くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 四の巻 その十

 バクーより西に百キロにある黒い森。そこが、超大型陸戦ネウロイとミラージュウィッチーズと《死神》の合同部隊の決戦場だった。時は正午。森の中でも充分に視界が通る時間だ。

 ここに来るまでの間、ゴロプ少佐は太平洋統合参謀本部に所属する全軍にかのネウロイとの交戦を禁止し、退避するように命じた。

 攻撃対象のネウロイは、どこから拾ってきたのか人間が建造した戦艦の砲塔を利用したものに戦車の車体をつけたようなものらしい。すなわち、よく見られる多脚式ではなく、履帯で移動するタイプだというのだ。形状や砲塔はともかく、砲身は一門のみなのでそれほど大きくはないのだが、それにしたところで火力は脅威であることに変わりはない。

 どうしてここまで手を出させなかったのかを考えてみると、おそらく下手な損害を出したくなかったのと、なによりこちらの余計な動きで望んだ場所とタイミングで作戦を開始したかったのだろう。

 しかし、自分に果たして木の間を縫うように飛ぶことが、そして、犬房に自分の真後ろを飛ばせることができるのだろうか。

 ゴロプ少佐曰く、

『できるできないではない、やれ』

 なのだそうだが。まったく無茶苦茶なことを言ってくれる。

「ほんと、無理難題いいますよね、うちの大将」

 作戦室で作戦の概要を言い渡され、解散した直後に自分に向かって言った犬房の台詞がこれだった。

「でも大丈夫。隊長がやれって言ったことは、不思議とできることなんです。だから初美さんも不安にならず、気にしないでください」

 と、頭をかいて苦笑いを浮かべながら付け足したものだ。

 ともかく、自分と犬房は、地上すれすれをホバリングしながら、ゴロプ隊長の命令を待っていた。

「犬房、恐らく自分が《迷彩》を使ったらかなり視認しづらくなると思う。しかも夕暮れの森の中だ。もし視認できないなら構わない。自分が一人で砲身の中に飛び込むから、犬房は上に行ってくれ」

 犬房は、自分が何を言ってるのかわからないようで、キョトンとして自分の顔を見る。

「初美さん、何を言ってるんですか?」

「いや、だからだな」

「見失うなてありえませんよ、やだなぁ、初美さんは。隼は、軽戦ユニットですよ、小回りは疾風よりききます」

「自分の《迷彩》も気にならない、ということか?」

 自分の言葉を受けて、犬房はにやりと笑い、

「簡単な話ですよ」

『作戦開始だ』

 インカムから、ゴロプ少佐の声が聞こえてきた。

 

 風邪を着る轟音の中、自分は大声で

「無茶苦茶だぞ犬房!」

 彼女の無茶を非難した。

 触れていれば問題はない、それが彼女の理屈であり答えだった。具体的にはこうだ。

 犬房は自分のすぐ後を飛ぶわけだが、手を伸ばしてストライカーユニットのつま先を軽く掴むのだ。そうすれば、真後ろにいても方向転換も簡単にわかるし、自分の影の中にも入れる、というわけらしいのだが。

「無茶は初美さんほどじゃないっすよ!」

「ああもう! どうなっても知らんぞ!」

 自分はそう叫んで木々の狭間をぬって飛んでいく。犬房が掴む右側の爪先が若干重い。そのため、わずかながら旋回がやりづらいが、まぁ、許容範囲としておこう。

 ともかく、自分は《迷彩》を使いながら森の木の間を縫うように飛んでいく。

 右、左、左、右。

 高度を落とし、枝をよけ、左にシフトしつつ上昇し、また枝を避ける。

 自分一人ならローリングで躱すところなのだがそうもいかない。おそらく上空では激しい戦闘が繰り広げられているのだろうが、自分と犬房は作戦終了まで自分たちからの無線の発信を禁止されている。

 おまけに自分は《迷彩》を発動中なので上空の通信すら聞くこともできない。

 そして急ごうにも森の中だから巡航速度の四分の一も出せやしない。時速にして百キロ近くの速度を出せている今の方が奇跡に近い。

 目標のネウロイまで時間にして後十分と言ったところだろうか。

 森の中、若干ひらけたところに巨木が一本だけ立っていたので、自分は《迷彩》を解除して犬房にハンドサインでその巨木の陰に隠れることを伝えた。すると、犬房は自分のストライカーユニットから手を離して、自分と一緒に巨木の陰に隠れる。

