烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど! 作:ぴんぽんだっしゅ
「では、裔子はどうじゃろう。俺の子になれ。俺はお前の頭の中身が欲しい」
細い目を更に細く、鋭い視線で射るように小昼を見詰めてくる公家の麿スタイル。
一条房基と今二人きり。
大津城の一室。
部屋を占めるのは、気づけば怪しい謀略の空気。
畳で言うなら二十畳分はある広い部屋を、たった二人でしかも、部屋の隅を占領して物凄く贅沢かつ、狭く使っている現状。
房基に嫁に来いと言われました。数えで六つ。房基は数えで二十六。一回り以上離れてるってゆーのに。
お巡りさん、こっち!このひとです!
平成なら、まずそうなる事案だろうな。
嫁を断ったら今度は養子で来ないか。と、欲しいのが頭の中身って!欲だだ漏れ。ま、遠回しで胡麻かされながら言い含めようとされるよりかは、小昼のポイントは高くつく。
猫被ってる子より素のままでぶつかってきてくれる子の方が魂が清らかだと思うんだ……とにかく、陰口に花咲かせるグループは好きに成れなかったから、性分なんだろーね。自分の事が話題にされても、他人が話題にされても、陰口が気に食わないのは変わらない。
て、わけで房基のそんな欲がだだ漏れで目が金になって見えてても。マイナスは付けないんだ。
「……ぶっちゃけてこの話をしたのは房基、あなただけって事判ってる?父上にも『特別』と思われたくないって事が」
マイナスが付かないってだけで、それとこれとは別。
養子になれ、あーはい!
……なんて。あるわけないじゃん!
なにより、父上に知れるのが好ましくない。あの父上だ、狐憑きとか憑きものが!に、なるに決まってる。
房基の切れ長の瞳を同じように刺すような視線で見詰め返す。
すると、房基がたじろいだような風な気がしたんで、余裕ぶってふふんと笑ってやる。
「特別と……ふはははは。裔子だぞ。一条を名乗れるという以外になんら変わらず過ごしていい。俺が要求するのは─」
「何?こっち見んな!」
そんなことを言う房基はじとっとした視線で小昼を見てくる。
無念な胸の辺りが妙に痛い。一回り以上離れてる大人から嫌な気配を感じて、思わずまだ喋っている最中の房基に突っ込んだ。
ちなみに今。二人は、小昼と房基の距離は、けっこう近い。
壁を背に小昼が座り込み、その前に膝が擦れるんじゃないかと心配する距離で房基という配置だ。
ナイショ話をしてるんだから、当然のように距離は近くなる。
こうなることは必然だった。に、しても近い。あと、視線が痛い、エロい!
「─俺の好奇心を満たしてくれたらそれでいい。それで、ついでに儲けさせろ。そうなりゃ、本家を黙らせられるからな」
房基の口から出てくるのは隠し事の無い本心に感じた。っても、ほんとに欲の権化みたいな奴と思わせる事ばかり。
「うぷぷ……!相当苦労してるみたい。そこまで本家は銭を求めてんの?」
判るけどね。判るから、判るだけに。おかしくなる。口を押さえても肩が震える、声が漏れる。ダメだ。笑っちゃう。
公家は公家では食えなくなってしまった。そりゃそーだ。武士が荘園を横領して上がりを渡さないから。荘園の収入で生活をしてた公家は自然と貧困なるのは当然だよね。
誰も税金を納めてくれなくなったら政府だって苦しくて首が回らなくなる、平成だって同じだ。
貨幣経済にまだ完全になってるとは言えないから、納めるのは米。
その米が各地の荘園から届かないのだから、公家の権力では横領を止められなくなってるって事が判る。
かと言って公家は農民のように田畑を耕すなんてことが出来るはずもなく。
飢える一方だったわけですよ。天文年間のことです。とは言え、これは、秀吉が台頭して公家を求める有り難がるまではずっと続いていた事だったんですけどね。
本家が分家の房基に金を求めたのは避けられない事だったんだろうね。
「公家では食えない世だ。放浪などしたくない、と銭の無心は回りくどい言い回しでいつものことだ。ま、当然だろうがな」
「助ける必要が?」
「ないな。しかし、下向してきた初代からの慣習なのさ。つまり俺は、弱い立場と言うこと。だから、腹の中じゃどれだけ憤怒の顔をしていようが、表面では笑って銭を払う」
「おぇぇ、パラサイトか……」
諦めきっている声に変わった房基を見て、気分を害した。房基の負担は小さくはないのが声の変化に表れて出てくるようだ。
本家、自重しる!
