き合うって話になってるでしょ」

 

 鈴の言葉に、はっとする箒。

 さては、忘れてたな。

 俺もだが。

 

「で?」

「アンタ、優勝できる自信はあるんでしょうね」

「うん? 勝負は時の運だろ」

「バカ言ってんじゃないわよ! 負けたら、どうするつもりよ」

「そりゃ、事情を話して噂は間違いだって……」

「甘い! アンタに勝った女子は、付き合ってる子はいないんでしょとか、試しに付き合ってみようよとか、言って強引に付きあおうとするに決まってるんだから!」

「いやいや、なんで俺と付き合うために、そんな必死になる必要があるんだよ」

 

 この学園の女子はレベル高いし、IS学園の生徒ってブランドもあるから男なんて選り取りみどりだろ。

 って、なんだその呆れたような顔は。

 

「呆れてんのよ」

 

 むう。鈴ばかりか、箒まで呆れた眼で見てる気がする。

 

「気のせいではないぞ」

 

 ん? いつの間に来たんだ左門。

 

「さっきだ。まったく、呆れたものだな」

「何がだよ」

「女生徒たちが付き合って欲しいと言ってくるなら、全員と付き合うくらいの気概を見せればよかろう」

「「「そっち!?」」」

 

 見事にハモる箒と鈴とシャルル。

 

「ここは、一夏の鈍感さに呆れるところでしょ」

 

 鈴のよくわからないツッコミと、そうだそうだという風に頷く箒に、左門は俺に向けた以上に呆れた顔を二人に向ける。

 

「お前たちは、一夏が他の女生徒たちに好意を向けられて意識する姿を見たいのか?」

 

 その言葉に二人は数秒考え、頭に浮かんだ何かを振り払うように首を振る。

 

「まあ、一夏はこのくらいの方がいいわよね」

「そうだな。鈍感でない一夏など一夏ではない」

 

 何の話だろうか。

 

「一夏が考える必要のないことだ。それより、付き合う云々については拙者にいい考えがある」

 

 ほう?

 

「要は一夏が誰とも付き合ってないから、こういう話が持ち上がるのだ。であれば、誰かと付き合えばいい。さすれば、女生徒たちも引き下がるであろう」

「本末転倒だ!」

 

 突然興奮する患者。じゃなくて、急に怒鳴る箒。

 いや、俺も同感なんだが。お前が怒ることじゃないだろ。

 

「別に本気で付き合えとは言っとらん。付き合うフリをすればいいだけだ」

「誰とだよ。大体、そんな嘘をつくのは男らしくないだろ。フリとか相手にも失礼だしな」

「ほう?」

 

 意味ありげに、鈴と箒を見る左門。

 なんだ? と俺も二人を見てみれば。

 

「しょ、しょうがないわね。どうしてもって言うんなら付き合ってあげてもいいわよ」

「気は進まんが、一夏が、どうしてもと言うのなら、頼まれてやらんこともないぞ」

 

 そういった後、お互いに顔を見合わせて動かなくなる。

 ほんとに、なんなんだ。

 

「まあいい。一夏が付き合うフリをする相手にも、アテがある。もちろん、相手に失礼などと考える必要もない」

「へえ? 一応聞いてやるから言ってみろ」

「拙者だ」

「……」

「……」

「……」

「……」

「えー!?」

 

 悲鳴のような声が上がる。

 それが自分のものなのか、箒か鈴かシャルルの誰かのものなのか、或いは全員だったのか、それすらわからないほどに動揺する。

 

「なんで、そうなる!」

「本当に付き合うわけではないのなら、相手は誰でも同じであろう。ならば、言いだしっぺの拙者が志願するのが妥当である」

 

 何の迷いもなく馬鹿は言い切った。

 

「というか、ホモ呼ばわりされることになるわけだが、それはいいのかよ。俺は嫌だぞ」

「拙者は、すでに多くの女生徒に気持ち悪がられている身。今更、その理由の一つが増えたところで、大した違いはない。それに、ホモ疑惑で一夏の女生徒からの好感度が下がるのなら、むしろ望むところよ」

 

 悲しい言葉と、最低な本音を堂々と言い放つ。

 最悪だな、お前。

 

