烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど!   作:ぴんぽんだっしゅ

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24.夜駆け

陣炊きを口にして、一息着かずに体を動かしています。

陣炊きといっても麦飯を握り込んだものを、湯で戻して、それだと余りに味気ないので、塩味噌を湯に落とし込んだものでした。

 

さて、川向こうの陣炊きはどんなものでしょうか?中洲の隊はろくなものを持ち込めてないはずですし、似たようなものだったりしたかも知れませんよね。

反していいもの食ってたら、襲って奪い取りたくなるくらいに腹が満足をしていないと申しているようで、ぐるるると腹に飼っている虫が鳴くたびに、この世の無情を感じていたのです。

平成なら、戦場食レーションを湯で戻して食べているとこでしょうか、不味いわけじゃないけど手を挙げて絶品て言う品じゃなかったけど、ですけど、今の薄いねこまんまみたいな陣炊きよりか、百倍満足いく自信がありますよ。

昭和の物無し時代じゃあるまいし、こんなので納得いくわけないんですなのだわ。

 

ブンっ!ブンっ!ブンっ!

 

腹ごなしじゃなく、仕方無く気を紛らわしがてら習慣になっている朝夕の稽古に突入です。

っても、素振りするくらいしかないんですけどね。……木刀もないので、鞘を固く絞り絞めてくくりつけた真剣という名の鉄の塊を素振りしてるというわけで、そんなことをしていると。

 

「生兵法は怪我のもとだぜー」

 

身軽にくくり袴とはばきという今の小昼の格好。

鎧を着込んだまま、素振りを数こなすのは、強力の持ち主じゃないので不可能といいます。

 

すっかり暮れた川のすぐ側。陣を張ったすぐ裏手には河原の方にまで出張ってこれ以上の上流への道を寸断している森が広がっている。

そんな暗がりとも言える陣の裏手から声がした。声の主は振り返らなくても判っていたけどこれは礼儀。

振り返って答えることにする。

 

「江村どの、森を巡回ですか。ご苦労」

 

「元親どの、……いや、そうじゃねえ。姫様よ、木刀を振るのは構わねえよ、けど。剣ってのはすぱっと切れる。──怪我する前に止めときな」

 

江村親家が居た。小昼とは違って重い大鎧に具足と、兜こそ脱いでいたけどほぼフル装備で。

そこには若さをまだ残した青年が、きりっと眼光鋭く立っていたのです。

二十歳前後くらいの印象が強い、普段の砕けた雰囲気でチャラい江村親家と比べれば、全く別人の様に感じられる。これが武士のもつオーラとでも言うんですかね?

 

余談ですが、諸説ある山田の大将・元秀との一騎討ちは48年説と57年説が有名ですが、57年を採用してます。悪しからず。逆算して53年時には親家は二十歳前後くらいなったのです──以上、余談でした。

 

口から出た巡回、というのが当たったかどうかは判らないけど、ひりひりするような凄みがまだ持続しているのが見て取れる。

 

そんな親家がひょいと刀を鞘の真ん中辺りを掴んで、小昼の手から取り上げた。

代わりになるものが他にないんだから、これでいいじゃない!

 

「抜き身じゃない、鞘付けだ。危険はこれならないだろう?」

 

「修行ってのは訓練だ。姫様のは振ってるつもりで振られてる。危なっかしいんだよ」

 

むぐぐ……。親家の言っていることがむしろ正しくて何も間違ってなくて悔しい。と、思わず唇辺りが痛くなって気付く。

めっちゃ力入って八重歯気味な歯で唇噛んでた。悔しかったんだな、きっと。

初陣こそ済ませたけど、刀をまだ使いこなせてない。

槍なんてもっと重心が違くて取り回しが凄く厄介。

 

「判った。訓練はこれくらいにしとく。江村どの、江村どのはどう思うのです?

父上は今がその時!と思って戦に踏み切りました。踏み切ったわけですが、……天竺に後ろを今の時点で脅かされています。となれば、出てきますよね?

細川。それに池。……縁組みを小昼が頷けば、少なくても池は味方に引き込めてた、そうでしょう?こんな、敵だらけの今の現状はなかった!」

 

あれは数えで九つ。その時、縁談が上がったわけです。かつての縁故のある細川から、長宗我部との結びつきを強固にしよう、と。

 

細川は細川でも、藤孝さんとなら考えなくもないんでしたが、藤孝さんならまだ合理的思考が出来そうだとも、ほんのり思える部分もあっていざとなれば武将として戦場に立てる嫁というのも望めたかも?そう、たらればなのですけどね。

 

道具としか思ってない、長宗我部の整った顔と透き通る大陸人ゆずりの白魚のような肌が目当てとする、秦氏の血を欲しがっての縁組なんて当然却下です。

ねーさまが美人で評判だから、二番目も美人であるだろうという目論見がある、という話は聞こえていたのです。

 

父上からも、爺からも。

 

土佐守護?しかも形骸化した本質守護さんなんて、政略結婚にも相当しないのですよ。

 

実力、実効戦力だけがものを言う弱肉強食の末法の世に守護なんて美味しいんですか?

