お酒にまつわる、エトセトラ   作:駄犬@

15 / 21
最近ちょっと方向がずれて来た感じがあったので、軌道修正の意味も込めて投稿します。
ダーさんがハンバーガーを食べます。昼間からお酒を呑みます。
思い浮かぶのは、誰の顔でしょうか?
pivivにも投稿しております
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8810474


ラム・コークを、窓際で

 女心と秋の空――とは、誰が言い出したのだろうか。

 頬に当たった冷たいしずくを指先でなぞる。

 空を見上げると、どこから現れたのか薄暗い雲が一面に広がっていた。内心で、一つ舌打ち。あいにく、傘は自宅で留守番中だ。

 雨粒がアスファルトをたたく音が早くなる。それに習うように、周りの人もそろって早足になった。

 予報では降水確率30%だった。そんな日に、傘を準備している人間の方が少ないのは当然だろう。

 ブーツを履いた足で、歩道に面した店の軒下に駆け込んだ。バッグからハンカチを取り出し、肩を拭う。

まだ営業中の軒先を間借りするのは少し気が引けたが、致し方ないだろう。

 ハンカチを手にしたまま、なんとなく中をうかがうと、その店舗は飲食店のようだった。アメリカ映画のポスターが壁に貼られ、カウンターにはアメコミ・ヒーローの精巧なフィギュアが数体乗っている。アルコール飲料の商品名をかたどったネオンの装飾。漏れ聞こえるBGMは、ドナ・サマーの《Hot Stuff》だ。

まだ、ギリギリお昼前だからだろう、中にはお客の姿はない。平日、というのもあるかもしれない。

ふと、中で机を拭いていた店員と目が合った。

相手は反射だったのだろう。いらっしゃいませ、の一言が聞こえてくる。マズい――と、思った時には時すでに遅し。私も釣られて、会釈を返してしまう。

 やがてゆっくりと、空けられる入り口のドア。その隙間から顔を出した店員は、満面の笑みで言った。

「いらっしゃいませ、どうぞ」

 

 その店は、名前を『カウ・ガール』といった。どうやら、軽食もできるカフェらしい。アルコールも提供しているらしく、流行りの〝バル〟と呼んでも差し支えないだろう。

 通された窓際の席で、通りを眺める。

 降り始めだった雨は、いつの間にか本降りになっていた。今では、道行く人影もほとんど見えない。誰もかれも、どこかに引っ込んでしまったのだろう。誰だって、冷たい雨に濡れるのは嫌なモノだ。私だって嫌だ。だからこそ、こうしてこの店にいる。

 出されたおしぼりで手を拭いていると、店員が声を掛けて来た。

「飲み物はお決まりですか?」

 今日はもう予定はない。少々早い気もするが、アルコールを飲んでしまっても問題ないだろう。かといって、へべれけになるまで飲むつもりもない。

 口を突いて出そうになった〝ワイン〟を一度呑み込んで、私はもう一度店内を見回す。郷に入っては郷に従え――だ。小さく頷く。

「ラム・コークを」

「かしこまりました」

 そう言うと、店員は手元の小さなオーダーにペンを走らせた。一礼をして厨房の奥に引っ込んでいく。

 私は、手元のメニューに視線を落とした。そこには、アメリカン・テイストを意識したさまざまなメニューが並んでいる。スパイシーなバッファロー・チキンにフライドポテト、ピザにサーロイン・ステーキ。そんな、目を通すだけでお腹が膨れて来そうなメニューが写真と共に名前を連ねていた。

 脳みそがそれらを想像してしまったのだろう。途端に空腹を覚える。朝はしっかり食べて来たはずだったが、美味しそうなモノというのは何とも罪作りだ。カメラマンを内心呪う。

 はた、とページをめくる手が止まった。そこに載っていたのは、ハンバーガーだった。 オーソドックスなクラシック・ハンバーガーを皮切りに、いくつものバリエーションが紹介されている。そのどれもが、また一段と美味しそうに見えて、私は思わず生唾を飲み込んだ。いつからこんなに食い意地が張ってしまったのだろうか。

 私は、一人笑いを堪えて天井を見上げた。そこで、店員が戻って来たのに気が付く。手にしたお盆の上にはラム・コークが乗っている。目の前に、グラスが置かれた。

「お待たせしました。ラム・コークです」

 グラスの端にはライムの輪切りが刺さり、それがみずみずしい香りを放っている。アイスはクラッシュ。一口飲むと、何ともいえない爽やかさが一杯に広がる。絞られたライムが清涼感を更に増していた。氷もクラッシュなのがいい。ロック・アイスでは、この涼やかなノド越しなかなか出ないだろう。

