烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど! 作:ぴんぽんだっしゅ
《1553年》天文22年─土佐・岡豊城
長宗我部小昼
「それでは。父上、戦はやらぬ、と言うのですね♪」
帰ってきました。懐かしい?我が家、岡豊城。
大谷から舟を出し、川を渡ったものの真っ直ぐ岡豊を目指すのは危険と、川沿いを細川領を抜けるまでしゃきしゃき歩いていると、香宗我部を出発した爺と爺への使者になってくれた鷲羽さんが東岸から渡ってくるのが見え、合流しての岡豊への帰還となったのです。
岡豊へ帰ると手紙を読んでから次の日の昼頃でした。
そのまま引っ張られるように評定の間に参加することになり、歯抜けの様な参加者の少なさに驚いたり。
今の我が家は戦に出るには心元無いのがありありと写されているようで、負傷者には悪いんですがちょっとほんのり安心した。
声も分かりやすく弾むというものですよ。
戦、しなくて済むんだから。
「そうぜよ!我が家は細川を退け、香宗我部を飲んだにゃ。しかし、兵は多くは負傷。重俊も親政も、桑名は言うに及ばずにゃあ。どうするにゃ?用立てるなら香宗我部に出させるしかないぜよ」
その時父上は、評定の間にいつもの顔が居並ばない現状を嘆いているようでした。
国康叔父、中島親吉、吉田重俊、福留親政……大将クラスがごっそり顔を出せてません。
まだ寝込んでいるってことなんでしょう。
桑名さんは岡豊城で留守をしていた大将です。何かあったんでしょうか。
小昼が以前見た岡豊は、香宗我部に勝ち、細川を退けた戦勝に湧く判りやすい凱旋パレード的な天と地とがひっくり返ったような騒ぎで賑々しい岡豊。
決して、岡豊にまで飛び火してるように思えなかったんですけど、久礼田さんの顔も探したけど評定の場に無かった。
「戦は出来ぬ。で、よいでは御座いますよ!良いです良いです」
父上にギロリと睨まれた。
無駄に声が弾んでしまい、不興を買ったのかな?
一門の居並ぶはずの右側の席には空席が目立つ。一門の一番最後尾、木戸から一番近い席が小昼の席だ。
「親吉は重症にゃあ。マズイ事をしたぜよ。俺としてもにゃ、ちまちまとあちこちが痛むのにゃあ。一条には悪いぜよ。まことににゃ!」
右手でもう片方の肩と二の腕を擦りあげて『うむっ』と一声吼えると、援軍は出せないことを面目ないと皆を見渡す父上。
「要らぬ心配です。鴨部は落ちるでしょ。それは見え見え。大津は……天竺が津野と死ぬ気で守れば」
獰猛な目がゆらりと動いた。殺気すら感じる。どこか薄ら寒い。
「いやぁ。そうじゃないにゃそうじゃないにゃあ!元親よ、何を隠しておるにゃ?香宗我部の城代がにゃ手ぶらで城を留守にするにゃ、何をそんなに急いだにゃあ?」
父上の口調が厳しいものに突如変わった。
冷たい張りつめた空気が継続する。
「父上が、天竺を攻めると、思って。それで」
痛くない腹なら探られてもオッケーなんですが、痛い腹を探られるとマズいんですよ。自然と汗がぽたりと、胡座座りの膝の上に置いた手の甲に落ちる。
房基の事とか、大谷の事とか、房基の伝で文通してることなんかが小昼にとって痛い腹なのです。
「よし!俺の目を覗き込んで話すぜよ!」
おお……?
尋問タイム入りましたか?
