烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど!   作:ぴんぽんだっしゅ

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31.地獄へようこそ

《1553年》天文22年─土佐・立田天満宮の付近

 

江村親家

 

 

「連れてきたぜっ!釣り上げたぞ、武田菱の群れを!」

 

ここ一番の大声で叫ぶ親家だったが、躍り出た場所の空気に異変を感じた。まず、後ろに連れてきたはずの武田菱が目についた。

 

「………………」

 

そして、かわりに七つ酢漿草の旗が見えない。

 

(なにゆえ!?

おかしい、武田菱は後ろを走ってきたはず。追い付かれまいと、中島どのと踏み留まっていたのだ、ありえんよ。──おっ?)

 

心の内を一瞬、疑心が駆け抜けたが武田菱を背負う見知った顔に思わず安堵の息を洩らす親家。それは、親家が兵を預けて主である国親と共に退いていった福留隊、そして福留親政だったのだ。

 

「なんだ……福留どのか。と、言うことはこれは菊の策か?」

 

「親家、菊は忘れてくれ。政常と名を貰ったと言ったよね!」

 

福留菊の微妙な顔を見て余裕の笑みを洩らす親家。

はりつめた糸が一瞬、たわんだようでもあった。

江村親家もこれに類する策を実際に知っていた。敵の旗が敵を襲うことで疑心を抱いた敵が自滅して、戦どころじゃなくなるという風に教わっている。

 

親家は読み書きよりも、むしろ自習時間に小昼が何でも無い風に、生徒たちに書いて披露する戦術の時間が好きだった。

 

自習時間は休息と同じ意味で、読み書き算術を習いに来ている多くは休息に羽を伸ばしていたが、決まってこの時に小昼の周りを囲む者たちは算術も読み書きも苦手にしている、小昼と棒合戦で暴れた悪ガキ共だった。

 

時間割りもなく、唐突に自習が始まるのがひめせんせーと慕われる小昼の授業の特徴でもあった。それは、小昼から見てダレている生徒がちらほら見えれば、切りよく閉めて自習が始まる、そんな位置付けになっていた。

 

家紋と旗で身分を知るしかない戦をやっているからこそ、偽旗の策は常に有効だと小昼から二人を含めて悪ガキたちは教わっていたのだ。

 

「江村どの、中島どのもご苦労だった。さて、香宗我部にかかろうかい!」

 

江村親家の後ろからは矢羽を肩に食らいながらも、鬼気迫る表情で耐え、味方に頼ることなく餌をやり遂げた中島親吉の姿が見える。

そんな中島親吉が役目を務めあげたのを見て覚り、福留親政は握っていた槍を構えて迎撃の構えに入る。

福留親政は僅かの休息で、香宗我部勢を迎え撃とうと意気上げていた。

 

さきまでの細川勢との戦いで感覚が麻痺していたのか、強靭なスタミナがそうさせるのか。

 

「福留どのもお疲れよ。俺らもやれるさ。だろ?元親どの、政常どの」

 

天満宮の東の林では、福留隊が江村親家と中島隊の生き残りを出迎えた。70人程居た中島・江村の殿軍の勇士の数も二十ほど減っていた。死んだか、まだ林の向こうで息を潜めて香宗我部が通り過ぎるのをまっているかまではここにいては判らない。

ただ、今ここにその者らの姿がないことだけははっきりしていた。

 

その福留隊に長宗我部小昼も合流していた。江村親家がそんな元親と一緒に並べて呼んだのは菊の元服した名だ。

ことここにあって、江村親家も武士として菊を扱うという証でもある。小昼の生徒同士という事を抜きにしても、年も近い家臣の子として幼い頃から面識があった二人だが、髪結いと元服とで一人は武士、一人は道具としての生き方に別れていた。それが、共に武士として生きる道に重なったのだ。

 

「江村どの、ご苦労様。天満宮の方も収まったようだし、あえて今ここで受けなくても。引き付け、後ろからかかるのはあちらの隊で良いのでは?」

 

元親もとい、小昼が江村親家を刺す様な瞳で制する。

時間はそれほど許されてはいないが、天満宮の本隊と合流するくらいの時間はあると判断したようだ。その上で、国隆に襲いかかった吉田隊のいる南の方角を指差して促す。

 

「む、元親どのが言うなら。そうするべきか。──福留どの!天満宮に退きましょうぞ!」

 

「南無三。退きますか」

 

江村親家の小昼を見つめる瞳が細まって。数瞬後、口角がくいと引き上がると福留親政に呼び止める気合の隠った烈迫をぶつけた。

 

福留隊が退くと決めた頃、後ろからは既に駆け込む馬の蹄の音が辺りに反響し始め、瞬く間に一頭の馬とその背に股がる鎧武者が福留隊の真後ろに躍り出た。

 

「国親め、どこぞ!我が名は池内玄蕃─勇猛名高いこの首欲しくばかかってこぬか!」

 

筋骨逞しい鎧武者の名は池内玄蕃と言った。香宗我部勢が二つに割れる切っ掛けを作った長宗我部憎しの男の姿が、真っ先に天満宮の地を踏んだ。そんな武者が槍を構えて、福留隊に振り返る暇を与えず突撃してくる。

 

「命惜しき者は退け退けーいっ!玄蕃が推して参ろう!」

 

馬の背に股がるまま、駆ける馬の速度はそのままに池内玄蕃と名乗った壮年の男は、男盛りを見せて槍を辺り構わず縦横無尽に繰り出す。男に策など無かった。

明々と燃えるかがり火に寄せてくる蛾蟲のように灯りに照らし出された天満宮へと繋がる血路を開き、後続を突撃させて本陣、国親の首取りに繋ぐ為に生と魂を贄に一騎駆けを仕掛けるのだった。