「さて、上は、どうなってる?」

 自分は、わずかに息を切らせながら、犬房に尋ねた。

「かなりキツイみたいすね。陸戦ネウロイ、盛大に子供を吐き出してるみたいです」

 その様子が見れないかと上を見るが、生憎巨木の枝に隠れて何も見えない。

「でも、初美さん、大したもんすよ」

「何がだ?」

「この森の中をあの速度で飛べるなら、十分ウィッチとしても一流です」

「必死なだけだ」

「んー、そんなことないと思うんですけどねぇ」

 腕を組んで口をへの字にする。

「はっきり言って、この森をロール機動なしで進むなんて、ちょっとやそっとの技量じゃできないはずなんですよねぇ」

「自分にもできるんだから、普通だと思うがな」と自分が答えたところで、木が何者かに踏み潰される音が聞こえて来た。「さて、そろそろだ。準備はいいか?」

 自分は懐から手裏剣を取り出し、犬房はホ103機関銃を構える。

「ここからは斜め上に上昇する。疾風のはさ先っちょを掴むなんて真似はできないぞ?」

「分かってます。今までの飛行で、初美さんの癖もだいたいつかめました。大丈夫、ちゃんと初美さんの陰に隠れていきますよ」

 口角が上がるのを感じた。まったく、言ってくれるものだ。

《迷彩》を発動、スロットをあけて上昇を開始する。後ろを見て犬房が付いてきているか確認している暇などない。

 森の木々よりも高いネウロイはたしかにいた。

 だが、事前に聞いていた情報とはまるで違う姿をしていた。

 履帯式で戦車か何かのような胴体だったはずなのに、さながら団子虫かワラジ虫のような姿で、多数の足で移動し、その背に乗せているのは二門の砲身を持つ砲塔だ。

 ネウロイの前方に着くとホバリングしてその異様を見る。

 くそ、どうする。

 陸戦ネウロイは、胴体から間断なく小型ネウロイを吐き出している。

 装甲からは、対空機銃のような砲身を生やして、パルス状にビームを放つ。

 が、この状況をどうにかする案はあるにはあった。支援物資を抱えて飛んだ時、一度やったことがあるが、人をかかえてはやったことがない。

 が、やらなきゃいけないだろう。

 自分は振り返って、なんとか自分の背後にか付いてきていた犬房の首根っこに腕を回して引き寄せる。

「う、うわっ! 何するんですか! 初美さん!」

「うるさい、見ただろう、あの砲身。過去、あの手の大口径の砲身の根元にはコアがあった。あのネウロイには砲身が二つある」

「コアが二つってことですか?」

「その可能性が高い。だからこれから、自分はやったことのない無茶をやる」

 二門の砲身から同時にビームが放たれる。

「いいか、貴様は自分の背に抱きつけ。自分は右の砲身めがけて飛ぶ。自分は隣のコアまでの隔壁をぶった切ってそのまま左に飛び込み、同時にコアを破壊する」

「それのどこが無茶なんですか?」

「抱きついてる間、犬房も《迷彩》の結界内に入れるんだ。人間相手、ウィッチ相手にはやったことがない。いいか、しっかり抱きつけよ!」

「え、ちょっと!」

 慌てて自分の背中に抱きつく犬房を待たずに、木製疾風のエンジンをフルスロットルでぶん回した。同時に、犬房が自分の背中に抱きつき、

「大丈夫なんですか!」

「しらん!」

 行き当たりばったりだ。だが、ゴロプ少佐がやれと言ったんだからできるんだろう。そんな頼りないものにでもすがるしかない。

 そして砲身の正面に来ると、そのまま直進を開始する。砲身の奥にコアが見える。

 やはりか。

 そのコアが、赤い光をにじませ始めた。

 いいタイミングだ!

「しっかり捕まれよ!」

 犬房に叫ぶと同時に、コアからビームが放たれる!

「うひゃああぁっ!」

 自分は、犬房がビームに触れさせないように背面でバレルロールを行い回避して、そのまま砲身に突っ込み、コアの浮かぶ空間に辿り着く。

「まだ離れるなよ、犬房」

「了解!」

 自分は、腰に差した忍者刀を抜き放ち、

「オン・マリシエイ・ソワカ」

 呟いて、渾身の魔力を込める。刀身が極限まで青く輝くと、左側の砲身の根本にあるだろう空間めがけ、隔壁をぶった斬る!

 バキバキと音を立てて壁にヒビが入り、隣の空間までの穴が空いた。

 その穴の向こうに、もう一つのコアが確かにあった。

 瞬間、貧血のような感覚と同時に意識が途切れそうになる。魔力切れが近いらしい。残された時間はもう十秒もないだろう。

 唇を噛みきって痛みでなんとか意識を繋ぐと、

「犬房、貴様は左のコアを撃て! 自分は目の前のコアをこのままぶった斬る!」

「了解!」

「いくぞ!」

 自分は、ネウロイのコアを斬り、破壊したのと同時に、魔力を使い切ってそのまま意識を失った。


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