烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど!   作:ぴんぽんだっしゅ

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43.従三位阿波権守

「一条の伯父様とは──」

 

一条房基。言うまでもなく小昼から知識欲が飽くまで未来の技術をままに聞き出す、『娘よ』と小昼を甘やかしてくれ多大なワガママを物ともしない青年で、すらっと背の高いイケメンだ。

 

「マロマロしいの止めさせたら更に男っぷりが上がったけど──何を間違えたか、どこかの、海賊のようになってしまったのです」

 

そうです、小昼にとって房基は甘やかしてくる年上で、ある程度のワガママを通せる御財布くらい気軽な存在なんですよ。

 

「まさにwin×winの関係なのだ」

 

だけど、房基の本質とは──土佐に生まれ京で育ち公家として本家に習い、武家として房家の家老や房冬から習い、とゆう公家と武家のハイブリット御曹司。

 

「土佐国司一条が作り上げた最高傑作と言われる由縁なのです!」

 

でもこれが一条本家を継いだ房基の弟・房通やその弟・清岳(せいがく。彼を含めて後に寺住まいで表舞台に出てこない子が5人居る。一条に限らず公家は三男以降は寺に入れてお茶濁すことは良く有った。房冬、よっぽど玉姫好きだったのか……浮気が過ぎたのかは判っていない。せいがくだけは血の重さを振りかざして好き勝手やっているのですよ!)らからは後々短慮であるとして嫌われる遠因となったらしいわね。

 

「陰口とかさいてー」

 

鎧着て最前列で指揮取るとことか、公家らしくないってさ。父・房冬や祖父・房家も通った同じレールを歩む房基を公家らしくないって言っちゃうと……いろいろ言いたい。房通や裏方の兄弟共に言いたいことは沢山ある。

 

「子が父の背を追った結果でしょ?これくらい予定調和の内と思えないのかしら。やぱり血の重さが他の一条と違うってことか」

 

しかし、房基は、房基だけでなくこの兄弟は高貴な純然とした皇族の血が入っているのだから、それまで以前の土佐国司一条では終われないレールが敷かれていたのかも。うん、養子に行った晴持も含めた兄弟に皇族の血を入れたのは《母方の伏見宮邦高親王》で。《房基の母・玉姫》は伏見宮邦高親王の娘だったりする。まさに、御曹司だ。

 

「昇級に次ぐ、昇級。一条の御曹司なら当然のレールを歩いた末ってことじゃない?」

 

──更に房基の官位にちゅうもーく。右近中将を綬位して父・房冬が急死する頃には『朝廷の思惑もあって』従三位阿波権守(あわごんのかみ)を拝綬しているのですよ。

土佐権守の拝授なら判るんですけどねぇ?

 

「むー不穏な空気。小昼は官位あまり気にしてませんでしたよ」

 

これは、祖父・房家の頃には本山氏を先鋒に阿波小笠原氏と戦闘を繰り返すというから、朝廷が土佐国司で、土佐の盟主たりえる一条分家房家を、格好の相手として阿波の小笠原氏つまり──三好家の勢力を削ることを期待して、一条分家時々の当主に厳命していた、可能性も無いですか?

 

「サイダーの事を聞いて、飲みにやって来た……って平和に解決なことには、ならないよねぇ」

 

つらつらと今まで挙げてきたあれこれを踏まえると突然、大津にふらりと一条の伯父様がやって来て小昼を召喚するのも頷けるのです。

がくりと首を落として、ぽくぽくと馬の背に揺られながら。岡豊の目の前にある大津城にたどり着くまでとめどない思考の海に浸っていたのです。

 

空は青いな。大きいな──見上げると見事に曇天模様でこれから小昼にどんな不幸が舞い降りるか予言しているようでした。あれがぱかっと開いて晴れ間から天の光が……とかなら絵になるのですけど。

 

 

 

 

 

《1553年》天文22年─土佐・大津城のとある一室

 

長宗我部小昼

 

