THEIDOLM@STER 同級生のアイドル 作:くろねこ7
チャイムの音が学校中に響き渡り、5時間目の授業の終わりを告げる。今日はどこ遊びに行こうかという同級生の楽しい雑談をよそに、惣介は放課後の部活へ出るために部室へ向かった。ガラッと教室のドアを開けると一気に蒸し暑い空気が惣介の全身を覆う。まだ8月手前だというのに、すでに気温は30度に達しようとしていた。今朝のニュースでは熱中症に注意などという勧告を女子アナがしていたのを思い出す。部室に行く途中でそのメンバーと合流しながら慣れた手つきで服を着替え、少しだけ陽炎がゆらめいているグラウンドへと飛び出した。
部活、といっても毎日が違うメニューをするわけではない。むしろ決められたメニューを毎日繰り返してその精度をあげていくというのがほとんどだ。惣介が所属しているサッカー部は県内でも有数の強豪校である。ゆえにそれだけ部員数は多く、1年生から3年生を超えると優に50人は超えるだろう。その中で決められた11の席に座るには困難を極める。しかも自分がやってきたポジションで試合に出られるにはよくて2年、最悪の場合3年間ずっとベンチを温めることにもなりかねない。毎日の決められたメニューをこなす中でどれだけ自分の存在をアピールできるか。それによって試合に出られるか出られないかは決まるのだ。
「よし惣介。次はお前がボランチに入ってみろ」
基礎練習をこなし、フルコートでの試合を行う前の休憩で、顧問である両義は水を飲んでいる惣介にそう告げた。両義は惣介のクラスの担任でもある。女性ではあるがサッカーの知識に関しては並のものではなく、この学校に来る前に赴任していた学校では地区大会で優勝経験すらなかった部を県ベスト4にまで導いている名将だ。
「えっ、俺がですか?」
まさか自分がレギュラー組のボランチで出られるとは思っていなかった惣介は思わず飲んでいた水を離し驚きの声を上げた。
「最近のお前の成長ぶりには目を見張るものがある。まだ1年だが、レギュラーの雰囲気を味わっておくといい」
両義は腕を組みながらそう惣介に告げた。惣介はいまだに驚きから立ち直れてはいなかったが、それでもレギュラー組に入れるという事実が惣介の心を湧き立たせた。はい、と短く告げグラウンドへと戻っていく。両義は惣介のそんな姿を後ろから見つめながら、すこしだけ笑顔を浮かべた。
この部活において1年生のうちからレギュラーに入る、というのは歴代で見ても異例のことである。現在3年生でチームの中核となるキャプテンは1年生のうちから試合に出てはいたが、それは彼がとびぬけていただけのことである。中学生の頃から国際選抜に選ばれていた彼は、近いからという理由だけでこの学校を受験し現在に至っている。それ以外のレギュラーはみなよくて2年生、もしくは先輩の引退後からレギュラーになって人物ばかりである。
そんな異例の環境において、惣介は緊張など一つもしていなかった。むしろ一つ上のステージに上れたのだと、歓喜していた。自分も成長できているという実感がうれしかった。まだ明確な目標はないけれど、とりあえずできるものからやっていこうと、彼は幼馴染の影響で決意していた。
惣介のそんな姿を、顧問である両義は感じ取っていた。以前、放課後の教室で話して以来、彼の部活に打ち込む姿は明確に変わった。それ以前も真面目に取り組む人間ではいたが、それに拍車がかかったように自らの長所を伸ばし、短所を縮めていった。そんな惣介だからこそ、サッカーにおいて攻守の切り替えを担うボランチという重要なポジションを任せたのだ。1年生にそんな重荷を、とキャプテンにはいわれたが、いまの彼にはそういう重圧をかけたほうが伸びると両義は判断した。新しい環境に飛び込んだ渋谷凜を追いかけるように、自らを高めようとしている惣介を見ていると、両義は楽しみでしょうがなかった。
部活が終わるとすっかり日は落ち、あたりは暗くなっていた。いつものように友達と駅で別れ、自転車にまたがる。学校に通っているものの多くは電車通いだ。たまたまこの近くに住んでいた惣介は一人自転車で家路をたどる。
夜になると、頬を過ぎていく風が心地いい。昼間は真夏のような暑さだが、夜はまだ涼しく自転車に乗っているとどこまでもいけそうな気分に陥る。
心地よい疲労感を感じながらベッドに横たわる。家に帰るとすぐに夕食とお風呂が用意されていて、いつもは家にいない両親のぶん、感謝の気持ちを強く感じてしまう。
横になるとすぐに眠気が襲ってくる。課題をやらなきゃと思いつつ、このまま寝てしまおうかと思っていると、どこからか歌声のようなものが聞こえてきた。
いったい何だろうかと思い耳を澄ませてみると、どうにも家の中からではないことに気付く。ガラッとベッドのそばの窓を開けると、歌声がよりクリアになって惣介の耳に入り込んできた。
涼しい夜に溶け込むかのようなしっとりとしたその声は、惣介を一瞬にしてとらえ離さない。どこか消え入ってしまいそうな声の中にもしっかりとした芯を持っている。聞く者の心を勇気づけるようなそんな歌声。目指す目標に対して、まっすぐ進むという決意を聞いている人間に抱かせる。
「り…」
凜、と声をかけようとおもってすぐやめた。なぜかはわからない。だけど、この歌声をずっと聞いていたかった。窓だけを開け、カーテンを閉める。枕に頭をうずめると、すぐに瞼は落ちてきた。隣から聞こえる歌声を子守唄にしながら、惣介はそっと眠りについた。