烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど!   作:ぴんぽんだっしゅ

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45.思惑

《1553年》天文22年─土佐・岡豊城下

 

長宗我部小昼

 

「やだ、ぬるぬるするぅ……」

 

小昼です。こんにちはおはようございます、何を今回してるかといいますと、ですね……ムクロジの変わりになるもの。つまり、石鹸の製作ですよ。はい、出ました定番の石鹸です。

 

「脂は作ってたんですけどねーついに本丸の製作です」

 

エゴノキやムクロジで用は足りていたってことです。でも、石鹸。あれば便利ですからね。戦も避けれない状況が迫ってきましたから、岡豊の職人さんと戯れる機会ができた今やってしまおうというわけです。

 

「姫様、こちらでよろしいですか」

 

「うん!こんなもんだね。作って行きましょう。研究はやってくれてたんでしょ?」

 

「はぁ……言われた通り、脂と灰と海藻を混ぜ合わせては居たのですが」

 

「……それで泡立つはずなのになぁ」

 

混ぜて直ぐに火にくべるために土鍋でまぜまぜ。

 

これで出来上がるはずなんだけどなぁ。何がダメだったんでしょう?

 

「臭いがむわっと来るんだよね。これは何を脂にしたもの?」

 

「猪の脂身から火にくべて出来上がる脂ですな」

 

「でしょうね……」

 

職人さん大真面目に言ってますが、ラードですよ、これは。

細めた目で返しつつ土鍋の中を覗き、失敗だなぁとまた愚痴るしか無かったんですよ。

 

土鍋は幾つか用意して貰いました。脂も数種類。灰も。海藻は肥料用にいつでも買い集めてますからたっぷり。

 

別の土鍋も皆さんが同じ用法でかき混ぜてます。

 

研究も他に頼んでおいた製作の空いた時間にしてくれているそうでした。

何か見落としていることは?

 

このずっとぬるぬるしてるのは何かな?

 

海藻か……。

 

「海藻も燃やしてみましょう。一緒に煮るんじゃなくて、灰にして混ぜてみます」

 

このぬるぬるが石鹸への阻害になってるんじゃ?

そう思って土鍋を乗せるだけでおっけーになっていた石組みの釜戸に、空の土鍋を取って中には海藻だけで焼いていきます。

職人にやらせたのと、自分でやってみるのとではやっぱり違うんでしょうね。

完成品の実物を知ってるか知っていないかが大きいんだと思います。

後は、小昼に言われた事を枠組からはみ出さず繰り返し失敗品を作ってた律儀さが仇となったのかも知れないのですよ。

 

「灰が出来た。今度は、これでやって見ましょう」

 

油は液体なので、海藻から出てくる液体も混ぜてみましょう。

 

「「はい!」」

 

職人さんたちのいい返事が聞こえたとこで、できた灰と、エゴノキやムクロジの灰汁と、次はありふれた油で作ってみます。

 

荏胡麻油は灯り取りにも火矢や松明に染み込ませるようにも使われる、オーソドックスな油です。

 

主に寺社が経典を書いたり別の書き物を夜にでも出来るように独占とは言いませんが大量に使います。

 

なので、これで石鹸作ってしまうと油が足りなくなってしまう。

 

種子を挽いて出てくる液体は大抵油になるので、出来れば荏胡麻油に頼らない製作をしなければね。

 

「見てください。これは泡では無いかな?」

 

かき混ぜながら石鹸特有のあの泡が。

 

「姫様、泡だっております」

 

職人さんも確認してくれ、本当に、本当に、泡立っているようですよ。やったね。

 

「泡だよね。やった、成功だよぅ……」

 

何か疲れた……とても疲れた。

簡単簡単と思っていることが全く上手くいかないと精神衛生上良くないようです。脳汁が溢れ出てるような気までしてくるのですよ……。

うっすら涙も本当に出てきたよ、本当に良かった。嬉しい!

 

「エゴノキの灰汁が入っているので泡立つのは当然と思いましたが、全く泡立つ気配もなく。とても不思議でしたぁ……良かった」

 

涙ぐんで本当に嬉しそうな職人さん。

色々苦労が積み重なってたんでしょうか。今日は空が青いですよ。見てください、お日様も石鹸成功を祝福してくれているようじゃないですか?

