烏なき島の蝙蝠─長宗我部元親(ただし妹)のやっぱりわたしが最強★れじぇんど! 作:ぴんぽんだっしゅ
《1553年》天文22年─七月同日─京都・一条本家屋敷
一条房通
「今な、頃は……中村にて兄者と山科卿が会っている頃でおじゃる──」
山科卿に於ては、随分と金策が為に足繁く各地へ下っているとか。
そこで賢い麿は、ひとつ。策をあれな山科めに授けてやったのよ。兄者め、精々泣きを見ればよいのでおじゃる。
「山科卿に花は咲くか、咲かんや。何、あの房基の金の巡りは異常なのでおじゃる。この数年、特に羽振りが良くなったでおじゃる、とて、口にした後の山城卿の目の色の変わりよう。さてさて兄者はいくら搾り取られるのでおじゃるか、ふわははは。楽しみでしょうがありまへんなあ」
兄者に於ては、知っておいて欲しいでおじゃるよ。この房通は、敵に回すと面白くは無いでおじゃるよ?
恨まれるような態度は、麿に取るべきでは無かったでな。精々苦しめ。この房通の恨み、遠き中村まで飛べ。飛んで兄者に罰を与えてやるでおじゃる!
じつに、楽しみな事よ。
「ふむー清らかに澄んだ透明の酒でおじゃる」
《1553年》天文22年─七月同日─土佐・波多郡中村御所
山科権中納言言継
遠路はるばる波多の地・中村を訪れた夕暮れ。昼は昼にて見事な京を目に焼き付け。街中では穏やかな賑わいを感じ。通された部屋から臨む庭は、訪れた客人の目をもてなす山紫水明の冥利にて心和ませ。故一条房家どのの配慮、心配りに傷みいりつつ、ようやく中村御所にてお目当ての、例の酒を御目にかかるのじゃ。
攻めてくる敵は見事、この麿にぐうの音をださせたでおじゃる!
ふむーどういうわけか、普段の酒精に比べて甘味を抑えてきりっと辛いのう。しかし、これはこれで気にいったでのう。見事でおじゃる。
「いかがかな?山科卿」
ほほほ、房基めの今は精気みなぎるこの整った顔がどのように今宵の夜が更けてから変わるのか。実に、実に楽しみでおじゃるよ。
先程までのは、前哨戦というとこであろうかの──あれは手応えが無かったのじゃ。実に温い燗じゃったでおじゃるよ。
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「ふむー手酌も良いでおじゃるが、ちぃとも今宵の酒は酔えぬの。皆皆、付き合いが悪いからかのー」
「も、……苦し……」
「麿の酒に付き合える者は、ここには居らんようになってしまったでおじゃるの」
「むにゃむにゃ。さ、酒が怖いーー!」
「酒を怖いとは。ほほほ、一条の臣は雅ではないでおじゃるよ」
それは房基が澄んだ酒を手に持って麿の卓にやってくる少し前の事でおじゃる。
宴も酣(たけなわ)になってきたのか、酒臭い一条の家臣のみっともない姿が麿の周りを埋めるように転がっていたのでおじゃる。
まこと、情けない。
麿にはこの程度の酒精では、水と変わらないのでおじゃる。
酒は楽しく飲むものでおじゃるよ。
ひのふのみのよの──ほほほ、飲んだものよな。振ってもちっとも音のない空の瓶ばかり、十九本。麿の目の前の卓に載っているのじゃ。麿を酔い潰す策だったのかの。
視線を卓より上げて見れば下座の奥に座る房基めは、奥方と静かに飲んでいたのでおじゃる。
麿の歓迎の宴は海の幸、山の幸、そしてなんといっても中村でしか食せぬという《唐揚げ》なるものを始めとした、見聞きした事もない夕餉となったでおじゃる。
「──今はそれも見事に空でおじゃる。実に見事、麿の舌を楽しませてくれたのじゃ──」
見事な大皿にそれらが各所に配され、見目にも麗しいのじゃ。
これなるは中村ならではの大皿料理・皿鉢(さわち)なるもの、とのことでおじゃる。
「──大友どのや大内どののような、雅が判る武家にもこれ程見事な食の皿は無かったでおじゃる──」
