仮面ライダーエグゼイド THE GAME IS NEXT STAGE 作:桐生 勇太
会食の席で男は葵色のスーツに身を包み、洗練された手つきで食事を口へと運ぶ。
出されたワインの香りを楽しみ、一口含み、風味を堪能して飲み干す。
「良いワインですね。銘柄は何でしょうか?」
気に入ったのか、男はグラスにわずかに残ったワインを愛おしげに見つめながら体面に座る白スーツの男に話しかけた。
「ロマネ・コンティ…1945年に作られた一点モノですよ…気に入っていただけましたかな?」
「えぇ、とっても………普通のロマネ・コンティとは一線を画しますね………まるで別の酒のようだ。病みつきになってしまいそうだ………」
男がそう語ると、白スーツの男は「それはつらいことをした」とすまなそうに頭を掻いた。
「1945年のロマネコンティは20世紀最良と言われながらも、戦後の混乱の中でかき集めたブドウを使って作られたため600本しか生産できなかったそうです。通常よりも極めて本数が少ないヴィンテージなので、そうそう気の向くままに飲むのは難しい」
それを聞くと、男は心の底から落胆したように「滅多にお会いできないのですね………残念です」とだけ呟いた。しかしすぐに気を取り直したように、運ばれてきた他の料理を楽しそうに食べ始めるあたり、他の酒より少しだけ気に入った程度の気概だったのだろう。
「そしてとても残念なことにそのすぐ後にフィロキセラの影響で1945年にロマネコンティの木は抜かれてしまったのです。そのため1946から1951年までロマネコンティは作られずにかなりの時間が経ってしまった…ワイン通の間では1945年以前とそれ以降ではロマネコンティは味わいが変わったとも言われています」
白スーツの男の表情は、全くの無表情と言ってよかった。しかし、饒舌に酒の話をまくしたてるあたり、趣味の話を楽しんでいるのもまた確かなことだ。
「私の意見では、ロマネ・コンティの味は、1945年以前とそれ以降で…っと失礼、関係のない話をばかリ…」
遅れて気が付いたのか、白スーツの男は口元を抑える。そこで驚いたり、ばつが悪そうな顔になっていないあたりがまた不気味なのだが、男は気にする風もない。
「いえいえ、私は普段から食事を義務程度に思っているような男ですから………そのようにこだわり、理解し、楽しむ姿勢は素晴らしいですよ」
そして男はナイフとフォークを置き、白スーツの男を見つめた。「そろそろ」ということだろう。すぐに察した白スーツの男が指を鳴らすと、テーブルの上に置かれていた料理の数々があっという間に消えていく。
「この度は多額の援助をいただいたこと、溢れるばかりのお恵みを賜り、言葉を越えて感動致しました」
白スーツの男はそう言って深々と頭を下げる。その言葉には紛れもなく最上級の感謝の意が込められているはずで、事実として綺麗な言葉を並べてはいるが、「ただ」綺麗な感謝を並べただけにも見えた。無論、白スーツの男が無表情なことが最大の原因だろう。
「いえいえそんな………私はただ、私個人の気持ちとして援助を申し出たまでです。財団の方々とは、これからも良き仲を保ちたいという打算ですよ」
白スーツの男とは対照的に、男はにこやかに話す。ただこちらもこちらで、あまりにも無垢に見える笑顔は、まさしく作り物にも見えた。
「我が財団Xの資金、そしてネットワークの補強をしてくださる方は大変希少です。感謝を」
「私などが援助をせずとも、財団Xには無尽蔵の資金があり、ネットワークの網も十分………それでも私の僅かばかりの援助を受け入れてくださったのはそちらの寛大さあってこそですよ」
互いに褒め称え合うだけの、恐らく世界一意味のない会話の応酬。それでも男たちは二人とも楽しそうに話し合う。
「…それで…何故我が財団Xに援助を?」
不意に財団Xの男が目を細め、男を値踏みするように見つめた。それはある種、財団Xの男が初めて見せた感情に近いものだった。
「……………………………秘密結社ショッカー………スマートブレイン………いろいろな場に援助をしてきましたが、残念なことにどれもこれも連中のせいでつぶされてしまいました。ですから………」
「…次は、我々に取り入る番…ということですか」
「まあそうなりますね」
男は笑う。「私が援助をしたから潰れたのか、それとも元々潰れる運命にあったのか」と。その自嘲混じりの言葉を聞き、財団Xの男は笑う。「貴方のせいと言うのが事実か否かに限らず、我が財団Xが傾くことはないのでご安心を」とだけ答えた。
「………それで結局、我が財団Xへの資金援助の見返り…貴方の望みは何ですか?」
「いえ? 特に何も?」
ここへきて、財団Xの男は目を大きく見開いた。感情を明らかにさらけ出して動揺する財団Xの男を見て、男は可笑しそうに笑った。
