翌朝、ミーナ中佐から受けた依頼は緊急を要する内容だったらしく、陸軍の一〇〇式輸送機では間に合わないのと、五〇一に籍を置いているウィッチが海軍であるためか、急遽二式輸送機で向かうことになった
。一〇〇式輸送機と違って、二式輸送機はさすがの速度と航続能力で、明らかに時間のかかるリベリオン経由でも一週間弱でロマーニャに到着する。
よって、陸軍の飛行場である立川ではなく、横須賀軍港からリベリオン経由で欧州への出発になる。
起床後、ホテル前にはくろがね四起が自分をまっていた。
自分はそのまま横須賀まで運ばれ、立川からは木製疾風が搭載された発進促成装置と整備品が送られることになっている。
自分が送迎されて横須賀に着いたのは、朝の八時。出立が十時とのことなので、色々な話し合いもあるだろうし、いい頃合いだろう。
「あ、初美陸軍少尉ですね」
横須賀の海軍基地の門に車がとまり、自分が降りると警備担当の兵士が近寄ってきた。階級章をみたところ、どうやら一等兵のようだ。
「今日はよろしく頼みます」
自分はかるく頭を下げて答えた。
「早速ですが、第五〇一統合戦闘航空団のミーナ中佐より電信です」
と、四つ折りにされた紙を一枚手渡してきたのでそれを受け取り、何が書かれているのか確認する。
「ふむ……」
ざっと目を通したところ、マルタ島にネウロイの巣ができたのだが、その対応に苦慮しているとのこと。形状は、ヴァモラ島を占拠したドーム型のネウロイが巨大化したものだったようだ。
なるほど、ミーナ中佐が自分に何をさせたいのか、大体わかってきたぞ。
「了解しました。対応、感謝します」
「では、ご案内します」
一等兵の案内に従い、二式輸送機の待つ港まで向かう。送ってくれた警備の兵士はそこまで来ると、失礼します、と持ち場に戻っていった。
そこには、陸軍の運搬車が止まっていて、それには木製疾風が収まった発進促成装置とメンテ用の予備パーツが入った木箱が積まれている。
発進促成装置には、海軍の整備兵が三名ほど集まって促成装置から木製疾風を出して、調べていた。どうやら木製疾風がどんなものなのか、確認をしにきたようだ。
「初美だ。行き先の急な変更に付き合わせてしまってすまないな」
自分は、運転席のドアをノックしてそう声をかけた。
「いえ、ウィッチの役に立てるなんて、ありがたい話ですよ。気にしないでください」
車窓から顔を出して、笑いながら答えてくれた。
「そういやあ、海軍さんの宮藤軍曹が、ここからストライカーユニットで離陸してすぐの二式に乗って欧州にいったって話ですね」
「そうなのか?」
宮藤軍曹はブリタニア時代に軍規破りをやってしまったせいで不名誉除隊をうけていたはずが、再結成した五〇一部隊へ参加していたという噂を聞いたときには我が耳を疑った。
「本当らしいです。木製疾風を見物に来た整備兵がそんなこと言ってましたよ。なんでも、宮藤軍曹、ぼた餅の差し入れやらで整備兵とは懇意にしていたようで」
ははぁん、そういうわけか。宮藤軍曹は、いわゆる人たらし、なのだろうな。
そして、彼女の軍籍復帰やその他もろもろの手続き、並びに各方面への折衝は坂本少佐が行ったのだろうが、ああいう軍規破りが部下にいると色々大変だろうなぁ。
自分が部下持ちではないことに安堵してしつつ、車の後ろに回って海軍の整備兵たちに声をかけた。
「木製ユニットはやはり気になるか」
ユニットの操縦者である自分に聞きたいとこもあるだろうからな。
声の図太い、五厘刈りの兵士が、
「あ、初美少尉ですか。木製疾風、検分させていただいておりやす」
敬礼をしながら言葉を返してきた。
「ああ、初美でかまわんよ。で、なにか面白いものでも発見したか?」
「木製疾風の装甲板、これ、ネウロイの対ビーム装甲ですか?」
帽子をかぶった生真面目な整備兵だ。
「残念ながら違うな。現在試作段階も終了という話は聞いたが、ユニットの装甲に使えるほどの軽量化は、技術的にできなくはないがかなりカネがかかるらしい」
「木製で重量があるユニットですけど、戦闘可能時間とかはどうなんでしょうか?」
眼鏡をかけた細面の研究者肌な整備兵が尋ねてきた。
「多少は短くなってるが、増槽をつければ偵察には十分な足を稼げる。速度も六〇〇キロ以上でる。悪くない」
「疾風は重戦で急降下と急上昇が必須でしょうが、強度は問題ありゃあせんか?」
と、五分刈り。
「ないわけではないはずだが、このユニットに関してはなにひとつないぞ。整備兵たちが見せてくれた不断の努力の賜物だろう。ありがたいことだ」
「操舵はどうです。重いですか、軽いですか」
帽子が、若干食い気味に訊いてくる。
「わざと重くしてもらってはいる。急な旋回は操舵はユニットによろしくないからな。飛行中のユニット分解ともなれば、いかなウィッチでも死をまぬがれぬ」
「加速とかはどうですか。やはり木製の重量は影響しますか」
眼鏡はずいぶん冷静だな。
「そりゃあ影響しないわけがないが、自分の主要の任務が固有魔法の《迷彩》を用いた隠密……じゃなかった、偵察だからな。あまり意味はない」
などと整備兵と話していると、春原がやってきた。