烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど! 作:ぴんぽんだっしゅ
中村。土佐国波多郡の中心都市。一条房家の策謀と働きによって当時最大級の船を建造し、これを持って琉球と通じ明貿易をさらに密に行い始めたでおじゃる。
と、書き記しておかねば。
麿は山科権中納言言継でおじゃる。何でも、土佐に下った一条家は目覚ましい活躍によって成功をしているらしいでおじゃる。
それを耳にしたのは、一条本家の者からだったのでまずその通りと思うのじゃ。
それにしても、一条本家は土佐一条家の財で食い繋いであらっしゃるのに何とも口汚い。
皇族の子であるという、土佐一条の御曹司を銭に汚く大富豪なのだからもっと寄越しても罰が当たらぬ、などと言っていたのでおじゃる。
麿は、ちと灸を据えるつもりでその話の腰を折って横入りしたまでは良かったのじゃ。
しかし、その場にもう一人の御曹司、一条房通が意味ありげにニコニコと微笑んでいたのでおじゃる。
この房通の身は、土佐で一条房基の弟として珠姫より生まれ、一条房基と共に上京して育ち、のちに一条本家の養子として一条本家の当主にあらっしゃいます。
二人目の御曹司。
今は朝廷にも出仕し、一条卿でおじゃる。
とにもかくにも、その場はのらりくらりと話をすり替えて、房通の腹の底を覗こうとしたのでおじゃるが、麿に房通はこう言う。
中村は兄者の代変わりから見事でもあり、珍奇でもあり、昔の中村の面影は道と橋だけになってしまったでおじゃる。
と、又こうも言う。山科卿、兄者の元には大金が転がっているからむしり取るなら今でおじゃるぞ。
ふむー波多郡の中心都市とは言え、大内や大友とも繋がりを持っては居ても、土佐国司とは言え、両の眼(まなこ)で見るまでは信じられ無かったでおじゃる。
土佐とは、実り豊かな平原はないというでおじゃる。
野分けがひとたび来ればたちどころに川は暴れ狂い、濁流となって、田畑を、住居を、場合によっては城も奪うとも聞いておるでおじゃる。
稲穂の実りなき土地に何れ程の価値があるでおじゃる?
波多は金銀が涌く鉱源であるとでも言うのなら、まだ判ろうものでおじゃる。
しかし、麿の知るところ、それと言った鉱源はおろか、鉄や銅床も波多には無いではないでおじゃるが……。
麿には、そんな中村に何の魅力も感じられないのでおじゃるよ。
そんな考えは、一条卿の意味深な微笑みが蘇ると共に何処かへ、消しとんでしまったのでおじゃる。
中村をひとたび目にした麿は。
《1553年》天文22年─土佐・中村下田湊
山科権中納言言継
「これは……どういう事でおじゃる?」
麿は下田という湊に降りた。その場で言葉を失ってしまったのでおじゃる。
堺の湊にも負けじ劣らじの湊が船を下り、桟橋に降り立った麿の視界いっぱいに広がっていたでおじゃる。
博多のように明に近いわけでもなく、堺のように天子さまを頂く都が有るわけで無い、土佐国司直轄の湊というだけのここ下田には、あちらに目を擬らせば博多、そちらに目をこらせば臼杵、さらに目をこらせば堺、さらにさらに目をこらせば瀬戸内の。
一条近辺はおろか、名の有る商人の屋号のついた商倉が、ぐるりと、ずらりと、麿の視界を彩っていたのでおじゃる。
湊は、切り出した石積みで岸壁が補強されて、あまねく囲まれており……いかん、いかん。悪い癖が出てしまったでおじゃる。
自然と日記に書き付けてしまっていたでおじゃる。
これくらいで驚いていては駄目でおじゃる。まだ、中村の玄関にも辿り着いてないでおじゃる!
