烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど!   作:ぴんぽんだっしゅ

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29.殺戮の舞台

《1553年》天文22年─土佐立田・天満宮前広場

 

長宗我部国親

 

「懸かって参れやあ!そこぉーっ!」

 

国親の周りには、じりじりと寄せてくる二引き両の旗印を掲げた足軽。

その後ろには数百の同じ旗がはためく。

 

何故か細川軍の動きは遅く、国親が一暴れした後もそれは変わらない。

 

「う……ぶ……」

 

詰め掛けた細川軍は少しずつ、少しずつ、天満宮に丸く輪を引く、円陣を狭める様に天満宮を細川家の兵が包囲していった。

 

一気に割って攻めいらなかったのは栗山城主・細川国隆が指揮を取りつつも、かつての家臣筋と思っている長宗我部家を問答無用に根絶やしにするのを躊っていた。

滅亡する前、武に高い長宗我部家を使って細川勝益、国益親子がその上役として権勢を奮っていたのである。

 

ある意味、長宗我部家の滅亡の切っ掛けとなった兼序の増長を生んだ理由が細川家に重きがある、と国隆は感じていた。

 

《1553年》天文22年─土佐立田・同、天満宮前広場

 

細川宗桃国隆

 

土佐守護は下向せず、守護代の遠州家細川はお家騒動でそれどころでは無くなってしまい、下向し土着した細川所縁の緒族が割りを食らっている今、実に口には出さないが国隆はそう思うのだ。

 

一地頭でしかない長宗我部だけを取り立てては、他からの突き上げを食らい、事が成り行かなくなって当然だった。

 

「国親が家臣のために戦うのも、判ろうというものよ。我が細川が、不甲斐ないばかりに滅亡なぞさせてしまい、儂もそれを知るところでは無かった。細川にはそれどころではなかったからのう……家の頭が内から食われ、収拾がつかぬ隙をつかれ、むざむざ長宗我部を生け贄にしてしまったようなものではないかっ」

 

そういう諸々の過去を引き摺る名門の残滓の思いが戦国が世では、至極邪魔でしかないと思ってはいても申し訳ないという旨があり、国隆にはすぐに国親を滅ぼすのだ!と即座に斬って捨てる行動を取れないのだ。

 

「儂が細川でなく、田村や千箭の立場であり今と同じ戦力を持っておれば話は違うのだろうがの。それならば国親は害敵よ、なんら躊躇せざることもなし。しかし──」

 

国隆が細川でなく、土佐土着の何のしがらみもない勢力だったならば、まず、そんな思いはしなかっただろう。

 

「《細川》なのだ、儂は。国親に非があろうが、赦して取り成さねばならぬ」

 

細川の流れを汲むがゆえに、国親の度重なった近隣緒族への争いにも表立って盟主たりえる国隆が、遠州家細川に代わって狼藉者として国親をあえて討てないという。

 

「そして、改めて許しを乞わねばならぬ。細川が長宗我部を土壇場で見捨てざるを得なかったことを。本来ならば、細川が再興を助けてやるところ、見ているだけしか無かった、己の力の無さをっ」

 

長宗我部家が名門・細川家のために尽くして、働いてくれていたと知るものは滅亡した家が生き残りを懸けて死に物狂いであちこちに噛み付いている様に、細川の面目なさの方が強く出て申し訳なさすら感じていた。

 

全ては細川政元に繋がる。

第24代から28代までの管領を務めた、いわば、天下人といっても過言ではないのではないだろうか。

政元は妻を持たず、修験道に没頭。そのため三人の養子を受けた。

これが、この事こそが細川家の没落を生む畿内、その他の政元の政権下にあった地域丸ごとのバランスの崩壊を作り出した。

 

天下人の跡継問題など、ゴタゴタの引き金でなかった試しが無いのだから。

 

 

 

娘が嫁いでいた香宗我部秀通の泣き付くような要請で腰を上げはしたが、ここ一つ国隆は釈然としないままの出陣であった。

 

本陣と前線との温度差。

それが指揮伝達の遅れをもたらし、一気火勢に攻めるに至らなかった理由である。

更に池家の着陣も予定より遅れていた。

池家の当主は国隆の次男が収まっている。次男・池頼定は大津に船で上陸し、追加の武器を運び込む予定だった。半海賊の池家は荒くれも多く陸戦は不慣れだが、荷駄の運搬は普段からお手のもの。今回、後方支援を一手に引き受けていたのだ。

 

国隆は仲裁に入るだけ。一方、次男・頼定と長男・定輔はこの機会に細川か長宗我部、どちらが上か周囲の勢力に知らしめようとこの戦場に臨んでいた。

 

可能ならば長宗我部を我が物に、それを足掛かりとして長岡郡への影響力を持ちたかったのである。

 

一方で、そんな事など、関係ない。

目の前に迫る敵はすべて叩き斬る精神で、既に長宗我部国親の刀は血にまみれ、身に纏う大鎧は着込んだ狩衣はおろか、下着である帷子にまでおびただしい返り血が降り注いで染み込んでいた。

 

正にその姿は神をも喰らう悪鬼。

 

兜の隙間から、頬や、額にまでも、返り血が紅くこびりついた。

全身くまなく返り血にまみれた。

 