設計図が間違ってたらね、ハハハ……失敗するに決まってたね。

 

「ご苦労様。皆様のお陰で、設計図のミスが補われ──石鹸ができあがりました!」

 

結果、出来上がったのは三日後の昼でした。

今回の教訓は、言ったことや書いている内容が間違っていることもあるから、成果が出ず失敗していた。

 

設計図をそのまま、『絶対』と信じ込まないで臨機応変に作って貰うように言っていくことなのです。

ん?無茶苦茶言ってますか?

科学や化学はよく覚えてないんですよね、手順ひとつで全く別のものが出来ちゃうので非常に難しい。

 

職人さんたちにはこれに懲りずにどんどん臨機応変に対応、及び研究していってほしいものです。

 

 

石鹸が無事出来上がったことに岡豊城下が湧いた頃。

 

 

 

同じ土佐の東の端、安芸では──

 

「国虎さま、ご準備完了できまして御座います」

 

安芸城の庭で刀を懸命に振る国虎の元へその報告にあがったのは、家老の黒岩だった。

 

「ご苦労。ふぃー後は、一条さまの決起を待つだけか。今始めると、刈り取りが心配だな、越前?」

 

目も向けず、重く感じる刀の先を地面に落とし、一息を入れる国虎が自らの背に座る男にそう言って訊ねると、

 

「朝敵を討つとなれば、小事の内かと」

 

黒岩越前はそんなことは些事と返す。

 

「これで──三好を討てるな」

 

「左様で。阿波国境からの陳情も少なくなりましょうな」

 

「早く乗り込み三好の首をこう、俺の手で取りたい!」

 

一人猛る安芸国虎であった。

ぬん!と一思いに袈裟切りに刀を振り下ろし、三好義賢と思われる幻想を首と胴を別けた。

 

国虎にだけ見えていた幻想は、たちどころにたちきえる。

 

国虎は確信をもって、猛るままな笑い顔でにかっと振り返ると、黒岩越前も国虎のその笑い顔に倣うようににぃと笑う。

 

安芸はこうして阿波国境に続々と対三好の準備が整いつつあった。

 

中原ではどのように房基の決起は受け入れられるかは、まだ判らない。

 

一方、その頃。岡豊城の評定の間。

 

長宗我部弥三郎が国親より呼び立てられ、家臣により無理矢理にこの場へ引きずり出されていた。

 

「弥三郎よ。悩んでいたが、お主の烏帽子親決めたにゃ」

 

「………………」

 

評定の間には上座に座る国親、下座に座る弥三郎の二人のみだ。

いつも通りの黒いオーラを振り撒く国親に対して、ぶすっとした顔つきで俯く弥三郎。

 

烏帽子親と言うのは元服の時に諱という呼び名を一字貰う相手で、形式で言うと元服の時に烏帽子を被せる役の人である。

これを国親は敢えて、弥三郎の烏帽子親を勤めなかったし、弥三郎自体、元服を先送りにしていた。

 

「も、……本山が言って来たのか、にゃあ……?」

 

汗が一滴、項垂れる弥三郎の掌の前に落ちた。

父上が何をいっているのか、理解が出来ない。訳が解らない!理性がブレるような衝撃を弥三郎は我慢するしかない。嗚咽がでそうだった。それを飲み込む。

 

近隣の強大な武家に、烏帽子親を勤めて貰うのが普通であり当然であった。

だから、国親も弥三郎も敢えて元服を先送りにしていた。

仇と判っていて烏帽子親から諱を貰うなど受ける側、弥三郎や国親からしたらゲロゲロだし、はらわた煮え繰り返るわぁッ!となるからだった。

 

しかし、それを圧して今、弥三郎が元服する理由とは。

 

「本山はずっと言ってきとるにゃあ。のらりくらりと孝頼がかわしてくれているにゃ」

 

「で、……今……受ける訳は何なのにゃ?」

 

