烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど! 作:ぴんぽんだっしゅ
《1553年》天文22年─立田天満宮近くの林の中
長宗我部小昼
「さ、行きますか。地獄の天満宮へ」
香宗我部をここまで誘導してきたはずが、細川が陣を張っているのに気付いて不利になっちゃったと焦っているところ。こんばんは。長宗我部小昼です。
立田天満宮に引いて陣を父上が敷くのをどうやら、香宗我部と繋がっていた細川が知っていたor察知したらしく出陣してきたみたいですよ。
その動きはあったんです。でも、予定より早い。どーしてこーなったのか……。
こちらが陣触れを出したのを、天竺から知らされてから兵を集めて居たのだとしたらこの早さでは集められないはずと思ったのですけどねぇ。
ともかく、細川は目の前に居る。
目の前には怒号飛び交い、血の匂い漂う死地が広がっているのです。グダグダ考えるのは終わった後でいい。
今は父上は無事かを確認するのが先かな。
「と、言っても何なんです?これは──」
戦場に一歩足を踏み入れると混戦が始まっている処でした。
しかも、あるはずの無い旗が翻っているんですから。
何が起こっているのか判断出来ないで、一瞬固まってしまうくらい。小昼的に驚いちゃいましたよ。
「──武田菱……!?」
思わず口を突いて思った事が出てくる。だって、そうでしょ?
武田菱を土佐で使うのは香宗我部。その香宗我部と戦っていたのは我が家で、香宗我部は後ろから誘導されているのも知らず、迫ってきている処でした。その筈。
なのに、何故?
小昼や、江村親家より一足早くに川向こうに居たこの旗の持ち主が、天満宮にたどり着くにはワープを使うか、じゃないならテレポートで瞬時に移動したとでも?
頭の上にくえすちょんまーくが沢山。だけど、ここって戦場で。今は攻めこまれている立場で。当然、ぼーっとしているわけじゃないですよ。
「ぐっ、……何?こ、……ど……も!?」
小昼、まだまだ小柄な体型を生かして、目の前で細川の二引き両の旗を背負った兵を小刀で突き殺してます。
「戦場に子供も大人も、関係ないでしょ?」
不意打ちって安全な殺し方ですよね、こちらに危険が及ぶ確率を、限りなく下げてくれるんですもん。
夜戦なので、松明を手に持って仲間のためにうろうろしてる、無防備に殺して下さいって言ってるような兵も居るんですよ。この灯りのせいでこちらの姿を発見されれば良いことなんて一つとして無い。それは、見付けたら真っ先に殺さなきゃでしょ!
驚きながら、目を見開いて断末魔をあげながら果てる二引き両の旗兵。そのまま、覆い被さって止め。
小昼のそんな姿は味方からは目立って見えたようで、
「元親どの!ご無事で」
と声を掛けてくる人物が。
周囲に七つ酢漿草紋なんて見えなかったので、元親どのなんて呼ぶ味方が居るとは、声を掛けられるまで微塵も思わなかったんですけどね。
声がした方向に顔ごと振り向くと、そこには福留さん。と、その後ろには……武田菱の旗が見える。
ん?寺子屋の生徒の中に居た、見知った女性の顔もある。
福留親政の親族でしたか?
「ひめせんせー、ご無事ですか?」
「見たままだよ。殺し合いを終わらせたとこ。ええと、菊さん。それと、福留どの。五体無事、はいいんですけど……ひめせんせーは戦場で無いんじゃない?」
「積もる話も後でしましょう。ひめせんせー、まずは、攻め手の細川を平らげましょう!」
声を掛けて来たのは顔ぶれから福留隊のようです。
親政も居ますしね、二人の顔が見えたのは後ろに松明の灯りが見えたからでしょうか。
福留隊の誰かが松明を持って居るんだと思います。
夜闇に照らし出された小昼の今の姿はと言うと、声を掛けて来た相手が味方と解って立ち上がり、背丈の違いから上目で、福留さんを見上げているとこですよ。
福留さんをちっこくして女にしたような方が福留さんの隣に居ます、菊さんです。
何年か前に読み書きを教わりに来てました。年は二十歳くらいでしょうか。それ前後かも知れません。この菊さん、所謂小昼の影響で武士になると決めた勢です。
何人かいるんですよ、今年も5人ほど髪結いを済ませた後に、それを返上して元服した武士が出たそうです。
髪結いは元服の女子版で、一般的に子供が産めるようになった証しとして行われるのです。これ以上は察してくれると助かるんですよ。
小昼の後追いと言うより知識を得た分、嫁だけやって人生オワタになりたく無いって訳なんでしょう。
菊さんもそんな一人。鎧姿に背丈より大きな槍を肩に担いで勇ましい格好です。
六尺もある長槍でなくて、精々二尺半くらいの取り回しのしやすそうな槍なのですよ。
後から知ったことですが、小昼が足を踏み入れた戦場は天満宮の東側。で、ここに居た福留さんの隊は菊さんたちの策を聞き入れて、本隊から離れて伏兵してたようです。しかも、事前に武田菱の旗を作っていたという。
『ひめせんせーから聞いた偽旗の奇策です』
偽旗の策は、字面通りシンプルです。敵の家紋、又は敵の味方の家紋の旗を使って敵を疑心暗鬼に落としたり、仲違いをさせたりする訳なんです。もしもし、あれ誰?お前んとこ裏切ったの?とは電話が無いので勿論聞けないわけで効果てきめんとなっております。
諸葛亮が生んだ策じゃなかったでしたか。それとも孫子?
