THEIDOLM@STER 同級生のアイドル 作:くろねこ7
「それじゃあ次は清水、此処読んでみろ」
教科書を片手に持った国語教師が生徒の名前を呼ぶ。それはとても暑い日のことで、外で響く蝉の声がその暑さに拍車をかけていた。そんな中クーラーどころか扇風機も設置されていない教室はかなりの熱がこもっており、その暑さのせいか先生の様子もやや不機嫌なものだった。生徒たちもぐったりとしており、教科書を仰いで風を送る者や出来得る限りの薄着で授業を受ける者などそれぞれがそれぞれの対応で暑さを凌いでいた。唯一の救いは時折窓から入り込んでくる風くらいのものである。
「清水、おい清水!」
先生が再三にわたり名前を呼び掛けるも返事はなく、顔を上げてその窓際の席の生徒の様子を見ると、見事に机の上を頭を起き規則正しい呼吸をしているのが眼に入った。
先生の顔が一気に強張った。その様子を悟った生徒たちが一気に姿勢を正す。中には、またあいつか、などと笑うものもいた。名前を呼ばれた生徒の隣の女子生徒が慌ててその生徒の体を揺さぶった。
「おい起きろ。呼ばれてるって。ねぇ」
小声ながらも必死の様子で起こそうとしたのが伝わったのか、ようやく名前を呼ばれた生徒が顔を上げる。まだ寝ぼけているのか、どうにも状況をつかみ損ねている様子。そこに厳しい表情をした先生がその生徒の前に立つと一言。
「あとで、職員室にこい。わかったな? 清水惣介」
一字一句念を押すようにして言葉を紡ぐ先生。その先生の表情からようやくどういうことがおきたのかを察し、その男子生徒は、やってしまった、といった表情をうかべた。
「……はい」
惣介が小さく頷くと教室のあちらこちらから笑う声があがった。これはもはや見慣れた風景であり、一種の恒例行事と化していた。当の本人は笑いごとじゃねぇと小さく愚痴をこぼし、いまどこを読んでいるのかを申し訳なさそうな表情で隣の女子に聞くのだった。
― ― ― ― ―
「あーもう勘弁してくれ。なんでこんな暑い日にあんなに説教をくらわなきゃいけないんだ」
職員室から返ってくるなりそう愚痴をこぼす。あの先生、普段は面白い人なんだが説教となると容赦がない。今日はまだ昼食がつぶれなかっただけマシというものだ。この前呼び出された時なんて昼食どころか次の授業の予鈴が鳴るまで説教尽くしだった。
「あんたがいけないんでしょ。まったく、毎回毎回、学習能力ってものはないのか、あんたには」
そう言って呆れた表情で俺を見てくる女子。先ほど俺を起こしてくれた子で名前は渋谷凛。長い黒髪が特徴の奴で、近所が隣ということもあり幼稚園のころから一緒にいるやつだ。スタイルもよく顔立ちも端正なのだが、如何せん表情が乏しい。おまけに人見知りもあり、知らない奴が声をかけるとだいぶ素っ気ない態度をとってしまう。まぁ一部の奴はそう言うのが好きなやつもいるみたいだが。俺は断じて違う。
「しょうがないだろ。席は窓際。このクソ暑い中で唯一さわやかな風が吹いてくる絶好のポジションだぞ。そもそも寝ない方がおかしい」
「一体何を開き直ってるんだか」
俺の言葉にさらに呆れた表情を深め、凛は鞄から弁当を取り出した。それを見て俺も鞄から弁当を取り出す。勉強に塗り固められた時間割の中で唯一の至福の時間。毎日作ってくれる親に感謝をしながら弁当の中身をほおばる。
「よっ。今日もこってり絞られたみたいじゃねぇか」
そう言って近付いてくるのは同じクラスメイトの高岡淳平。中々に気さくな奴でクラスの中でムードメイカー的存在の奴である。淳平と知り合ったのは高校に入ってからだが今では凛も混ぜた三人で昼食を食べるのが定番になっている。それも淳平が当初素っ気なかった凛にも普通に接していたからなのかもしれない。凛自身そんな気はないんだろうが、若干そういった雰囲気のせいで怖がられている節もあるぶん、淳平みたいな存在はありがたい。
「その話題は今おわったところだ。大体お前ら人が怒られてるのに笑ってんじゃねぇぞ」
淳平はそんな俺の言葉を意にも介さない様子で弁当を食べ始める。それもいつものことなのであまり気にせず食事をすすめていると、クラスのどこかで歓声のようなものが沸き上がった。
「天海春香だ!」
誰かがそう言ったのを皮切りに教室中が一気に騒々しくなった。この学校は昼休みだけ各教室に一つある天井からつりさげられているテレビを生徒が勝手につかっていいことになっている。大抵はちょうど昼ごろに放送される歌番組にチャンネルを合わせられていて、その画面には今をときめく人気アイドル、天海春香の姿があった。
テレビから流れてくる歌声は、聞くだけで人を元気にさせてしまうよなそんな歌声だった。決して耳を閉じ、感動に浸りながら聞きたくなるという上手さを持ち合わせてはいないにもかかわらず、いつまでも聞いていたくなるような感じ。踊っているダンスも、思わず一緒に踊り出したくなるような、軽快な踊りだ。
「くー! やっぱ可愛いよな春香ちゃん! 俺の中じゃ一番だわ!」
淳平は熱狂的なアイドルファン、所謂アイドルオタクと言っても過言ではないほどのアイドル好きである。よく色々なアイドルの話をされてはついていけずないことが多々とあるのだ。それは隣の凛も同じで毎回俺と凛は淳平の話に付き合わされて――――?
