烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど! 作:ぴんぽんだっしゅ
おはようからこんばんわ。小昼です。蜂蜜たっぷりぜんざいを食べて満足。可愛いものを見て眼福眼福。
少し早いけど日課の修練としている素振りでもしますか。と立ち上がる。
食堂の勝手口を出ると食堂の裏、つまり二の丸の裏庭に出るのですよ。ここは広い空間で行ってしまうとよく素振りをしているとこだったりします。
勝手知ったる場所と言いますか。
素振りをするにもぴた!と来る場所はあると思うんですが、つまり二の丸の裏庭は小昼にとってそのぴた!と来る場所なのですよ。
着ていた小袖をいつもの桜の木の枝に掛けてくくり袴姿になって正座で瞑想いざ。と素振りを始めようと目を開ける。
「おおぅ……」
目の前にはちょこんと座るにーさまが居ました。
ぜんざいをまだ食べると言うので食堂に置いてきたのです。
そのにーさまがワクワクキラキラした瞳でこちらを見てくる。
「にーさま、ぜんざいを食べるのでは?」
ぜんざいは食べたにゃ。小昼のする素振りを見てるとたどたどしく答えるにーさまは唇に小豆の欠片をつけたままにこにこな笑顔。
精神統一をするために瞑想したのが、調子狂うな。
「では、一度やって見せますからにーさまは見ていて下さいよ。近寄ると怪我をするのでもっと下がって。そうね……あの桜の木の下で小昼を見てるといいよ」
にーさまはうんと頷くととてとてと離れて、言った通り桜の木の下にまたちょこんと座る。
「ふんっ!」「ぬんっ!」「はっ!」
ひととおり素振りを終えて気づくと心地よい汗がつーと滑り落ちていく。
時折吹く風が心地好く肌を撫で上げて熱まった気持ちを冷ましてくれる。
「にーさま、どうでしたか?」
「足は……こう!動いて──あ、……うん。い、良いものが見れたにゃ」
にーさまを視界に捉えるとぎこちない動きで真似をしてる姿があった。
わかるよ、わかるけど不思議な踊りを踊ってる風に見えるの。何故かな?
その後はにーさまに手取り足取り小昼が素振りを教えていると鷲羽さんに見付かり、
「何だよー。何だよ何だよこの可愛い子わぁ!新しい生徒かぁ、お前見ない顔だけど……やっぱ可愛いなぁ」
「や、やめっ……やめて……」
猫可愛がりされて、更に鷲羽さんを探していた美濃さんがやってくるとそこから芋づる式に次から次へ女武士で二の丸の裏庭は犇めき、ちょっとした騒ぎになった。
「あー!鷲羽いたっ……誰?」
「何々ー!どこの子、可愛すのー」
「お名前なんてーの?」
「おっ新入りー!?」
「わたしも混ぜてー」
「これはにーさまで──」
「わぁ、新居さんて言うの!はーい、よろしくぅ」
「いや、違うのよ──」
「可愛いで御座る!」
「ですです!」
「お胸はぺったんですねー、心配しなくてもこれからお姉さんみたいになりますからねー。可愛ー」
「いや、そう言う問題じゃなくて──」
「よーし!この可愛い子も連れて河原で合戦しよう!」
「可愛い!いーこいーこ♪」
女子の黄色い声で二の丸が包まれたからね。原因はとゆーと今現在もみくちゃ中の渦の真ん中とゆーね。
「や、やめっ……小昼ぅ」
きゃいきゃいと色めき立ってにーさまに群がる様は何かのソドムですか状態。
皆、統一感たっぷりに可愛い可愛いを連呼してるのは何かのアイドルのイベント会でおさわりおっけーなタイムがやってきましたよ、みたいな。そんなタイムあるわきゃないんだけどね。
にーさままだ声高いから、声変わりもしてないのかな。離れて見ると一層この子たちと変わらないなー。
着てるのが帷子じゃなくて狩衣とかなら、まだ違ってたのかなー。
あー空が青いなー。……だいぶ傾いてきてるけど。
そんな風に、小昼や小昼の周りの女子たちが宗親と親睦を深めている一方、着々と一条房基の周辺では三好討伐への兵の準備が進んでいた。
《1553年》天文22年─土佐・大津城
一条房基