はてはて?麿は全く、聞いた事が無かったでおじゃるよ。
しかし、皿ひとつ何百貫しそうな明製の白磁の大皿がひのふのみのよ──十三枚もあろうかの。
「──これだけの白磁の、しかも大皿なのじゃ。いかほどするかのー──」
卓を隣り合わせに繋げた大卓の上に、色とりどりの絹の布を被せて色を愛でて楽しんで貰うとの配慮でおじゃるか。
卓の繋ぎ目を隠すにも役立って、一石二鳥ということかもの。
「──この色が麿の欲を惑わすのじゃ。絹に、白磁。この中村にはどれ程の財が眠っておるのか、どれ程馳走になれるのか。益々楽しみでおじゃる──」
ほほほ。しかし、実に、見事な料理の群れであろう。
煮物ひとつにも、ただ煮ただけでは薫ってこぬ匂いがするでおじゃる。
《あげた》という唐揚げに猪肉の揚げもの、《かつ》と言うものらしいでおじゃるが……一口ほうばれば心が天に昇るようだったのじゃ。見事なお手前でおじゃる、と同時に恐ろしいのでおじゃる……心が抜き取られては、天子さまの為に麿はもう、働けなくなってしまうでおじゃるよ。
焼いたアユも、一工夫されておるようなのじゃ。京で食べた鮎とは違うでおじゃる、さっぱりとかりかりに焼いたものと説明は受けたでおじゃるが……、さっぱりとは判る。……かりかりとは何でおじゃるか?……不思議よな。
鶏の卵を焼いた四角い《卵焼き》というものも、神仏の慣習で卵とは食べるものでは無いと習うでおじゃるが……。卵焼きを食べてしまった麿は、麿には、また食べてしまいたくなる惑いが生まれてしまったでおじゃる。
中村では神仏の慣習は慣習として棚にあげ、数を産ませておるというのじゃ。鶏が時を知らせる役割はしっかりこなした上で卵を戴いてそれを卵焼きとして食べると説明されたでおじゃる。
刺し身にも、山葵をつけ更に魚醤を浸けて食すのでおじゃる。生魚なのじゃ。海の近い、中村ならではの生物の魚でおじゃる。ぴりっとした山椒のような辛さと、磯の薫り漂う甘い魚の汁を付けて食べるのでおじゃるが……これがまた、実に、実に、見事!
これは京に持ち帰らば食せような。山葵なるは食せば辛いだけで不快でおじゃるが、刺し身と合わさればちぃともそんな気はしないでおじゃる。相性というか、ウマが合うというか。
これには思わず、頬が落ちるかと思ったでおじゃる。
なにより、酒に合うのう。刺し身は。
京で生の鯛や、鰹は口には入って来ないでおじゃる。
海が遠いからの。そこは海の近いここならではの食と言うものでおじゃる。しかし、
「──思い出しても舌がとろけてしまいそうなのじゃ。残念なのは、これは中村でしか食せぬことでおじゃる──」
麿の相手をすべきは食や酒でなく、人であろうの。
特に、この山城権中納言を焦らして置きながら、奥方に酌を貰って、微笑ましい空気をその周囲に作り出しておる一条房基めでおじゃるよ。
宴の最初こそ、酌をし合ったでおじゃるが……その後は一条の家臣ども、麿に果敢に挑んで来よるので相手を務めて(酒に付き合って)やったでおじゃる。
「──しかし、返盃とは斯様に面白き戯れ事であったでおじゃるか。うわばみ(ウワバミ。酒をいくらでも飲めるひと)でも混ざっておれば麿も楽しめたのかのー──」
酌をし、飲み干さば、また飲んだ盃を相手に返す、その盃を返盃といい。ひとつの盃で麿と相手で飲み交わし、返された盃を飲み干せず潰れた側が負けという。
ほほほ、実に麿にふさわしき戯れ事であったでおじゃる。
げに悲しきは。一山いくらの海千山千の地侍ていど、麿の胃に敵うはずが無いと知れ!でおじゃるよ。
そしていよいよ、やれやれ。本丸のご登場でおじゃるよ。
さて、これなる房基どのは麿の胃を満足させ。酔わせてくれるでおじゃるか──
