第4章
「カイム、来たか。」
遅れて来た俺に神妙な様子で話し始めるジーク。
「遅くなってすまない、今日は巡回だったな……何かあったか?」
「ああ……実は建築用の資材を取りに行っている森の奥だが、化け物が居るという報告があってな。」
「化け物……見たことの無い大型の動物か何かか?」
まさか……嫌な予感を抑えつつも慎重に尋ねる。
「……まだ他言無用で頼む。」
「報告によると、例の黒い水のような触れているものを溶かす化け物らしい」
「国や不触金鎖もこの目で確認していないが、まだ生き残りが居たのかもしれない」
「まだ、ティアが全て消し去ったと思ったが……まだあいつらが居るのか」
「……いくら天使の力がノーヴァス・アイテルを浮かす以上の力があろうとも、世界全てを浄化しきるのは難しかったのかもしれんな。」
動転した俺は、ジークはらしくもない慰めの言葉を掛けられる。
「対策に苦慮しているのだが、カイムと羽狩り――あと聖女に、確かめに行ってもらいたい。」
「分かった……が、コレットも一緒か?」
彼女には直接戦う力が無いが、以前からあった天使の存在を感じるなどの力は強くなっていた。
今では傷を癒やす事が出来るようになっていた。
「ああ、聖女も天使ほどの力はないが本人が行きたいと聞かなくてな、御子や天使に類する力がある。 何か役に立つかもしれない」
御子であったティアを見つけ出した聖女イレーヌ――コレットの力は確かに役に立つかもしれない。
「しかし、何か合ったら事だ。しっかり守ってくれ。」
「分かった、もちろんだ。」
それに――夢の内容についてもコレットに話して見たいと思っていた。
エリスに話して夢についての情報を集めても、実際の夢を見ながら体感してもまるで例にない本当に存在するような不可思議な世界だったからだ。
ジークと別れ、町外れの集合場所に向かう。
元羽狩りの兵士の多くはノーヴァス・アイテルから出ておりフィオネをリーダーとし、地上開拓の部隊として活動している。
とは言っても、元々ここに居るのは牢獄出身者と下層民が大多数であり、革命に初めから加担したものが多い――つまり元羽狩りは革命の意思を残したものが居ないかの監視も兼ねていた。
羽狩りは革命に際してもフィオネを中心に、最後まで王の傍らに立って戦っていた、功績を認められ今では重要なポジションを立っている。
集合場所に到着するとフィオネの姿を見つけた。
「おはよう、フィオネ。今日はよろしく頼む。」
「あ、ああ、カイムか。おはよう、今日は一日宜しく頼む。」
フィオネ・シルヴァリア――旧牢獄での共同作戦の結果の果てに彼女とは関係が悪化していたが、今は少し違うが今も微妙な関係が続いていた。
「こっちこそ宜しく頼む、」
あの日から、ノーヴァス・アイテルの人間みなそうであるが――前よりもずっと雰囲気が柔らかくなったとは感じるのだが、フィオネは俺の前だとどうも固くなるようだ。
聖女を待つ間も無言の状態が続く。
「……別にお互い知らない間柄でも無いだろう、そんなに固くなられたら仕事にならないぞ。」
「すまない、カイムとまともに話す機会は久しぶりでな……。」
「そう、だな。 世界が救われたと言っても、簡単に水に流せる事じゃない。」
フィオネだけじゃなく誰もが生きる事に必死だった、俺は今でもあの時の事を思い出すと後悔が無いとは言えない。
「そんなことはっ――とにかく謝らせて欲しい。」
「兄の事でたくさん世話になったのにすまなかった、ありがとう。……それに詳しくは無いが、カイムはもっと大変だったと聞いた。」
フィオネは顔を少し紅潮させて言う。
「――もう過去の事だ。それにお前に慰められるほど落ちぶれては居ないぞ。」
「むぅ……私はお前を心配し――」
そうこうしていると、こちらに教会の馬車の音が聞こえてきた。
「申し訳ありませんカイムさん、皆さん。 公務で遅れました。」
フィオネは馬車の音に気をつけていなかったようで、声に驚き慌てふためいている。
聖女イレーヌ――コレットが聖女を表す服の純白の修道服を纏ってこちらに出てきた。
「せ、聖女様でしたか、ご足労頂きありがとうございます。」
「いえこちらこそありがとうございます。」
「この件に同行するのは自分からお願いしたことなのです、足を引っ張らないように努力します。」
聖女――コレットは真の聖女として認められ、ノーヴァス・アイテルの象徴として近傍の象徴となっていた。