「では、本山の恭順を得て続々と本山の傘下の武家が大津へと参るか」
「左様に御座います」
ここは大津城の大広間。上座に一条房基。下座にて受け答えするのは城代の津野定勝。その後ろにだいぶん距離を置いて一条家臣団が集合していた。
なぜ、大津城でこのような事になっているかと言うと房基決起が翌日に迫っている事を受けて中村から集まっている所なのだ。
小昼と山科卿を交えて密談をした日の内に、房基は仮の拠点として大津城を指定。城主・城代共に近隣の天竺領介良城へ退去させる。
つまり、大津城は一時的に房基に乗っ取られていた。
房基はその勢いで中村に使者を出し家老の加久見、羽生らと共に一条一の勇者・土居宗珊も呼びつけた。
そして、小昼を帰らせ入れ違いに国親のような近隣の武家各所に向けて恭順を計る使者を遣わせる。
真っ先に細川家から家老・馬場が一条房基を訊ねてその日の内に一条に従うこと、誅敵として三好を共に討つことを了承すると改めて天竺花氏が同じように了承し、この機に乗じて山田配下で長宗我部と細川に挟まれいつこの身が危ぶまねばなるかと気が気でなかった徳弘氏が一条に寝返った。
大津城に一条房基が入り、使者を遣わすだけで、一日でこれだけの勢力が一条に属したのには誅敵、朝敵という言葉の重さも去ることながら、やはり本山と一条が激突した治国谷の一件の噂の効力も一役買っていたのだった。
城を落としはしたものの本山が援軍にやってきた土居宗珊の前には無力──まさに無力だったと噂の上では語られていた。
房基も広まっていた噂のことを、大津城に訪れる各勢力から聞かされる上でそれを知り、上機嫌で土居宗珊を誉め称え自分の馬を与えた程である。
房基が使者を遣わした次の日には、房基が最も危ぶんでいた本山からも参謀・長越前が一門の本山茂定を連れて恭順の意思を示すと、長宗我部からも吉田孝頼が香宗我部秀通を連れて一条房基の下に平伏した。
うむー本山まで素直に誅敵を討つと言うと停戦を受け入れ我が一条に恭順したのに、娘の言う通り、山田と豊永三人衆は顔を簡単には見せてくれぬというわけか──
遂に一条は土佐全域の武家の意思をほぼ統一して三好との戦に臨むこととなった。誅敵・朝敵という、一条よりも絶対者たる朝廷の名こそあったものの一時的に休戦させるだけの効力を一条房基が持っていなくては成し得なかっただろう。
房基が使者に遣わした文面にはこうある。
大津城へと参上すべし。この度朝廷から山科権中納言様が遣わされ悪逆の臣三好を討てとの由。この伝より十日後天文二二年七月十五日朝廷の臣として一条房基決起せん。その日までに恭順の意思を示さぬ場合誅敵と同党として排するから覚悟をば。
大津城に顔見せに来て、一条に従わないと朝廷の敵だから問答無用にぶっころすからな!(異訳)
これを読んで近い武家は次々と親元の主家に陳情に上がった、国沢や秦泉寺が朝倉の本山茂宗にどうするんだ!?と直訴に上がるような顛末であった。
房基は側近を使い、大小構わず武家という武家に同様の檄文を送りつけたのである。
大津に近い武家は真っ先にこの事態に飛び上がって恭順の意思を示したというわけだ。
何しろ、逆らうと問答無用で攻め込んでくる、しかも一条を頂点にした土佐各郡の連合した軍勢が。
多くの武家が自らの主家へ申し立ててこれに従ったのだが、動きが緩慢で大津から然程離れていないのに参上しない武家があった。
山田とその配下の多くである。
山田配下で一条に平伏したのは徳弘、大谷、五十蔵の三勢力だ。その他からは三好を一条と天秤にかけているのだろう。山田領は阿波剣山の麓にまで及ぶ。
三好の戦を安芸と共に知っていて、安芸とは違い三好に攻めかかる事もなかった。
山田元義が遊興に耽るようになったのが一因だろうが、三好の鬼・十河一存の勇猛とその兄で、下克上を体現して見せた三好長慶の強さを土佐の武家の誰よりも耳にして恐れていたからである。
三好が大身になるまでは山田が気をつかわなければならなかったのは、阿波守護で守護代であり四国4ヶ国と畿内の覇者だった細川家。
