五時間ほどすすんだだろうか。辺りは暗くなり、進むのが困難になる。ネウロイの巣からもそれなりに離れ、安全とはいわないまでも、ネウロイとの遭遇率が減少してるだろう地域までやってこれた。幸いにして、浅めとはいえ川がある。
自分達は、用心のため川を渡ったところにある河原で野営をして朝を待つことにした。
「今日はここで野営だ」
大きな岩の陰にIII号戦闘脚を中座させ、降りるとジークリンデ少尉に背負子から降りるよう促す。
「あと基地まで半日、か」
「ああ。まだあと半日だ。安心しても居られぬ」
河原にある倒木から、薪に使えそうなものを拾い上げて、戦闘脚を置いてあるところまで持っていった。
ジッポーライターで薪に火を起こすと、ここまでくる途中、見つけて腑分けをしておいた蛇(加工が容易なタンパク源なので、優先して集めていた)を取り出した。
「ほ、本当に蛇、食べるの?」
多少の嫌悪感があるのだろうが、食べてもらわないことには体がもたない。
「もう、携帯食料も心許ないからな。それに、いざという時に動けるようにしなければ、何かあった時に困る。現地調達できるものは現地調達だ」
木の枝に蛇を刺し、味噌を塗って火にかざす。
「初美少尉って、陸戦ウィッチなのよね。どうしてカールスラントの戦闘脚を履いてるの?」
「いや、空戦ウィッチだ。ただ、陸戦ウィッチの訓練も受けていたのでな。今回の任務では陸戦ユニットのほうが向いているから、カールスラントに要請した」
「空戦なのにどうして?」
びっくりしたのか、ジークリンデ少尉は素っ頓狂な声をあげた。空戦ウィッチは、基本的に陸戦ウィッチの訓練を受けることはない。
「単純な話だ。この手の任務では、陸戦ユニットのほうが向いてるからな。それだけの話だ」
「それだけって、陸戦ユニットも使うにはそれなりの訓練が必要じゃない」
「自分は忍びだからな。忍びは可能な限りなんでもこなさなければならない、というのが師匠の教えで、それに従い陸空両方のユニットを使えるよう訓練した」
「シノビ?」
「忍び、つまりは忍者だ。元々、女の忍者ーーくノ一、というやつでな。本来なら欧州にいるはずではなかった。修業中にたまたまウィッチの力が発現して、欧州派遣部隊に選ばれたのだ」
「ニンジャ? 少尉はニンジャだったの?」
ジークリンデ少尉は、興味津々といった感じで話に食いついてきた。
「あー、なにか勘違いしてそうだが、自分は別に巻物くわえて大蝦蟇を呼び出したりなどしないぞ。使い魔はムササビで蝦蟇なんかじゃない。それから、自分の主な任務は戦場の偵察だ。おかしな勘違いはせぬように」
欧州にきてから、何度もやり取りした会話だ。ニンジャというのはどうにも魅力的な単語らしい。侍然とした扶桑撫子はあちこちにいるから珍しくはないのだが、くノ一となると自分もとんと見かけた記憶がない。
ウィッチとなったくノ一は、それなりの人数がいるはずなのだが、自分のようにおおっぴらに動いているくノ一ウィッチが珍しい、ということなのだろう。
ぱち、ぱちと木の皮が爆ぜ始めて、同時に味噌の焼ける匂いが香ばしいく嗅覚を直撃し、食欲をノックする。
「いい匂いがしてきた。香ばしくて、お腹すいてきちゃう」
きゅうぅぅ、と腹の虫の音が自分にも聞こえてきた。たしかに乾パンと水だけでは腹もすく。
「空腹が一番の調味料とも言うしな。そら、できたぞ」
先に焼けた方を、ジークリンデに渡す。
「ありがとう、少尉」
受け取って、にんまりと笑みを浮かべながら蛇にかぶりつく。噛みちぎって何度か口の中で咀嚼し、
「うわ……ちょっと変な匂いするけど、美味しいっ!」
そう感想を言うと、後は一心不乱に食べていく。墜落してから、ほぼ初めての調理した食事だ。粗末な味噌焼きでもきっとフルコースのメインディッシュのように感じてるのだろう。
「口にあったようで何よりだ」
ジークリンデ少尉が一心不乱に食事してるのを見て、自分も空きっ腹に蛇の肉を詰め込んでいく。味を楽しんでいたいが、まだネウロイの支配地域だ。警戒に意識を割いておく必要はあるだろう。