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《1553年》天文22年─七月同日、宵闇─土佐・中村御所
山科権中納言言継
「ふはー。……房基どのはこれを南蛮より手に入れたのでおじゃるか?」
今、麿の、この山科権中納言の両の目に映るは酒盃。
その白磁の盃を並々と埋めるは、澄みきった清水のような透明な酒でおじゃる。
お元気でおじゃるか?麿の胃は元気におじゃる。
麿の名は山科権中納言言継にあらっしゃいますよ。
宴の席はあのままに、一条房基めは麿を別の部屋に招いたでおじゃる。
先程までは宴の席ということで気張っていたと申し、白の狩衣を紺に染めた着流しという呉服に着替えた一条房基どのは、麿にも官服では汗をかいたでしょう?ということで……麿にも房基どのは着流しを着せたのでおじゃる。
軽く、着こなしは良いようでおじゃるが……、雅ではないでおじゃるよ。
すぐに麿は替えの官服に着直して、雅な心でもって、目の前に注がれた南蛮の酒を一口、頬ばったのでおじゃるよ。
「ほう、南蛮よりの酒……というのはワインでしょう。今御出ししたのは城下にて作らせたものだよ」
んん?
聞き捨てならんものを房基どのは麿の目の前で言い放ったのじゃ。したり顔の涼やかな表情で、息をするように言ったのでおじゃる。
耳を疑ったでおじゃるぞよ。なんと申したでおじゃる?
つくっ、作っているのじゃ。房基めは、この雅な!澄んだ酒を!
「と、いうことは、でおじゃる……つまり!澄んだ酒は量には余裕があらっしゃいますな?」
「気にいってくれた?一条の酒・セイシュと言い、酒精に比べて辛い。それとは別にこれなるは赤酒という」
盃にセイシュとは今は別の酒が注がれるでおじゃる。
赤酒とは斯様なものか、ほうと声が麿から漏れてしもうたのじゃ。
白い盃に並々一杯の赤く染まった酒とは見事な色合いでおじゃる。
「これはなんとも。まろやかで喉が心地よいでおじゃる」
セイシュとは違い。赤い酒はほんのりとろみがあるでおじゃる。酒精にも通じるものを感じるのでおじゃる。しかも、じんわりと甘い。きりっと辛いセイシュの後で口にしたので、ことさら甘く感じるでおじゃるよ。
「気にいってくれたようで何より。さて、これなるはいよいよ南蛮よりの酒でワインです。いかがかな?」
房基どのが手にするは、黒く細長い、首が括れた酒の入れ物が出て来たのでおじゃる。
その手がくるくると動き、瓶の口の詰め物がきゅぽともくぽとも聞こえて、瓶が近づけられいよいよ麿の盃に注ぐのじゃ。
「セイシュとは透明無色の酒。赤酒とは亜麻色の酒なのじゃ。しかし、ワインとはこれは見事な、さりとて高貴な紫の酒におじゃる」
盃にセイシュとも赤い酒とも今は別の酒が注がれるでおじゃる。
色は紫。ふわっと盃から薫るはこれが酒の匂いか、なんとも果実のようでおじゃる。
「ブドウなる果実を摘んで作りし酒でワインという。この紫はブドウの果汁の色そのものなんだ」
ほほーやはりというか、果実の酒であったのじゃ。
「ほうー《わいん》とは。紫の酒でおじゃるか。ではいただくのじゃ」
これはまた酸味の強い……しかし、芳醇なる果実の薫りでおじゃる。では、一口。喉を通る度に酒とは違ってするりと滑る。また、一口。これはいくらでも飲めそうじゃ。
最後はぐいとな!でおじゃるよ。
「セイシュや赤酒とは違って飲みやすいでおじゃる。飲み過ぎてしまいそうなのじゃ」
房基どのの反応は、矢次早に現れたでおじゃる。
整ったぴりっとした顔が少し歪んだのでおじゃるよ。
苦笑いをしておったのかのー。
「ワインは南蛮よりのもの。山科卿と言えども水の如く飲まれるのはお控えいただきたいよ。ブドウは取り寄せて植樹しているので、作れる様になればお譲りしないことも無い。少し時間をいただきたいんですが」
なんとも、なんと!