細川の強さを少し前までは聞き及んで、そして今は天下人となった三好の強さばかりを耳にする。
山深い韮生では山に隔てられて土佐中原で活躍する武家の噂が薄く、色濃いのはお隣阿波と畿内をあまねく統べる三好の大国の噂ばかり。
山田がそんな状態なのだから、更に三好と密着して生き長らえている豊永などは端から三好の強さを疑わずに三好勢力だった。
そんな殺伐タイムにあった西内領烏ヶ森城では。
「この上はどうにもならねぇ、頼むっ!親父、大津に頭下げにいってくれよ──」
《1553年》天文22年─土佐・烏ヶ森城─七月十四日
西内常陸
西内元友
西内今景
「たわけっ!韮生はどうする。豊永はどうする。山田はそう簡単に従えぬのだ。彼らを見捨てて三好に牙剥くか、長年の味方を捨ててまでか」
「そうです。父上、今景が言うのも尤も。一条の真しやかな噂ももちろんですが、我らは土佐の者ですれば、長宗我部と本山に細川までこれを容れたのですぞ。
三好は山田にまで援軍をくれましょうかっ!否っ否、否!(いないないな。三好は絶対来ない。と言っています)
機を仕損じれば矢も尽き、槍も折れ、終りなき戦で烏ヶ森は摘み取られ申す!韮生(にろう)は拙者が助けましょう、説得も致しましょう、何とぞ何卒ッ!」
烏ヶ森城では大広間で長男・元友、三男・今景を前にして西内常陸が話を聞いていた。
西内常陸は城主として威厳ある態度で、静かに目を閉じたまま実子で家臣である二人の声に耳を傾けていたが、今景の何度目かの説得に漸くその目をかっ!と開いたかと思うと今景をぎろりと睨んで一喝した。
西内常陸は山田にこの人ありと言われる武闘派。並ぶものなしと先代・山田元道より称賛を受けた槍働きで、いまの地位にまでのしあがった山田の守護神と言っても過言ではない。但し、山田に限る。
西内常陸は自慢のカイゼル髭を、指でピンと跳ねてまた黙り込んだ。
その纏った狩衣の上からでも容易にわかる鍛えぬかれたバキバキの筋肉の鎧。
西内常陸のそれを一瞥して、元友は西内常陸に決死の説得を試みた。
横にやっていた得物である刀に手を掛けて、かくなる上は西内常陸を!父を!この手で──と思いつつ。
気付けば熱いものが頬を順繰りに顎へと垂れていった。
これが親子の今生の別れとなるかと思うと、手にかけた刀を元友の指が震わせた。
「豊永は入って居らぬか。……あい解った。長秀と殿の元へ行こう」
月代に髷頭の西内常陸だが、髷は少しほどけて疲れが見て取れた。
大谷の離反に、五十蔵の寝返り。孤立していた徳弘は案の定、山田に後ろ足で砂をかける真似を働いた。
ここ数日、山田城で評定続きで『大谷討つべし!五十蔵討つべし!徳弘討つべし!』と戦で山田を盛り返さんとする家臣や当主の弟・山田長秀とその反対の意見をあげる家臣との板挟みにされて寝るや寝ずの一週間を楠目で味わって、帰った烏ヶ森城では城を任せていた元友から『三好なんか待ってもこないから一条に取り合えず頭さげてからそれから考えようよ』(異訳)
と一週間の疲れを癒す間も与えて貰えず説得合戦を挑まれていた。
もう、疲れた。いいよね、反対派も居たし、後は殿の一存に、鶴の一声に任せるってことで……(異訳)
と、西内常陸が思ったかどうかは解らないがうつらうつらとしながら西内常陸はとんぼ返りで山田城に上がる事を約束した。
「ははっ、これで山田は助かりましょう。英断有り難きこととて」
西内兄弟が実の親である西内常陸を説得に成功していた。
元友はその足で韮生に出てこれを説得に当たり、西内常陸は楠目の山田城へ登城というプランだ。
今景は元友から託された書状を手に大津へと参上していた。
山田は複雑で十日後は約束出来そうにない。必ず当主・山田元義に参上させる由。待って欲しいという内容が元友の書いた手紙に書かれていた。
すでに大津にやってきていた土居宗珊により今景は捕縛。
残り一日を切って、房基はやっと山田の動向を知るに至ったのだった。