そうこうしてるうちに、少尉があれよあれよと蛇を三尾平らげ、自分はただただ彼女の健啖ぶりに瞠目していると、遠くから木が折れる音が聞こえてきた。
「少尉」
声をかけるとさすがはカールスラント軍人か。串がわりの木の枝を投げ捨てて焚き火に土を被せ、火を消した。
「残弾は少ないけど、MP43がある」
「了解した。が、少尉はストライカーユニットを履いて、待機していてくれ。魔導砲の撃ち方ぐらいはわかるだろう」
「え?」
「自分には、固有魔法の《迷彩》がある。いつも、これで接近し、扶桑刀と手裏剣で撃破してきた。三号戦闘脚を借り受けたのは、少尉の身を守るためだ」
「いや、初美少尉。いくらなんでも……」
「大丈夫だ。以前の哨戒任務で、この辺りにはコア持ちの陸戦ネウロイの出現率は低いことが判明している。コアがないなら、ユニットなどなくてもどうということはない」
「そうじゃなくて、逃げたほうがいいんじゃないの?」
「いや、逃げたところで発見されて追いつかれるのがオチだ。それなら撃破したほうがいい。それから、もし戻らないことがあるなら、少尉はなんとかこのユニットで逃げてほしい」
「少尉!」
そう告げると、彼女の返答を待たず固有魔法を発動、頭上の木の枝へと跳躍した。
「さてはて。うまく嘘をついたつもりだったが……」
木の上に立つと、月明かりを頼りに音が聞こえた方を見る。
めき、と音が聞こえて、鳥の鳴き声も森に響く。
縦長の桃缶に蜘蛛の脚をつけたような姿のネウロイが一瞬見てとれる。コア持ちだ。
「やはり嘘つきにはバチが当たるわけだな」
資料によると、あのネウロイのコアは頭の中にある。
「とはいえ、自分の任務は少尉を救い出すこと。オン・マリシエイ・ソワカ!」
木の枝から木の枝へと飛び移り、ネウロイへと近づいていく。
「あのネウロイのコアは胴の中心……いざっ!」
飛び込み、ネウロイの胴を切り裂く!
あやまたず、コアを露出させた。
反対側の木の幹に着地し、返す刀で見えたコアに切りつけーー
「くっ!」
熱戦が一条、自分めがけて飛んでくる。シールドをはり難を逃れるが、これで簡単には終わらなくなったわけだ。さてどうする、と刀を構えていると。
ドン! と魔導砲の音が響いて、砲弾がコアを一撃の元に撃ち抜いた。バリン、とひび割れ、千々に砕けていくネウロイ。
「ジークリンデ少尉か!」
《迷彩》を解除すると無線が復帰し、同時に少尉の怒鳴り声が飛んでくる。
『少尉! 初美少尉! 無茶しすぎです!』
なんとも耳が痛い。
「扶桑の魔女は伝統的に無茶が好きでな」
『噂には聞いていましたが……まさか本当にこんなだとは』
「これだから、扶桑のウィッチは、か?」
『貴女が言っていい台詞ではありません! はぁ……報告書になんて書けば……』
「起きたありのままを書けばいい。二人で陸戦ネウロイを共同撃破しました、とな」
結局、その後はネウロイに襲われるでもなく、無事、ジークリンデ少尉を基地まで運ぶことができた。
道中、彼女の口が開くたびに出てくる言葉は自分への説教で、延々それを聞かされた耳にはタコができそうになった。
汲めども尽きぬ小言かな、といったところだろうか。
初美の固有魔法である《迷彩》は、すごくぶっちゃけて言えばステルスです。
ただ、実際のステルスと異なり、無線通信も封鎖してしまいます。そして、この固有魔法のせいでどうしても単独任務になりがちです。
幸いにして消費する魔力は大きくはなく長時間の使用が可能なので、ネウロイ支配地域の奥地への調査任務、さらにはネウロイの巣近辺への強行偵察も可能です。戦闘でももちろん優位に戦えるのですが、あくまで単独戦闘にのみ可能な戦法でロッテには不向きなのが欠点です。
pixivでは現在、三の巻その十一まで続いていますが、こちらでは二の巻の最後まででいったん終了とさせていただく予定です。
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