のび太の45年間   作:ダテ

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のび太の45年間

《ねぇのびちゃん。ダルマさんてえらいね》

 

《なんべんころんでも、泣かないでおきるものね》

 

《のびちゃんも、ダルマさんみたいになってくれるとうれしいな》

 

《ころんでもころんでも、ひとりでおっきできる強い子になってくれると……》

 

《おばあちゃん、とっても安心なんだけどな》

 

「………………っ!?」

 

「………………夢……か」

 

(会社帰りの電車の中、いつの間にか眠っていたみたいだ)

 

(夢を見るのも久し振りだ)

 

(本当に昔の、僕が小学校に上がる少し前のおばあちゃんとの思い出だ)

 

(大学を卒業し、僕はなんとか仕事に就いた)

 

(今は、毎日上司にこっぴどく怒られながら必死になって働いてる。正直、押し潰れそうだ)

 

(こんな時あいつが居たら、この暗い心も少しは晴れたのだろうか)

 

(僕が小学4年生の時に突如として現れて、事あるごとに僕を助けてくれたあいつは、今はもういない)

 

(時空法に触れたとか、セワシくんの身に何かが起きたとか別にそういう理由では無い)

 

《もう君は、僕が居なくても大丈夫みたいだ》

 

(あいつがそう言ったのは、僕の大学の合格通知が来た2日後のことだった)

 

(あいつと一緒にいた時間は長かったような短かったような……)

 

(もしかしたら夢や幻だったのかもしれない)

 

「ただいま」

 

「あら、おかえりのび太。パパはまだだから、ご飯はもう少し待っててね。先お風呂にしちゃう?」

 

「うん、そうするよ」

 

(ようやく家に帰り、自室へ入る)

 

(いつも通り、今日もこっぴどく上司に怒られた)

 

(いつも通りだからといって、怒られるのに慣れる訳じゃない)

 

(むしろどんどんキツくなってくる)

 

「……そういえば」

 

(ふと思い出した。あいつが帰るときに残していったもの)

 

「あった……これだ」

 

(押入れの奥で埃を被っていた金属製の小さい箱)

 

(中に入っているのは、四角柱が直角に折れたような形をしている、変わった形の電話)

 

《きっともう君は、僕がいなくても1人で進んでいける。辛いことがあっても耐えていける。君をそうする為に僕はこの時代に来たんだから》

 

《だけどどうしても、どうしても辛いことがあって、助けて欲しいことがあったらこれを使うんだ》

 

《いつもみたいにこれに向かって泣きついてくれればいい》

 

《僕にしか繋がらない、僕直通のタイム電話だ》

 

《僕がどこで何をしていても、これが掛かってきたらすぐに駆け付けてやる》

 

《だけど、この電話は一度だけしか使えない。本当に助けて欲しい時にだけ使うんだ》

 

《それが……その時が、僕が君を助けてやれる最後の機会だ》

 

「一度だけ、か」

 

(僕はあの時、あいつに言ったんだ。1人でも大丈夫だって)

 

(それに、あいつも言ってくれた。もう、僕1人でも進んでいけるって)

 

(この程度で挫けるなんてだめだ。上司に怒られたくらいで呼ばれたら、あいつも呆れてしまうだろう)

 

(この電話のことは忘れてしまおう)

 

(そうだ、父さんが帰ってくる前に風呂に入らなきゃ)

 

(そうして僕は、タイム電話を押入れの奥底にしまい込んだ)

 

———————————————————————

 

「僕らのアイドルだったしずちゃん……」

 

「とうとうのび太のものになるのか」

 

「うらやましいぞ。こいつ!!」

 

(結婚式を翌日に控えた今日、ジャイアンの家で前夜祭が開かれている)

 

(ジャイアン、スネ夫、出木杉、そしてしずちゃん。小、中、高と同じ学校だった)

 

(流石に大学も同じって訳には行かなかったけど、何かあればこんなふうに連んでいた。所謂腐れ縁ってやつなんだろう)

 

(でもそのお陰で、会社で嫌なことがあった時もなんとか乗り越えてくることができた)

 

(他人から見れば虐められていたんじゃないかと思われるかもしれないけど、僕にとっては昔から、大切で掛け替えのない友達だ)