「──では、山科様が来られていたと?」

 

「ああ、小昼も先の世が判ればあの者が何をし、何を求めた者か知ってるだろう」

 

「──酒ですか?」

 

山科言継。戦国の殺伐とした世をあっちにふらり、こっちにふらり、と酒飲み行脚もとい《銭の取り立て》にやって来るマロマロした格好のこれこそ朝廷の使者でおなじみの酔っ払いだ。それが、ホントなら凄く助かるんだけど……。

 

実際は、小昼が腹の中をぶっちゃけた房基の前でも思わず、様を着けて名前を出すくらいに高貴な人なのです。

 

「ははは。確かに。権中納言どのは大酒飲みだ。これは一本取られたわ──……と。違うだろ?銭だ銭。小昼と同じで、この房基に大金の匂いがすると言うてやたらと擦りよってくるのさ。それだけ公家が傾いていると言うことなのだろうよ」

 

房基が笑い話でもするようにさらっと言うように、戦国の殺伐とした世になんの武力も持たない朝廷の悲哀が漂っています。

 

武家という、国家の軍事部門に集団クーデターを長年されてるようなものですもんね。朝廷の目線から見れば。応仁からこっちの日本の世は。

 

長い長い内戦やってるわけですから。

そんな内情なので、同じく朝廷に仕える公家もなんの武力を持たずにのほほんと歌を詠んで暮らしていたら入ってくるはずの銭や税が納めて貰えずに食うや食わずの毎日を送っているのが現在進行形で太閤秀吉が出てきて、やっと持ち直してこの世の春よと胸を撫で下ろしてたら死んだ後、戦国の世が終わると公家は元より酷い極貧生活を送るようになるんですから、やってらんねーてなりますよねぇ?

 

「小昼のワガママを山科言継様の擦りよりと同じといいますか?……房基ォオ、偉くなったもんねー?」

 

ちょっと聞き捨てられなかったのでほっぺぷくー!で抗議です。これで武力放棄投降しないようならこっちが実力行使しないと判りやがってくれないのかなってキレちゃうぞ!ぷん!

 

「娘よ、娘。父は怒りを買うようなことをまだ言うてないぞ」

 

一条の伯父様は妙な事をいいやがりました、ええ?

まだ??

怒らせてない──!

 

「はぁ……?まだ、ということは──急にやって来たのもそのせい!?」

 

不穏です、不穏です!ぷんぷん匂いやがるですぅッ!

逃げろ!と空気が告げているのです。

まだ、将軍も暗殺されてないはず、今この時まずいことなんて──あ!!!現在進行形でまずいのは公家か!

頭には、一条とか九条とか近衛とか三条西とか、房基の周りの腹に一物ありそうなヤカラの名前が浮かんで消えないのです。

 

「さすが、先の世を知っているだけある。して、俺の官位は覚えてるか?上人でなくば辿り着けぬ高官なんだぞー?」

 

「ふふふ。歴女舐めないでよ?確か従三位……阿波──!権……守……み」

 

うん、何か来るときも頭の中巡ってたよ。……なぜだか阿波って引っ掛かるなーって!

小昼きっと物凄くおびえた顔か不健康そうな顔をしていた。その顔を涼しい顔が見詰めている。くっ、汗が吹き出すだとっ!?

 

「気づいたようだな。山科権中納言どのが銭を三千貫抜き取っていくついで、と言い出したのはな。

天子様も嘆いておるから早くに悪逆の臣・三好の勢力を誅せよ。官位はそれを示しておるぞよ。とまあ……ふふふ。土佐も伊予も不穏極まり無いこの天文の世に一条は三好を討つ、大義名分など貰ってしまったのだ。どうしような」

 

「──三好!」

 

一メートルくらいの距離を空けて対面に座る二人。

魂が抜けたような、フニャッとしたような、ぺちゃっと潰れそうな、とにかく情けない顔で訊ねてくる一条の伯父様は見たこともない。

 

