亡霊ヒーローの悪者退治   作:悪魔さん

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今回は後半がちょっぴりシリアスです。
そんなに感じなかったら…スイマセン!


№26:〝復讐の呪縛〟

 翌日。

雄英体育祭への備えという言い分も含めて始まった、出久とお茶子にのみ対応した剣崎の特別授業。

(ヴィラン)が目的の無制限訓練だが、13日後に控えた雄英体育祭に合わせ短期強化プログラムに変更になった。

「っつー訳で、昨日言ったことを全部無かったことにして基礎戦闘力の向上に重点を置く」

 剣崎は刀の切っ先で、まるで授業開始のチャイムの様に床を何度も突く。

 それと共にジャージ姿の出久とお茶子は一礼する。

「基礎戦闘力っつーのは、かなり個人的な偏見を含めると(・・・・・・・・・・・・・・)広く分けられる。身体能力、スタミナ、精神力、スピード…強いヒーローを支える戦闘力は、どの点においても常人の遥か上をいく」

 確かに〝個性〟は強力だが、個性が使えない状況下で戦うとなれば話は変わる。

 いかに強力な〝個性〟でも、基礎戦闘力が低ければ負けてしまう事がある。逆に弱い〝個性〟であっても、基礎戦闘力が高ければ勝機もある。

基礎戦闘力は、それぞれが有する〝個性〟以上に重要になってくるのだ。

(つまりかっちゃんを目指すってことなんだ…)

 爆豪は〝個性〟の強さのみならず、剣崎には及ばなかったが素の身体能力が非常に高い。剣崎は彼を目標に強くさせようというのだ。

「話す時間も惜しいな……いきなりだが俺と〝個性(・・)抜きで(・・・)手合わせしてもらうぞ。これは出久君とお茶子ちゃんの技量を知るのが目的だ…存分に腕を振るうがいい」

 剣崎は刀を地面に深々と突き刺す。

 そして袖をまくり、刀傷や火傷の痕がはっきりと残っている腕を見せつける。

「二人まとめて来い、相手取ってやる」

 その声と共に、出久とお茶子は目を合わせて頷き、剣崎に迫った。

 最初の攻撃は、出久の左ストレート。しかし剣崎はそれを難なく躱し、それに続いたお茶子の拳は、右腕で防ぐ。

「まだまだだな…その程度じゃあ通用しない」

 剣崎はそう言うとお茶子を投げ飛ばした。

 出久が慌てて受け止める。

「だ、大丈夫デク君!?」

「僕は平気だよ……無事でよかった」

 出久はお茶子に声をかけつつ、剣崎を見る。

「やっぱり剣崎さんは僕の目を見ながら行動した……つまり視線で動きを読まれちゃってるんだ……!!」

 相手の視線を見ながら戦う剣崎の戦法。

 爆豪と手合わせした際、剣崎は常に爆豪の視線を探って攻撃の出所を予測して戦っていた。それにより爆豪らを圧倒し続けていた。

 つまり剣崎に一矢報いるには、相手の視線から攻撃の出所を先読みする彼の〝動き〟を先読みせねばならないのだ。

(剣崎さんの視線から攻撃の出所を探るしか……いや、たとえ出来たとしてもキャリアが違い過ぎて形勢逆転されちゃう! 剣崎さんの裏をかくには……)

 出久がそう考えている頃には、剣崎は二人のすぐ目の前に迫っていた。

「え……」

 

 ビュッ!

 

 出久の眼前に、剣崎の刀の鞘が。

「考える時間は確かに必要だが……相手は親切に待ってるとは限らないぞ?」

 剣崎はそう一言告げると、二人の頭をポンポンと軽く叩いた。

「筋は悪くない……だが、時間を掛け過ぎている。スピーディーにやらないと自分の寿命を縮めかねないぞ」

 様々な物事において、スピードというモノはかなり重要だ。

 特に戦闘ともなれば、腕っ節もそうだが〝速さ〟もモノを言う。速さを追求すれば、一度に大勢の(ヴィラン)を仕留める事も十分可能であり、攻撃の回避率も高くなる。また、速さは無駄な動作を減らす事で更に増し、最小限の動作で最大限の効果を発揮することもできるのだ。

「さァ、修業は始まったばかりだぞ。早く掛かって来い、時間は無いぞ」

「……特別授業じゃないんですか?」

「どっちでも同じようなもんだ」

 出久の一言を一蹴した剣崎は、笑みを浮かべた。

 それは全ての(ヴィラン)に向ける冷酷な笑みでなければ、普段見せる無邪気な笑みでもなく、自らが思い描く未来図を実現出来た時に見せるであろう「安堵の笑み」だった。

 

 

