くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 六の巻 その十一

 木製の手こぎボートでヴァラモ島のそばまでやってきたのは翌日の早朝だった。

 あれからは、念のためにボンベのチェックをして不備がないか確認して、久方ぶりの水練のために体の準備を整え、もっていくべき小物を選別するなど、やることをやっていたらあっというまに昨日は夜を迎えてしまった。

 ともかく、湖畔に浮かべられた木製の手こぎボートに荷物を放り込んで扶桑海軍の水練着に着替えると、ヴァラモ島を包み込むドーム状のネウロイを見る。

 今は、何かあると困るので自分以外のウィッチによる哨戒行動は行われておらず、そのためか小型の空戦ネウロイ一匹すら空を飛んではいない。

「いくか」

 呟いて《迷彩》を発動し、櫂をこいでネウロイへと近づいていく。

 ぎし、ぎし、とボートをきしませながら、ゆっくりとヴァラモ島へ進む。

「ネウロイの巣の調査に続いてネウロイか。まったく、やりがいがある任務が続くな」

 ある程度近づくと錨代わりの岩に綱を結わえたものを落として荷物の入った防水袋とボンベを背負い、湖へと身を投じた。

 春の湖は冷たいが、ウィッチであるならば耐えられない水温でもない。

 しばらく水の中を泳いでいくと、日の光が陰っていく。

 それはネウロイの甲殻の下に移動したことを意味している。

 なるべく波を立てないよう、静かに湖面へと顔を上げると、空には見たこともない光景が広がっていた。

 島全体を覆う外殻の内側、その中空に大きめのコアが浮遊し、それを守るように正方立方体のネウロイが多数漂っていた。そのため、甲殻内は太陽光が完全に遮られているのにもかかわず、コアからの赤い光によって視界は保たれている。

 コアの光があってようやく調査、撮影ができるとは皮肉めいたものを感じるな。

 特に動きを見せないネウロイを視認するに、自分の《迷彩》が有効に働いているのがわかる。

 それを確認して、また水の中へと潜って島の湖畔へと向かって泳いでいき、小石の浜辺にたどり着く。

 ボンベを背負ったままその場所にあった小屋へと入ると、ボンベを下ろしてカメラとフィルムを防水袋から取り出して《迷彩》を使用したまま外へと出る。

 なるべく物陰に隠れつつ、島の状態やネウロイのコア、あるいは小型ネウロイをフィルムに焼き付けていく。

 今自分が撮影しているものは、このネウロイが倒されても何かにつけて役立つはずだ。

 だから、無意味と思われそうなものもすべて写真に撮っていく。

 とはいえ、島内の建築物といえるものは中央の祭祀場とその周辺の神官たちが住まう住居のみなのだが。

 そうやってしばらくヴァラモ島の状態の調査を行っていると、瞬間的に外殻に穴が開き、外界の日差しがフラッシュのように殻内に届いた。

 外からネウロイが入ってきたか、あるいは攻撃でもされたか?

 そんな疑問をよそに、体は勝手に穴があいたと思われる方向へカメラをむけて、ファインダーを覗き、ピントをあわせ、レリーズボタンでシャッターをきり、巻き上げレバーでフィルム巻き、そしてシャッターを切る。

 何度その動作を繰り返しただろうか。

 ファインダーの中に、アレが収まった。

 人型ネウロイだ。

 ぐび、と喉がなり、怒りが体を乗っ取ろうとする。

 あの時、アフリカでのあの時の人型ではないだろうが、やはり自分を追い詰めたあいつを叩きのめしたい欲求にかられる。

 だが、そのための武器が今手元にはない。

 できることは、奴の行動をフィルムの中に閉じ込め、何をしたのか記憶することだけだ。

 だから自分は、慎重に慎重を重ねてあいつを一度、二度とフィルムに収めた。おそらく、鮮明な人型ネウロイの写真はこれが初めてだろう。

 そうやって撮影していると、あれは空中を漂い、コアへと近づき接触する。奴は、コアとともに脈動する赤い光に包まれた。

 何をやっているのかわからない。理解できるはずもないが、だからといって記録しなくていいわけではない。とにかく、その様子も余さずに撮影していく。

 そうやって一通り写真を撮り終えると建物の物陰に隠れてしゃがみ込み、フィルムの残り枚数を確認した。

 残りの枚数は三枚。無駄にしてしまうが、フィルムの交換はこのタイミング以外にないだろう。巻き上げレバーを起こして、フィルムを巻き上げて裏蓋をあけ、フィルムを取り出して防水袋に入れる。

 そうしていると、風が頬を撫でた。

 風?

 外殻に覆われて風の通り道が少ないこの場所に風?

 思わず動作や息を止めて顔を上げた。

 人型が自分のそばにきていたのだ。

 くそ、どうする。迷彩はきいているはずだ。

 視認はされてない。

 現にキューブ型ネウロイはまったく反応していない。

 忍び刀で切り付ける――一太刀で切り伏せられなかったら殺される。

 人型ならば組み伏せて――ビームで焼き殺される。

 打撃は、管野中尉のような固有魔法でもない限り、無意味だ。

 打つ手がない。

 皆無だ。

 できることはただ一つ。

 息をひそめて動かずにいる。

 人型は、自分を見下ろす位置で静止し、不思議そうに自分をみているだけだった。

 自分を熱原体として認識しているが、見ている対象がなんなのか判別付けられずにいる、と考えていいだろう。

 しかし、ウィッチを洗脳して連れ帰る、とは言われているが、その気配がまるでないな。

 そうして自分が石のように動かずにいると、ネウロイは数分でその場を離れてコアへと飛んで行った。

 さらに数分動かずにいたが、何も起きないことを知ると、自分はため息とともにその場に崩れ落ちたのだった。


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