いついかなる時も、みなぎる好奇心と凛々しい顔で流し目も自然に、立ち振舞いからばっちり決まって整った所作で上流階級(ブルジョワ)とはこういう人たちで、生活の挙動ひとつにも教養が現れる人間のことを指すんだろうなって、目の前に居てもどこか動物園のオリかモニターのフィルター越しに見てるような気分だったけど、庶民と同じだった。

 

今、目の前にいる房基はびしっとしたとこがとつもない。

 

疲れたサラリーマンみたいだ。

 

思わず口を突いて出たけど予想が出来なかったことじゃない。

現実的でなかっただけで。

三好の戦争は一貫して摂津だ。大阪の辺りね。

対岸の火事と思っていたのかも知れない。土佐は岡豊は三好の戦争から遠いから。

阿波は誰の国か。三好だ。

 

でも朝廷の使者として山科言継は、誅せよ!と伝えている。

なんだっけ、なんだって?

えーと、これって朝敵に三好を指名したってことォ!?

言葉を失う。泡を吹いて気絶するかも知れない。

 

「くふふ……。小昼から聞いた話にもあったな、三好長慶とは日本の副王と伝わっている、と。ふふ──しかし、誅命受けては断れまいよ。土佐全域に宣言して戦を止めさせ、天子様の名の元に悪逆の臣・三好を討とうぞっ!!……となる所だが。ははは、正直どうだろう?小昼は『三好に』『一条が』勝てると思うか?」

 

「…………」

 

房基の問いに返す言葉がすぐには見つからなくて、にーさまのやるみたいに口をモゴモゴしてしまう。

 

なるほどにーさまのあれは言葉を探していたのか……なわきゃない。

言いたいことが言えないだけなの、にーさまのは。

 

「天子様の名を持ってしても、権威が、地に落ちているから!ここまでの殺伐な世が跋扈してるんでしょーが」

 

明確な答えは避けた。房基の名誉とか、自尊心に、これ以上の痛手を与えてポッキリ!折れて貰うのは避けたいのです。

 

「くくく、だよな。国親は一条に付いてくれるか?安芸は三好とそもそもが戦っているという事から、俺が起てば従うと約定書を送ってきたのだ。ははは、渡りに船だと言うことだ」

国虎って、三好さえ潰せば安芸がなんたらとか夢を語ってたっけ。無謀な事を。

土佐の三分の一を持ってるんだから自前で一万は出せるはずなのに、三好とガチンコやって戦力削られてたんだ安芸ってば。

 

史実でも変て思えば変なとこたくさん。

 

弱った香宗我部なんて長宗我部が飲み込む前に飲み込めたのにやらなかった。

 

でも、やれなかった……としたら?

 

三好の元気な内は、土佐方には安芸は全力を振るえない事態が起こってたとしたら?

 

山を越えてくれば、いくらでも三好は安芸を攻撃出来た、出来る位置に居る。

海軍だって三好はもちろん持っていた。

安芸に噛みつけない筈が無い。

三好とやりあっている安芸は一条の参戦を望んでいる。

 

だとして父上は、岡豊のみんなは、どう転ぶのだろう?

 

『はい、戦やめてねー、はい、握手握手、明日からみんなは三好と戦う仲間なんだからーーー』想像できない。

 

本山、天竺、山田、吉良、おまいらぶち殺すゥウ!

 

殿ーーよくぞ申しました!我らも続くぞッかかれッ!

 

こうなるな、こうだよなー。

合流地点が血の海になる絵が浮かぶ。

 

「そうね……父上は出せて数千。何より、本山を抑えれば三好を西、西南、南と三方向から攻めれて都合がいいんだから、本山を説得するのが全てでしょうね」

 

国司として一条が父上に対する縄だ。それは間違いない。国司として一条が制する姿勢を見せないと今は無理なんだって。それか、その連合から長宗我部が外れるか。

 

本山が従うかだよねー。皆阿波いった後で本山と長宗我部で決勝戦しかねないんだよ……史実の吉田孝頼なら絶好の復讐チャンスと献策するイベント到来!なんだよなー。

 

まじ朝廷の人、空気呼んで!