「別に代案があるわけではあるまい」

 

 そりゃそうだが。

 

「大体、普段は女に興味はないぞという顔をしてるくせに、女子からの好感度が下がるのは嫌などと言うのはどうかと思うぞ」

「そうなのか一夏!」

「ちょっと、そういうことなの一夏!」

「ちげえ!」

「ならば問題あるまい。事情を知らん親しくない女子には引かれるかもしれんが、モテ男でいたいというのでなければ、どうということはあるまい」

 

 モテ男という部分に何故か反応する箒と鈴。

 

「そうだな。別に親しくない女子にどう思われたところで気にする一夏ではないな」

「そうよね。一夏は、他の女子にモテなくなっても気にしたりしないよね」

 

 待て待て、そもそも俺がモテてるみたいな前提で話すのがおかしい。

 そう思ったが、箒たちにとっては俺と左門を付き合ってることにするのは、すでに決定事項らしい。

 これで話は終わったとばかりに、安心した面持ちでラーメンを食べる作業を再開する。

 まあいいか。いや、よくはないんだが、ここで俺が何を言っても無駄だろうし他に気になってたこともある。

 

「話は変わるんだが、ISのことで知りたいことがあるんだが」

 

 俺の言葉に「なに?」と、箸を止めてこちらを注目する一同。

 

「ISでテレパシーみたいな会話ってできるのかな? なんかニュータイプ同士の共感みたいな感じの」

「いや、ニュータイプが何かわからないんだけど」

 

 むう。シャルルはガンダムを見てないと見える。

 しかし、他の皆なら……。

 箒も鈴も怪訝そうな顔をしてやがる。

 しかも、左門だけがわかるぞと言わんばかりのイイ笑顔でこちらを向いてサムズアップしている。

 やめろォ!! 俺を同類を見る目で見るな。

 

「何を悶えているのだ一夏」

「いや、なんというか」

 

 どう説明したものやら。

 

「とりあえず、今の一夏の質問に関しては拙者が答えられるぞ」

 

 左門の言葉に「え?」という顔になる俺たち。

 

「それは操縦者同士の波長が合うことによる相互意識干渉であろう」

「ああ、あのIS同士の情報交換ネットワークの影響だって言われてるやつ」

 

 なんと!?

 シャルルが補足してくるってことは、事実なのか。

 しかし、

 

「波長って言われてもよくわからんな」

「ISは製作者の篠ノ之博士が全機能を公表せずに失踪してるし、自己進化するように設定してあるから本人も全部は把握できないってインタビューで言ってたしね」

 

 うわぁ。

 束さんのことだから、どうせ調べればわかるけど、めんどくさいからやってないってところなんだろうな。

 

「一夏よ。そういう話をふったということは、実際に経験したということか?」

「ああ、ラウラとな」

「ふむ」

 

 ロダンの考える人のようなポーズをとるマッチョ。

 何故だろう。嫌な予感がする。

 

「ニュータイプ同士の共感ということは、つまり全裸空間に女子と二人っきりだったというわけだな」

 

 ぶっ。

 いやいや、別に全裸にはならんだろ……。

 

 バンッとテーブルが叩かれて、思わず「ヒッ」と変な声が出てしまう。

 それは、箒と鈴とシャルルがテーブルを叩いた音で、どういうわけか三人揃って凄い目つきで俺を睨んでいる。

 

「い~ち~か~。その話、詳しく聞かせてくれない」

 

 おお。鈴の顔が般若のように。

 

「誰が般若よ!」

 

 おっと。

 

「まあ、冷静になって聞いてくれ。お前ら、左門の言うことを真に受けすぎだ」

「じゃあ、全裸空間というのは、左門の戯言だと?」

「左様」

「左様って……」

「いや、お互いの声が聞こえた程度だったしな」

「……そうか」

 

 左門の日頃の行いのおかげで、箒たちが簡単に納得してくれたところで、山田先生が食堂に入ってきた。

 

「あ織斑君やデュノア君。ここにいましたか」

 

 俺とシャルルに用事があるようだ。

 

「どうか、したんですか?」

「ええとですね。デュノア君に寮の部屋を移動してもらうことになりまして」

 

 へ?

