お酒にまつわる~ということで、卒業後ifになるのでしょうか。
最終章が世に出る今の内!ということで書きました。
短いですが、お付き合いくださいませ。一応シリーズものになっております。
pixivにも掲載中。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8502125
「おや、ダージリンさんではありませんか?」
不意に声を掛けられた。その声はどこか懐かしい。
物凄いスピードで記憶の糸を辿る。お陰で、私が振り向く間には答えは出ていた。
「あら、絹代さん」
声の主は西絹代。
高校時代、知波単学園戦車道チームの隊長を務め、大学戦車道でも武勇を轟かせた人物でもある。私も彼女には幾度か煮え湯を飲まされた経験もあった。
「お久しぶりです!ダージリンさんとはあの時の東西対抗戦以来ですか」
「ええ、お久しぶりね。その節はどうも。あの時のことを思い出すたびに、私は胃が痛むわ」
「ああ!そんなつもりでは……失礼しました!」
絹代は慌てて頭を下げた。
こういった真面目なところも昔のままで、彼女らしい。
「いいのよ。冗談だから」
私は、笑って手を振る。
絹代は恐る恐る頭を上げた。頬を掻きながら言う。
「ダージリンさんと話していると寿命が縮んでしまいます」
「そう?私のおばあさまは、もうしばらくしたら卒寿のお祝いよ?」
「それはそれは!是非お祝いをさせてください」
「そういうつもりではなかったのだけれど……ありがたいわ。じゃあ、落花生最中と南房総のえびせんべいを送ってくださるかしら」
「せんべいも食べられるほど、歯もそろってらっしゃるのですか!」
「違うわ。私が、食べたいのよ」
なるほど、と絹代は手を叩く。
何故か彼女の方が嬉しそうだ。長い黒髪が揺れている。
少しちぐはぐは会話だが、私にはとても心地良く感じられた。この空間に一人でいるよりは数十倍もマシだ。
ここは、都内某ホテルのパーティー会場だ。芸能人がたまに結婚式などで使用している〝部屋〟と呼ぶには大きすぎる一室。ここで今夜催されている戦車道関係者のパーティーに、私は参加しているのだ。
片隅に置かれたグランドピアノでは、しっとりとアレンジされた《ユア・ソング》が生で演奏されている。フロアにうごめく燕尾服やドレスで着飾った紳士淑女は、もっぱら歓談に夢中だ。国内外問わずプロチームのGMや選手、果ては各省庁の役人に国会議員の姿も数名みられた。彼や彼女らがどんな話をしているかは、想像に難しくない。大方、大好きなマネーの話だろう。下らないまつりごとや、トレードに出される選手の決め打ち。次のドラフト。雑多な欲望が、この部屋には渦巻いていた。
「まったく……」
私はため息交じりに呟いた。
「どうかされましたか?」
「いえ。ごめんなさいね、お気になさらず」
絹代は、案外耳ざとかったようだ。彼女は続けた。
「ところで、ダージリンさんは何故、ここに?」
「ちょっとした野暮用……と言った所かしらね。それはいいとして、もう私はダージリンではないのよ絹代さん」
「これはまた失礼を……聖グロは代々襲名されるんでしたね。では、何とお呼びすれば?」
「そうね、じゃあファンティーヌとでも」
「なるほど、では私は今日はジャンと名乗りましょう」
絹代はそう言って笑ったが、私がそう名乗った理由を真に理解できたかは分からない。
『レ・ミゼラブル』――今の私にはピッタリではないか。
「喉が渇きましたね。何か飲みませんか?」
絹代の提案。それは私にとってもありがたい提案だった。
ここに到着してから何も口にしていない。喉はカラカラだった。
「そうね、頂きましょうか」
私はそう言ってボーイを呼び止めた。
「私は赤ワインを。絹代さんは?」
「では山崎の12年をダブルのロックで」
「あら、お強いのね」
「嗜む程度です。父に、酒の味くらいは知っておけとうるさく言われるものですから。もう耳にタコができていますよ」
私は軽く一礼して去っていくボーイの後ろ姿を見つつ、改めて絹代の立ち姿をまじまじと見る。深いブラウン地のスリーピース。それが絹代の雰囲気を更に凛としたものにしている。男装の麗人、といっても何ら差し支えない。女性でスーツを着ているのは会場でも彼女だけで、やもすれば浮いてしまいそうなものだが全くそんなことはない。先ほどから派手に着飾ったご婦人方の熱い視線を感じるのは、ひとえに彼女のお陰だろう。
「そういえば、絹代さんこそどうしてここへ?」
先ほどの質問への意趣返しだ。純粋な疑問でもあった。