解せぬ……。
「で、ですから。拙者の腹に二物は有りません、よ?」
「ふん?では。孝頼、あれにゃ」
一門の後ろの空間をのしのしと歩いて来た爺が持ってきた手紙を受けとる。
……なんでもない事が書かれてるといいんですが、父上の獰猛な面が表に出てくるくらいの内容がこの中にある。
「──これ。手紙……」
時が一瞬止まった。
いつもなら一条からの手紙で、精々が一条の家臣からの手紙だ。それが、これには大友と読める文字が書かれてる。
「差し出し人は大友。受取人は一条にゃ。商人の納めた品の中に混ざっておったにゃあ……つまり、一条に大友が持ち込んだ報せがにゃ?元親よ、お前の荷に混ざってたにゃ」
大友は一条房基の奥さんの実家。史実でも兼定も追い出された時、大友に兵を都合して貰って長宗我部に襲いかかった。一条が大友といい仲なのは疑いようがないのです。では、なぜ大友の手紙を房基が小昼に渡したかって事なんですよ。
「中は……」
父上だけでなく、一同の視線が白々としたもので冷たい。刺さってくるようです。
一門からも対面に座る家臣団からも集中砲火。
大友の名が出たことで、小昼のちまちま積んできた信頼が、がらがらと音を伴って崩れ落ちていくようです。そんな空気が全身を包んでいる。
「読んで聞かせるにゃ」
「見てない……の?」
受け取った手紙を掴みながら訊ねる。
父上はにいと笑って針千本の如く固そうな顎髭を擦りながら返事をする。
「本山と一条、秤にかけさせたくない。そうにゃ?」
一条のことも、本山のことも侮っていないのはさすがですね、父上。小昼の心の内も汲み取ってくれている。頷いて視線を手紙に戻した。
問題はこの手のひらの中にある手紙。
針の筵状態のまま手紙を開く。見慣れた文字が並ぶ。大友から何の話があって、小昼がこんな居たたまれない空気に叩き落とされないといけないの?
「ごくっ。……字汚なっ!要点だけ読むわ。えーと」
ミミズののたくったような文字でもなんとか読める。その中身はこうだ。
──大友は日向のなんたらさんを支援して、日向の伊東から城を取った。銃は役に立った。大筒は調整が必要。硝石が足りない。もっと寄越せ。大友義鑑
「銃……大筒?とは何にゃ!言えにゃあ、読むに読める者がおらぬ字をすらすらべらべらとにゃあ!元親よ、一条と何を企てとるのにゃ?」
あ……そう言えば、旧字というか、古語しか爺は読めないから平仮名で絵日記は書いてたんだった。
明治切り替えの新版漢字をすらすら読んだらまずかったんだわ。……まずった。
「暗号文で俺にも隠して秘密の言葉かにゃあ!」
「あ、はい!暗号文ですよ……ハハハハ」
乾いた笑いが零れる。
小昼の生徒は何とも思わず読み書き出来るんだよね、古語なんて考えもしなかったし。
いつもの調子で書いてて逃げ場が無くなって開き直りで知ってる限りの新版漢字を明治以後の漢字を生徒は使ってるんだよね。
「企てるとはお厳しい。大友の文にある銃とは、種子島。大筒とは太鼓のような形をしていて一発にて城など木っ端微塵となる品ですよ。一条さまには種子島を作れる方を紹介しただけなのです。国友、雑賀、根来ですね。自作したいと言うので」
「種子島、それは、戦を変えるのかにゃあ?」
父上が少し溜飲を下げてくれた。小さい頃から一条の中村にも行っていたから暗号で一応は納得して貰えたみたいです。
でも、まだまだ気は抜けません。岡豊はまだ銃作りの職人は居ませんから、父上に作ってみせよ。手に居れろにゃとか言われても房基が作ってるのを回して貰うくらいしか解決案が無いなぁー。
「恐らく。しかし、硝石が山のように必要ですよ。一条さまはそれも自作しててね。……だから、大友義鑑どのは硝石を寄越せと書いて来てるのですよ」
硝石。小昼も必要になるだろうなーとやってはいるんですけどね、肝心の銃が岡豊は無いですもん。撃ったことは無いのですよ。
火薬製造には成功したんですけど。
大友は硝石は輸入してたから数は無いけど大筒は撃てたのか、房基にどら◯もーんと泣きつかれて寺の鐘の鋳造を流用して作る方法を伝えたのでした。『一条筒』と名付けられたと聞いてましたが、大友に渡ってましたか。
父上の烈迫がズンと刺さります。
「我が長宗我部は何年遅れたにゃ!」
戦を変える!と聞いて一同の目が変わった気がする。
席を一つ空けて座る将の息遣いが伝わってくる。皆冷や汗を顔中に浮かべていた。木っ端微塵は言い過ぎだったかな?