 

「もし、しずちゃんを泣かせでもしたら、俺が承知しねえ」

 

「幸せにしてあげてくれよな、のび太くん」

 

「わかってるわかってる。どうもありがとう」

 

(酒が入ってることもあるのだろう、緩む頬を抑えることができない)

 

(僕らのアイドルで、何より僕の生き甲斐ともいえる存在。僕が今まで生きてこれた理由)

 

(僕にこの先何があったとしても、絶対に最後まで守り抜きたいと思えるそんな相手と、これからの人生を共に歩んでいける)

 

(今までに経験したことがないほどの幸福感でいっぱいだ)

 

《あの嬉しそうな顔》

《まるっきり締まりがなくなってる》

 

「……ん?」

 

「おい、どうしたのび太。今日は祝いだ!飲めや歌え!」

 

「そうだよのび太くん。我ら青春の思い出のために!」

 

「う、うん……そうだ、そうだね。よーし、今日はみんな寝かさないよ!」

 

「よっ、のび太!そうこなくっちゃ!」

 

(一瞬、懐かしい声が聞こえた気がするけど、きっと空耳だろう)

 

(あまり飲んだ感じもしないけど、かなり酔いが回ってるみたいだ)

 

(だけど、今日くらいこんな日があってもいいだろう)

 

(こんなに素晴らしい友人達に結婚を祝って貰ってるんだ)

 

(今日と明日は、人生で一番幸せな日になりそうだ)

 

———————————————————————

 

  ピンポーン

 

(インターホンが鳴った、誰かが来たみたいだ)

 

(自分の家のインターホンが鳴っているはずなのに、随分と音が遠いな……)

 

(正直、動くのも億劫だ。知らない人だったら居留守を使おう)

 

(そう思ってインターホンの画面を見ると、それはよく見知った顔だった)

 

(あまり人には会いたくないが、こいつら相手だったら、もしかしたら少しは気分が晴れるかもしれない)

 

「入ってくれ、玄関は開いてる」

 

(マイクに向かってそう言ったあと、マンションのエントランスのオートロックを解除する)

 

(そして再びリビングのイスに腰掛ける)

 

(あれからしばらく、会社は休んでいる)

 

(事情が事情だから許されているとはいえ、いい加減仕事に戻らなければ)

 

(頭ではわかっているのに、体も心も動くことができない)

 

「のび太……」

 

「ああ、ジャイアン、スネ夫……。まあ、座ってくれよ」

 

「あ、ああ……」

 

(ジャイアンとスネ夫が入って来たことに全く気がつかなかった)

 

(それに、人と会うのも久し振りだ)

 

「あれから、もう1ヶ月たったんだな」

 

「……」

 

「……」

 

(ずっと黙っていた、というより、どう切り出せばいいのか迷っていた2人が話しやすいように会話を切り出してみた)

 

(それでも2人は迷っているようだ)

 

(でも、それだけ僕のことを心配して気遣ってくれているってことだ。それだけで救われる)

 

「まあ、聞いてるとは思うけどさ……っ……」

 

(どうしても、この後に続く2文字が口から出てこない)

 

(その単語を発した瞬間、僕はそれを、その事実を認めることになる)

 

(認めたくなんかない。認めてしまったら本当に何かが終わってしまう気がして)

 

(だけど、認めなくちゃ、事実を受け入れなくっちゃ前に進むこともできない)

 

(大きく深呼吸をして、震える喉を押さえつける)

 

「……即死、だったみたいだな」

 

(その言葉を発した瞬間、ジャイアンとスネ夫の表情が歪むのが見えた)

 

「のっのび太はさっ……」

 

「いいんだスネ夫、僕だってわかってはいるんだよ」

 

(何かを言いかけたスネ夫をわざと遮る)

 

「分かってるんだよ、僕がいくら否定したところで現実は覆らない。静香が戻ってくるわけじゃない。だから、いつまでも落ち込んでちゃダメなんだって」

 

(頭では分かってるのに、心と体が全く言うことを聞かない。だけど……)

 

「だけど、今日2人に会えてよかった。2人の顔見たら少し気が楽になったよ。どうしても僕1人じゃ出掛ける気力が出なかったから、本当に来てくれてありがとう、2人とも」

 

