烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど! 作:ぴんぽんだっしゅ
《1553年》天文22年─土佐・立田天満宮近く
長宗我部小昼
こんばんは!やっと小昼の出番なのです。
小昼のターン、れっつでゅえる!なんて……ふざけてる場合じゃ無かったんですが。そんな、雰囲気が少し漂って居たので立ち止まってポーズなど取ってしまったのです、ちょっと反省。
後ろでは江村親家や中島さんが奮闘しながら、香宗我部を誘導してきているはずだったりします。
合流地点である、天満宮へと。ここでじっくり本隊と合わせて、敵をなぶり殺してやる手筈。
「もうすぐで天満宮。……ん?父上たちが布陣しててぐすね引いて待ち受けてるのを想像してここまで思い描いてたのに、もう!始まってる……!?」
天満宮の周りは、かがり火の燃える灯りで煌々と照らし出されて夜にしては明るい。
そこに大勢の人間が居る気配を、まだ離れたこの場所からでも判るくらい感じる。
早歩き程度でじわじわ近付く、体力温存を考えての判断でしばらくは走っていない。
鎧を陣中に置いてきたので、ずっしりとした重みを感じる事はなかったけど、無尽蔵の体力とはいかないんだなぁ……なんて感じています。
くくり袴とはばき姿なのは鎧を、それに頭に巻き付けた手拭いは兜をそれぞれ被っていたまたは着ていた余韻。
しかも、泥を跳ねて返り血を浴びてまさに血泥にまみれた汚く汚れた格好のまま戦場を転戦しているとこなんです。はやく、湯あみしたい。
返り血って染みついて綺麗に元通りになってくれないんですよ。
とか、勝った気分になっていたのが急速に冷めてってリセット。
戦が始まっていたんです。
まだ確認は出来てないですけど、天竺が出陣して、細川が田村に移動して動きありって聞いてたんでした。
天竺花氏が父上との因縁から攻め込んで来たの?
それとも、細川の本隊が移動してきていた?
なにせ、戦国の世。携帯や黒電話でもしもし、あ!はい!なんて事が出来ない。つまり。どうしても、タイムラグが生じるんですよ!
報告もそういえば、夕方から途絶えていました。あれから数刻は経っているでしょう。なんにせよ、急がないと。
──あの旗は!
「二つ引き両!来たのっ?細川本隊がっ!」
名前も知らない緩やかな坂を上がりきると、ぱあっと目の前が字面通りに開けて目に飛び込んで来たのは黒字の旗。二引き両。
それが示すのは細川京兆家。
滅亡前の我が家の上司にあたる、土佐守護を示している。
四国から逃げ出して京都に居るんだけどね、土佐守護を受けている本物は。
ここに居る細川は庶流で十市に留まった細川家。
と、言っても本物が逃げ出した後、香長に伸長してきたのです。
本家がほっぽりだした何もかもを補う意味で、香長を今纏めている状態だと聞いてます。生徒から……。
何故なら、勉学を教えて欲しいと、十市細川家から子供を岡豊に預けられていた時も、あったのです。
自慢気に言っていた、と別の生徒から聞かされたので覚えてます。
狭い範囲に多数勢力がひしめいているんですから、噂話もその範囲では広まっていくものなので、細川も寺子屋をやってるのを聞いたんでしょうね?
評判も上々ならわざわざ京都から教坊を招くよりてっとり早い、と押し付けられる形で、細川の子供も引き受けたんですよ。
池頼和、と名乗る前の池四郎。細川家からは正頼を名乗る前の細川新宇右衛門。
守護が逃げ出したら、守護代が補填するもの、ですよね?
守護代も細川だったりします……。
父上から聞いてビックリしたのを覚えてます。
実力から言えば土佐半国を実行支配している、一条家が受けていて当然と思っていたんですけど、この守護代の家柄が、逃げ出した嫡流の遠州家細川だったんですよ。
土佐守護は京都にいて、かつては守護代的な実質的戦力を賄っていたのが、滅亡前の我が家だったそうです。
田舎に出向くのを煩わしがって、長宗我部に丸投げしてたってわけですか、はい。
それで、我が家が滅亡すると遠州家細川がやっと出向いてきたんだとか、それまでも居たけど上司的役割をしてても京都がちょうど激しく炎上して、腰を落ち着けられなかったとか。
ちょうど、応仁の乱からずっと細川家は京都や摂津や播磨で戦争やってるんですもんね。
田舎に腰下ろしてじっくり政治やってくれるような時勢じゃありませんよ、それはそうでしょうけど……。
で、今。守護代の座は中ぶらりんなんだそうです。
土佐の不思議、ですよね。
てっきり、一条が守護代で細川が守護だと思ってきましたよ。
歴史ってあまりにも複雑。
そして、無情ですね。
そんな細川家が割拠して天満宮をぐるっと囲んでいる光景が今、目の前に広がっています。天満宮の裏手の方まで広がっているように思うので徳弘氏でしたっけ?とも交戦中のようです。
わぁあああああぁあああー!
おおおおぉおおおぉおおー!
割れんばかりの怒号と、それにかき消されない堅い金属がぶつかり合う音が、ここに居ても響いて聞こえてきます。
天満宮の周りは木立や林がちらほら生えていたので、そちらに反響しているんでしょう。
戦況は父上が八百。細川が千いくら。と判断。
でも、それに天竺・津野の三百が加わり。
と、今にも後ろから躍り出るかも知れない、天満宮へ誘導してきた香宗我部が三百。
数で単純に判断してみると、負けてます。負けてます。
不味い、マズイんですよ!
なんたって陣地にしてる天満宮は敷地を別ける柵こそあっても、塀や石垣や堀が無いんです。無かったんです。
セオリー通り、隠って応戦するわけに行かないんですよ。
種子島も大砲もなくて、守備側が隠って勝ちきるなんて、まず難しい状況だって頭の中で簡単に答えが出される。
と、なると。各個撃破が条件にあってて良策だと思われます。
「逆賊、長宗我部か!」
思考を巡らせていても近付く影は見逃してはいませんでしたよ。勿論のこと、戦は今目の前に広がっているんですから。
そんな口上を吐き捨てた影は、影が形をなす前にばたりと崩れ落ちました。
「余裕たっぷりね。黙って斬りかかればまだ生きれたかも知れないのに、成仏してね!」
近寄ってきたんだから、不用意に声なんか出したらダメですよ、メッ!なのです!
問答無用で斬り捨てて、トドメに突き刺して、冥福を祈りましょうね。
逆手に握った刀で刺しやすい胸やら腹やらざくざく、と。
剣戟の音が止まない内は、まだまだ負けてないでしょう。
「さ、行きますか。地獄の天満宮へ」
すぐ後ろでも剣戟の音がしてます。
中島隊の誰かが香宗我部を連れてきたんでしょう。
いまじゃ鰻の巣も野伏せもない、この天満宮へと。
策が常に上手くいくとは限りません。
だって、我が長宗我部って、四面楚歌だったんですもん。
どこにでも敵が降って湧いてくるのです。あちゃあ、これじゃどっちが釣り出されたのか、判りませんよ。
ここまで読んでくれてありがとう!
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