 

「なんでまた、そういうことに?」

「それがですね。左門君をいつまでも屋上で野宿みたいな生活をさせるのは問題だという話になりまして」

「今更ですか」

「今だからこそです。こういうことは先延ばしにするほど問題が大きくなりますから」

 

 言われてみればそうである。

 

「でも、それでどうしてシャルルが部屋を移動することに」

「それはですね。今、空いてる部屋はボーデヴィッヒさんのところしかないんですが、織斑君が教師の立場なら左門君と女生徒を一つ屋根の下の同じ部屋で寝食を共にさせようと思いますか?」

 

 左門を年頃の女子と同じ部屋に二人っきりに?

 何故か頭に浮かんだのは、ラウラではなく箒が左門と二人っきりになる光景だったが、その瞬間に背筋がぞっとして全身に鳥肌が立つ。

 

「大丈夫ですか織斑君。顔色が真っ青ですよ」

「俺は大丈夫です。なるほど、確かにそれは大問題ですね」

「ハッハッハッ。何やら、ディスられまくっておるな拙者」

 

 いや、俺も左門がそういうことをしない奴だとわかってはいるんだがな。イメージって大切だな。

 

「そういうわけで、ボーデヴィッヒさんの部屋にはデュノア君に移動してもらって、入れ替わりに左門君に織斑君と同じ部屋に行ってもらおうという話になったわけです」

「なるほど、でもシャルルが女子と同じ部屋っていうのは問題にならないんですか」

「織斑君は、デュノア君が問題を起こすと思いますか?」

 

 想像してみる……。

 なんだろう。シャルルとラウラは民族からして違うのに兄妹みたいに思える。

 

「シャルルが問題を起こすとか、ちょっと想像できないですね」

「はい。私も織斑先生も、デュノア君に限って問題が起きるはずがないと確信しています」

 

 自信ありげに胸を張ることにより、たゆんと揺れる二つの膨らみをガン見する左門。

 そんなんだから、信頼されないんだよお前は。

 

「でも、先生が確信してても、他の生徒はそうは思わないんじゃないですか」

「大丈夫ですよ。ねえ?」

 

 と山田先生に言われて、ブンブンと首を縦に振る箒と鈴。

 うーん。女子は、そういうこと気にする方だと思ったんだが、そうでもないのか。

 

「そういうわけなので、できるだけ早く移動の用意を済ませちゃってください」

「あ、はい」

 

 ていうか、これシャルルと左門に伝えるべきことだよな。俺に話して、どうするんだよ。

 単に、左門に話しかけたくないだけなんだってのはわかるけど。

 

「ではでは、私はこれで」

 

 ニコニコしながら、手を振って去っていく。

 明るい先生だ。

 そして、この話が何を意味するのかをよく考えなかったことを、後になって俺は後悔することになる。

 

 

 バトルロイヤルから明けて翌朝の教室で、俺を迎えたのはひそひそ話をしながらのクラスメイトたちの刺すような視線であった。

 

「むう。こうまで期待されては、拙者としても応えぬわけにはいかぬな」

 

 クラスメイトの視線に気分が盛り上がったらしい変態が、制服を脱ぎ捨ててポージングをするに至って、女子たちから悲鳴が上がる。

 

「何をやっとるか馬鹿者!」

 

 千冬姉の声とともに飛んできた出席簿が後頭部に突き刺さり馬鹿者がバターンッと音を立てて倒れる。

 まあ、これはいつも通りのことか。

 

「ホームルームを始めるから、さっさと席につけ」

 

 そんな言葉に声がした方を見れば、千冬姉と山田先生がいて、もうそんな時間なのかと皆が席につく。

 頭に出席簿を刺したままの左門も、何事もなかったように立ち上がり席につくのを見て、こいつは本当に人間なんだろうかと疑問を覚えるが、これもやっぱりいつも通りのことである。