(静香を喪った今、僕の心にはポッカリと穴が空いている。そしてこの穴はきっと、今後永久に埋まることはないだろう)

 

(でも、穴を塞いでしまうことはできるかもしれない)

 

(その方法が今、ジャイアンとスネ夫に会えたことで見出せたかもしれない)

 

「のび太、俺はバカだから、なんて言葉をかけたらいいのか全く分かんねえ。どう励ませばいいのか全く見当もつかねえ。俺のすべきことが分かんねえ。だから、何か俺たちにできることがあったらなんでも言ってくれ。俺たちは親友だ、心の友だ。そうだろ、スネ夫?」

 

「うん、そうだよ、ジャイアンの言う通りさ。心の友は支え合って生きていくもんさ!」

 

「ジャイアン……スネ夫……。ああ、ありがとう」

 

(穴は塞いだだけで、埋まるわけじゃない)

 

(だから、僕の中からこの悲しみが消えることはないのだろうけど、この親友達のお陰で、この悲しさや辛さを覆い隠すことができそうだ)

 

(明日から会社、行ってみるか)

 

———————————————————————

 

「はあ、こんな時がくるなんてな……」

 

(ついこの前小学校に上がったかと思えば、大学を卒業して、ついには結婚まで……)

 

(本当に、時が経つのは早いもんだ)

 

(親の贔屓目抜きにしてもノビスケは本当にいい奴に育った)

 

(そして、本当に良い奥さんを見つけてくれて安心した)

 

(ただ、息子の成長を君と見ることができなかったこと、それだけが心残りだよ……)

 

(……さて、ノビスケ達が居ないうちに押入れの整理でもしてしまおうか)

 

(おっ、これはノビスケが小さい頃の……)

 

(こっちはの成人式の時の……)

 

「ん、これは……」

 

(押入れの中のものを引っ張り出していくうちに、一番奥で埃をかぶっていた金属製の箱を見つける)

 

「んー?こんなものあったかな……」

 

(どこか見覚えがある箱。多少のデジャブを感じながら蓋を開けて見る)

 

「……思い出した。タイム電話だ」

 

(あの時あいつが僕に残していってくれた唯一のひみつ道具)

 

(そうか、あいつがいなくなってからもう35年以上経ってるのか)

 

(昔は本当に色々あったけど、どこを切り取ってもとても充実した日々を送っていたような気がする)

 

(夢のような日々だった)

 

《だけどどうしても、どうしても辛いことがあって、助けて欲しいことがあったらこれを使うんだ》

 

《いつもみたいにこれに向かって泣きついてくれればいい》

 

《僕にしか繋がらない、僕直通のタイム電話だ》

 

《僕がどこで何をしていても、これが掛かってきたらすぐに駆け付けてやる》

 

《だけど、この電話は一度だけしか使えない。本当に助けて欲しい時にだけ使うんだ》

 

《それが……その時が、僕が君を助けてやれる最後の機会だ》

 

(あいつ、50代も半分を過ぎた僕を見たらなんて言うんだろうな)

 

(最後の機会……)

 

(別に助けて欲しいことがあるわけでは無いけど、そうだな……古い友人にただ会いたいだけってお願いでも良いかもしれない)

 

(助けてもらえる最後の機会でそんなこと頼んだら笑われるかもしれないけど)

 

(そう思いつつ、タイム電話の着信ボタンを押してから耳にスピーカー部分を当てる)

 

  プルルルル……

 

(かなり日付が経ってたから動くかどうか心配だったけど、さすがは未来の道具だ)

 

  プルルルル……

 

(あいつは出てくれるだろうか)

 

  プルルルル……

 

(もし出てくれたら、最初になんて言ってくれるんだろう)

 

  プルルルル……

 

(昔と変わらない声で、変わらずに名前を呼びかけてくれるだろうか)

 

   ガチャッ

 

「あっ、も、もしもし、僕、のび太だけどっ……」

 

(自分でも気がつかないくらい興奮していたらしい。繋がったことにビックリして色々と順序を間違えてしまった気がする)

 

『やあ、お祖父さん。久し振り』

 

「……え?」

 

(記憶の中のあいつの声とは全く違う声に戸惑う)