「遅すぎる。今になって、待てと言われて待てるものか。この文がせめて二日早ければ運命も変わったのかもな」
「しかし、山田と戦をすれば三好に時間を与えます。従うと言うのですから、三好への狼煙とせずに良いのでは」
「な、羽生は三好を恐れるか」
「土居どのは、種子島があれば三好など恐れるに足りぬと」
「いや、土佐が一丸となれば阿波で一丸となれるかは解らぬ三好よりは条件は良いと言わせて頂いたまで」
側近の土居宗珊、家老の羽生、当主の一条房基が一枚の手紙に振り回される。
大津城門で捕えられた山田の家臣である、西内の三男が持ち込んだ手紙が知らせたのは西内が今は恭順はしたいが出来ないんだよ、山田の当主を説得するから時間をくれ!(異訳)
と山田の措かれた現状を伝えていたのだ。
バッサリ切ろうという房基。
それに反対し山田を摘み取る時間が惜しいという羽生監物。
山田など物の数ではないから誰かに任せて、それより期日を遅らせるのはどうかという土居宗珊。
三者喧々囂々(けんけんごうごう)。
それを制したのは一条房基の一言であった。
「決起は変わらず。しかし、安芸や御荘といった遠方の戦力はまだ集まっていない。そう言うことで、決起すれども動かじ。で良くないか?意見はあるか?」
「ははっ」
「御意」
房基が、家老も家臣も黙らせて満足そうに布袋顔を浮かべたことでこうして山田は存命した。
「家老どのの考えは拙速に欠くかと。三好がすでに動きを察しているかが頭に無い様子。三好に勝つには先手必勝と存じ上げ候う」
万事解決と気をゆるめかけた房基に釘をさすのも忘れない土居宗珊の参謀としての片鱗がそこにはあった。文官の羽生と、武門として一軍を任される土居宗珊との違いも無かった訳ではないだろうが、房基はそんな無骨な男に腰を上げて近寄り、肩をがっしりと掴む。
「羽生には羽生の、お前にはお前の戦があるのだ。千里眼でもあれば三好が今何を思うかわかるのだろうよ。それはしかし、無駄な望みだ。だから俺はやれることをやりきっておく。千里眼は俺にも買えないが、実の所、俺は勝利の女神というやつを持っていてな」
土居宗珊の瞳が丸く開かれる。額にはうっすら、汗が浮かんだ。房基は土居宗珊の瞳に映された自分を見据えるように瞳の中を覗き込む。布袋顔をそのままに、房基は話して聞かせ、
「勝利の女神は約束した。我が方に勝利は微笑むと」
その宣言は土居宗珊を羽生監物を唸らせた。二人はよく解らないが、とにかく、勝利が約束されたと星詠みにでも聞いたのであろうと納得した。
実は、小昼が言って聞かせた言葉そのままを房基は二人に言って聞かせただけだった。
「勝利の女神は約束します。我らが勝利の揺るがない事に。その証として、女神はその素顔を万民に晒してニコニコ微笑むの!どう?いい話でしょ。有難ーい感じしたでしょ?」
「女神はマリアでもいいし──イシュタルでもいいし──ジャンヌダルクでもいいし──フレイアでもいいの──用は何だか知らないけど勝利するって神様が言ってるってことをいいたいわけよ?」
そう言っている小昼を房基は話半分に聞いていた。
「俺には天照大御神が付いているからさ。女神とは天照様以外考えられないんだよ」
まさか、あの時は小昼が言った事をそのまま口から出てくる羽目になるとは房基は一欠片も思っていなかったが。思い返しながら再びにんまりと微笑む。
「アマテラスが旗印になるのか。てことは──日の丸ね。それ、いいと思う」
──房基は膝立ちから立ち上がって、天に向けて右腕を振り上げた。その勢いで言い放つ。実際は大津城の天井だが、その時房基の瞳が映したのは、晴天に晴れ渡る空から幾条もの光が差し込んでくる光景で。まごうことなき幻視だった。
「──旗印は、天照大御神が証!日の丸にする!」
一条房基の討伐軍の旗印が決まった瞬間であった。
「我らが女神・天照大御神様は勝利を約束された!」
こうしてその場にいた三者だけの間で三好討伐軍の旗印が裁定された。
約束された勝利の旗と。