 

「安芸、長宗我部、香宗我部、細川という堀を埋めれば本山の味方は三好と繋がる豊永と山田だけとなるのだろ?小昼は山田は阿波方、豊永は阿波方と教えてくれたな。だから、こうなる」

 

ガササッと房基の出してきた地図には本山、安芸……各勢力が書き込まれていた。

その上に今度は筆で書き加えていく。山田と豊永。

どちらも三好とパイプがある。

 

「片岡は父上との仲があるから外して、こうね」

 

伊予国境の片岡家には嫁入りをしている。吾川郡の波川は本山と戦を一進一退で続けている。

 

「本山は孤立無援となる、か……小昼よ、これを知ったら梅渓いや茂宗は従うだろうな」

 

地図に引かれた線と周辺の武家の名前が本山包囲網の完成を意図していた。

机上の空論、戯れ事ですが。房基が三好倒滅に起てば実際そうなるのです。

 

「どうだか。でも、本山は三好と仲悪かったでしょ?一時休戦といけるかもよ」

 

茂宗の父の代だった、房家の命で土佐×阿波国境で本山は三好と小競り合いを何度もやっていたりする。

 

本山が一条嫌いとする値より三好の嫌いが上回れば『三好倒滅』で土佐が固まる可能性がワンチャン無くはない。

 

ただ、三好にも色々ある。三好長慶が滅ぼした方の三好が本山の敵だった場合、茂宗はどんな答えを出すんだろう?

 

「ふむーなるほど。策はあるのか?」

 

「偽書状をばら蒔きましょう。三好の城各所に本山の者と匂わせて。本山の各所にも三好の者と匂わせて」

 

いわゆる匿名メールだ。あること無いこと書いて各地に出すだけ。あとは反応様々。急にぎくしゃくしだりたり、急に攻めこんできたり、急に降服されたり。

 

こればっかりはやってみないと答えは出ない。

 

「え、えぐいのぅ。その策が成れば確かに、本山勢五千が一条に弓を引くのを、止めさせることが出来るか」

 

言ってる言葉と真逆ににたりと笑い顔をこぼす房基。

腹は決まったみたいだけど、戦を取り止めキャンセルした方が良くない?

小昼的に、まだ三好と戦ってる場合じゃないと思うんだ。

 

でも、それは無理なんだろうってこと判ってる、だからあえて言わないでおこう。

 

「それにね。本山の調略は爺──吉田孝頼が動き出してるって話よ。偽の書状は爺を後押し出来ると思うんだけど」

 

 

 

 

 

《1553年》天文22年─土佐・一宮土東村

 

吉田孝頼

 

「ふむーでは本山は先の件で動揺を起こしておるのじゃな」

 

ここは長宗我部家臣であった久武家の本貫地、土東村。

その村の居館は周囲を堀と柵で囲み、外見は平城のようであった。

この居館の主の名は久武昌源。長きに渡って長宗我部の譜代であったが、主家滅亡の憂き目に本山に領地を安堵されて、その恩もあり一族で本貫地に根を張り、これまでかつての主家・長宗我部に下る事もなく本山の禄を食(は)んでいた。

 

岡豊の外に領地があり、その領地の周囲一帯が次々と本山に付くか、滅ぼされるかの移り変わりを見させ続けられていたのだから何も彼らを責めることは難しい。

言葉だけでは、家を長らえさせることすら叶わない。

誰でも判る簡単なことだった。

 

「将級の首があれだけ跳べばのう。……ところでお主のとこは大活躍じゃの。よくも細川を倒し、香宗我部を倒し、次は本山かという思いは上は巡らしておるじゃろう」

 

老いた武士然とした佇まいの男が、吉田孝頼の呟きにも似た言葉を聞いてがっくりと首を下げて答えた。

 

「昌源どの。戻っては下さいませぬか」

 