 

(というか、僕の記憶の中で僕のことを祖父扱いする人は1人しかいない)

 

「もしかして……セワシくんかい?」

 

『大正解。久し振りだねお祖父さん』

 

(やっぱり、あいつを僕の元に送り出してくれた張本人だ)

 

(きっと未来の世界でもこちらと同じ分だけ時が経っているのだろう)

 

(つまり、電話の向こうのセワシくんとこちらの僕とでは年齢的な差はほぼ無いということだ)

 

「その……お祖父さんはやめてくれないかい?」

 

『なるほど、そういうことだね曾曾祖父さん』

 

「そういうことではないんだけど……」

 

(でも、セワシくんも元気そうでよかった)

 

(ただ、今はどうしても気になることがある)

 

「あのさ、セワシくん。このタイム電話なんだけどあいつに直通って……」

 

『うん……最後まで、最後の"最期"まで、確かに直通だった。でも、少し時間が経ち過ぎちゃったね」

 

「それって……」

 

(直接的な言及はなかったけど、セワシくんの言葉から導くことのできる結論は1つだ)

 

『うん、あいつはもういないよ。元々不良品だったのと、少し古い型だったのが問題でね、しょうがない部分もあるんだけどね』

 

「……そうなん、だ」

 

(セワシくんの言葉に、奥歯を噛みしめる)

 

(確かに、これだけの月日が経ったんだ。しかたがない部分もあるのかもしれない)

 

(でも、子供の時に同じ家に住んで、同じ飯を食べて、一緒にバカやったあいつとはもう会えないんだと思うと、やるせない気持ちになる)

 

『でも、この電話は本当に最期まで手放さなかったんだ。電話が来たら、僕が助けなくちゃって』

 

「……」

 

(自然と電話を握る手に力が入る)

 

(やり場のない憤りや悲しみ、その他諸々の感情が押し寄せてくる)

 

『あいつが壊れてから少し経った後に、あいつのポケットの中の物を整理していたんだ。そしたら、箱に入ったタイム電話と二枚の手紙を見つけた』

 

「……手紙?」

 

『そう、あいつからの最後の手紙。早速なんだけど、読んでもいいかい?』

 

「う、うん」

 

(あいつからの手紙……中身は気になるし、もう了承してしまったから聞くしかないけど、僕が聞いてもいい内容なんだろうか)

 

『じゃあ、読むね。

 

【 セワシくんへ。

  この手紙を見られてるってことは、僕はもういないんだろうね。

  突然なんだけどセワシくん、君に2つ頼みがある。

 

  まず1つ目。この手紙が入っている箱の中のタイム電話。これだけは、これがかかってくる時まで、処分しないで持っていてほしい。

  このタイム電話はのび太くんからしかかかってこない設定になってる。

  電話がかかってきた時はのび太くんが本当に困っている時のはずだ。だから、その時はのび太くんを助けてやってくれ。

  

  そして2つ目。電話がかかってきたら、2枚目の方に書いてあるのび太くんへの伝言を伝えてほしい。

 

  僕の我儘でセワシくんには申し訳なく思う。

  僕は君たちの周り、セワシくんのことを含めて心配事はなんにも無い。だからこの22世紀に僕がいなくてもきっと大丈夫だ。

  だけど、のび太くんのことだけが気がかりなんだ。だからのび太くんにタイム電話を渡した。タイム電話の存在を忘れてくれるのが一番いいのかもしれないんだけどね。

  セワシくんなら分かってくれると思うけど、タイムテレビを見ればいいじゃんなんてツッコミはやめてくれよ?

 

  本当はどちらとも、僕の手でやりたかったし僕の口からのび太くんに直接伝えたかった。

  でも、それを果たすことがもう僕にはできない。

  僕は君だけが頼りだ。

  だから、セワシくん。のび太くんのこと、頼まれてくれ。】

 

ここまでが、僕宛の手紙だね』

 

「全く……心配しすぎなんだよあいつは。なんでセワシくんより僕のことを心配するんだよ」

 

(口ではそう発してしまうものの、少しだけ僕の頬が緩む)

 

(僕も忘れた事なんて一度もなかったけど、あいつも僕のことをちゃんと覚えててくれていたのだと思うと、心が暖かくなる)