 

しかし──この場に居る面子も早々とそんな真似をさせる者たちではなかった。

一騎駆けが成功するには、必要と成るものがふたつある、余程の実力差と天が下す運。

池内にその運は傾いたのだろうか、否。

 

「さ、せ、るかぁぁああっ!」

 

江村親家の手を離れて獲物目掛けて飛ぶ、背を右に引いて溜めた投擲は強烈だった。まともに突撃を食らうのはごめんと横に飛び退いた江村親家だったが、突出した池内玄蕃は一騎。

誰から見てもいい打ち頃の的に映った。それは江村親家や福留親政、福留菊もとい政常も同じで、江村親家の放った怒号を口火に一斉に槍や矢が襲い掛かる。

 

あえなく、池内玄蕃は落馬した。親家の放った槍は池内の馬の腹を深々と貫き、池内自身にも数本の矢羽が突き立っていた。そうなれば憐れ池内玄蕃。

 

「お、おのれ」

 

槍衾が上体を起こして立ち上がろうとした池内玄蕃を牽制して押し刺した。空気の抜けるような音を口元が自然と奏で、ついで福留親政、江村親家が鎧ごと池内玄蕃を貫き足下が覚束無いほど踏ん張りが利かなくなりふらつく。そこへ小昼や菊も一当てを加える。

 

「ぐ、がっ!ご、ぼ……」

池内玄蕃は自らの腑から吹き零れた大量の血で断末魔も上げることも出来なかったが執念で小昼を震え上がらせる怨念しかない一睨みをして、最後は。白目を剥いて静かに土にそのまま崩れ落ちた。

 

「池内玄蕃討ち取ったりぃー!福留政常が香宗我部が重臣、池内玄蕃討ち取ったーっ!」

 

倒れるか倒れないかの刹那に握った刀を振り上げて威勢よく福留政常こと菊が勝ち名乗りを上げた。

 

「いけうちぃー!

……よ、よくもっ!玄蕃を!皆どもかかれ、懸かれ!仇を、仇をとるのだーぁ!」

 

菊の勝ち名乗りに前後して吠える様な鬼気迫る叫びが戦場に響き渡った。それは、この戦場にようやく姿を見せた、江村親家が中島親吉が釣り上げた大物。《香宗我部家・現当主》─香宗我部秀通の口から発っせられた怒声であった。

 

「地獄へようこそ。当主さん」

 

それを目にした後も、長宗我部小昼の目には獲物にしか見えていなかったが、確かに武田菱の群れを暗闇に背負った香宗我部秀通がその姿を現した。

 

秀通が命令を大声で絞り出すと、けたたましい数の鬨の声があちらこちらで聞こえる。

既に深夜、昼間より澄んだ空気がそうさせるのか、昼間に聞いた鬨の声よりもっと多くの凄みを感じさせた。

 

おおおおぉおおおおぉおおおーーーー!

 

怒号を響かせて足軽が林から槍や刀を片手持ちに突撃してくるのだった。

 

池内玄蕃が切り裂いた空間分、散らされた福留隊は左右に割れる。そこにはぽっかりと空間が空くわけだが、その空間を次の瞬間には埋めるように香宗我部勢が攻め寄せた。だが、福留隊の後ろからも騒ぎを聞き付けて本陣を放り出してきたこの男の姿があった。

 

「死ぬ気が無い奴は退けい、退けーっ!香宗我部の命運も今日までじゃにゃあ!」

 

血まみれの鎧武者が太刀を振り上げて、馬を駆けさせていた。天満宮を血泥まみれの地獄に豹変させた当人の登場で、その男の放つ言葉にならない威容に気圧され、福留隊に懸かろうとした足軽が二の足を踏んで立ち止まる程だった。

 

「………………鬼」

 

既に細川を退散させて、投降した兵も手出しできないよう武器を奪った後。勝ち戦に長宗我部国親の意気も高くあがる。そんな姿を見て、敵兵からも思わずそんな声が零れた。一瞬、時間が止まる。香宗我部勢にはそう思えた刹那。

 

「懸かれ、懸かれー!取れ、取れー!」

 

側面から香宗我部勢は蹴散らされる程だった。その声の主は吉田重俊。長宗我部家の大エースが獲物が飛び込んでくるのを待ち構えていたのを、香宗我部勢は気付かずに射程圏内に入ってしまったのだった。

 

香宗我部勢三百の内、二百がこの戦場に誘き出されるように辿り着いたのだが、細川を散々に打ち破り、細川を退散させた後すぐに細川陣のかがり火だけ倒され、消されていた。その分だけ天満宮の南に位置取る吉田隊は暗闇に溶けていた。溶けて、息を殺し、今や遅しと獲物である香宗我部勢をてぐすね引いて待ち受けていたのである。

暗闇に溶けた天満宮の南とは逆に、香宗我部勢が姿を現した天満宮の東側は天満宮からのかがり火も照らし出した上、福留隊の持つ松明の灯りにも明々と映し出されて格好の矢の的となった。

「……スポットライトかな?」

 

そんな、なんとも戦国の世には不釣り合いな感想を思わず溢したのは勿論のこと、小昼だった。アドレナリンが出放っし状態なのか、疲れはあるもののまだまだ動ける。もう放っておいても勝ち戦は動かない。なら、成果をあげたい、と逸っていた。国親の望み通り、首を取れる武士であろうと奮起していたのだ。

 

なんせ、戦国の世。女子が男の道具にならない生き方を望むのだったならば、それだけの働きをすることを迫られるのは当然だったのだから。

 

 




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