 ほう、と息を吐き出して目を閉じる。炭酸の刺激が胃に落ちた時、ふと思い出した。

 そう言えば、友人の一人にハンバーガーが大好きな女性が一人いる。決して友人が多いとは言えない私だが、そこは親交の深さでカバーしているつもりだ。浅く広くよりも、狭く深く――だ。彼女も、そんな〝深い〟友人の一人。

 長崎出身だという彼女は、いつも溌剌としていた。開放的でポジティブ。後輩からも慕われていて、まさにリーダーシップの固まりのような人。

 生まれ変わりたいとまでは思わないけれど、私はいつも彼女のことを羨ましいと思っていた。その誰に対してもフレンドリーな生き方は、今でも私の心の中に根付いている。初対面の人間に、いきなり抱きつく――なんて芸当は、逆立ちしたってマネできないけれど。

 そんな彼女が好きだったハンバーガー。そのページに目を走らせる……。見つけた。

 視線と並走するようにページを滑っていた指の先には、チーズ・バーガーの文字。友人が一番好きだったのは、このチーズ・バーガーだった。

 店員を呼んで、オーダーを伝える。

「このチーズ。バーガーを頂けるかしら」

「はい。少々お待ちください」

 そこで、ラム・コークをまた一口。

 学生時代のことだ。渋る私を引っ張って、ファースト・フード店に連れて来ては、彼女がおいしそうにバーガーを頬張っていたことを思い出す。

 初めて二人で店を訪れた時だ。

 『ナイフとフォークはありませんの?』と聞いた私を、彼女は目じりに涙を浮かべて笑ったことを覚えている。

 包装紙に包まれたハンバーガー。それを、彼女は器用にはぎ取り、中身を豪快にほお張っていた。どうしようかとオロオロする私。そんな私に、彼女は食べ方を教えてくれた。なんと言って教えてくれたのだったか……。それを聞いた私は笑っていたような気がするが、肝心の言葉の内容が思い出せなかった。

 

 しばらくするとチーズバーガーが運ばれて来た。

 大き目の白い皿に載った付け合わせのポテトとピクルス。ここまではいい。何よりも目を引くのは、高さが10センチを超えているのではないかと思うほどのバーガーだ。

 焼き目の付いたバンズにチェダーチーズ。そのチェダーチーズがとろりと溶けて、下のパテは黄色いドレスで着飾っているようだ。炙ったベーコンも入れてあるのだろう。香ばしい匂いが鼻をつつく。

 〝チーズバーガー〟という言葉の響きと、懐かしさに目を細める。

 目の前にあるチーズバーガーは、思い出の中のモノとはだいぶ違うけれど。あの時のアレは、こんなに〝分厚く〟はなかった。これを見たら彼女は何というだろう。驚きで『Wao!』だろうか、それともうらやましさで『Shit!』だろうか。

 いや、きっと彼女ならこう言うはずだ。

『Can I have a bite?』と。

 あの友人のことだ、一口かじるだけではすませてくれなさそうだが……。

 美味しそうに頬張る、金髪の友人の顔が浮かぶ。もちろん、その時の彼女は満面の笑みだ。それは、彼女の髪の色と同じ金色の笑顔。

「あ……」

 そこで、私は思い出した。彼女が教えてくれたハンバーガーの食べ方を。

 私はそっとバーガーを持ち上げた。プラスチック製のピンで留められてはいるが、崩れないようにそっと両手で。無事持ち上がったことに安心すると、一転して両手に力を入れる。すると、あれだけ高身長だったバーガーがわずかに小さくなる。今は中肉中背といった所。

 今日は窓際の席で一人だ。誰に気兼ねすることもない。私は大きく口を開けた。

 確か、彼女はあの時、得意げにこう言っていた。ようやく思い出した。

『プレス&バイト!』と。

 

 店員にお礼を言って外に出る。

 いつの間にか雨は止んでいた。空を見上げると、雲の割れ目から太陽が顔をのぞかせている。はしたないとは思ったが、満腹になったお腹をさすった。白いコートの下では、さぞかしお腹が張っていることだろう。

 大きく一度伸びをする。たまにはこういう食事も悪くない。ペコやアッサムを連れてきたら、どんな顔をするだろうか。それはそれで見てみたい気はする。バーガーにかぶり付く私に驚く彼女たち。その唖然とした顔を見て、私は笑うだろう。

 でも、今一番一緒にハンバーガーを食べたいのは最近永らく会っていない、あの友人。

 今度会ったら彼女に見せつけてやるのだ。ナイフとフォークを投げ捨てた私を。

 雨が上がったせいだろう。周囲には少しだけ薄いもやが掛っている。街は再び賑わいを取り戻しつつあった。その中を、私は軽快な足取りで歩き出す。

 久しぶりに連絡でもしてみようか。そう思った私はバッグから携帯を取り出す。

 電話帳で検索するイニシャルは、アルファベットで『J』の次――

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。