烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど!   作:ぴんぽんだっしゅ

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26.一計を謀る

《1553年》天文22年─物部川西岸 長宗我部小昼

 

「やっぱり来ましたね。来ちゃったんだよね。じゃあ──戦(や)りましょうか!」

 

切換が早いのが小昼のいいとこだったりします。

生徒と教師の間柄だったこともある江村親家の妙な男の色気に女の部分をくすぐられた様に《少し感じていた》としても、武士の本文は戦です。武士となったからには父上の様に敵の首を取ることが大事。

いまなら物部川を渡ってきている香宗我部秀通の手勢がそれ、敵なのです。

 

でも、小昼は知っている。我々長宗我部勢は皆、父上や爺から聞かされていて知っているんだから。

 

「親秀どのから内応の約定が届いておってにゃ。それを秀通に隠し、反意見せるようなら香宗我部もろとも秀通を討てと伝えておるわ!」

 

立田天満宮から陣を発つ前に、皆の前で父上がそう宣言した。つまり、元当主だった遷仙親秀派が秀通派を後ろから刺すという。

横に控えていた吉田孝頼、爺から補足する一言が付け加えられたのです。

 

「香宗我部は今、秀通を主とするもの、親秀を慕い主とするものとで別れておる。親秀派とは誼を結ぶ話は付いておりまして、さすればこの戦、秀通が素直に負けを認めれば良し。もしそうで無くば帰る場所は秀通には残されておらぬと言うことぞ!」

 

鎧姿で戦装束の爺は、同じ様に戦装束の父上の横で力一杯にそう続けたのでした。爺の声が途切れるその瞬間、我が長宗我部の士気は最高潮。

 

おおおおぉおおおおぉおおお──と言う耳をつんざく大歓声と、どこからともなくえいえいおー、えいえいおーという掛け声が上がりましたっけ。

それを皆の一番前、手を伸ばして届かない距離に爺、父上、国康叔父さんの座る対面に座って聞いていたんです。

何度目かのえいえいおーには小昼も参加して一体感を感じながら、いいなぁーっコレよコレ!て思ってる辺り小昼にはまだ覚悟が定まってない感じでしたよね、後から思うに。

そんな小昼の気持ちをばっさり切り捨てるような射すくめる視線を感じてその主を探すと、父上と目が合ったのです。

怖い顔でした。

あの時の父上の顔は獲物に飛びかかる猛獣の様な表情とでも言いましょうか、これから戦を前にして見るものを奮い立たせる、武人の顔をしていたのですよ。

 

 

 

 

それを思い出せば、ぶるりとひとつ、全身を武者震いが走っていきました。

足下は覚束無い。だけど、川を渡ってきた香宗我部も、こっちに来たら条件は同じ。寝る準備をしてるとでも思って仕掛けてきたんだろーけど。そうじゃないんだなぁ……。実は。

 

 

 

「──隙をわざと見せて、相手に攻めさせる。いい?敵の身になって考えてみなさい、監視の目だけわざわざ置いて本隊が引いて行けばどうしても《監視の目》くらい叩きのめせると思うでしょ?」

 

「本隊が退くのは足場がこれでは当然。と、元親どのの言う通り考えるでしょうな」

 

「だから、攻めてもらおう」

 

「こちらもやる気とは考えられない、と?」

 

時間を少し巻き戻して、陣炊きが始まるより前。中島隊を率いる中島親吉に一石を投じてみる。

馬首を中島さんの隣へ寄せて、お互いの声が届く距離に近づいて声を掛けたのです。

雑談を交えて核心をえぐるこの弁に繋がったわけですが、ここでは雑談は省くとしますか。

 

すると、顔はこちらを向け中島さんは悩み顔に口をへの字に曲げてそう答えてきた。その時、目線はあらぬ方向を向いていたのは、中島さんの悩む時の癖みたいなものだったんだろう。

 

 

 

「──だから、さっき言った通り、一度盛り上がってから。静かになればいいのよ。子供の、女の言うことだから軽く考えてる?」

 