戦の後で詳細を聞いて菊さんのセンスにびっくりするやら、白紙の人間って吸収力高いってゆーけど本当なんだって納得するやら。
なんでも、天満宮を囲う様に少数に隊を振り分けて伏兵をしたみたいです。
中島隊に小昼が居た。江村親家が手勢を連れて残った。菊さんを含めて本隊と共に退いて行った隊に居た小昼の生徒たちは天満宮に帰り着いた時点で上役や指揮官に上申したそうです。献策したわけですね、
『敵を誘導してくるかも知れません、兵を散らせて待ち受けましょう。ばか正直に正面から敵に当たるより安全策です』
とね。生徒たちが献策した上役は吉田重俊、吉田孝頼の吉田兄弟。重俊は信じてなかったらしいけど、それを爺が一蹴したとか。
『悪ガキ供が河原で小さい頃の元親どのに率いられて、面白いことをしておってな。
大将を殺し合う合戦の真似事をな?童の戯れと思うでない。真剣に殺し返される建て前で真似事をしておったよ。
わしは元親どのの戯れだけとは思わぬ、あれは、試し合戦となんら代わらぬ作法であった。
その悪ガキが育ち、今この場で元親どのの用いた策を披露して見せようと言うのだ。乗ってやっても悪くはなかろうよ』
後で爺から聞いても小差はあっても、違いは無い事を弟に言って聞かせてのませたと笑って答えたので、この人はやはり見ていてくれたと胸に熱いものが込み上げて来てしまったくらいだ。
何にしろ、この時の現状はこうなっていた。
◆長宗我部勢
・福留隊─天満宮東側。三十。武田菱の旗を十。
・吉田隊─天満宮南側。百。内、三隊に分け、散らばる。
・国康隊─天満宮西側。五十。
◆細川勢
・細川定輔─天満宮前に着陣、前陣。三百。内、五十ほどが東側に移動。西側に五十が移動。天満宮をゆっくり囲む。
・細川新宇右衛門─前陣と距離を保ち、中陣。百。
・細川国隆─天満宮南に着陣、中陣と距離を空けずに後陣。五百。内、順次兵を移動する動きで徳弘城を抑えるのに百ほど。前陣が押されたのを見て更に百ほどが前陣の後詰めに動く。
これは後で聞いた詳細。天満宮南側の林に潜んでいた吉田隊は、細川の本陣をかがり火の多さから目の前の陣と確信。
偵察を順次放って、この本陣の動きを探らせて待っていた所、慌ただしく兵が本陣からバタバタと走り出て行ったのを報告が入ると、吉田重俊は薄くなった本陣へ今こそ好機と奇襲を仕掛けたらしい。詰めが甘いとこは、鬨の声を上げて攻めかかったとこか。
重俊隊について戦っていた重俊の娘さんたちの言うにはそうなる。
菊さんと同じで重俊の三女四女が武士になっていて、名前は美濃さんがお姉さんで二十歳。妹の鷲羽さんが十六だって。
重俊らしく、短慮な名前ですね!女らしさとか考えてないの丸わかりですよ。
細川勢は予期しないこの吉田重俊の襲来に対処しきれず大崩れ。
刀を抜いて応戦する将官の一方、応戦した将官が討ち取られるのを見ていた兵が武器をほっぽっり出して逃げ出す者もバタバタと出始める。
そんな本陣にあって、国隆を守って細川家臣が字面通り肉の壁となり、本陣から逃がしたって言うからまだまだ捨てたもんじゃないよね、名門の残り滓も。
国隆自身は用意された馬に乗せられて西に逃げたらしいけど、本陣はすぐに吉田隊が三方から包囲して降伏兵が次から次へと。
その投降兵が言うには、国隆は戦に来たんでなく調停に来て戦を止めさせたかったらしい。
指揮官にも無理をするなと、前陣の定輔に連絡を早い段階で付けていたとか。
はは〜ん。判った、定輔が勝ちを急いだけど国隆自身はこんな戦は無益と知っていて、さっさと手仕舞にしたがっていたんだ。だから国隆自身も乗りだして、ここに父上が居ると知っていて天満宮まで来たと。
定輔と目的が別だった、最初から国隆の士気は低かった訳だったのか。
本陣から前陣に後詰めって言うのも、父上が暴れて手が付けられなかったからだって何となく理解。
納得なのですよ。
そんな、空中分解途中の戦場に小昼が足を踏み入れたわけだったんですね──細川にとっての悲劇はこの戦がその伏兵の罠で本陣が崩れたってだけでは終わらないとこ。
まだまだ戦は続くのです。何故なら、真打ちが戦場に立っていないから。
父上が戦をしている相手は細川では無かったはずですよね?
小昼が襲うように仕向けて、誘導してきたのは細川じゃあ無かったんですよ。
つまり。この戦はこの瞬間では終わらなかった。
小昼も優勢がどっちかも終わるまで把握できないくらいに混戦してましたしね。
福留隊と合流してすぐに、江村親家の声で弛緩しそうになった空気がぴきぃーんと整えられる心地でしたよ。
「連れてきたぜっ!釣り上げたぞ、武田菱の群れを!」
その時、第二幕の火蓋が切って落とされたのでした。
ここまで読んでくれてありがとう!