「パラサイト、とは……いや、きっとまたえいごという物なのだろうな。本家はそうやって他から施しを受けて生き残った。今も昔も……さあ、それはいいとして。
そろそろ、答えを聞かせて貰えるか?」
「えーっと。本家への愚痴に付き合ったってだけのような気がするんだけど。あと一押しちょーだいよ」
思わず出た英語に軽く噛みつきながらもそれを棚上げしてきた。お?ついに本丸に踏み込んできたんだ?
答えを出せ。そう言うなら……。
じゃあ、出すもの出して貰いましょうか?
「望みのものをくれてやる。何を望む?
城か、土地か、金銀か、船か、……おぉ、忘れてたぜ。女だもんな、そっか。──いい男だな?」
「違う!」
よりによって男か。いや、女よりは好きだけどそっち方面でも人付き合いが撃沈して、未だに癒えてないのに。前世のことと言うのに、だ。
そんな、地雷源に踏み込んできたんだよ?判ってるの、房基。
「話の中にあった幸村ならどうだ?」
「交渉材料にならない!甲斐武田だし!」
おぅふ!
それを望んだらおばーちゃんになるのでは?
まだ昌幸の時代でしょ。
「織田信長では……」
「ふはははは!房基!ノブをくれるってゆーの?」
「いらんか?」
核心に踏み込みましたね。
それはくれるなら欲しい。
だけど、性格破綻してるノブを人として好きになれるか、愛せるか?ってことだと……悩む。
自然と腹の底から笑っちゃう。
ノブをキャラとして愛でて、愛せて、骨までしゃぶれるんですけどねっ!
「握手して、サイン貰うだけで十分過ぎるので。却下……ノブは土佐で大人しくしてくれるタマじゃないのよ」
大体、ノブが土佐に来て房基と仲良くやってられるか──うん。そんな未来は見えない。にーさまと、房基は生首にされっぞ!
だから、握手。それにサインが貰えたらそれでいい。十分に欲求を満たせるし、それだけで寝られなくなる。
なんにしろ家宝級のお宝にじゃないか。
それで全然いい。それがいい。
「ふん、では三好!」
「もう、それ。止めにしない?」
房基は出来もしやしないのに、大嘘ばかりを。
ビックマウスとゆー奴だろうか、一条は公家と武士のハイブリットなんだ。一線級の侍とは、地が違う。血から違う。その心がけが全く違う。
人ではなく、家が残せればそれでいいという考えには房基じゃ辿り着けるかどうか。本家に縛られた房基では。
「お前を手元に置いとけるなら、三好とも戦って見せよう。と、いっているだけだよ。強い武士に憧れていたんだろ?俺を強くしろ。それではダメか?」
それで、三好?
今は確かに三好の勢力は断トツに大きいよ。そんなの、長慶が生きてる間だけじゃん。
後継問題で揉めに揉めた上に長慶からして粛清しちゃうから、纏まらなくなるんだよね、確か。
三好長慶。三好家の当主で上司の細川から全てを奪って、さらに足利将軍家すら手のひらの上で転がした。当時の日本の副王とまで呼ばれた巨人だよ。四国と畿内で絶大な権力を誇っていたけど、長慶が死ぬ。後継者はノブに敵わなかった。
「房基……大友と戦える?大内と戦える?ノブは誰が来たって戦えるんだよ。三好なんか、にーさまが滅ぼしたのに……。ノブに喧嘩売れる訳?」
「ふーむ?今は何を俺は聞いていたのかな。今は親兄弟が争い、一族で殺し合う末法の世。
誰が来たとて、それが万千代だとて、命果てなくば。俺は戦える。ただし……」
房基は真剣な目をして小昼を見詰めてくる。
発破をかけてあげると、引き下がるんじゃないかと思ってたんだけど。別方面に覚醒したように、男振りが上がっていた。
何がこようが戦える。房基はそう言うんだ。なんか、こうキュンと来た。
どこか、ノブっぽいものを感じた。言ってる事は違うのにね、おかしい。
「ただし……?」
「それをやれる戦力があればじゃ!ふわっははは!
俺の勘が言っている、大友と組むより大内と組むより、益は目の前の童にあると」
「金にしか目が無いのね。……あー、解った。……やったろうじゃん。大友に喧嘩売って貰うわよ?」
あ。前言撤回。
こいつ銭ゲバだよ。頭の中銭勘定しかないよ。
流石、土佐から琉球と貿易やるだけある。銭の匂いに敏感なんだ。それだけ、なんだ。なぁんだ。
……。
「では。輿入れじゃ!」
二言目にはこれだよ!
全部がぶち壊しだよ。本家の人間と房基は変わらないなぁ。ここまで浅ましい人間を見たことがないよ!
でも、素で話し合える相手が居るのっていいなあ。
「嫁になるとは。言ってない!」
真剣に嫌とは言ってない。
だからといって嫁になるなんて言ってない。
ここまで読んでくれてありがとう!