烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど! 作:ぴんぽんだっしゅ
色々あったけど、日が傾く頃に大谷城にたどり着いた。午後四時時くらいかな?
《1553年》天文22年─土佐・深淵郷大谷城、ある一室
長宗我部小昼
「あなた方の手の物じゃないわよねっ!?」
開口一番。部屋に通されて座って相手にそう冷たい視線を飛ばす。
相手は勿論のこと、金剛山の西一帯を治める大谷一族の当主らしい人。まだ名前も素性も知らない。
「はて、何の事ですかな?とは言われるも……何か判らぬでは答えようが御座らぬ故に」
狩衣姿にふくよかな体を包んだ、壮年の男性を前にして腕捲りに食って掛かる。
こんにちは。小昼、今は大人を相手に八つ当たりしてます。
涼しい顔して脇息に体を預けてどこか気の抜けた雰囲気を漂わせている男性。
それを凝視しつつも、小昼と池宮成秀が当たり障りなく挨拶を済ませば。
ふくよかな男性はぴくりと眉が動いた。それだけだった。
時を置かずに池宮成秀の口から説明が入る。話し合いに来たことから入り、どういう経緯でそうなったかをざっと説明してくれた。
その間も小昼は目の前の相手をじぃっと観察して目を反らさない。小昼は山賊のことずっと。大谷の刺客と疑っているのですよ。
「──では実に此度の事、与り知らぬ事とおっしゃりますか。左馬之介どの」
対面する小昼とふくよかな男性。それを部屋の隅に座って池宮成秀は控える。
捕捉するように襲ってきた山賊のことを話した後で、池宮肥後成秀ことお爺さんが鋭い目線で大谷左馬之介と呼んだ、ふくよかな男性を睨み据えていた。
「いや、知らぬ。山賊が残っていた事も今、肥後どのの口から出たことで知ったようなものでな。……それについてはすまぬ、謝ろうではないか。これも我ら大谷の不徳ゆえ、許されよ」
これが許してくれ。の態度なのでしょうか?
顔を少しもお爺さんに向けずに小昼を見つめたまま、偉そうに身動ぎひとつ変えずに口を動かすだけ。
平成を生きた小昼ですから、謝ろうというならその姿勢があるでしょうと、思うのですけど……違うのでしょうか。用は、土下座しやがれって事なんですけどね。
すぐにもその大きな頭を髷を踏んづけてやりたい!
「左馬之介は、謝ろうと本当に思ってますか?よく姿勢を知らないと言うなら教えてくれやがっても良いんで御座いますよ……!」
静かに怒りを隠してなんとか取り繕いたかったのですけど、思考Aと思考Bの葛藤の末に前者がやっぱり勝って左馬之介を恫喝するような口調になってしまったのですよ。思考Aは、後のことなんて知るか!やっちゃえ!と小昼に囁き、思考Bは話し合いをするんだから低姿勢で行きましょう、ねっ?と囁き。
それで思考Aが勝つ辺り、父上を見てその空気に触れて育ったからだよねー。とどこか他人ごとのように敗れた思考Bに話し掛けるのでした。
弱味を見せる、と父上の前では何者も負けていった。
話し合いとは口での合戦ですよね、父上。
「先程の挨拶を聞くにあなた様は長宗我部の方とか。何も大谷を知らぬ余所者が大きな事を口になさらずでも……でしょうや、肥後どのからも申されよ」
「…………左馬之介どの、この方が今は我が殿に御座る。口を改めて戴きたいのじゃが」
「左様か。では、口を改める。しかし、その前に一つ訊ねて良いか?」
お爺さんがぴくりと眉を跳ねさせた。少し間をあけたものの一蹴した。見れば、膝においた拳が袴をぎゅっと掴んでいる。怒りを噛みしめ、耐えていると見た。
不敬だぞーと言わんばかりに。そうだ、言っちゃえ言っちゃえ!
左馬之介の態度はぴくりとも変わらない。一心にこちらを見詰めてくる、その都度まばたきする大きいとは言えないキツい印象の瞳があるだけで。
「何を聞くって言うの?」
「──水神さまとはこの方かな?池内真武が申す水神さまとはこの方の事かなっ!どうなのだ、肥後どの。そうであるなら、すぐにも鞍替えしようではないか。大谷の非を認め、この左馬之介、腹も切ろう!川を、物部の水をこれ以上怒らせぬと言うなら何でもしよう!なっ、頼む!山田でも香宗我部もどうにもならぬ、我らを救うてくれるなら一族がこれまでの非を詫び喜んで腹を詰めよう!どうか、水神さま。物部を鎮めてくださいませよ!」
ビックリした。神様ー!と、すがってきたこともそう!