《同日》土佐・中村を望む丘の上にて
山科権中納言言継
「──なーなんと!これは……京があるでおじゃる」
下田では一条房通の伝で青岳という破戒坊然とした風体の、それであって京の雅を感じさせる僧体が案内してくれたのでおじゃる。
僧体の話を聞けばなるほど。房基、房通らの下に続く兄弟の一人などというでおじゃる。
ほほほ、雅よな。その血も皇族の血が流れておるやも知れぬ身だったでおじゃる。
房通卿の下の御兄弟は、纏めて僧坊をして一条から遠ざけられておるのじゃと言う。ほほほ、愚痴は雅では無いでおじゃるよ。
まことに見事な輿を持って居られるのじゃ。しかし、良く良く話を聞けばこれも兄・房基からねだって譲って貰ったものだったでおじゃる。
「兄者が街道を拓くと言うので、その時に手伝いをさせて頂く機会があり、兄者の輿を見て褒めあげたらば、兄者から気に入ったのならやると言われ頂いた、と」
「ほほほ。青岳どのは、まこと口が上手いでおじゃるよ」
麿は、そんなたわいも無い話をしに船に揺られて中村にまで来た訳では無いでおじゃるよ……疲れる御仁なのじゃ。
「聞けば山科卿は酒に目がないとか。兄者の元には南蛮から買った酒に、買った酒を研究して作った酒もございましたよ」
「ほほほ、それは是非。御相伴に与らせて欲しいのでおじゃる」
目が飛び出たかと思ったでおじゃる。
南蛮の酒に、南蛮の酒から作った酒でおじゃるか。
それはそれは、ちと夜になるのが楽しみでおじゃるよ。
「山科卿が来たとなれば、兄者もぞんざいに扱わないでしょう。振る舞うのでしょうな、まことに羨ましきことです」
青岳どのは、兄弟であるものの中村の御所に上がってモノを言える立場で無いことは弁えて(わきまえて)、案内が終れば下がると言ったのでおじゃる。しかし、南蛮の酒は房基から貰えるので血の気の多い武家の輪に加わるくらいなら寺で経を読んで村娘を摘まむほうが余程あっている。とのことでおじゃる。
さらっと、破戒僧の自供をされてしまったのでおじゃるよ。しかし、聞かなかったことにするでおじゃる。
ん、どういう事であろう。坂道を登りきると輿が止まったでおじゃるよ。
青岳どのは見せたい物があると言って輿を開き外へ出ていったでおじゃる。
全く、何を見せたいと言うのでおじゃる──
「──なーなんと!これは……京があるでおじゃる」
輿を、背を折って潜るとすぐそれは、麿の両の眼に納められたでおじゃる。
上京と、下京に分かれて緻密な碁盤の目と星のような街並みの姿が、丘の下には広がっていたでおじゃるよ。
線を引いたように真っ直ぐな道が碁盤の目で、その周りを埋める星が住居や屋敷。
丘の上から見れば、下に広がるのは正に碁盤のようでおじゃる。
さすれば、これはまこと京を写し見ているようじゃ。
京は雅でおじゃるが、中村の京は視界で一際大きく中心に建てられる中村御所の周りを徐々に、背の高い建物に守られるようにも捉えることができよう。
しからば、中村の京は戦える城郭としても築かれているのでおじゃる。
京は攻められればそこでどうする事も出来ないでおじゃるが……。
中村は四方に城のような構えを用いて巨大な城郭だったでおじゃる。
これなれば、敵から襲い懸かられようと京のように容易く落ちることも無いと、そう思うでおじゃるよ。
川から水を縦横無尽に引き込み、水路と水堀とを同時に使うのでおじゃるか。
街並みに溶け込む数多くの橋を壊せば中村御所は孤立して、難攻な城にもなるのが企みであろうの。
ほほほ、雅では無いでおじゃるが……まこと面白き京にて。これは目を奪われたでおじゃるよ。
「──斯様な京は、山口にも越前にも、況してや京にもないでおじゃる。まこと面白き京にて」