「私は悪の援助さえできればそれでよいのです。見返りを求める気はさらさらありませんよ」
それを言うと、男は話しはこれで終わりとでも言うように席を立った。そして財団Xの男の目を見つめて、優し気に微笑んだ。
「私が望むものはただ一つ。あなた方が魔手を世界中に伸ばし、巨悪として栄え、仮面ライダー達と鎬を削ること、ただそれだけです。それ以外、あなた方に望むものは何も無い」
ここで、「仮面ライダーを倒すこと」が望みの中に入っていない時点で、財団Xの男は自分たちの組織が仮面ライダーを倒しえないことを知っている男の存在に気が付くべきだった。
しかしその機会はもう過ぎた。財団X側から見て、男はただの不思議な協力者止まりであった。あるいは、仮面ライダー達に恨みを持っているが、力がなく復讐できないから敵組織を援助することで間接的な復讐をやろうとしている輩…と言ったところだろう。
財団Xは気が付かない。
自分たちが栄えるということは、組織が力を持つということ。
財団Xは気が付かない。
組織が力を持ちすぎれば、確実に仮面ライダー達と何度も何度も衝突することになることを。
財団Xは気が付かない。
仮面ライダーが財団Xと言う巨悪と何度も戦うということは、すなわち仮面ライダーは財団Xの相手にかかりきりになり、援助をした男にまで手が回らなくなるということ。
財団Xは気が付かない。
それがつまり、男は自分と言う個人の悪よりもっと大きな、目立ちやすい組織悪を配置することで正義の戦士達が自分に気が付かないようにしていることに。
財団Xは気が付かない。
自分たちが、仮面ライダーが食いつくための使い捨てのエサとして扱われていることに気が付かない。
財団Xは気が付かない。
これまで現れては消えてきた様々な力ある組織がつぶれた原因は、その個人の悪を隠すための捨て石として扱われてきたことに気が付かない。
財団Xは気が付かない。
男が、ここではない異世界から来たことに気が付かない。
男は自らをルーフマン(屋根男)と呼ぶ。
屋根から下の地面を見下ろし、
そうして男はこれまで生きてきた。自分以外の悪と正義をぶつけ合わせ、正義が自分に気が付かないように細心の注意を払い続けた。
それはある種、臆病者と言える。
つぶさな正義にさえ立ち向かわず、自分よりはるかに派手に暴れるものを目立たせて隠れ、生きてきた。
明確な悪事を起こさず、明確に誰かを救わずに生きてきた。
しかし、その本性は常に燃えている。
復讐心と言う名の焔を瞬かせ、男は今日も良き協力者として生き、協力した相手を切り捨て続ける。
そうやって、生きていく。
いつか達成する大いなる復讐のために、今日も男はちんけな資金援助を続ける。
会食の席から離れ、男は一人、闇に消える。
「財団Xか………ガワは大きいぶん、多少は長持ちしてくれるとありがたいのだが………それにしても、こんなに良いものから手を引くなんて、存外彼らも物を見る目が無いものだ」
財団Xからこっそりとくすねた、廃棄予定のガイアメモリに関する資料書をしげしげと見つめ、男は財団Xを嘲笑した。財団Xは男のお眼鏡にはかなわなかったが、皮肉なことにガイアメモリは男の興味を引いたようだ。
「いつかの復讐………その時のために、今まで以上に正義と悪をぶつけ合わせ、更なる大きな力の可能性を探さねば」
男が悪の組織に援助をする理由は、それ以外にはない。
色々研究させ、いろいろな力を磨かせることで力の可能性を見出すために。
全ては、男がかつて死ぬハメになった原因の存在の力を超えるために。
それは、事実的に不可能なのではないかと疑ってしまうほどの大きな力だが、その相手を超えなければ男の復讐がかなうことは決してない。
そして、現段階では男が超えたい相手にかなうほどの可能性がある力は、ほとんど存在しない。
しかし、どうやら男はガイアメモリに可能性を見出したようだ。
男にはやるべきことがたくさんある。未来の形を保つためにいちいち調整する必要もあるし、悪の組織が勝利して世界が「その力一辺倒」になってもらっても困るので、最終的に勝つのは仮面ライダー側にする配慮も忘れてはならない。
仮面ライダーと戦わせ、様々な悪の組織を入れ代わり立ち代わり、様々な種類の力を見るためにも大体一年ほどで様々な力とそれを使い闘う仮面ライダーを争わせ続ける。
男が誕生を待つ仮面ライダーゲンムも、この後6~7年ほどで世に出ることになるのだが、男はまだそれを知らず、とにかく目前の目標を片付け続ける。
「黎斗………待っているぞ………未来で、俺を殺せ」
男は笑いながら、未来で生まれる仮面ライダーに想いを馳せた。
時は、2010年8月22日
財団Xが、ガイアメモリから手を引いた日だ。