弥三郎の血がみるみる凍る勢いで冷めていくようでした。弥三郎にはそう思えたのです。

 

「一条も、安芸も、本山と争うな。と、いっておるにゃあ──諱は貰っとる、今日より弥三郎よ。お前は宗親にゃ」

 

「ふ、ふっ。──ふざけるにゃっ!何の為に愚息を演じてきたのにゃあ。父上よ、殿よ!どっちでもいいにゃ!僕の努力はッ!」

 

弥三郎くん。実は引きこもりは、フェイクなのでした。

 

 

 

※ここから暫く、紙芝居。弥三郎の過去の回想になります。

 

 

嫡男が情けないようなら、本山を欺ける。

逆に嫡男の弥三郎がキレッキレの天才児なら本山に警戒される、として国親は厳命していたのでした。

 

力を溜める間、愚息を演じろと弥三郎くん、そう理解して……愚かしい嫡男とはどんなものか研究しました。

来る日も来る日も、するとある日。

本山茂宗と茂辰が岡豊城へやって来て、物陰で弥三郎のことを『あれな嫡男は愚息よ』と茂宗が言うではありませんか。

茂辰も『国親どのはなぜ廃嫡しないのか』と言います。

弥三郎は研究していただけだったのが、既にその引きこもって本ばかり読みふける姿は愚息極まりなく周りの目に映り、研究が実を結んでいたのです。

しかし、それが悪かったのか。

しばらく世を捨て本ばかり読みふける生活をし続けていると、弟の弥五や弥七郎、妹の小昼や陽姫(よう姫。陽甫尼から取りました、三女)から話しかけられてもうまく思いを伝えられなくなってしまっていたのです。

 

引きこもりは、喋る必要ないでしたからね……とても悲しい、弥三郎の現在なのでした。

 

で、今。

急に引きこもりは止めろと、終わりだと言い出しっぺの国親が言うのです。

 

※回想おしまい!

 

 

 

「引きこもりは努力はいらぬにゃ。本山に目を付けられる真似はするにゃ!とはいいつけたが……本ばかり読みっぱなしになれとはいいつけておらんにゃ!」

 

「全ては家のためにゃ!」

 

もう弥三郎くんは立ち直れない所まできてますからね、仕方ないね。

 

リハビリは必要です。引きこもりはそう言うものらしいですよ。

謀略のために引きこもりは止めようね。

帰ってこれなくなるよ、弥三郎くんもこれからリハビリ大変だぁ。

 

国親はもちろんのこと、引きこもりなんかした事が無いから弥三郎を酷く責めるのです。青筋が浮かんで見えている程でした。

 

吉田孝頼が、仕掛けた内応はいい線いっていたので復讐の鬼も非常に気分が良かったのだ。

 

だから、ここに来ての本山の家老・長越前を通じて新年明けてすぐ渡されていた諱・宗を、茂宗からの一字を、弥三郎に授けるという、はた目には暴挙に映る行動に出たのでした。

 

つまり、本山を仕留められる見切りがついた。

 

調略を重ね、謀り事がいつ発動してもおかしくない今だからこそ。

 

安心しきった茂宗を更に追い打ちで、骨抜きにする一撃が、これでした。弥三郎、元服させられるってよ!

 

「今、家の為と言うにはにゃ……、宗親を引き受けて、一条の三好征伐を成功させることよ!なぁに、終わればいつでも本山の首は取れるにゃ。本山は内から壊れる運命(さだめ)にゃ!」

 

「く、僕は捨て石かにゃっ!」

 

「そうよ、良く今まで本山のめくらを化かしてくれたぞ!礼を言う、宗親。よくやってくれたにゃ!次の次の戦で茂宗めは、首となり我が祖先・秦能俊(はたよしとし。長宗我部を初めて名乗った秦氏。土佐に秦川勝は居ないからね、土佐では秦氏の始祖は能俊)の墓前にあげ、長宗我部代々の供養としてやるにゃあッ!」

 

「こ、……の弥三郎に宗親をよ、喜んで名乗れ……と?」

 

「首だけになった茂宗の前で新しい名は俺がつけてやろう!それでよいにゃあ?」

 