シーンはそれから少し進んで、陣炊きが始まった頃。

中島さんは小昼の言った事を余り重く受け止めてくれない。だからちょっと一差し。

見た目三十代くらいの中島親吉に対して、元服したと言ってもまだ童と呼ばれてもおかしくない小昼が顔をずいと寄せて凄んでみせたからか、

 

「いえいえ、そうでは御座らん、元親どの。姫から武士に鞍変えしたと言え、親方様である国親様が《武士として、一門として扱え》と申しているのだからですな。何もそんな、軽く扱うなどとんでもない。

──おい、お前らもっと騒げ!喚くくらい歌え!壇州でもいい、踊れ!」

 

言わなくてもいい本心をさらけ出して、中島さんは隊の他の人たちに騒ぐことを強調して怒鳴り声で叫んだ。

慌てて振り返って、握りこぶしを振り上げる中島さんの背には、汗がどっと浮かぶエフェクトが見えた気もしないでもない。

 

お互い肩を並べる距離で石組みの焚き火を前にあぐらをかいて座り、陣炊きが出来上がるのを待つ合間に策を巡らせる。

 

なんか、今。

スゴく戦国を感じてる。

これこそ、戦国の世。

 

敵を嵌めて、勝ちを掴む!

 

えもいわれない充足感が小昼を包んで、わくわく感が胸を叩くのです。

 

「これで良いかな、元親どの」

 

「それで良いのよ。これで中島隊が目を引き、静かになれば寝たかと思うわ、中島どの」

 

この時の小昼はさぞ黒い笑顔をしていた事でしょう。

対して、中島さんは中間管理職が頭の上がらない上司に対して浮かべるような作り笑いを顔に張り付かせながらも、口元がひきつっているのが焚き火の明かりに照らし出されていた。

 

お互い、必死なのよね。

長宗我部ってまだまだ再興途中。かつては吉原庄っていう海沿いの領地も持ってたくらいあちこちに土地を貰って、いくつも城持ちの家臣を抱えていたわけ。

 

それが、滅亡してから城は岡豊に比江山に吉田と数えられるくらいにしか無くなってしまったんですよ。

 

岡豊を含め、平成には南国市と呼ばれるこの辺りには全体で47もの城が。……実際、戦国の世ならもっとあるかも知れません。

それだけの城があればその数とほぼ同数の勢力が乱立していたことが判っている中……の、たった三つ。

 

これは気が気で無くなっても……しょうが無いかもですよね。

今、小昼の目の前にいる中島さんも我が家の分家筋。

長宗我部を裏切る気がないと、このその他大勢にいつ飲み込まれるか気が気でないのも当然。

 

勝つためなら何だって貪欲にやりこなすつもりなのが伝わってきます。小娘にだって従いますよ、やりますよと鳴き声も交ざってそうですけどね。

そんな中島さんの目は真剣でぎらぎらと力が隠っていますよ。

ちょっと頼りない課長クラスって立ち位置に見えますから、まだ覚醒してないんでしょうしね。

 

この中島さんは、史実通りなら細川との戦、池との戦、天竺夜戦で大活躍する勇士なんです。ちょっと期待してるんですよ?

 

分家のコネだけで隊長任されて無いことに。だから、失望させないでください、中島さん。

 

できたなら、今この時に覚醒を迎えて欲しいものです。

 

「なあにやってんだ?中島どの、元親どの」

 

そう言って声を掛けて来た江村親家に二人で振り返って、その手に握られた木の椀から鼻孔をくすぐる味噌の匂いが漂ってきて中島さんとの談合はお開きとなったのでした──

 

鎧を着直す暇も無いまま、敵の奇襲を受けるわけですが、

 

「親家が皆に報せただろうから、陣の中に人は残ってない。なら……森を窺うでしょうね、裏にあるわけだし──こんな風に」

 

「いたぞ!」

 

「お覚悟!」

 

ふうん、二人か。

森のすぐそばの繁みに潜り込ませて、小昼が息を潜ませていると足音が聞こえて来たので狙うべき獲物を見て、ターゲットを決めて繁みから躍り出る。

 

居たぞ。じゃないわ。出てきたんだよ。獲物の喉元に噛み付くために。

 