ほろ酔い気分がすっ飛んでしまったのじゃ。
わいんなる南蛮の酒が。中村にて作られる試みがあるというでおじゃるよー♪
「ほうー《わいん》なる酒を作るとな。それは大儀。是非ともお譲り戴きたいでおじゃる」
──房基はこう思っていた。『ワインは一本が数百貫。山科卿はいくらでも飲めると言われるが、いくらでも飲まれるこっちはさすがに痛い散財だぞ』
「今すぐとはいきませんよ。いつ如何なる時にお譲り出来るか。お約束は難しい。お待ちを、としか」
さすがに、房基ほどの大富豪でも一本が数百貫もしては、ワイン十本買うにも悩む程なのだ。さて、話を戻そう──
「宴は楽しかったでおじゃる。この山科権中納言、何も遠路はるばる中村まで酒を戴きに来ただけではないのでおじゃる。さて、一条房基どのは稀代の大富豪と見えるのじゃ──一条本家には随分と貢いでおれば、それはそれは宮中でも噂になっているでおじゃる。そこでな、朝廷にも少しばかり。金子よ……よいでおじゃるか?」
「既に春に二百貫ほどお納めさせて頂きに上がりましたよ。それでも、まだ足りないのですかな?」
卓の上には、空になった瓶がひのふのみ──三本。セイシュに赤い酒とわいんを馳走になったでおじゃる。
一条房基めは、頭が悪いのかの、酒に酔っているせいかの。此だけの馳走が出来て、百貫など房基どのからは端た金であろうなのじゃ。
なれば、それを見てその空気を感じた麿がその端た金で満足出来ようか?否否。断じて否でおじゃるよ。
それに房基どのも、端た金を納めては寝覚めが悪かろうでおじゃる。
「ふむー匂うでおじゃる。これなる房基どのからぷんぷん匂うでおじゃる。中村の金子の出所に、この山科権中納言踏み込んだりはしとうは無いでおじゃる。ここは……ひとつ、金子千貫にて手を打とうではないかの。どうであらっしゃいますかな?」
ほほほ、一条卿は異常な金の巡りが中村にはあると言っていたでおじゃる。
さてさて、千貫。どう答えるでおじゃるよ、一条房基めは?