俺達は目的地の森までコレットの馬車に乗り、揺られながら話をする。
「……コレット、今回の調査に同行する理由はなんなんだ? 不確定な情報の調査に聖女が出るほどではないとは思うのだが。」
今朝から疑問だった事に、率直に質問をぶつけた。
「実は、最近御子が神と話している夢を見るのです。」
「ティアだけでなく、神の夢だと……?」
「はい、私も驚きました。 私もの夜に神のお姿を初めてみましたので、気分が高ぶってしまって早く起きてしまいました。」
寝不足ながら興奮気味に顔を上気させて話すコレット。
「私は子が力を使った時や天使様からのメッセージを受け取る時と同じように神聖なものに触れる感覚がありましたので、間違いありません。」
「その中で、神が御子とこの世界をお試しになられると言っていたのです。」
「そして、神は御子にではなく私だけにもメッセージを送ってきました」。
「試練とメッセージ……それがこの調査と関係があるのか?」
「ええ、メッセージの内容は『目が覚めたら聖女としてカイムとともに行動し、結末を見届けよ』というものでした。」
「結末……あの黒い粘液が関係有るのは間違い無さそうだが。」
「しかし神は私達を見捨てられたのが王家の伝説で、実際に天使も繋がれていました。その神が何か伝えたい事があるのでしょうか……」
「コレット、実はその夢に関係有るかもしれない夢を見ているのだが――」
俺はコレットに夢の話をはじめた。
御子――ティアの話なだけに熱心な様子だ。
「別の世界の夢を何度も見る……これを聖女としてどう思う?」
「……私の力も日々強くなっておりますし、御子と深い繋がりのあるカイムさんも御子から影響を受けている、のでしょう。」
さきほどの熱心な様子とは打って変わって、慎重に言葉を選びながらも俺と同様の意見をくれる。
「そんな事があったのか、ティアさんなら何を起こしても驚きはしないが……」
「黒い粘液、神のメッセージ、別の世界の夢……何かがあるのかもしれませんね」
話のあと馬車は道を進み、目的地の森に付いた。
森はあまりまだ手を加える余裕がなく大きな道はないため、歩いて移動することになった。
ノーヴァス・アイテルにはこんな森は存在しなかったので未だに慣れない者が多い、俺自身も生物の蠢く森や川・山が少し苦手だった。
元牢獄の住人を中心に地上への移住が活発で、住居のための木材などの材料を取りに森に行く事が増えていた。
しかし、かつて牢獄に外界から這い上がってきた黒い粘液――それが居た。
「まさかこんなに大きいとは――」
フィオネは絶句しながら前方を見つめ、少し後ろを歩く俺たちも急いで見える位置に移動する。
あの忌まわしい黒い粘液が大きな水溜り――湖を埋め尽くすように蠢いていた。
黒い粘液は触手のように蠢き、周囲を少しずつ溶かし黒い粘液そのものが大きくないくようだ。
「……黒い粘液はこちらに気づいていないか?」
「先程から動きに変化はないな……しっかり見るのは二度目だが、禍々しい姿だ」
剣の握りしめ警戒を始めるフィオネ。
「あのようなもの放置しておくわけには行けません。しかしどうやって浄化すればいいのか検討もつかない量です」
少し離れた所で様子を伺っていると、小鳥が黒い粘液の沼の近くにやってきたが――次の瞬間には触手に捕まり一瞬で形が見えなくなってしまった。
「なっ」「っつ」
その光景にフィオネとコレットが唖然とした声を上げていると――黒い粘液の動きが活発になりこちらに飛んでくるように殺到して来た。
「くっ」
俺は飛び掛ってくる黒い粘液をナイフで切り裂く――
「はっ!」
フィオネも剣を振るい黒い粘液を跳ね除けようとする。
しかし沼から無尽蔵に飛んでくるように俺たちを何度も襲いかかり切りが無い。
「コレット! 俺達は黒い粘液を退けながら後退する! 直ぐに走って逃げろ!」
黒い粘液の動きは早い、俺達が走るより速く動いていた。ここは普通に逃げられるような状況では無かった。
「そんなことできません! 私の力で何とかしてみます!」
「馬鹿! お前はティアとは違うんだぞ! それに数も多い、早く逃げろ!」
「二人共! そんなことを言ってる場合ではない、囲まれ――」
黒い粘液は大きく膨れ上がるように、木の高さと同じぐらいの高さからこちらに飛んできていた。
以前に見た黒い粘液の壁と同じような光景に絶望する。
しかしコレットの体からティアの発していた紫色の光と同じを発し――
――カイムさんっ!