「まずは二人かー。すぐこっちにも来る、よね。あっちは始めたみたいだし」

 

相対する敵を見定まっている方が強い。二人居た敵兵を一人は抜き放った刀で狙い易かった胸を一差し。……当たったのはそいつが仰け反ったせいもあって首に。雑兵だからか簡易的な鎧で大鎧じゃない。それがよかった。兜も付けれる身分じゃないのか鉢金が額に巻かれている。

返す刀でそのままの勢いでその隣で何が起きたか解らないまま刀に目が行っているもう一方を袈裟斬りに斬って捨てる。そのままじゃ死んでも死にきれないだろうから、

 

「成仏してね」

 

とせめてもの情けなんだよね?コレって。

刀の柄を逆さに掴んでざくざくとトドメを刺す。首を刺されて悶えている方にも同じようにトドメを忘れず。

そうしてる間に近くでガキン、キンっ!という金属音が響き始めた。

江村親家か中島親吉が敵に襲い掛かったんだろうね。

何故なら、味方は松明を点けずに敵さんにだけ松明を持って貰って、それが目印にまず隊長格の江村親家、中島親吉が敵の誰でもいい、近くにいる松明持ちを始末する。

 

それに続いて松明持ちを次々と平らげてから……転身。

父上が陣を敷く天満宮まで退き上げる、までが策だったからなんだよ。

こっちが負けた、逃げ出したと思わせるようにしつつ、被害は最低限に。

 

 

 

 

「──ひめせんせー。戦場でも教師みたいな説明すんのかよ、これはあれだ。南蛮の書に書かれてた策だな?ひめせ……いや、元親どの」

 

「いいのよ、元生徒じゃない。中島さんだって実力あるはずだから、そう伝えて」

 

地面に矢印と、丸と、四角と、ばつが書きこまれた図面が出来上がるのを見て、江村親家はつい口が滑ったみたい。

 

中島親吉が立つとぽっかり空いたそれまで親吉が座っていた小昼の隣へ江村親家が座る。

 

シーンは少し巻き戻して、陣炊きが出来た頃。

 

隣の江村親家は川向こうへ矢が届いたとか、自慢話を始めたけど、小昼の頭の中に、自己満話が入り込む隙は今、この時には存在しない。

如何ように敵を嵌め殺してやるか、頭の中はフル回転に考えを巡らせているんだから。

 

小枝を拾い上げて少し後ろにあぐらから膝を立てて下がると、地面を盤面に見立てて矢印を書き込む。次に城に見立てた四角。将に見立てた丸。敵と交戦しているのを表す×。

 

それを目にしての、先の、江村親家の発言があるわけ。

棒合戦の作戦指示で、何度も見せた地面にびっしり書いた地図もどきを見たから、江村親家は瞬時に昔を思い出したのですよ。

 

棒合戦では年、体格関係なく知恵を絞った方が勝つことを、身を持って教え込みましたしね。

 

木の棒で叩かれた痛みが再度、思い出されたという事かも知れません。この場でひめせんせーはないっつーの。

矢印は全て天満宮を指していて、この策が如何に危険かを江村親家が悟って青い顔を見せる。

小昼的にマイナス点だよ、その顔は!

 

小昼、ついつい目を細めて言い返した。

島津くらいの成果をあげてとは言わないけど、

 

「釣り野伏せは教えたよね?棒合戦でもやって見せたじゃない。後は本番でやって見せてくれたらいいのっ」

 

薩摩の最強殺人マシーン・島津のお家芸。そう、釣り野伏せをやろうってわけ。

後ろに親秀がいる限り川を渡って敵さんは逃げれないけど、もっと秀通を逃げれなくさせてあげよう。

逃げれなくしてから、面と向かって攻め懸かれず、無念のまま、秀通には悟って貰いましょ。

戦ったのが間違いだったってね?

 

ん?親秀が蓋をするから釣り野伏せより弥三郎にーさまがお家芸とした鰻の巣戦術になっちゃう?

 




後だしジャンケンで敵をはめましょう。これこそ──釣り野伏せ
by.長宗我部小昼




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