 

(正直タイム電話の存在は忘れてたけど、もしかしたらそれもあいつの思惑だったのかもしれない。)

 

『あはは、でもそれはしょうがないじゃない。お祖父さんは勉強もダメ、運動もダメ、心配する要素しかなかったでしょ』

 

「否定はできないんだけどね……。そ、そんなことよりセワシくん、手紙、続きあるんだよね?」

 

(あいつがセワシくんに頼んだ、僕に伝えたかった伝言)

 

(あいつは僕に、なんて言葉をかけたかったんだろう)

 

『分かってる。ここからがお祖父さんへの手紙だよ。

 

【 のび太くんへ

  のび太くん。この電話がかかってくる頃、きっと君は既に立派な大人になっているんだろう。

  そして多分、今君は僕の助けを必要としている。

  僕は、子守用ロボットとして最後まで君の面倒を見たかった。

  だから僕は君との最後の繋がりを作ったんだ。

  それなのに、電話に出たのが僕じゃなくてごめんね。

  そして、君のことを助けてやれなくてごめん。

 

  だけど、これだけは覚えていて。

  僕は、のび太くんの事を忘れた日なんてひと時もない。毎日毎日、君のことが心配で、君のことを想ってた。

  君はアホでドジでのろまで、僕がいないと本当にダメなやつだったからね。

  でも、君はもう大丈夫だろう。

  だって、僕が壊れるこの瞬間まで君からの着信はなかったんだから。

  君のことだから、全く問題なく人生を乗り切ってきたわけじゃないんだろ?

  むしろ、人よりもたくさん転んで、でもその度に人よりたくさん起き上がってきたんだ。

  だからきっと、君は人より強い。大丈夫。自信を持って。

 

  もう、僕にはこんな言葉しか君に送ることができないんだ。

  ダメダメな子守用ロボットでごめんな。

  本当は電話が鳴ったらすぐに君の元に駆けつけて、成長した君と直接会ってたくさん話したかったんだ。

  まあ、今更言ったってどうすることもできないんだけどね。

 

  最後に僕からのび太くんに頼みがある。

  いままで僕が君のことを散々助けてやってきたんだ。最後くらい僕の頼みを聞いてくれ。

 

  のび太くん。どうか、幸せに生きてくれ。

 

  僕には願うことしかできないけど、君なら叶えられるはずだ。

  道のりが辛くても、最後には笑える人生を送ってくれ。

  一方的な頼みで悪いけど、そうじゃないと僕、不幸な君を置いてなんていけないよ。

 

  それじゃあ、もうそろそろ書くスペースがなくなってきちゃったからこの辺にしておくね。

  もっと色々なこと書きたいんだけど、ごめん、後1つだけ。

  本当にこれが最後だ。

 

  君と共に過ごした数年間、本当に楽しかった。あの日々は永遠に僕の宝物だ。

 

  じゃあのび太くん。バイバイ。】

 

……そうだな、この手紙は後でお祖父さんの所に転送するよ』

 

「……うん、ありがとう」

 

(まったく、君は謝りすぎだよ)

 

(君が僕の元に来てくれなかったら、多分どこかで僕は折れていたんじゃないかと思う)

 

(ダメダメなんかじゃない)

 

(君は僕に生きるための力をくれたんだ)

 

(僕があの頃挫けずに成長できたのは、他の誰でもない君のおかげだ)

 

(だから君は、僕にとって最高の子守用ロボットだし、最高の親友だ)

 

(そんな親友からの頼みなんだから、僕は絶対に叶えるよ)

 

『さあ、お祖父さん、本題に入ろうか。あいつの願いでもあるしね』

 

「うーん、それなんだけどねぇ、今は特に何か困ってるわけではないんだよ」

 

『え、それじゃあなんで?』

 

「古い親友に、久しぶりに会いたくなったんだよ。でも、それは叶えることができなそうだ」

 

『ああ、そうだったんだ……。じゃあ、どうしようか。別の機会にする?』

 

(確かにそれもいいかもしれないけど……)

 

「いや、今お願いしてしまおうかな。セワシくんの方も、違う時代の人と接触を持つのはあまりよろしくないんだろう?」

 