動きもしなかった左馬之介が動いたのです。喋りながら、感極まって滂陀の涙を滔々と流しつつ、脇息を倒す勢いで小昼に走り寄ってきたかと思うと小昼の両手を取って掴み、すがってくるのです。
そして、喋り終えるとひれ伏して救ってくれと泣き付いて来たのですよ。ここでも、出ました!物部川!
お前か、池内真武……左馬之介にもこぼしてやがりましたか、あのぼんくら……!
池内真武のドや顔が宙に一瞬浮かんで一睨みで掻き消してやった。
香宗我部の地を治めるには、大谷を組み入れるには物部川をどうにかしろと言うことみたいですよ。
「考えて置きます……。あー、えーと、どうして……何故に?水神さまと小昼が呼ばれちゃうんですか?」
ですです!戸惑っちゃっても何の不思議もないでしょう。何の前触れもなしに神様呼ばわりですがり泣かれて、人がどう思うか。
変わった人だな?とか、でもでもなにせ戦国の世なので、神仏に事あるごとに祈りすがり願い奉るのはおかしいことじゃないんですよね、このケースで言うと小昼に全くその気がないとこに、左馬之介が池内から何を吹き込まれたか判らないけど、神様扱いして救ってよ助けてよとすがり付いてきた事が挙げられるかと。
宗教の始まり方って案外こんな歪な思いからだったりするのかも?当人置いてきぼりで何を言ってんの?
「川は神に御座いますれば。川を鎮め、見事治めたる方は神様で御座いましょう?
大谷の村村は皆、幾度も大水によって村を追われ心底、川の神を、水神さまを恐れて御座るのです。毎年のように人柱が立ち、それも気を紛らわせる程度の物でしかないのでありますれば。
皆が水神さまの登場とあればひれ伏しましょう。どうか、何卒!大谷の村村を救ってくだされ!」
「……話が長い。人柱、神様、はぁ。……水神さまで御座い!崇め奉れー!て、出ていけばそれでいいのね!?」
これは神様にされちゃうフラグ?
新興宗教が成立しちゃう?
半分呆れ気味にぶっきらぼうな返事をしてあげると、我ここに承を得たり!と思ったんですかね。いや、違うよ違う。でも、盛り上がっちゃった左馬之介は熱い言葉を、念仏か、エクトプラズムみたいに、まくし上げてくる精神攻撃に移ったのですよ。
やれやれです。教主より二番手が黒幕ってケース多いの納得。
宗教の勧誘はノーなんで。勘弁してくれないかな?
「いえ!池内真武の申す、堤とやらで村村を安心させてやってくだされよ。
さすれば、我ら大谷、族滅しようと未練御座いませぬ!代々が治めるに何とも出来ず歯噛みしてくるだけであった物部川!
川の神を見事、それ手の内に納め、我らの大谷が大水に恐れずに済む明日があるのなれば。約束していただけるならば、今ここで腹かっさばいてご覧に見せましょうぞ」
なんかデジャヴる。池内ぃ。おまいだよおまい!
「腹を詰めるの見たくて来た訳じゃないよ。小昼は話し合いに来たの。いきなり、水神さまだ!川をどーにかしてくれって……頼み込まれても、あ!はい!って引き受けてあげられないのよ、わかって?
──堤は作れる。でも、人手が要るの。小昼が治めて見せたのは領石。物部川よりずっとちまっとした川よ?
物部の水害を退けるような堤って……どれだけの人手が要ると思ってるの。千じゃ利かないよ、万よ万!解る?
加々美の人の働き手ぜーんぶ投入したって万は届かないでしょう。長岡郡、土佐郡、もしかしないでも安芸郡から人を集めてやっと万に届くか、どうか。働き手をその辺りが出してくれますか?