「どうした。そんな画面見つめて。まさかお前も天海春香のファンになったのか」
もしそうだったらついに俺の仲間はいなくなる。教室の大半は自分の推すアイドルみたいなのを持っていてよくそう言った話を通りすがりに聞くことがあるから多分アイドル自体にそんな興味を持ってないのは少数である。いままでその少数派だった凛さえハマってしまったとするなら完全に孤立状態だ。
「――あ、いや、別にそういうわけじゃないんだけど」
やけに挙動不審な凛。普段からは想像もつかないくらいの動揺を見せるのが余計不審に思えた。どこか目も泳いでいるし、これは本格的にまずいかもしれない。別にファンになったからといってどうというわけでもないのだが。
淳平は淳平で、ようやく春香ちゃんの魅力に気付いたかとか何とか言ってるし。お前は天海春香の何なんだ。友達か。
「ねぇ」
凛が箸を置いて呼び掛けてくる。急になんかここだけ空気が張り詰めた感じがした。やけに背筋も伸びているし、何か大事なことでも言うつもりなのかもしれない。教室中が騒いでいる中でそんなことを言うのもどうかと思うが。
「もしさ、私がアイドルやるっていったらどうする?」
「……なにいってんの」
淳平と俺の手も止まった。唐突な凛のアイドル発言に頭の整理が追いつかない。普段なら笑い飛ばすのだがあいにく凛は冗談が得意ではないし、そもそも本人の様子からして冗談を言っているようにも思えなかった。
淳平のほうを見ると、淳平も訳が分からない様子だった。どうやら本当に急な発言らしい。
「いや、もしもだよもしも。ほら、最近すごいアイドルブームだしさ。そういうのも面白いかなーみたいな…」
両手を顔の前で振りながら付け足しをする凛。なるほど、もしもか。ifの話は別に嫌いじゃないがなんでまた急にそんな話をするのか。
「いいんじゃね。凛ちゃん容姿は綺麗なんだし、クール系で売り出していけば案外いけそう」
「お前は本格的に答えんな」
淳平が顎に手をあて分析を始める。こいつは周りの人間をすぐにそうやって分析したがるのが癖らしい。普通そんなことをされると嫌がられるのだと思うのだが、そこは無駄なイケメン力でカバーしている。
「惣介は? どう思う?」
「どうっていわれてもな…」
正直返答に困る。確かに淳平の言うとおり容姿やスタイルはそこらへんの人たちよりは高いと思う。カラオケにも行くが歌もうまい方だし運動神経も悪くない。 ただ……
「お前、あんな風に笑えんの?」
そういってテレビの方を指さす。画面には歌い終えて番組の司会に笑顔で答えている天海春香の姿があった。
「……どうかな」
少し考えて凛は自信なさげにそう答えた。人見知りである彼女がテレビの前で何人もの知らない人がいる中で、あんな風に歌って踊って笑いかけるという姿が想像できなかった。
「まぁ、でも別にやりたいならやってもいいんじゃないか。幸い近くにプロダクションとやらもあるんだろ?」
「あぁ、アイドルを主に売り出しているプロダクションなら765プロとか961プロとか……」
そう淳平に聞くと具体名まで持ち出して説明が始まった。また長ったらしい説明が始まるのかと思いきやそこでチャイムが鳴る。俺は淳平の話を打ち切ると弁当を布で包み次の授業の準備を始める。
「…そっか。うん、わかった」
凛の方を見るとなぜか一人頷いていた。なにがわかったのかはわからないが本人には納得のいく答えだったらしい。
「ほら、次の授業始まるぞ。さっさと飯食っちまえよ」
そういうと凛は慌てて弁当の残りを消化していった。