 あえて、いつもと違うところを上げるなら、いつもならチラチラと見てきていただけのクラスメイトの視線が、今日は凝視に近いものだったことだろう。

 理由はわかっている。

 トーナメントで俺が負けてもいいように、俺と左門が付き合っているという噂を流したせいだ。

 と言っても、本当なら皆も半信半疑どころかせいぜい二信八擬くらいにしか信じなかったに違いない。

 しかし、噂を流したのと同時に左門が俺と二人部屋になったことが、噂に変に説得力を付加したらしい。

 なにしろ、ここしばらくは左門が勝手に俺の部屋に住み着いているということを知っている女子たちからすれば、屋上で生活させているのが問題という理由が嘘臭く聞こえてしまうらしく、二人っきりになりたくてシャルルを追い出したという説が濃厚になっているのだ。

 思惑通りにいっていると言えばその通りだが、クラスの皆にホモと思われるというのは、とても辛い。

 そんな俺の苦悩を知ってか知らずか、千冬姉は急ぎの用事でもあるのか、出席だけとると後は山田先生に任せて出て行ってしまう。

 

「あの慌てよう。恋人か!?」

「ねーよ」

 

 左門の戯言を即座に否定する。

 千冬姉に釣り合うような男が、早々いてたまるか。

 そう思い、なんとなしに千冬姉の出て行ったドアに目をやると、そこを開けて誰かが教室に入ってきた。

 千冬姉が忘れ物にでも気づいて帰ってきたのかなと、ちらっと左門の頭に刺さったままの出席簿を見てからもう一度見ると、そこには千冬姉より背が低くて、千冬姉と違って髪が銀髪で、千冬姉と違ってがつけてない眼帯を装着した女の子がいた。

 ていうか、ラウラがいた。

 

「ボーデヴィッヒさん?」

 

 問いかける山田先生の不思議そうな顔から察するに、これは山田先生も知らなかったことなのだろう。

 バトルロイヤルの直後に昏睡して、目を覚ました後もまともに立って歩くのは無理だったらしいしな。

 そりゃ、昨日の今日で起きてくるとか想定外だろう。

 そんなことを思っていると、ラウラは迷いのない足取りで俺の机の前までやってきて、さらなる想定外の行動に出た。

 俺の頭を掴んで引っ張ったと思うと、自分の唇を俺の唇に押し当ててきた。柔らかかった。

 

「き、貴様!! 拙者のハニーに何をするだァーッゆるさんッ!」

 

 すかさず怒声を上げる左門。

 やめろ。

 付き合ってるふりをしてるだけの芝居とわかってても、鳥肌が立つ。

 そしてラウラはというと、混乱している俺から離れると、唇の端をつり上げる笑みを顔に浮かべて左門に向き直ると、立てた親指で自身を指して宣言する。

 

「一夏の初めてのキスの相手は貴様ではないッ! このラウラだッ!」

 

 なんで、ジョジョネタなんだ。

 

「フフフ。やはり、お前とは決着を付けねばならんようだな」

「決着か。私には優秀な副官がいてな、貴様の攻略法はすでに調べがついている」

 

 不敵に笑う左門に相対するラウラはISを纏う気配もない。

 校則で禁止されてるんだから当然ではあるが、その攻略法とやらは生身で左門をどうにかできるものらしい。

 果たして、その攻略法とは如何なるものか。

 

「いくぞ!」

 

 戦闘開始の言葉の後、ラウラの両手が顔の前で合わされる。

 それは、神を信仰する敬虔な信者が祈りを捧げている姿に似ていた。

 そして、そのまま前に。

 人並み外れた巨体の左門と、同級生の女子の中にあっても小柄なラウラが並ぶと、そこには子どもと大人どころではない体格差がある。

 だが、ラウラは臆する様子もなく、手を伸ばせば左門の体に届く距離で足を止めると、頭上高くにある顔を見上げて首を傾げて囁く。

 

「お兄ちゃん」

 

 なん……だと?

 今の語尾にハートマークがついてそうな甘い声を、ラウラが出したと言うのか!?

