くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 八の巻 その二

 退院後、自分は陸軍の軍装を身にまとい、龍子の待つ吹上御所に足を向けた。皇居の門前に立つ近衛兵たちは、自分の顔を見ると敬礼で迎えてくれた。

 自分も彼らに返礼をして門をくぐり、御所へと向かう。

 そして、龍子が住まう棟に近づくと、講談の忍者よろしく壁にさささっと駆けより、魔力を右手と左腕に込め、ペテルブルクの尖塔を這い上がった訓練のように壁を登って、彼女の部屋の窓にたどり着くと、

「龍子様、龍子様、初美あきらでござる。龍子様の素にはせ参じたで候」

 と言ってコンコンとノックする。

 すると、からり、と窓を開けた龍子が、

「くるしゅうない。部屋に入れ」

 と、神妙な面持ちで招いてくれた。

 自分は、はいていた靴を脱いで窓から彼女の部屋に上がり込む。

 皇女殿下の個室ゆえ内装は豪華だが、部屋自体は十畳程度の大きさで、寝室は隣部屋にしつらえられている。

 事務仕事もできるよう、天板が広い木製の事務机が設置され、ペン立てにはガラスペンや万年筆、その横にはインク壺、プロッターと呼ばれる、紙にインクのペンで書いたときの余分なインクを吸い取るインク吸い取り器などが置かれていた。

「よく帰ってきたな、あきら」

 龍子は満面の笑顔を浮かべて、扶桑に戻ってきた自分を迎えてくれた。

「すまないな、心配をかけた」

「腕は大丈夫なのか?」

 包帯が巻かれた左腕を心配そうに見ながら、龍子。

 自分は、軽く笑って、

「なに、武芸をたしなんでいる身だ。いずれ片腕を落とすぐらい覚悟のことはしていた。よもやネウロイにやられるとは思わなかったがな」

 と、答えた。

「来て早々だが、龍子、頼みがある」

「春原から聞いたぞ。また欧州に行くというのだろう。駄目だ駄目だ、絶対に駄目だ。あきらは妾のわがままを聞いて渡欧し、妾の代わりに欧州の不遇な民を救ってくれた。しかも片腕まで失ってだ。これ以上、あきらに無理はさせたくない」

 やはりか。多分、春原は自分を欧州に向かわせるよう口添えをしてくれたのだろうが、龍子はこれっぽっちも聞く耳を持たなかったとみえる。

「頼む、龍子。いや、詠宮龍子妃殿下」

 自分は最敬礼をして龍子ではなく、殿下に願いを奏上する。

「願い申し上げます。もう一度欧州に行かせてください。あそこには、自分でなければ護れぬ者たちがいるのです。

 自分が行かなければ、ウィッチたちは人型ネウロイにさらわれ、きゃつらの手先となってしまいます。そうなってはウィッチ同士が殺し合い、同士討ちが繰り広げられ、ひいては欧州の無辜の民も犠牲となりましょう。殿下、もう一度申し上げます。なにとぞ、なにとぞ自分を欧州へ派遣させてください」

「ならぬ」

「どうか、お願い申し上げます」

 感情のままに叫び出したい気持ちを抑え、言葉にする。

「ならぬのだ。面を上げよ、初美少尉」

「自分の願いを聞き届けていただけるまで、頭を上げることはできませぬ。ここから動くこともできませぬ」

 そうして、十分ほどの沈黙が部屋を支配した。

 皇女はこのとき、どんな顔をしていたのだろう。

 自分をにらみつけていただろうか。哀れんでいただろうか。悲しんでいたかもしれない。

 が、根負けしたのは皇女殿下のほうだった。

 龍子は、何かを諦めたようにため息をもらす。

「てこでも動かぬつもりのようだな」

「自分にできることをようやく見つけますれば」

「条件がある」

「どんなことであろうと、受け入れます」

「妾を悲しませるな」

「もとよりそのつもりです、殿下」

 顔を上げ姿勢を正した自分は、笑顔で言葉を返した。

「満足そうに笑いおって。まぁいい。欧州の話、たっぷり聞かせてもらうぞ」

 

 翌日、自分の師匠である高杉寿庵のところに顔を出したが、あいにく数日前から千葉県の警察学校へ教練に向かったと張り紙が玄関の戸にあった。

 事前に、自分が入院していた病院にでも連絡をしてくれればよかったのに、おそらくずぼらな師匠のことだから、連絡を忘れていたか、あるいはそもそもおぼえていなかったのだろう。

 自分は、懐中筆を取り出して紙の裏に、『連絡ぐらいよこせ、バカ師匠』としたためて東京へときびすを返し、浅草に立ち寄った。手土産の浅草煎餅を買うためだ。閉店間際に入ったにもかかわらず、店主は気持ちよく応対してくれて、ありったけの堅焼き煎餅を一斗缶二つに詰め込んで、となりの茶屋から番茶の葉を一箱、用立ててくれた。

 自分はその気遣いに感謝して五円ほどをおいて店を出る。

 そうして、東京まで電車で移動して近くのホテルに宿泊すると、ホテルのフロントで電話を借り、東部三三部隊へ定時連絡をいれた。

「こちら、初美あきら少尉です」

『おお、初美少尉でしたか。ちょうどいいところに連絡、ありがとうございます』

「その様子だとなにかあったのか?」

『はい、第五〇一統合戦闘航空団のミーナ中佐より連絡がありました。おつなぎしますので、少々お待ちください』

「あ、ああ、了解した」

 ミーナ中佐だって? 一度会話を交わし、ペリーヌの件で貸し借りがどうのと軽い口約束をしたのは確かだが、どういうことだ。

『出ました。ミーナ中佐にかわります――初見少尉? お久しぶりです、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐です』

「お久しぶりです、中佐。そちらから呼び出しとは、なにかあったのですか?」

『ええ、そうよ。詳しくはこちらに来てから説明するのだけど、あなたへの貸しを返してもらう必要が出てきたの』

「人型ネウロイ、ではないようですね」

『電信で概要を送っておきます」

 しかし、必要とされるなら否やはない。

「偵察、ですか?」

『それも、少々厄介な、ね』

「了解しました。そのように対応いたします」

『よろしくね、初美さん』

「はい」

自分は、受話器を置いてフロントを後にしたのだった。


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