頭の中で忘れるはずのない声――ティアの叫びが響く。
今降りかかろうとする黒い粘液は光に触れた途端に、蒸発するかのように消え同じ色の光を放った。
「ティ、ア……?」
「これは、御子のお力……?」
「これが奇跡の力……」
黒い粘液から出る紫色の輝きは、空高く上がっていく。
第5章
――このくらいで良いか……年寄りの長い話に付きあわせてすまなかったな。
――お前の今の依代は神の涙――黒い粘液をお前が浄化した事によって完全に形を成した。
私が人間に戻るためには、この出来事は必要だったと神さまは言います。
――全て神さまのしていたことは、私を人間に戻すためだったのですね。
――神のいる世界ではカイムとティアが近づかないように引き離して居た。
――しかしお前があの世界のティアに影響を与えたことで覚醒し、カイムを救った。
まるで人間のやさしそうなお爺さんのように眉を下げている。
この人も元々人間だったのではないか――
天使の記憶にはそんなものは無いはずだけど、そんな事を思いました。
――人間が救われることは、決まっていた運命だったのかもしれん。
――人とともに生き、人とともに考えるが良い。
――私達は人間をあまり理解出来ていなかったのかもしれない。
――だが人間と天使のあいのこであり、人間と心を通わせ交わったお前ならきっと……
――お前を待つものがいる、お膳立ては全て立てた。
――私、何が出来るか分からないですけど頑張ります。
――すまなかったな、500年お前の母を放っておき、お前を不幸にした、不甲斐ない全ての天使の父の私を許せ……
こちらに背を向けながら優しい声が響かせる。
神さまはそう言って、光の粒になって消えていきます。
最初は見極めると言われて怖かったけど……最後の自由に生きろという言葉は、私達を祝福してくれているのだと。
私には育ててくれた父親は居ないけれど、神さまは厳しくも優しい私の想像していた父のような人でした。
光に包まれた部屋は光となり散っていき、指輪も跡形もなく砂となりました。
――カイムさん、カイムさん!
指輪が全て消え、多くの知覚が流れこんできます。
カイムさんの荒い息遣いを感じます。
――やっぱり私は、カイムさんに早く会いたい、会って一緒に
「カイムさんっ!」
カイムさんの事を強く思うと私の身体は強く白い輝きを放ち、その場所から消えた――
俺達の前の紫の輝きは急に白い輝きに変わった。
その幻想的な輝きが少しずつ弱まっていく。
「カイム、さん……カイムさんっ」
輝きの中から人の声――どこかで聞いたことのある声が聞こえた。
「ティア!」
ティアの声だと思った瞬間に身体はもう動いていた。
光の中に飛び込み、そこにある柔らかな身体を抱きしめる
「ティア……ティア……良く戻ってくれた」
「御子……!?」
「ティアさん……!?」
カイムさんが私の身体を強く抱きしめてくれます。
神さまと会うまでは大気のようになった私もカイムさんを感じていましたが、本当に触れている方がずっと暖かく胸が高鳴ります。
私が消えたあの時は覚悟を決められましたが、一緒に居られる素晴らしさを感じます。
「ティア、お前どうして……」
「神さまが私に身体を与えてくれたんです、人とともに生きろって……」
「神さまだって……何が起きてるのか」
少し神妙な顔をするカイムさん、私も凄く驚いたので当然かもしれません。
「ふふ、とっても良い方でお父さんみたいな暖かな方でした」
「人と神さまはすれ違っていただけなんです。」
「そうか……これからずっと一緒に居よう、今度はずっと一緒だ」
「はい……カイムさん」
私はカイムさんといっしょに生きて行きます。
この世界で人間として。