「私ですか?私は、やはり親からの言いつけです。まつりごとはさっぱりだと散々抵抗したのですが……」
そういえば、絹代の実家は貿易会社をやっていると聞いたことがある。それも、確か戦車のパーツなどを手掛けていたはずだ。それならば、彼女がここにいるのも納得がいく。
「なるほどね。じゃじゃ馬にも遂に手綱が付けられたと、そういうワケね」
「祖父にもそう言われました」
「貴女のおじい様とは気が合いそうだわ」
そこで、丁度注文していたドリンクが届けられた。お互いにグラスを受け取る。
「では」
「そうね」
そう言って、私たちはグラスを合わせた。
気が付けば、私のグラスは空になっていた。
もし、絹代と会わずにこの空間に一人であったなら一杯たりとも飲むことなく帰宅することになっていただろう。彼女との再会は私にとってもこの上ない幸運だったのだ。
「いやはや、あなたにここで会えて私は幸運でした」
2杯目に口を付けている絹代がしみじみとそう言う。幸運だったのは私だけではなかったようだ。
「それは、もしかして口説き文句かしら」
「あなた程の女性を口説くには、もう少しアルコールが必要ですよ。私にも、あなたにも」
何故か絹代の眼差しは真剣だ。彼女は続ける。
「でも、今日のあなたにはアルコールはそんなに必要ないはずです。もう一度聞きます。何故、あなたは今日ここに?フォンティーヌ」
戦車から離れて長い筈の絹代、彼女の目の奥の眼光は鋭い。商人となった彼女には、私の心の内が見えているのだろう
か。
「あなたが、ただの野暮用程度でここにいるとは思えないんです。ああ、少し喋りすぎました。忘れてください」
言い終わって絹代はもう一度グラスを口に付けた。照れ隠しのつもりなのか半分ほど残っていたグラスは、彼女がグラスから口を離すと、ほとんど空になっていた。
私が、今日ここにいる理由。それは母校の聖グロリアーナの戦車道絡みだ。我が母校はOB会が絶対的な権力を持っている。それは、チームに編成される車両を決定してしまうほどに。近年、各学園の戦車道の進歩はあらゆる面において目覚ましい。
伝統とは、守るものではない。創るものだ。
それが分からぬOB会は、殊更〝伝統ある編成〟を守れ、と態度を変えようとしない。それを変えるため、私は今日ここに来たのだ。戦車道界、あらゆる方面にパイプを持つ聖グロリアーナOBが多数出席している、このパーティに。
「あなたは、どこまで〝分かって〟いるのかしら?それとも〝知って〟いる?」
「さぁ、どうでしょうか。この業界。人のうわさは回覧板ですから」
「75日ではなくて?」
「ええ」
なるほど。
学生時代から育成に長けた絹代だ。人の内側を見抜く力は人一倍ならず、二倍三倍はあるのだろう。学生時代以来、数年ぶり何度目か、またしても彼女に完敗。
「貴方と喋っていると、寿命が縮まる気がするわ」
パーティ会場を後にして、私はホテル一階のエントランスにいる。
備え付けのソファは、やはり一級品。座り心地は申し分ない。
「フォンティーヌ、ここにいらっしゃいましたか」
アルコールに少しだけ顔を赤らめた絹代が、エレベーターから顔を出した。
「ごめんなさいね、ジャン。ちょっと疲れてしまって」
言葉の通り、私はオフショルダーのカクテルドレスを今すぐにでも脱いでしまいたい気分だった。
「構いませんよ。それで、戦果のほどは?」
言いながら、絹代は対面のソファに腰を降ろした。
「どうかしらね。私としては一億総玉砕の覚悟で臨んだのだけれど」
「それは、それは。武運を祈るしか私にはできませんが」
「イジワルな人」
「言ったではないですか。私にはまつりごとはわからぬ、と」
そう言って、絹代らからからと笑った。
「そうだったわね。ごめんなさい」
「でもきっと、上手く行きますよ。新たな一日が始まった。この新しい世界が何をしてくれるのか見てみよう」
「私は……どんなに暗い夜でもいつかは終わる。そして太陽が昇るんだ、の方が好きだわ」
そう言って二人で笑い合う。絹代が思いついたように言った。
「最後に、もう一杯どうですか。ごちそうしますよ」
「ありがたいけど、本格的に私を口説く気かしら」
そんな私の言葉に心底可笑しそうに笑う絹代は、夜風のように爽やかだ。きっと彼女は実家の三代目として、家をもっと大きくするだろう。
「そうですね……これで、前後不覚になれたのならばそうします」
「期待しているわ。何をごちそうしてくれるのかしら?」
「たまには、こういうのもいいんじゃないでしょうか」
ボーイを呼びつけると絹代。彼女は、卓上のメニューも見ずにこう言った。
「――アラウンド・ザ・ワールドを」