多分、きっと二人は仲良し。
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河原には見渡す限りの緑があった。
季節は11月。
たまにうっすらと見えるのは、イヌタデの心もとないピンク色か、ノコンギクの白色だ。
河川敷を隔てて隣を走る大きな川。それは、海まで伸びているのだろうが結末をここから見ることは叶わない。せいぜい出来るのは、土手を舗装して作られた目の前の道を延々と走り続けることだけだ。
私は忙しく回転させていた脚を止め、耳のイヤホンを外した。すると、だいぶん遅れて背後から足音が近づいてくる。
「い、逸見殿……、ようやく追いつきました……」
私が立つ場所の3歩後ろで、優花里が荒い息を吐いている。
「まぁ、ロードワークなんてこんなもんよ。貴女はよく付いて来ている方だと思うわ」
「そうですか……これを、毎日?」
「もちろん。使う?」
実際には、いつもより距離も長くペースも上げていた。意地悪をしてやろうと思ったのだ。
でも、彼女はそれに遅れながらも付いてきた。悔しいが、この賭けは私の負けだ。
私は首に巻いていたタオルを優花里に差し出す。それは汗を吸い、少しだけ湿っていたが既にお互いそんなことを気にするような間柄ではない。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
差し出したタオルを手に取った優花里は、わしわしと顔面を拭う。その動作が、どことなく元気のいい柴犬のイメージと重なる。私は、笑いを堪えた。
「どうしたんですか?逸見殿」
「いいえ、なんでもないわ」
丁度、遠くに掛かる鉄橋が、夕日を真っ二つにしようとしている所だった。
「ようこそ、我がヴェルダン要塞へ」
「既に私の侵入を許してしまっているじゃない」
「なるほど、一本取られました」
優花里の後に続いて、決して立派とは言えない玄関のドアをくぐる。パッと見て、部屋自体もそんなに広くないことが分かる。6畳一間、と言ったところだろうか。だが、その大半がミリタリーグッズの陳列棚に場所を取られてしまっていた。
「ちょっと、散らかってますが寛いじゃってくださいね」
「散らかってる、というか生活するスペースが足りてないじゃない……」
「いや、まぁ……あはは……」
優花里は頬を掻いた。卒業後、ミリタリーに関する豊富な知識を買われ、専門誌の編集者の道をひた走っている。彼女らしいと言えば、彼女らしい。というか、ぴったり。
「シャワー、使います?私はその間に準備をしておきますから」
そう言うと、優花里は迷彩柄のリュックの中を漁り始めた。
今日、彼女が私のロードワークに付いてきたのは取材のためだ。彼女が手掛ける専門誌は私も購読しているが、その本のインタビュー・コーナーに私が槍玉にあげられたのだ。話を持ち掛けられた時は『なんで私が!』と拒否したが、熱心に毎日連絡を寄越してくる彼女の熱意に折られてしまったのだ。
「脱衣所は?」
私は優花里に聞いた。
「恐れながら!脱衣所はないのであります!」
何故か自信満々に言ってのける優花里。
私は鼻から空気を一度抜いて、黒いウインド・ブレーカーを脱ぐ。
「一刻も早い引っ越しを要請するわ」
「シャワー、ありがとう」
「いえいえ」
「アナタはシャワー、浴びないの?」
「私の仕事はこれからですので」
「熱心なのね」
「逸見殿には、負けます。とりあえずどうですか?」
優花里は、丸見えのキッチンに鎮座している冷蔵庫から何かを取り出しながら言った。手に握っているのはビールだ。
「アナタ、飲むの?」
「仕事で付き合いも増えますから、訓練です」
「恐れ入るわ。でも、今からインタビューなのに、いいの?」
「上司が言うんです。『本音を聞きだすにはアルコールだ!』って」
そう言って、優花里は人差し指を私の鼻先に突き付けた。彼女の会社の上司のマネなのだろう。似ているかどうかはさておき、それなりに説得力はあるような気がする。
「使えないインタビューになっても知らないわよ」
「そこは腕次第、ですかね。あと、逸見殿のアルコール耐性」
小さな部屋に、炭酸が勢いよく抜ける音が響いた。
2本目のビールの缶が空になった。
それとなく、話がそういう方向を向きかけた時。私の視界の隅で、優花里は自然な手つきで卓上のボイス・レコーダーを一瞬操作した。
私は感心する。
これも、インタビュアーとしての技術だろう。彼女は、相手に身構えさせることなく、自然な流れで〝聞きたいこと〟と〝相手の本音〟を収める気だ。優花里は、学生時代にサンダースの学園艦に情報収集のため忍び込んだことがあると聞いたことがあるが、なるほど彼女はスパイとしてのポテンシャルも秘めているのかも知れない。
まぁ、私に気取られているようではまだまだなのだろうが。
優花里は、私に付きあって空けた2本目の缶を置いて、口を開いた。
「逸見殿は、どうしてあのような辛いトレーニングに耐えられるのですか?」
アルコールを入れているとはいえ、彼女の目は真剣だった。だが、人間、いざという時にはなかなか上手く言葉が出て来ないものだ。一拍置いて答える。
「まぁ、これでも一応プロだしね」
「では、〝プロ〟とはなんでしょう?」
優花里がボイス・レコーダーを私の方に近づけながら言った。
「難しい質問ね」
私は、考えるフリをした。
本当は、答えなど当にある。学生時代、私は〝あの子〟に〝その姿〟を見たのだ。
「質問を変えますか?」
少し不安げな優花里の声。
「いえ、いいわ」
私は続けた。
「夢を――希望を持っている、諦めないのがプロだと思うわ。これは、心構えの一つとしてね?」
「深いお言葉です、いやぁ深い」
優花里はさらりと言ってのけた。
「ほんとにそう思ってる?」
「もちろんですよ」
「熊本にはね、同じ言葉を二回続けた時、その言葉は嘘だって言い伝えがあるの」
私は少しだけ、意地悪を言った。慌てる優花里の髪が揺れる。
「ことわざですか?」
「お酒のコマーシャルよ」
姿勢を崩す。優花里が立ち上がった。
「いったん休憩にしましょう。ビールはもう飽きたでしょうから、私が一杯作りますよ」
そう言って、腕まくりをする優花里。止められるボイス・レコーダー。
「なんでも揃ってますよ、スキットル用に大体のモノは。今すぐマッターホルンに強行軍することになっても大丈夫です」
彼女なら、やりかねない。私は猛吹雪の中、スキットルをぐいと傾ける優花里の姿を想像して笑った。
「呆れた。じゃあお任せしようかしら」
「了解であります。では、そうですね……逸見殿には――」
開かれたシンクの上の戸棚には、彼女が言う通り酒瓶が所狭しと並べられていた。
「――ジン・トニックを」