「ひどいものですね……部屋としてまともに機能しているのは、台所と食堂、それにこの執務室に、いくつかの客間だけですか」
自分は、館を案内され、二人でまた執務室に戻ると館の惨状に言葉をなくしていた。
ここを訪れる際、ストライカーユニットで上空を一通り偵察したわけだが、その時に、館がどうなっているのか上空から確認はしていた。
だが、こうやって改めて中を案内されると、印象や抱く思いはその時とはまた違ったものになっていた。
「それでも、領民達にくらべたらよほどましですわ。葡萄畑や自宅、子供のように大切に育ててきたワイン、ましてや家族を失った方達もいるのです。領主である私が泣き言など言っていられませんわ」
肉親を失ったのは侯爵も同じでは、と言いそうになるのをぐっと堪える。自分の事よりも領民達の事を、ということなのだろう。侯爵なりの高貴なる義務、というものなのかもしれない。
しかし、いくらなんでもこの現状は対外的にいろいろとまずいだろう。
「それでもです。領民が大事なのもわかりますが……」
「デイム初美、確かにその通りですけど、私は貴族であると同時に軍属です。野宿をいとうなどあり得ませんわ。ましてや、雨風をしのげる寝所があるのです。お風呂も、ドラム缶風呂があります。戦災に追われた領民達のことを思えば、贅沢など言えるはずもありません」
ドラム缶風呂か。扶桑人の知恵が、よもやガリア人の方侯爵の口から出てくるとは思わなかった。
おそらく、501創設時、基地に風呂がなかった時に坂本少佐がやっていたのを見ていたのだろう。
統合戦闘航空団で交わされた異文化交流は、こうした生活の知恵の部分でも役立っているらしい。
「……わかりました。侯爵、無線か電話をお借りしてもよろしいでしょうか」
意識せずにため息が漏れた。多分、この侯爵は、自分がなにを言っても今の生活を変えるつもりはないのだろう。たとえそれが、結果的に領民のためにならないとしても、だ。
「無線でしたらそちらにあるものをお使いになって構いませんわ」
「ありがとうございます」
自分は、部屋の隅に置かれている無線機の受話器を手に取ると、扶桑陸軍で使われている周波数に合わせて、扶桑語でコールを始める。
「こちら扶桑皇国陸軍東部第33部隊所属、初美あきら少尉であります。扶桑皇国陸軍欧州派遣部隊本部、応答されたし。繰り返すーー」
しばしの空電ののち、返答がやってくる。
『こちら派遣部隊本部。どうしましたか、初美少尉』
「こちら初美少尉。現在、パ・ド・カレーのクロステルマン侯爵邸に到着するも、ネウロイにより破壊された邸宅の状況は予想以上にひどく、物資も圧倒的に不足している。予定通り、日持ちのする食料と小麦、それと扶桑のもので構わないので、調味料、弾薬や衣類、天幕、その他必要と思しき物資の補給を乞うが可能か」
『物資に関しては、可能な限りそちらへ輸送する準備は整えています。少尉の直属の上官である川俣少将の許可も貰いました。連絡がなくても、明日一番にそちらへ空輸する手筈になっていましたよ』
「ありがたい。自分の部屋に、秋田の新政が三升ほどある。本輸送作戦が終わったら基地のみんなで全部呑んでいいぞ」
『本当ですか少尉!』
「もちろんだ。そのかわり、しっかり頼むぞ」
『もちろんです。今、佐東の姐さんがユニット履きに走って格納庫に向かいました』
佐東健子准尉か……やれやれだ。
あの人、飲兵衛の輸送機パイロットと一緒になって一〇〇式輸送機飛ばすつもりだな。で、佐東准尉はその護衛をやるということか。
そこまでして酒を飲みたいかね、あの女は。
「了解した。今、一五〇〇時をこえるあたりだから、その様子だと夜中にはこちらに到着しそうだな。仕方ない。ビーコンはないが、物資投下の目印に焚き火の一つでも焚いておくか」
『お手数ですが、そのようにお願いします』
「通信、終わる」
通信を終了し、周波数を元の値に戻すと、おそらくはしゃいでるだろう佐東准尉の様子が頭をよぎり、軽い頭痛を感じると同時に大川少尉の苦労に同情して、
「侯爵、只今、扶桑陸軍より、わずかばかりですが補給物資の要請をしました。恐らく、今晩零時あたりに空輸されるものと思われます」
と、侯爵にむかって言った。
「デイム初美……」
なにが起きたのか、状況を把握できていないのか、口をぽかんと開けていた。
「物資が圧倒的に不足していることは予想済みでした。よもや自分の住む場所の修繕すら後にして、領民の家屋や農地の復旧に資材を回してるとは思いませんでしたが。それから、一つだけ、自分の話を聞いて下さい」
「なんですの?」
自分は一度、深呼吸をして、言葉を紡ぎ出す。
「扶桑には、武士は食わねど高楊枝、という言葉があります。貧しくて飯が食べられなくても、さも食べているかのように楊枝を使う、という意味で、要はやせ我慢なのですが、体面を保つということでもあります。それは、外交においてとても重要なことです。そこはおわかりですか?」
「そ、それぐらいわかってますわ。でも、私はパ・ド・カレーの領主です。領民達を救うという高貴なる義務があるのです」
「それはわかります。ですが、邸宅がこの有様では、貴女が愛する領民達もその程度と思われるのも確かです。領民が馬鹿にされるのも、さけねばならないことではないのですか?」
噛んで含めるように言った。
先ほどはあれほどの頭の冴えを見せておきながら、今は領民達を愛するあまり視野狭窄におちいっている。まだ年相応といったところなのだろう。そんな侯爵を見て、なんとなくほっとしている自分がいた。
まぁ、自分も彼女のことは言えないのだが。
「確かに、そうですわね」
ぷいと横を向いて答える。
「ですからせめて、来客用の部屋をもう数部屋と、応接室ぐらいは早急に元に戻して下さい」
「わ、わかりましたわ」
「では、自分はこれから森へ狩に向かいます。リーネさんやアメリーさんの分も狩れるとは思いますが、あまり期待はしないようにして下さい」
自分はそう告げて一礼すると、執務室を後にするのだった。