あははは、絶対に出してくれないですよ。本気で堤を物部川に張り巡らし安心できる世をって言うなら──摂津。堺のあるあの辺りなら働き手も多いでしょう!隣の阿波からも呼ばないとダメね。ふぅ……。
あーと、一年やそこらの労力じゃ完成しないから継続してずっと作り続けなきゃダメでしょう。……解った?圧倒的に、人手が足りないね。それだけの人足を働かせるには食わせないと無理よね、つまり銭が要るわ。
大谷はおろか、香宗我部、我が長宗我部から銭を吐き出させても全く足りない。そうね、一条に頼みましょうか。出してくれないですよ。頭の中で考えてもこれだけ無理なんですって!池内にもだけど、何故そんな夢見れるの!……水くださ……ぜぇ……い……はぁ」
一息にまくし立てるのでなく、切るとこで切って左馬之介を一睨みして理解を求めながら長い長い説明を終えると……さすがに息が切れた。水を貰う。
「何も、今すぐとは申し上げませぬ。目に見え、身を以て感じる──安心をさせてやって戴ければ幸いなのです。我ら大谷はそれすら何一つさせてやれないのですよ」
ひとつ一つ、勢いで捲し立てながら全身を使ってジェスチャーも交えて、物部川の治水の難しさを訴えましたのですよ。
三佐衛門の小昼を見詰めてくる視線は変わりません。真剣に真面目にマジで、水神さまと思ってやがるですよ、こいつ……。無理だって話してるじゃないですか、何故わからない?
したら、住人に安心をくれってまだすがってくるのです。
最初は両手、で離れて、それから今や肩を掴んでいる。そして、抱きついてくる。
あー抱き着いた時点で、池宮のお爺さんが動いてくれましたよ。
その後もまだまだ長ーい長い話をしました。
決着着きません。但し、当初の目的である大谷の山田からの鞍替えは叶ったのです。
約束を取り決めたのですよ。
ええ、……神社を作って、更に小昼を祀ると言うことで。
住人に安心を与える為には、それだけは譲れないんだとか。……どうして?どう転んだら水神さまと小昼が結び着くんですか!?
「──どのように譜制すれば川を鎮めて、川神の気紛れな怒りを起こさせないかを知っていらっしゃるだけで、皆安心出来るのです。
それが叶ったのです。
さすれば、崇め奉り、祈り、すがりたくなるでしょう?
生きて神となるのですよ、小昼さまは!我が大谷に住まう者の水神として何者より相応しいと思いませぬか!
ふははは!やった!やったぞ、民の陳情もこれで減ろうというもの!静かに、やっと眠れると言うもので御座いまする。ありがとう……っ!ありがとう御座いまする、小昼さま!」
そう言う左馬之介は、どこか憑き物が取れたようにすっきりとした笑顔を浮かべてました。
聞けば、年はなんと三十路前の二十九だと。
見えません。どんだけ、ストレスに支配されてやがるんですか。とても、三十路には見えない白髪混じりの髷と髭や顎にもちまちまと白髪が混じってるんですからね。
四十路に片足突っ込んでて当然の外見なんですよ。
皺だって眉間や目尻に走ってます。
……こいつ。どうやら、大谷の人間の陳情で寝てる暇もないくらい忙しかったようなのです。
死んだ魚が浮いていた、水音がいつもより大きい、川幅が広がった……えとせとらえとせとら。
左馬之介に昼夜変わらず飛び込んでくる陳情の束はそんな些細なこと、その度に左馬之介は馬を引いて物部川に出て視察をしなければいけないとか。
……腐るな、それくらいで。
大谷の方も山賊に手が回らないくらいに住人にしっちゃかめっちゃかな現状があったみたいですよ。
「では、深淵《しんえん》郷に香宗我部の人間を入れても良いのですね?好き勝手して良いのですね?」
「深淵……ふかぶちですが?……いや、構いませぬ。しかし、約定違いませぬようにしかとお約束くださいますよう。大谷の生命線に御座いますれば」
ふかぶちってどうもしっくり来ませんね。判ってはいるんですが、深淵で通しますよ小昼は。
その方がしっくり来るんです。
深淵に住まう民の響きの何とかっこいい事でしょう。
「任せてください!神社に水神様、小昼はダシにしてくれて全然良いですよ。それでいいのね?深淵郷の窯を全部、小昼が貰っていいと言いましたからね?」
「構いませぬ。ふかぶち……深淵郷を頼みましたぞ、水神さま」
まだふかぶちで食い下がってくるんですか。
良いですよ、小昼だけでも深淵で通すんですから。
さて、このまま大谷に泊まって明日には窯の状態を視察に行きましょうか。
──解せぬ……。
「大谷の者共。姫様を返せーっ!」
泊まろっと思ってた矢先、その事を池宮成秀とさ、相談しましょってしてたらさ。
爺が攻め込んで来ました。