家臣団の方々も小昼が一条からの知識でものをこうして言っている。と思ってくれているんだから、少し気が楽になった。
「細川晴元対三好長慶の戦では、銃は三好方に撃ち込まれています。五年は乗り遅れているんでないかな、と」
江口の戦いは1549年《天文18年》に起こった。この戦で三好長慶は細川晴元を退けて、下克上を為したんだ。撃たれた方は三好なんだけどね、撃った方が負けてるとは……例として出すにはダメな部類かも知んないよ。
「元親よ、なぜ一条に教え。そして我らに秘としたにゃ!」
「土佐ではまだまだ使用されてません。硝石はまだまだ実験も済ませていません。完成すれば教えよう、と」
父上が珍しく冷や汗だらだらになってます。ま、刀や弓に槍が無駄になるとまで思ってるかも知れないから、強迫観念から自然と汗が吹き出すのかもですよね。
武器の一つとして加わる程度で、刀や槍や弓もまだまだ姿を消すわけでも無かったのは、後の世を知っている立場じゃないと未知の武器に怯えるのは当然とも受け取れますし。
宇宙人がもし意味不明な武器を置いていったら、この場にいる人たちと同じ心境に小昼も立っていたかも?
それくらい、センセーショナルなことだったでしょう。
「完成はいつにゃ?」
「父上、完成次第御覧にいれます。爺、高天ヶ原山は解る?あれは硝石塚に使ってるんだよね。もう年末頃には実験しないかするかくらいの時期ですよ」
「よし!銃を作るぜよ。一条が出来て我らが出来ぬ訳がないにゃあ」
がっ!いきなり父上が膝を立てて吠える。興奮が隠せないんだ、きっと。頭の中ではこれで秦王国再建なんかぐるぐる回ってるかも!そう思えて仕方ないくらいの父上の興奮の熱が場を一変。静まり返っていた空気が膨張して弾ける。
おおおぉオオオーー!家臣団も一門も皆が一斉に声を揃えた。五月蝿いわ!!
その熱も急速に冷え込んだのは小昼の一言が今の長宗我部の立場を表してたからだ。誰もそれから逃れられない。
「今、バレると色々まずい気が……ですね。するんですよ」
「ばれる?まずい?にゃ?」
「あー……本山といきなり戦えないですよね、父上」
本山の純戦力、五千。対する我が長宗我部は千五百だせるかな?役に立たない新領民を無理やり組み込めば三千行くのか。
そのくらいの戦力差が純然として現れてるので、まだ牙を剥く時では無いのだと思うのです。
浦戸周辺に二千を配置して池や細川、西に進路を取れば吉良に攻め込む準備が整っていることは、浦戸海戦で見せた包囲攻撃で池の救援に出てきた天竺を鎧袖一触に浦戸湾の藻屑に変えた手筈を読み取るだけでも解る。
このままずるずると大津に連座して本山と戦端が開いたら……岡豊も炎上の憂き目に逢うのでしょう。
父上だって解るはずと、視線を合わせると目を閉じ。
「うむ。うむ、にゃ!そうぜよ。本山に戦を仕掛けるにはまだ足りないにゃあ」
答えながら、かっ!と目を見開いて父上が放った殺気がまた首筋を冷たくする。
国親の中に渦巻く暗いものがその背に顕に映し出されたように見えた。ようはオーラのような言葉に出来ない暗いものが包んでいた。
「すぐ、察知されると思うよ。銃なんて岡豊で作れば、ね」
「ふむーでは。香宗我部にて銃を作れにゃあ!職人衆に握らせた設計図も銃を作るための設計図も書けるにゃ?」
それは大谷で出来ないか、試すとこだよ。まだ手も付けてない。
「書ける。だけど、ね?父上。五年空いた隙間は埋まらないのよ。一条に牙剥くなんて、冗談でもやめてよ?」
房基は数百、千は持っているかとも思えてこんな戦国の世でも大富豪と中流人といえる国人との差を痛いほど感じる。
銃の怖さも知らない父上は気楽なもので勝ったにゃと豪快に笑った。一同も釣られて明るくどっと笑い声が揃う。そんな、気楽じゃないんだけどな……。
「それだけ恐れる、房基とはそうさせるだけの男かにゃあ!」
「うん。正直、本気の一条なら伊予をあっとゆーまに平らげるよ」
「大きくでたにゃあ。土佐でなく、伊予かにゃ!」
伊予。史実でも房基の主戦場はこっち。房冬、房家が土佐の盟主たりえる働きを見せてあちこちを押し黙らせたのに対して、房基は土佐は部下たち──土居宗珊や佐竹、入江なんかに津野攻略後は任せて、伊予の緒豪族との連戦に日々を費やしていたはずだった。