 教室中が震撼する静止した時の中で、ラウラは更に言葉を紡ぐ。

 

「私、一夏が好きなの。お願い、私と一夏の仲を認めて」

 

 明らかに本来のラウラの口調とは違うその言葉は、さっき言ってた副官とやらの用意した脚本によるものなのだろうが、初対面の人間ならうっかり萌えてしまいそうな破壊力である。

 そして、左門はというと……。

 

「オッケー、マイシスター!!」

 

 まんまと術中にはまって、鼻血まで流していた。

 

「よかろう。兄として、お前と一夏の交際を認めようではないか」

 

 ちょっ、

 

「待て、何を勝手に決めている!」

「そうですわ。大体、兄と呼ばれただけで一夏さんを差し出すなんて、恥ずかしくはないのですか!」

「黙らしゃい!!」

 

 箒とセシリアの抗議を、左門は一蹴する。

 

「拙者、今日この時ほど自分に妹がいればと願ったことはない。その幻想(ゆめ)を、ふざけたものとぶち壊そうとする者には、この左門弁蔵。容赦せぬ」

「いや、妹いるだろ、お前!」

「あんな実の兄に生ごみでも見るような目を向ける奴が妹であってたまるものか。妹というのは、兄を尊敬したり媚びた顔で甘えてきたり、なんというかこう救われていなければならんのだ」

「きっと、小羽も似たようなことを考えてるだろうよ」

「知った事か! さあ、妹よ。今日から一夏は、お前のものだ。既成事実を作るなり婚前交渉をするなり好きにするがいい」

「無論だ! 一夏は私の嫁にする。異論は認めん!」

「婿じゃなくてか?」

「日本では、気に入った相手を嫁にするのが一般的なならわしだと聞いた。故に、お前を嫁にするという言葉に間違いはない!」

 

 副官か、左門の攻略法を教えたって副官だな。そんなことを、言ったのは。

 

「ざけんな、オラァ!」

 

 ラウラの入ってきたドアが、今度は怒声と共に蹴破られて鈴が踏み込んでくる。

 なんでだ? まだホームルーム中だよな。山田先生が涙目になってるし。

 

「さっき拙者が、一夏はラウラと結婚を前提に付き合うことになったとメールしておいた」

 

 余計なことばっかりしてんじゃねえぞ、ハゲ!

 

「い~ち~か~。どういうことかしらね」

「待て待て、落ち着け。何を、そんなに怒ってるのかは知らんが、俺に罪はないぞ今回」

「まったくだ。これは、私と嫁の間の問題だ。関係ない奴が口出しするなど筋違いも甚だしい」

 

 曲解された!?

 

「関係ないのは、どっちなのか教えてあげようか?」

 

 どすの利いた声で中国拳法っぽい構えを取る鈴と、クロスさせた両手の指に合計六本の投げナイフを挟む構えを取るラウラ。

 ちょっと待て、なんでこんなバイオレンスなことになってる。

 

「むむ。妹に手を出すというのなら、拙者も黙っては……」

 

 左門の巨体が、ぐらりと揺れたと思うと、そのままグシャリと倒れる。

 

「貴様は、引っ込んでいろ」

 

 言ったのは、木刀を肩に担いだ箒だ。

 後ろからの木刀を使った不意打ちとはいえ、一撃で左門を沈めるとは恐るべし。

 

「さて、一夏を嫁にするとか巫山戯たことを言っていたようだが?」

「決定事項だ。異論は認めんと言った」

 

 ピシリと空気がひび割れる音が聞こえた気がした。

 なんかマズイぞ。誰か、なんとかできないのか。そうだ! 山田先生……。

 ダメだ。教壇の後ろに隠れて、顔半分だけ出して覗いてる。

 他に、誰かいないのか。

 

「お待ちなさい」

 

 ここにいるぞとばかりに立ち上がったのはセシリアだった。

 いいぞ、ビシッと言ってやってくれ。

 

「一夏さんを嫁にするとか決定事項だとか聞き捨てなりませんね」

 

 光の粒子がセシリアを包み、展開したISがその身に纏われる。

 って、おい。さすがに、それはマズイだろ。

 そう思うが、もはや誰にも止められない。

 止められるとしたら千冬姉くらいのものだが、ラウラと入れ違いのように出て行ってから帰ってくる様子はない。

 

「モテモテだね一夏」

 

 ああ、心なしかシャルルの声と視線も冷たい。

 

「誰か助けてくれ」

 

 そんな俺の呟きは誰の耳にも届かずに消える。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「今回の一件にも、お前が一枚噛んでいるのか?」