「……む、……はい……」

 

二人の間には空気の違い……いや、見えない壁のようにも見える温度差が見えた。熱く、暑苦しいまでに猛りあげる国親。

それと対極に、宗親となった弥三郎は冷たく凍りつくような殺気でもって口を歪め、切れた唇からつつーと血が垂れ始めるくらいにがっちりと噛み締めた唇を震わせて、泣くでもなく、狂って嗤うでなく、必死に何かに呑み込まれるのを、押さえ付けようともがく弥三郎の姿。

 

すぐにでもいつも肌身離さず胸に忍ばせる、合い口で父・国親を殺しかねない邪心を習ったことがらを虚(そら)でモゴモゴと口走ることで誤魔化していたのだ。

涙ぐましい努力のなせる業であったろう。

 

そんな、弥三郎に追い打ちをかける国親はマジで空気読めない大人の代表格だ。

 

「……もう去(い)ね。モゴモゴ、言いたい事ははっきりと言葉にせよ。『小昼』を見習えにゃ。いつでもあの武士然とした発言を!愚息はもうやめてよい、嫡男らしく振る舞え!よいにゃ!?」

 

「こっ、くぅおのっ!ク、ソッ!親父ぃぃいいッ!」

 

合い口を放り出した弥三郎は走る。ダン、ダン!と力いっぱい床を蹴る。火事場のくそ力だった。

しかし、それは無謀だった。あまりにも。

 

何故なら──普段ろくに動いていないからである!当然だねっ!

 

「その意気にゃあッ!親の首とる意気でこそ、武士というものぞ!励めッ!引きこもりは長く、出遅れたであろうが、我が秦氏の血はそこらの武士より重いッ!この髪、この瞳がッその証拠にゃあッ!」

 

国親に迫った弥三郎はいとも容易く、その右手に首と頸動脈を絡め取られる。

国親の力でむやみやたらに握れば、弥三郎の命は無い!

弥三郎は振りかぶった左ストレート用の腕をだらりと力無く落として、刹那。

 

 

ぐす、ぐすっ……。

 

泣き出していた。弥三郎にはいままでの数年、幾日、幾年が無駄だった。

無駄と思わせられた。出遅れた。どれくらい……?

 

そんなことを考えていると国親はいつの間にか掴んでいた右手を首から離し、かわりに両手でがっしりと弥三郎の肩を掴み、引き寄せた。

 

「おう。見事に軽いにゃ。男の重さではないにゃあ。『誰に』『何を』言われようと、秦氏の後継、長宗我部が嫡男は弥三郎。そなたにゃあ!それは俺は曲げぬ!今日までご苦労」

 

バキバキと弥三郎の骨が一本、また一本と軋む音がする。

 

国親が力を込めて抱き締めたのだ。

 

初めての俺の嫡男だ!と喜び、弥三郎に『悪い!愚息の真似してくれ』と告げたその日より、都合十年の月日が流れての再びの親子の抱擁となった。

 

 

そんな、微笑ましい武家ならではの謀略のため、嫌っていると見せかけていた国親と引きこもりを演じていたらホントに引きこもりになっていた──くんは実に微笑ましい抱擁を交わしていたのに、それを白い目で一部始終見ていた者が居た。誰あろう。

 

「全く、そんな裏があったのね。石鹸の報告はまたでいいか。……うげ、あれキツそ。父上、加齢臭きついし……!」

 

長宗我部小昼である。

疲れた体を引き摺って報告に上がってみればこれである。やってる当人は凄い感動もので二人とも滂蛇の涙も流すほどなのだろうが、はた目の外からの第三者の目はスゴく見たくないものを見てしまったと思えたようだ。

 

しかし、国親も弥三郎いや宗親、そして小昼も。皆秦氏の茶髪なのだ。同じ血が流れている。小昼も嫌でも国親の抱擁を受ける日が来るのだろう。その日は明日かも知れない。

 

「だーかーらーッ!加齢臭の親父と抱きつくなんてッずぇったいに嫌よ!」

 

その日は来ないかも知れない。

 


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