部屋には家具ひとつ見え無い。

昌源と名を呼ばれた男の姓は久武。長宗我部を秦氏が名乗った頃には家臣として仕えた家柄であった。

 

しかし、その久武の領地の周りは哀しくも、敵方である本山の傘下に覆われるようにいつの間にか変わっていった。

 

「もうそんな時勢かもの。儂が欲しいと言うよりも本山の勢力を塗り替えたいというお主の、吉田どのの腹見えておるわい。あい、解り申した。これより我ら久武家は本山より長宗我部に旗を変えましょうぞ。ハハハハ」

 

笑っていても昌源の目は虚(うつろ)。久武が長宗我部に今さら戻っても……という思いがあったのかも知れない。

 

目の前の吉田の家は、滅亡の憂き目にあう前は外様だった家柄。

 

それでも、今となりては譜代……そういうことだ、家名を残すために一族は本貫地を離れようとはしなかった、そのつけが今ここに来て回ってきているのだと昌源は思った。

観念したのだ。

 

「宜しいので?」

 

「それが望みなのじゃろ?」

 

昌源の目に光は宿らない。

時勢を読み間違えたのか……?悔やんでもどうしようもないなという思いを腹に隠して孝頼と話を続ける。

 

「それがですな、我が家に付くより……。一条に旗替えして戴きたく」

 

「……一度、本山に我らを攻めさせるか」

 

孝頼のその衝撃の一言に昌源は言葉を失い、固まった。昌源に空気が戻ってきたのは数秒後のことだった。

 

「……申し訳ない」

 

孝頼の格好は継ぎ接ぎの目立つ、農民に化けた姿だった。一方の昌源はくたびれていても狩衣。

それが目について昌源は急に侘しくなった。目立たぬよう侍の格好でないのは許してくれ、と訪ねてきた時に前置きこそあったが、それにしてもみすぼらしい。

 

「致し方御座らぬ。それが時勢なれば」

 

それでも、一条の隆盛は決定的だった。それだけセンセーショナルな出来事だったのだ。治国谷から帰ってきた者たちの語る中身は。噂によってどこにでも広まっていた。

昌源は孝頼の言うことを無理でも何でも飲むしかなかった。

 

鉄の肩当てを撃ち抜く鉛玉。谷の山裾から雷鳴がなるとバタバタと人が倒れた。かと思えば右手の小川から雷鳴が響いてまたバタバタと人が倒れた。果敢に本山の勇将が挑んでいったが誰一人帰ってこなかった。そして谷の左手の茂みの中からまた雷鳴が轟いて味方は誰も谷に降りようとは勇気が見せれなかった。

 

話半分でも、およそ信じられる話では無かったが、それが本当なら?本山はおろか、誰も一条の陰陽師の妖術に勝てないのではないか?と震えたのを昌源は思い出す。

 

「国沢や、大黒、中、秦泉寺にも参るつもりじゃ。久武だけを生け贄とはしませぬぞ」

 

答え合わせをしよう。その噂に尾ひれをつけて本山の勢力圏に人を放って噂を広めたのは誰あろう、この吉田孝頼だったのだ。

 

この爺、好好爺を演じているが敵に対しては徹底的に黒に染まる。

 

そうやって寡兵の国親に今日まで献策を続けて長宗我部の敵をゆっくりじわじわと摘んでいったのである。

 

それは、小昼の誕生と小昼に手を焼いている頃は小康状態だったが、それまでは長宗我部が勢力を広げ生き残るのに多大な成果を生んでいた。

 

元より敵を陥れるのと、敵を寝返らせて利用する策略を得意としていた。

 

「心遣い痛み入りまするのう」

 

こうして久武昌源を陥落した折、各所で。

 

「大黒どの、危なくは御座らんか?」

 

「うむー一条の飛躍あっては本山では生き残る術ないやもな」

 

「では?」

 

「我らも共に歩もうぞ」

 

「大黒だけを生け贄にはいたしませぬ故。一条にの……」

 

各所で。

 