 同時刻、雄英高校のとある一室。

 ここでは、オールマイトが塚内と缶コーヒーを飲んでいた。

「ふう……」

「……何か悩みでもあるのかい」

「いや……もしも剣崎少年が〝ヴィランハンター〟とならなかったらどうなったのだろうか、と思ってね」

「?」

 オールマイトの言葉に、首を傾げる塚内。

「あの時代……剣崎少年は、一つの抑止力だった。でも私は、彼を止めるべきだった……怒りと憎しみで身も心も支配されたままの人生なんて、惨すぎるじゃないか……!」

 〝ヴィランハンター〟の誕生と無慈悲な悪者退治、そして早すぎる最期。

 それは剣崎自身が望んだとはいえ、一人の若者の手を血で汚させてその因果を背負わせた挙句に死に追いやった、あまりにも残酷で悲しい出来事であるのに変わりない。

「……剣崎少年には、お師匠の声も届かなかった」

「!!」

 オールマイトが敬愛する師…志村菜奈は、剣崎も憧れていた程の女性(ヒーロー)だった。実は剣崎の両親は菜奈と顔馴染みであり、オールマイトとも面識もあった。ゆえに、剣崎はオールマイトよりも菜奈の方に羨望と尊敬の意を抱いていた。

 剣崎の身に起きた悲劇で誰よりも悲しんだのが菜奈であり、彼女は剣崎を亡くなった顔馴染み(りょうしん)の代わりに立派なヒーローに育てようとした。

「君の師匠と縁があったとはね……」

「だが現実は非情だった。怒りと憎しみで心を支配された剣崎少年は、お師匠の手を払い自ら修羅の道を選んだ」

 

 ――菜奈さん、俺はあなたのようになる資格はねェ……なっちゃいけねェんだ

 

 剣崎は菜奈を尊敬していたからこそ、彼女の手を振り払った。全てを擲った自分が勝手に始めた戦いに巻き込ませないように。菜奈の正義(えがお)を、自分の正義(ぞうお)で穢さない為に。

 愛した家族の仇を討つ為に凶刃を振るい続けた少年は、憤怒と憎悪で身も心も焼き続けたまま消えた。

菜奈は、彼を〝復讐の呪縛〟から解放することができなかった。

 

 ――正義の味方が聞いて呆れるよな、俊典……これ程の力を持ちながら、私はあの子を救えてないじゃないかっ……!

 

 オールマイトの脳裏に、志村菜奈(ししょう)の言葉と顔がよぎる。あそこまで自虐的な哀しい笑みを浮かべた師の表情(かお)は、今でも忘れられない。

怒りは、人一倍優しくて純粋な少年を冷酷で無慈悲な修羅(おに)に変えてしまった。

憎しみは、全てを失い絶望した少年を支配して暴走させてしまった。

慈悲の精神(こころ)は、消せない傷を少年の心に深く刻み込んでしまった。

「私は悔しいよ、塚内君……あんな小さな背中に全ての業を背負わせてしまった……」

「……自分を責める必要は無いよ、オールマイト……彼は一度死を迎えても、君やお師匠さんを怨んでないじゃないか――」

「だが、一人の若者の人生を翻弄してその自由を奪ったのは私達じゃないか……悲願を成就しても、彼は救われないままだ……」

 少年は16年もの長い時の間、(ヴィラン)への怒りと憎しみを募り続けた。そして再び超人社会へと解き放たれ、その凶刃を(ヴィラン)達に向けた。

 一度迎えた死を経て〝亡霊〟と化した剣崎は、もはや怒りと憎しみを原動力に動く殺戮悪鬼(バケモノ)……何人(なんびと)にも止められない状態に達していた。せめてもの救いは、緑谷出久をはじめとした「若き力」を守らんとする意思と揺るがぬ信念が残っていた事だろう。

「……私達は、剣崎少年のことを悪く言えないな。結果的に剣崎少年をまた苦しめている」

「わかっているさ、オールマイト……同じ悲劇を繰り返す訳にはいかない」

「だから今度は、私達が……」

 ――恩師である先代の為にも……剣崎少年を、〝復讐の呪縛〟から解放してみせる。

 そう宣言し、オールマイトは拳を強く握り締めた。

 

 自分が思い描く未来を真実にするため……人々が(ヴィラン)に憧れない世界の為に、終わりの無い道を歩むヴィランハンター。

 己の信念を貫き通し悲願を成就するまで、彼はいくらでも血を浴び続ける。血の臭いの染み込んだ衣を纏いながら、その小さな背中に全ての因果を背負い、憤怒と憎悪の業火で身を焦がし続けるだろう。

 そんな〝復讐の呪縛〟にとらわれる彼を心から救うことができるのかは、平和の象徴(オールマイト)の力量次第だ。




ここでちょっとした裏設定を紹介します。

剣崎が憧れたヒーローは志村菜奈とオールマイト、そして実の母なんです。
尊敬と羨望の度合いとしては、志村菜奈=実の母>オールマイトです。
なお、剣崎は志村菜奈がオール・フォー・ワンに殺された事を知ってません。当然、死柄木が彼女の孫である事も。

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