火縄銃を大量に運用できれば御荘もあっさり、西園寺や宇都宮、河野も押し黙らせることが出来るんじゃないだろうか。
「村上水軍。欲しいって言ったら、買ってくるって」
房基。河野をぶち抜いて村上水軍を率いれるための戦の準備を進めてるんだ。
鴨部には間に合わない。房基が出張る前に陥落しちゃう。大津なら出てくる。津野定勝が城代だもん、津野に再度の謀反させないために出てくる。きっと。その時は、一条銃砲隊がお目見えするんでしょうね。
《1553年》天文22年─土佐・治国谷
小昼が思った通り、この評定の最中にも鴨部南は陥落、一条軍の援軍は吉良峰から千。吉良峰の西、仁淀川河口に上陸した援軍に派遣された土居宗珊が千で対抗したが、時すでに遅く。到着を待たずして城主を任されていた入江らは城を焼いて、治国谷を蜘蛛の子を散らすようにして逃亡していた。
治国谷は南裾北裾に向けて小川が流れだし、両川を真っ赤に血で染めていた。
鴨部南を攻めた本山方は本山一門の本山実茂が指揮を取り、朝倉のある北裾と、勢力圏である東に位置する神田城から兵が押し寄せ、一条軍は攻略されてしまったのだ。到着した宗珊はすぐに助太刀つかまつるゥウ!と乱戦となった治国谷に攻め入った。どちらにしても城を失っては負けは濃厚で、取り残された一条の武将らの救援に奔走するしか無かったのだが。
それでも、終わってみれば斬りも切ったり37の首を宗珊が上げ、駆け付けた吉良の将も一条の土居宗珊とは斯くも勇猛な将よ!と褒め称えた。
勝った本山方は本山実茂も深追いし過ぎて囲まれた所、重症を負った。
しかし、孤立無援状態で逃げ惑った末に土居宗珊ら援軍に合流叶わず、入江ら一条の鴨部南の将はことごとく屍となって山裾に散った。戦闘は城が焼け落ちる頃には両陣が引き上げることで一応の決着となった。
土居宗珊は、この機会に火縄銃を運用して山裾を駆け降りてくる本山方の落武者狩りをその都度、爆発音を響かせて撃退。
居城・朝倉を出立した本山茂宗もドーーン!ドーーン!と複数の雷鳴のように響かせる爆発音を聞きながらに駆け着けたが、その目に映ったのは一門の本山実茂の肩に穿った鉛玉であった。鴨部南城を陥落させたが、勝った本山の方が失った兵は多かった。
死傷者の殆どは土居宗珊の用いた火縄銃の餌食となったのは言うまでもない。
城を焼いた炎は山を囲むように広がって暫くは燃え続けた。本山茂宗は周囲を炎に囲まれる中──一条許すまじ!と歯噛みして、復讐を誓うのだった。
一方、土居宗珊は退きながらも火縄銃のあらんばかりの成果にほくほく顔を浮かべつつ、救援に失敗したことには非常に悔しがったのだった。
こうして、鴨部南攻防から連続した治国谷の乱戦は終結し、幕を綴じることとなった。
「土居宗珊来てたの?土居宗珊と言えば、ちょっと握手させて欲しい名将の一人よね。絶対したいってわけじゃー無いんだけど。
中村に行けば会えると思ってたのに居ないのよ宗珊。家忠って名前のはずだから、呼んで貰おうとしたら常に戦場の真っ只中にいてか都合が合わなかったのよ。
に、しても土居宗珊が出ただけで、火縄銃が火を吹いただけで本山の将首が三十も飛んだってことでしょ?勝ったはずの本山の方が内からガタガタになるくらいの大穴開けられちゃった。
これ、茂宗もうかうかしてられないわね。
準備ができ次第土居宗珊を引きずり出そうとするんじゃないかな。戦場はそうね──波川。波川清宗は佐川衆や日下衆と伝があるはず。一条は援軍を出さないわけに行かないよ。
もうひとつは──吉良峰。吉良は連携が今一つで遅い、だから救援にも間に合わなかった。そう、茂宗が今回の戦で考えたかも。だから、今なら吉良を取れるなんて思うんじゃ?
で、心配なのは──大津。津野定勝をいけにえに本山が攻め寄せないとも言えない。てゆーか、一条と戦端を開いたら大津は真っ先に狙う急所でしょうよ。我が家からも援軍を出させて……と、茂宗なら考えているでしょう。まずいことこの上無いことになったわ」
戦の全容を知って、読み解いて小昼的にそういう総括したのでした。