「大黒どの、久武どのも旗替えして下さいましたぞ!」

 

「致し方御座らぬか。この井口勘解由と井口村、一条の下に付きましょう」

──更に各所で。

 

「大黒、井口、久武、国沢と旗替えを約束頂いておりますぞ?」

 

「ぬ……、しかし、儂らは……」

 

「中は元を質せば中島の姓。つまり、長宗我部の分家で本山と何の関係も御座らぬ家柄。何を喉につまらせておるのですかなあ?」

 

「そうか。天は本山を見捨てたか。……なれば我らもその旗替えに加わってもかまわぬ」

 

「そのご決断有り難きに御座いまする」

 

──更に更に。

 

「分家の方々に久武、井口も一条の旗を担ぐと申しておりますれば。ご決断して戴けませぬか?」

 

「この国沢を斯様な者と並べて謀るかッ!」

 

「何も並べてなど、ただ──堀を埋めただけに御座いまする」

 

「うぬっ……で、では一条は本山をあの勢いにて攻めると言うかッ?」

 

「それは解り申さぬ。しかし、本山の旗のままで居るは危険で御座らぬか。国沢どのが憎くて本山の生け贄となれだと申しては御座らぬであろう?

ただ、ふふふ……本山に一条を撃ち破れぬ──そうで御座いませぬか?」

 

「本山に続いてッ!一条に国沢が頭を垂れよとッ?」

 

「我が主は遠くはなったが親戚がなす術なく踏みにじられるのを見ておれぬと申し上げられ。こうして、爺が国沢どのに注進しに参った次第で」

 

「ふふ……ははははッ!

かくなる上は、家名を繋がんが為ッ!

お、汚名を被ろうではないかあッ!

国親に申せ!

余計なお世話よッ、とな!ご苦労……はははは……血が昂ったわ。──許せ」

 

「ご決断有り難きことかと」

 

「勢力図が塗り変わろうな。満足か?」

 

「主命あればこそにて」

 

「くくく、食えぬ男よな」

 

孝頼、取りも取ったり五家、七城。

 

その仕上げが秦泉寺だった。

 

「秦泉寺どの、旗は今が替え時では御座らんか?」

 

「確かに、そうかも知れぬ。我が秦泉寺と吉松は本山の扇の下に居たくて留まってやっているでないからの」

 

「ご決断感謝致しまする」

 

──これで、本山から千は食えたか?まだ足りぬか?

 

殿なら満足しような。では、小昼様は?『よく出来ました。でも……一門が足りない。やり直しね』言うか、言うでしょうな。

一門が足りない……茂辰か、骨が折れるのぉ。

 

そう思いながらも、本山城のある北に向かう道へと一歩一歩、歩を進める孝頼なのでありました。

 

 

 

おまけ

 

《1553年》天文22年─土佐・土佐湾

 

刀弥夜叉丸

 

「これがあればばっちりよ!と渡されたはいいけどな……見たこともないモンばっかりなんだよな」

 

夜叉丸の手が広げる紙にびっしり書かれているのは、上手くもなく、かといって、下手くそと詰られるような酷い絵でもない、野菜それぞれの絵付きの書き付けだ。

しかも、アルファベット付きだ。おそらくABCのアルファベットであれば、南蛮人も読めるだろうという春に宍喰屋にも渡さなかった詳細メモと呼べる逸品に仕上がっている。

で、この詳細メモ──夜叉丸はもちろん、小昼さえ気づいていないがある意味オーパーツである。大航海時代の野菜の形は平成の野菜の形とは違うものばかりなのだ!

 

「ウソッ!そんなまさか!」

 

現物を見て、そんなことを叫んだとか叫んでないとか。

小昼の歴女脳でさえ、知らないことはたくさんあるのだ。そんな感じなのでお目当ての物が手に入るか手に入らないかは天のみぞ知る、運任せという処だろうか。

 

「やり直しね。珍しい野菜なんでも持ってこい!て言わないとダメだったのです……」

 

 


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