「今回? 今回ってなーに」

 

 心底からの疑問だとわかる返答に、千冬は質問の仕方が悪かったのだと理解する。

 電話の相手──篠ノ之束とは、常に人に迷惑をかける何かしらをやらかし、そのことになんの感慨も覚えない人格破綻者だと千冬は理解している。

 そんな相手に、曖昧な質問が通じるはずがないではないか。

 

「VTシステムだ」

「ああ、あれ? うふふ、あんな不細工なシロモノを、この束さんが作ると思う? 心外だなー」

 

 言葉の内容とは裏腹に楽しそうな口調なのは、千冬から連絡をしてくれたからというものらしいが、この辺りの感覚がすでに常人には意味不明である。

 現状、千冬と束の関係は良好とは言いがたい。

 ある意味においては敵対していると言っても過言ではないのに、どうしてこんな態度をとれるのか。

 もっとも、共感はできなくとも理解はできる。

 言い方は悪いが、マタギと熊のようなものだ。

 理解するのに、相手の気持ちなど考える必要はない。

 

「ていうか忘れていたけど、二時間ほど前にあれを作った研究所は消えてもらったよ。死亡者ゼロ。ちーちゃん褒めて!」

 

 犬のように尻尾をブンブン振っている姿が想像できてしまい、千冬は渋面になる。

 

「そうか。なら、これからするもう一つの質問に答えれば褒めてやろう」

「ワーイ、嬉しいなー。なになになーに。なんでも聞いてー」

「お前は、左門をどうするつもりだ」

「左門? 左門豊作? 鎖部左門? 神崎左門? はてさて」

 

 本気でわからないらしい返答に、なるほどなとある納得をする。

 

「左門弁蔵だ」

「ああ、左門弁蔵ね。左門弁蔵がどうかした?」

「お前が、左門をどうしたいか聞きたかったのだがな」

 

 やはり、どうしたいと考えるほどの興味もなかったのだなと独りごちる。

 

「別にどうもしないけど?」

 

 予想通りの答えに、だからこそ疑問を覚える。

 

「ならば、どうして奴をIS学園に入学させた」

 

 そう。

 本来ならば、本人がどれだけ望もうと、生身でISを打ち倒そうと、ISを動かせない人間が学園に通うことなどできるはずがなかった。

 他ならぬ、開発者である篠ノ之束の口添えがなければ。

 

「経験を積ませるためだよ。ほらほら、束さんってばISに自己進化する機能をつけたじゃない。それでもって、進化には色々な経験が必要かなーって思ったから」

「だから、生身でISと戦える能力を持った左門を入学させたと?」

「うんうん」

「左門のことなど、どうでも良かったと?」

「そうそう」

「……そうか。ふざけるな!」

 

 怒りにまかせて通話を切る。

 束がそういう人間であることを千冬は理解している。

 だが、理解していても許容できるとは限らないのだ。

 

 そして、束は……。

 

「あれれ~? お褒めの言葉は?」

 

 不思議そうに、しばらく携帯電話を見つめた後、興味を失ってその辺に投げ出す。

 

「まあ、久しぶりに、ちーちゃんの声を聞けたからいいや。にしても、左門弁蔵ねー」

 

 特に興味のあるわけでもない存在に思いを馳せる。

 束にとって、左門弁蔵という人間はISを磨く砥石のような物だ。

 有用性は認めるが、なければ別のもので代用すれば事足りる程度のもの。

 だが、千冬にとっては違うらしい。

 

「んん~。よし!」

 

 何かを思いついたらしいところで、携帯電話の着信音が響く。

 

「やあやあ、久しぶりだねぇ! 要件はわかってるよ。箒ちゃん」

 

 その顔に浮かぶ幼子のような無垢な笑みに邪気はない。

 だが、その笑顔が悪意と無縁だからではなく単に善悪の区別がついてないものだと、千冬が見れば気づいただろう。

 

「欲しいんだよね? 君だけのオンリーワン。モチロン用意してあるよ。最高の機体『赤椿』を」

 

 かくして新たな物語の発端は、ここに始まる。

 




書き溜め放出終了です。
次に書き溜めが完了するのは来年くらいかもしれません。
ではでは。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。