『うーん、まあ、グレーゾーンっていうかほぼアウトに近いんだけどね。でも、お祖父さんはそれでいいの?』

 

「ああ、まったく問題ない」

 

『わかった。じゃあ早速お祖父さんの願いを聞かせてくれ』

 

「うーん、そうだな……」

 

(今でいいと言ったはいいけど、考えてなかったな……。どうしようか)

 

「……そうだ。言ってもいいかな、セワシくん」

 

『うん、なんでもどうぞ』

 

「タマシイム・マシンって道具、あっただろ?」

 

———————————————————————

 

「ああ、ここだここ!」

 

(嫌なことがあった時、気分が落ち込んだ時、1人になりたい時、決まって僕はこの場所で寝そべっていた)

 

(今は、僕の通っていた学校は建て直されて元の姿は残っていないし、裏山ももうない)

 

(それに、僕の住んでいた町もすっかり変わってしまった)

 

(でも、45年の歳月が経っても、案外体が覚えていてくれた)

 

「はあ、セワシくんに頼んでよかったな」

 

(家、昼寝用の座布団、マンガ、お菓子、そしておふくろ。)

 

(全てが懐かしい)

 

「ん、ちょっと待てよ……?」

 

(そういえば昔、同じようなことが……)

 

(そうだ、僕も45年前に45年後の僕に会っていたんだった)

 

(あの時の45年後の僕が今の僕ってことか)

 

(……ということはもう少ししたら)

 

「あー!僕の場所に違う人がいる!」

 

(ああ、声変わりする前の懐かしい声だ)

 

「やあ、来たな。野比のび太くん」

 

(自分で自分に呼びかけるのはなんとも複雑な気分だ)

 

「どうだい、しっかり勉強してるかい」

 

「え、まあ……。いや、あんまり……」

 

「ははは。そうか、君が勉強してるわけないか。バカなこと聞いた」

 

(そうかそうか。僕は45年前、こんな反応をしてたのか)

 

「あんた誰です?」

 

(45年前の僕はどうやら気分を悪くしたらしい)

 

(確かに初対面のおじさんにそんなこと言われたら嫌な気分にもなるか)

 

(全てが昔に戻っているからなのか、昔抱いていたいたずら心のようなものが再び芽生え出してしまったみたいだ。悪いことしたな)

 

「分からない?45年後のきみだよ」

 

「嘘だァ、僕がそんなおジンになるなんて!!」

 

「なにをいうか。誰だって年を取るんだぞ」

 

(さすがあいつと一緒に暮らしていただけのことはあるな)

 

(普通だったら未来の自分が来たと言われても、受け入れるまでに時間がかかりそうなものだけど)

 

(とはいえだ。この時の僕の頭はこんなにも弱かったのか……)

 

「お待ちどう。手元になかったので、22世紀まで行ってきた」

 

「っ……!ド、ドラえもん……」

 

「やあ、のび太くん。きっと、君からしたら久し振りなんだろうね」

 

「あはは、そうだね。面倒かけて、悪かったね」

 

「ううん。未来のセワシくんと、何より君の願いだからね。まあ、45年後のセワシくんから電話がかかって来た時はびっくりしたけどね」

 

(僕がセワシくんに頼んだこと。それは、少しの間昔に戻って、当時の自分と入れ替わりたいというものだ)

 

(タマシイム・マシンとか、人生やり直し機みたいな道具があることは覚えていたけど、僕は実際に昔に行ってみたいとセワシくんに頼んだ)

 

(そんなこと叶うのか分からなかったけど、セワシくんは僕のために色々と動いてくれた。この時代にいるドラえもんと連絡をつけるのが一番大変だったらしい)

 

「それにしても、君がこんなに立派に成長するとは。今ののび太からは考え付かないね」

 

「どういうことだ!」

 

(……ドラえもん)

 

(君からしたら全然そんなことはないのだろうけど、僕からしたら30年以上ぶりの再会だ)

 

(気を抜けば涙が出てしまいそうだ)

 

「早速なんだけどいいかな、ドラえもん」

 

「ああ、そうだね。入れかえロープ」

 

(ドラえもんが取り出したのは、両端に玉のついたロープだった)

 

「ちょっとでいいから入れ替わりたいって」

 