「千貫……。では、それで丸く中村から腰をあげて戴けるのであるなら──」
んんー大富豪ともなれば、千貫ほどは顔色一つ変えずにぽろりと出てくるのでおじゃるか。
一条卿の言った『異常な金の巡り。など聞いて』は居らんなら、千貫出して戴けるなら麿には大満足でおじゃる。しかし、これでは面白く無いでおじゃるな。
どれ、麿も本気な房基どのはいくら積んでくれるか楽しみでおじゃる。さてさてそれでは。これなる大富豪・房基めの腹の中を覗いて見るとするかの。
「気が変わったでおじゃる。まだまだ酒でもって、この山科と酌み交わそうでおじゃる。酒じゃ。酒じゃ。房基どのほどの御仁、千貫ほどは端た金のようじゃ。ほほほ、山科権中納言に端た金を渡すのは一条どのの本望ではないであらっしゃいますなあ。ほほほ、そうでおじゃるな?」
と、とぼけた振りしてやったらば効果てきめんだったのじゃ。房基め、さすがに青い顔にささーと変わったのでおじゃる。
あな面白きことよ。風向きが、空気が変わったでおじゃる──この場は麿の空気になっているでおじゃるよ。
「んん、酒を!山科権中納言に酒を用意して差し上げろ」
近くに控える小姓でも呼んだかの。酒で麿の機嫌が晴れ満足すればやぶさかではないという事でおじゃるか……、青いの。
今、この山科の舌を口を喉を満足させるにはセイシュ。あな珍しき、きりっとした辛い酒でおじゃる。
「酒精などでなく、雅な澄んだ酒がのど越しもよく。ついつい、この麿とて酔ってしまいそうでおじゃる。金の匂いも、酒の匂いの向こうにかき消えてしまうかもしれんでおじゃるかな?」
まこと、あな面白きは大富豪から匂ってくる金の出所よな。
先程までの精気みなぎる顔で酒を勧めてきた男とは、全く別人のように小さく見えるでおじゃる。
「承知しました!小姓ども、セイシュを。樽でもってこい!」
もう一声。いけそうでおじゃる。大富豪ともなれば、他人に触られたくない、金のなる木を持っていると耳にするでな。
どうやら、これなる房基も腹を探られてはまずいだけの金のなる木を持っているようでおじゃる。
それより。何を麿の目の前、房基どのの肩越しに見える絵はなんでおじゃる?
はてはて、この山科権中納言。これまで各所各地津々浦々に下向し、土地のもの、色々なものを目にして来たのでおじゃるが……、あれなるは鳥でおじゃるかの。鳥なれば朱雀を書いたのであろうか。
しかし、なんとも。朱雀にしては白いのじゃ。
その後、房基どのの酔いが良い塩梅に回っていた頃に気になって仕方ないその絵の作者を聞いて見たのでおじゃる。
したらば、奇々怪々。朱雀より奇怪な言葉が次次と。これなる房基が言うには《じえっとき》なる《ひこうき》であると申し、朱雀よりも高く疾きこと飛ぶと言うでおじゃる。
魑魅魍魎の類いかと聞くなれども、答えは《きかい》と。あな、不思議なことよ。
奇々怪々ではなくきかいだと申し、鉄の塊である。というのでおじゃる。
渋っていた作者についても、興味がどうにも落ち着かないていどに沸き立って、頭から離れようとしないのじゃ。と、いうことはこれなる房基めの口を滑らかにすらば、べらべらと囀ずるのではないかと思い立ったのでおじゃるよ。
麿にかかれば、一条房基めは小虫に等しかったでおじゃる。
そして、何もかも、聞いてしまったでおじゃる……が、それでもまだ信じられない麿が居るでおじゃる。
この気持ちを何といい現せば良いのでおじゃるか。首筋をがりがりとかきむしりたくなる症状でも出たのかと思う程でおじゃる。
この悩みは、房基めでは解決出来そうにないでおじゃるよ。
ああ、そうでおじゃるよ。このべらべらと囀ずる面白き房基めからは、幾らと積んでも絞り出せそうでおじゃるな……今、五千貫など如何でおじゃるか?との問いにはさすがに泣き出してしまったので、ここらが潮目であろうの。三千貫。それと、絵の作者だという房基が愛しき娘とやらに合わせよと約束させたのでおじゃる。
どやー麿ほど優秀な朝廷の任官も、職(しき)も、宮中にはどこを探しても居らぬであろうの。
この、三千貫で天子さまのお体が健やかに元気になってくれると良いのでおじゃるが……。まずは、良き医者を先の世を識るという房基めの愛しき娘から聞き出して、なんとか天子さまの御加減が良くなって欲しいものでおじゃるよ──山科言継はこの時は知るよしもない。その娘、小昼の知る先の世に山科言継が何にも変えがたい天子さま──後奈良天皇さまの病状が回復せず、残酷な宣告を受けて山科言継をどん底に叩き落とすことを──