「左様で御座いましたか。兄者もそうお褒め戴けば喜びます」
麿は、隣で控える青岳どのの言葉も全く耳に入らず、しばらくの間に中村の京の姿に、その言葉通り。目を奪われたのでおじゃる。
これ程の都を築く財を持ちしは、一条房基からいかほどの財貨をせしめてやれるかと、驚いて。また、頬を崩さずにいられなかったのでおじゃるよ。
《同日》土佐・中村御所
山科権中納言言継
中村の街を輿の中より覗き見たでおじゃるが、一条の繁栄ここに極まれりと言って仕舞える賑わいにおじゃる。
大きな呉服問屋を初めとして、青岳どのは次々と見所を口と指で差して紹介してくれたのでおじゃる。
酒屋問屋、米問屋、指物や色付問屋、醤油問屋に御本問屋にと多岐に渡る商家沿いを進めば、輿の外では景気の良い売り込みの声と、取るに足らない噂話に色めく町娘たちの集まり、果ては商家の軒先で碁盤の上に白と黒を並べる碁に似た遊戯に戯る若者、何ともはや。
長閑で、それでいて賑やかで、平和な街でおじゃる。
時折、馬を引いた侍が通ると青岳どのの口からは警呼衆です。あれらが目を光らせているので中村で刃傷沙汰や、うらんな物が盗賊をやろうとしても、すぐに縛り上げてしまうのです、と目から鱗な事柄も聞けたのでおじゃる。中村の入り口もそう言えば多くの侍が目を光らせておったのじゃ。
一条の輿に乗っておったので麿は改められることも無かったでおじゃるが、あれらは荷改めもするのであろうな。
それでは賊もおいそれと中村に入り込め無かろうよ。
ほほほ、実に見事な京を築くものでおじゃる。
と、留め置かれた部屋で机に向かい書き留めていた処、それはいよいよな。やって来おったのであらっしゃいます。
「麿は山科権中納言言継におじゃる。そなたが一条阿波権守房基にあらっしゃいますか」
「うん。そうだよ、山科卿。失礼、雅言(みやびこと)からは遠く離れていて抜け出るように忘れてしまったよ。無礼かも知れないが、俺の言葉でいいかな。山科卿も肩の力抜いて、抜いて。それでいいだろう?」
部屋を訪ねるなり、振り返った麿の前にそう言って座った青年と、以前の御曹司との姿と重なる処が一欠片もなかったことに驚いたでおじゃる。
「公家の身嗜みの白粉はしないのであらっしゃいますか?麿は、御曹司は公家で皇族の血を引くと聞き及んでいるでおじゃる」
「うん。似合いませぬかな?一年の殆どを京から離れては、公家であることなど忘れる。忙しいのですよ、山科卿。中村で、土佐で生きるのは」
一条房基とは公家を忘れて、戦に明け暮れる荒公家と京では囁かれるものの、こうして実物をここ中村御所で前にすると一層、真実として迫ってくるものがあるでおじゃるよ。
雅さが抜けきって、侍より礼が足りぬ地侍のような振る舞い。
これでは、一条卿にもその通りであらっしゃいましたと笑って話してしまえるでおじゃる。
「聞けば、まこと珍しき酒があると耳にしたでおじゃるよ。羨ましきことでおじゃる。そこで一口、馳走になるのは悪いかの」
「聞いておりますよ。山科卿は酒に目がない、あと……金子でしょ?」
「ほほほ、良き酒の前に金子は雅ではないでおじゃる」
麿はまだ一言も、財貨について触れてないでおじゃる。口にもしてないのじゃにの。せっかちにも一条房基は金子の話を持ち出したでおじゃる。
顎を手で支えるその肘を膝に突き、首を傾げながら、ニコニコと笑いながらなのじゃ。
歓迎しないという風にもとれる、ぶっきらぼうで礼が欠片もあらっしゃいません態度。しかし、愛着は不思議と感じる御仁。
しかし、その後御曹司は忙しいのでこの場は辞するので後は、夕の事としましょう、と。
丸ごと纏めて全てはその夜に。夕の宴の席に持ち越しとなったのでおじゃるよ。