「誰じゃろうと構わん。国親はここじゃ!刀の錆びとしてくれるにゃあっ!」

 

一声吠えて手当たり次第に獲物を求めて斬りかかれば、返り血に染まる、を繰り返す今の国親の姿は通称通り《一匹の野の虎》だった。

 

国親のこの驚異とも言える様相に細川の前陣は畏れ膠着し、ゆえに国親の刀の露となり血風に変えられていった。

 

「稽古のいい的じゃにゃあ!どいつもこいつも木偶と変わらんぜよ!」

 

吠えては大声で笑い、味方を鼓舞する国親。上から下から又は横一閃と柔軟に刀を振り回す血まみれの武者に細川陣営は蹂躙されていった。

 

「ええい!弓隊は何をしておるか!あれな国親を誰ぞ止めよ!」

 

血肉が雨と飛び交い、吹き出した血風が宙に舞い散る様を、天満宮を煌々と照らすかがり火の灯りが映し出す。その光景を目の当たりにして、兵の畏れが将にまで伝播しつつあった。

それを感じとり、長男・細川定輔ががなりつける声が戦場に響く。そう、天満宮の南から細川兵は攻め懸かっているわけだが、弓隊からの弓矢の援護がぱたりと跡絶えていた。

嫌な予感が背を走る中も定輔は再度、がなり声をあげる。

 

「弓を持ってこい!俺があれを討つ。誰か東へ回り込んだ弓隊を見てきて報せよ。その時間を稼ぐ」

 

定輔は知らなかった。己のずっと抱いていた疑問が何かを。それは、何だったか。敵対する長宗我部兵の少なさである。

定輔はそれは良いように解釈していた。

 

「二引き両を見て逃げ出したのだ。腰抜けの兵だ」

 

それは間違っていたことを、危急の報せが届いてやっとで、初めて悟ったのだった。

 

「な、何だと?今一度申せ!」

 

「お味方、東側で混戦となっておりまする!割菱の旗、その数、十!香宗我部の横入りに御座います!」

 

「おい。おい、待て……香宗我部に味方して長宗我部と相対しているのでは無かったのか?」

 

「判っておりますのは、東側に香宗我部の割菱が翻っておることだけです」

 

危急の報を持って定輔に近付いたのは矢傷を受けた伝馬の兵、定輔が天満宮の東の状況を見て報せろと命令した者で、その者が言うには味方したはずの香宗我部から東側に配した隊が攻撃を受けていると言うことだった。

 

定輔は青くなりそうなのを踏み留まりつつも、口から発っせられた声はたどたどしい。

焦っていた。目の前で暴れる国親は、絵物語の一騎当千ばりの活躍で、味方の兵を易々と血袋と肉の塊に変えているというのに、狙い打つはずの弓隊が移動していった先で香宗我部と混戦となり、国親を相手にする場合でなくなっている。

 

天満宮の周りは、夜は、暗く中を窺い知ることの出来ない木立ちや林がそこかしこに生えている。

香宗我部はそちらから現れたのだ。東側に配したの弓隊の後ろからだ。

 

そもそも弓隊をそちらに配したのも木立に隠れて弓矢を斉射出来ると考えての事だった。

それが、裏目に出ている。

 

「木立の奥から来るのならば、来たのならば……我らの後ろはどうなのだ?」

 

南からの細川陣営は前に定輔が三百。中陣に定輔の息子・細川新宇右衛門が百。後ろに国隆陣営が五百。

 

更に、国隆の陣営から徳弘を抑える為に百が徳弘城を囲んでいた。

 

定輔が陣営からは弓隊五十を東に移動。

西からやってくる池家との円滑な繋ぎに五十を配す。

 

定輔も兵術に通じるものである。正面から当たれば強敵だとしても、側面からの奇襲で楔を打ち、兵の士気を崩せばたちまち孤立する。あとはこれを各個撃破するだけなのだ。

 

強敵も一人ならばなんてことは無い、数をかけて一気に引き倒す。父の望み通り、逆賊として国親を捕縛できる。そんな算段だった。

 

偵察として出した斥候のもたらした情報から導きだした策だったのだ。

情報によると、

 

「敵、天満宮にて陣を取り一夜を過ごす模様。その数六百!」

 

定輔は気づけなかった。国隆も定輔からのこの報告に気づきはしなかった。

前日よりも、長宗我部兵の少なさに。それが意味する所はつまり。

 

「父上の身が危ない。本陣の後ろを調べさせよ!」

 

伏兵を疑わずに、定輔は臆病風に吹かれた兵が逃げ出したのだと思っていた。が、違ったのだ。

 

定輔が振り返ると後ろに本陣が見えた。かがり火を焚き、陣中を夜の闇に浮かび上がらせる国隆の本陣が。

と、同時に視界の右端に映ったものに目線が細まっていく。木々が揺らめく林が目に入ったのだ。

 

嫌な感じがした。往々にして嫌な感じは的中する。

ほどなくして鬨の声が上がった。

 

おおおぉおおおおぉおおおーー!!!

 

立田天満宮の戦い第二幕が上がる。長宗我部家の逆襲劇が正に始まろうとしていた。

 

細川軍は罠の中に居たのだから。




ここまで読んでくれてありがとう!

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