「何のために?」

 

(確かに、小学4年生ならこんな気持ちになる事もないのかもしれないね)

 

「そうね、なんて言えばいいか……。遠い昔に読んだ本をもう一度読み返してみたい……、そんな気持ちかな」

 

「ふうん、いいよ、替わってあげる」

 

(あまりピンと来てないみたいだけど、断られなくてよかった)

 

(僕と45年前の僕は片方ずつ、ロープの両端を掴む)

 

(すると体に電気が流れるような衝撃と共に、今まで見ていたはずの景色が変わる)

 

「ああ、なつかしいなあ。この体も、目線の高さも、周りの風景も、何もかも昔のままだ!!」

 

「当たり前でしょ、昔だもの」

 

(昔の僕から冷静なツッコミが入った気がするけど、そんなこと気にならない)

 

(ああ、どうしよう。すごく楽しいなぁ、これからどこへ行こうか)

 

———————————————————————

 

「ああ、もう夜になっちゃったか……。ありがとう、今日はお陰で楽しかった」

 

(本当に濃密で楽しい1日だった)

 

(何十年振りに野球をやった。それも、45年前のジャイアン達と一緒に)

 

(あいつらは僕の記憶の中のまんまだった。今はもうジャイアンもスネ夫もこの頃の元気は無くなってしまっているから、余計に懐かしかった)

 

(そして今日何より嬉しかったのが、静香に会えたことだ)

 

(嬉しさのあまり、昔の通り『しずちゃん』と呼んでみたり、この時代の静香が知らないことまで話してしまった)

 

(……でもそうか。君は今日、ノビスケが月にハネムーンに行ったことを知っていたんだね)

 

(君は今際の際で、どこまで思い出したんだろうな……)

 

(父さんも母さんも、この頃は本当に若くて元気だった)

 

(父さんはもう死んじゃったし、母さんも認知症が進行してしまって施設で暮らしている)

 

(45年前に来て、改めて父母のありがたみを知ることができた)

 

(今日は本当に良い1日を過ごすことができた)

 

(セワシくんには感謝しなきゃな)

 

「のび太くん、君も今日はありがとう。何かお礼をしたいのだが……」

 

(いくら僕とはいえ、1日我儘に付き合わせてしまったからこのまま帰るというのも悪い気がするが……お?)

 

(ふと見た勉強机の上にはノートが置いてあった)

 

「そうだ、宿題でも手伝おうか」

 

「できるの?」

 

「この年で小学生の宿題ができなくてどうする」

 

(本人にはいえないけれど、これでも僕は大学を卒業してるんだ。小学生の問題くらいはできるはずだ)

 

「じゃあ……、ううん、いいよ、自分でやるから」

 

「さすがは僕だ!」

 

(45年前の僕は驚くことに、一瞬迷ったようだけど、僕の手伝いを断った)

 

(それなら、僕にできることは1つだけだ)

 

「よし、それじゃあ1つだけ教えておこう。君はこれからも何度もつまずく。でも、その度に立ち直る強さも持ってるんだよ」

 

(自分で言うのもなんだが、この人生、嬉しかったことよりも悲しかったこと、辛かったことの方が多かったように思える)

 

(それでも、何度も立ち上がって僕は生きてきた)

 

(そうか……)

 

(思い出した、思い出したよおばあちゃん。僕はきっと、あの時のおばあちゃんの言葉が心のどこかに残っていたんだ)

 

(そうだとしたらおばあちゃん、きっと僕はおばあちゃんの言うダルマになれたのかもしれない )

 

「2人とも、今日は本当にありがとう。僕はそろそろ帰るね」

 

「うん!」

 

「元気でね」

 

(ドラえもん、静香、おばあちゃん。もうきっと、一生会うことのできない3人だけど、今でも僕を支え続けてくれている)

 

(この3人の思い出、そしてジャイアンやスネ夫、息子夫婦もいる)

 

(……うん、何も心配はいらないじゃないか)

 

(安心してくれよドラえもん。きっと僕は、幸せになるよ)

 

 

   終わり




作中のとある1文は、砂川啓介さんが大山のぶ代さんに対して語った

「病気の君を置いて先には死ねないよ」

という言葉を脚色して引用しています。

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