 

にーさまは風雲児になったんです。そんな長宗我部の血が守護に嫁いでおしまいなんて……安い、安すぎると感じて冷めてしまうのは間違いでは無かったでしょう。

せめて、江村親家みたいにバリバリ我が家のために奉公してくれる筆頭候補に嫁いだ方が数倍はお得。

戦力を期待するなら、安芸国虎。土佐の東を掌握してるまで言える安芸家・当主。

……あの、小生意気に嫁いで反して細川をぎったんぎったんにしつつ、父上は東を気にせず復讐に身を置けた、そんな未来もあったかもというとこですよ。

話の軸としては、細川は天竺の本家になります、取り合えず。

父上が不本意としても、細川と親戚となれば天竺と戦わずに大津が使い放題です。敵じゃなくなる訳で。

ま、そうなると今の我が家の場合……内に敵を湧かせる事に成りかねないんでしたね。横山とか森とか。天竺を天敵にしてる家を保護してる訳で、大義名分をそこから持ってきていたんですよ。史実では違うかも知れませんが、そうなっています。細川が我が家の味方になっていない為のズレがあるみたいですよ。

 

「それは、姫様が。一番判ってることでしょーが。なら、無礼になるでしょうが思いをひとつ、吐き出させていただくぜ。そーだな、上手く行きゃ細川を計略に沈めて今ごろは田村城に花隈に大津に、香長平野まるごと手に入ってたかもなー……でもよ、姫様。女子衆のように生きれないと殿を困らせ、縁談を白紙に戻したのは姫様だ。後悔してんなら、今からでも細川へ行けってんだ。でもよう、姫様は刀振り回して取った敵の首の数で功を競る、今の生き方を選んでんだ。今から生き方、変えれるわけねえよ、な?そうだろ?」

 

そうでした。周りがあまりにも敵だらけで味方が居なさすぎて、頼れる房基は土佐に帰っているとは言え遥か遠い西の果て、中村。

これでは勝ち負けが決まる前から弱気になって、勝手に小昼のせいにしてしまって居ました。

まさに、金言。

 

「ぐうの音もでないわ。江村どのの言う通り。父上と我が家を勝たせるために武士の生き方を選んだのは誰でもない、この小昼だった!」

 

今の小昼は、武士!

刀を振り回して敵の首を狩ることが唯一の生業。

それが出来なければ、領地の住民を守れませんから。

武士が女子に戻ろうなどあってはいけませんでしたね。

 

「なら、女子の幸せは捨てておるでしょう。縁組など無用って訳だ」

 

江村親家は警戒心のレベルをひとつ落として、少し普段通りの目で笑った。

目の前の少年の瞳は血走ったさっきまでとは違い、ほんのさっきの事なのにその表情からはそれまでの江村親家の空気はさっぱり消え、勢汰(史実でなんと言う子供時代があったかは知りませんけど、今この時江村親家の幼名はこうなっています。)の顔に戻っていた。

小備後と呼ばれるのもまだ先の、一年前には寺子屋もどきで読み書きの習得に逸って猛勉強をしていた、その合間に見せた、そんな澄んだ瞳で、今の時点には似つかわしくない素直な笑い顔なのですよ。

ちょっと、ズルいです。

 

「ええ、そうよ。ありがとう、弱気になる所だった」

 

「魂に火は点いたかよ?姫様」

 

「ああ、ここに熱い炎が灯ったわ」

 

別の意味で火が点いてないか心配です。そうなった場合江村親俊が生まれてきません……。

 

四国戦線を支えた彼が生まれてこないのは、そんな意味でもマズいのです。

 

「そりゃ、よかったや。危ない真似はやめて、白黒でも打って体を休ませておきなよ。俺はまたその辺見てくるぜ」

 

 

そんなのほほんとした時間も長く続きませんでした。

事態が急変した事を報せる。

 

「おい、馬の蹄の音がしないか?水の音も──来やがった!!」

 

夜駆けです。数はまだ判りませんが、中洲はここから遠いことからも、中洲に上がった左翼の隊じゃない、残りの部隊が渡河をしている音が聞こえてきたのです。

ラブコメちっくなノリは小昼には似合わないとでもいう、そんな急速な展開でした。江村親家も早速消えてますし……美人だと、思うんだけどな〜




ほんの少しのラブコメちっく

江村親家の幼名はわかってませんので、オリジナルです。そもそも、また登場の機会あるかどうかもわからない幼名なんですけど?


ここまで読んでくれてありがとう!ご意見ご感想書いていってね

もっと詳しい資料が欲しい……けど古語は読めないから、本格派な資料はなんじゃこりゃにしかならないんですけどねー 以上、戯れ言

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